第83話 始まりの魔法使い

 それからの道程は至って順調なものだった。


 馬が体調を崩してしまい、宿場町に辿り着けずに野営をすることになったり。

 前日の夕食に当たったダンテが、御者に泣きついて馬車を止めて貰い草むらに掛け込んだり。

 そんな事もあったが、それ以外は問題らしい問題も起きず、順調に旅は進んだ。


 そうして順調に道程を進んでいたのだが。

 順調だったのは道程だけでは無く、試験勉強もそうであった。


 特に問題が起きていないと言うことは、邪魔をされずに勉強に取り組むことが出来ると言う事で。

 馬車の揺れとそれから来る酔いには多少悩まされたものの、邪魔も無く集中して試験勉強に取り組めた結果。

 ダンテの用意ていた試験対策の紙束の中身は殆ど頭に詰め込み終えることが出来た。


 それに伴い、試験勉強自体は継続してはいるものの、それに割く時間は短いものとなっており。

 そうなると、時間を持て余す機会と言うのが増えてくる。


 その時間をどうやって潰そうか?と悩んだのだが。

 そう言えばと思いだし、折角買ったのだからと言う事で、持て余した時間を絵を描くことに当てることにした。


 正直に言ってしまえば僕はあまり絵が上手くは無い。

 しかし、絵を描くこと自体は好きなようで、下手ながらも風景画や人物画などに挑戦し、少しづつ描き貯めていった訳なのだが……



「これなんて魔物だ?」



 僕の描いた一枚の絵を手に取り、ダンテにそう尋ねられた時は――



「魔物じゃなくて人物画なんだけどね」



 とも言えず。



「ちなみにその絵のモデルはダンテなんだけどね」



 などとは口が裂けない限り言える筈も無く。



「ん? 知らないの?

ダンジョンの下層に生息している魔物だよ。本で見た気がする。うん」



 妙な強がりを吐く事となり、なんだか虚しい思いをする羽目になった。


 まぁ、そんなやり取りと僕の心情は兎も角。


 そう言った趣味に時間を割ける程度には、心と時間に余裕のある日々を送っていたと言う訳だ。




 そして、そんな日々が続いていたある日の事。


 その日は切り立った崖の麓にある街道を馬車に揺られ進んでおり。

 ここ2日間は同じような景色を延々と見ていた為に、少しだけその景色にうんざりしてしまっていた。


 御者が言うには、どうやら学園都市と言うのは切り立った崖に囲まれた場所にあるらしく。

 それを聞いた僕は随分と辺鄙なところに街を作ったものだな。と呆れてしまったのだが。

 御者から学園都市の成り立ちを聞かされると、成程と納得させられることになった。



 御者曰く。



 学園都市と呼ばれる場所は、元々は幾つかの村があるだけの何も無い場所だったのだが。

 一人の魔法使いがそこに住み着くようになってから事情が変わっていった。


 その魔法使いは高名な者ではなかったが、魔法技術は他の追随を許さない程に高い域にあり。

 その噂が人伝に伝わると、魔法を極めんと教えを乞う者達が徐々に訪れ始め。

 いつの間にか魔法を主軸とした一つの共同体が自然と出来あがるに至った。


 そして、その共同体は魔法を研究する機関として、その場所に細々と存在し続けたらしいのだが。

 研究の成果に目を付けた国や商人などが訪れ始めてからは、徐々に大きな共同体へとその姿を変えて行った。


 中には魔法の研究だけに心血を注ぎたいと考える魔法使いも少なくは無く。

 共同体が大きくなることに拒否感を表す魔法使い達も居たのだが。

 研究するにも金銭は必要で、研究の為と言う名目で国や商人を受け入れ始め、共同体は更に大きくなり始める。


 だが、そっれがきっかけとなり、魔法に因る利権を求めた者達がこぞってこの地を訪れ始め。

 村でしか無かった場所に次々と建物を立ち並べて行き、村で合ったその場所は瞬く間に名前を街へと変えていった。


 魔法使い達は魔法を利益に変える事に疑問を抱えながらも、魔法の研究を続けられることに胸を撫で下ろしたのだが。

 そんな思いも長くは続かず、一部の者達は魔法の研究がもたらす利益によって、その本分から離れていく事になり、いかに利益を出すかに心血を注ぎ始めるようになった。


 そして、そんな状況を、この共同体の始まりであった魔法使いは受け入れられないでいた。


 それでも暫くは街になったその場所に身を置いていらしいのだが――とある日の事。


 魔法使い達は会議を開き。

 いつもと同じように、どうすれば利益が出るかに付いて話し合っていた。


 どう言う魔法の術式なら高値が付くか?

 どう言う魔道具なら需要があるか?兎にも角にも利益を優先した話し合いだった。


 そんな魔法使い達の様子を見て。



「お前達と魔法を学ぶことだけで満たされていたんだがな」



 そんな言葉を『始まりの魔法使い』は呟いたのだが。

 それを聞き取れたのは、魔法が齎す利益に興味が無かった一部の者達だけだった。


 そして、それが魔法使い達が聞いた『始まりの魔法使い』の最後の言葉になった。


 翌朝『始まりの魔法使いの』部屋を訪れた青年が『始まりの魔法使い』の不在を知ると。

 そこからは蜂の巣を突いた様な大騒ぎとなり、街を上げての大規模な捜索が行われる事になったのだが。

 数日、数ヶ月経っても、『始まりの魔法使い』の行方を知ることは出来ず、魔法使い達は途方に暮れることになった。


 そして、その時になって漸く『始まりの魔法使い』の残した言葉の意味を考えた魔法使い達。

 彼等にとっては師同然の者が残した言葉であり、その意味を考えるのだが。

 言葉に深い意味など無く、本心から零れた言葉だったと言う事に魔法使い達は気付き。

 ただ純粋に魔法を極めんとこの場所を訪れた事を思い出し、利益に目がくらみ、その本分を忘れてしまっていた事を酷く悔いた。


 そして、魔法使い達はその本分を取り戻すと。

 『始まりの魔法使い』が自分達に魔法の技術を教えてくれたように、贖罪のと感謝の意味を込めて、今度は自分達が教える側となることを決め。


 今度こそ齎される利益に溺れないよう。

 『学ぶ者は無く等しく平等であり、決して利に溺れることなかれ』そう言った理念を掲げ。

 学園都市と呼ばれる所以でもある一つの教育機関を起ち上げる事となった。


 そして、魔法使い達の考えは他所に、教育機関と言う物に珍しさを見た人達がこの場所を訪れ始め。

 教育機関を中心としてこの町は、何時しか都市と呼ばれるほどに発展して行く事になるのだが。

 その教育機関は理念を貫き、都市に発展しようとも利に溺れる事は無かったと言う。


 そして、その教育機関も時代が流れるにつれて、魔法使いの育成だけでは無く、剣術や体術なども教えるようになり。

 その教育内容は全般的なものへと変わってはいくのだが。


 時代が変わろうと『始まりの魔法使い』に対する感謝とその理念だけは変える事も無く。

 今も尚、学園都市の中心として在り続けているそうだ。



 ――と言うのが学園都市の成り立ちらしい。



 学園都市の成り立ちを教えて貰ったことで、辺鄙な場所にあることにも納得しすると。

 その話に出て来た『始まりの魔法使い』と言う人物に驚かされてしまう。


 一人の人間の元に人が集い、最終的には都市と呼ばれるまでに至ったのだ。

 正直、半信半疑ではあるが、それが事実だとしたら途方もない話であり。

 そんな話を聞かされた僕とダンテは揃って口をポカンと開け、間抜けな姿を晒してしまう。


 御者はそんな僕達の姿を見て、話した甲斐があったと言わんばかりの表情を浮かべ。

 他の乗客は微笑ましいものを見る様な表情を浮かべている。


 周囲の反応にハッとすると、僕とダンテは目を合わせ、お互いにばつが悪そうな笑みを浮かべた後に二人揃って居住まいを正すが、そんな様子も乗客達からしたら可笑しかったのだろう。

 やっぱりクスクスと笑われてしまった。


 そして、恥ずかしさから、殆ど覚えてしまった試験対策の紙束に無理やり目をやり、活字を頭に流し込む事でどうにかこの恥ずかしさを誤魔化そうとしていると。



「そろそろ見える筈ですよ」



 御者がそう声を掛けた事で、自然と視線は馬車の外へと向かった。


 馬車の外には相変わらずの岩肌で、見飽きたその景色に溜息を吐きそうになったのだが。

 程なくして岩肌が途切れると、一気に視界が開け、僕は溜息を飲み込んだ。


 視界が開けたの同時に僕の目に映ったのは、ここ数日見ることの無かった草木の緑と僕の視界を上下に二分割するように流れる川。


 そして、その川の先には、まるでお城にも見える無骨な印象を受ける建築物と、その建築物を中心に蜘蛛の巣状に広がる街並みや田畑。


 そんな景色が僕の目に飛び込んで来た。


 僕はそれがなんなのかを察し、ポツリと呟いた。



「学園都市……」



 御者は僕の言葉に、答えを先に言われてしまった子供のように少し拗ねた表情をするが。

 気を取り直すように表情を明るくすると口を開く。



「ええ、その通りです。

皆さんの目に映っているの景色こそ『学園都市ブエマ』です。

そして、その中央にあるのが学園都市の所以でもある『学園メルワール』です」



 業者のその言葉で約一ヶ月に渡る旅が漸く終わる事を知った僕は、この約一ヶ月間を思い出し、なんとなく感傷的になるのだが。



「もう少しで着きますし、少しばかり飛ばしちゃいましょうか!」



 御者はそう言うと馬に鞭を入れ、今までの速度とは比べ物にならない早さで馬を走らせ。

 その衝撃により馬車内の乗客は面白い様に座席から跳ねあがる。



「ちょ、ちょっと! そんなに焦らないでも大丈夫ですから!」



 馬車内の惨状をみて慌てて御者に声を掛けるのだが。



「え!? なんですって!?」



 馬の蹄が地面を叩く音や車輪の転がる音、それに加え馬車内の荷物が床を叩く音によって僕の言葉は御者には届かない。


 と言うか、僕の言葉を聞きかえした時に笑っていた様に見えたので。

 もしかしたら聞こえない振りをしていたのかも知れないと考えると、説得するのも骨が折れそうに感じ、それ以上は口を挟まない事にした。


 まぁ、揺れは少し激しいが我慢できない事も無いのだが……

 隣を見れば、揺れのせいでダンテの顔が見る見る内に青くなっていく。


 そんなダンテの顔色を見て、朝食を吐き出すのも時間の問題だろうと察し。

 ただひたすら、そうなる前に学園都市に到着することを願う。



「なんだか感傷に浸る間も無いな……」



 思わずそんな愚痴が零れ、揺れる馬車の対応に専念することにすると――



「さぁ! 後少しです! 飛ばしますよー!」



 嬉々として鞭を風るう御者の声が馬車内に響き、恐ろしい速さで景色が流れて行く。


 そんな景色に戸惑いながら、僕の初めての一人旅は幕を下ろすのであった。

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