第82話 理屈っぽい
衛兵の詰所に到着した僕は、ゼフさんが盗賊の仲間だったと言う事と、その身柄を拘束してある事を伝えた。
真夜中の訪問に加え、伝えられた内容が内容だけに疑いの視線を向けられる事になったが、僕の服に付着している返り血や、事の経緯を説明した事でなんとか疑いは晴れたらしく。
衛兵達はなにやら準備をし、それを終えるとゼフさんを捕縛するべく行動を開始してくれた。
その後、程なくしてゼフさんを捕縛して戻ってきた衛兵達。
それを見届けると僕は宿屋へ戻ろうとしたのだが。
どうやら僕の証言と盗賊達の証言、双方の確認を取りたいらしく身柄の拘束を求められた。
流石にこの状況では断れる筈もなく。
僕はそれに頷くと昨日案内された部屋に再び案内される事となった。
そうして部屋に案内されソファーに腰を下ろすと。
特にやる事もない上に時間が時間と言う事も重なり、瞼が重くなるのを感じた。
起きていた方が良いのかな?と思いはしたものの。
その必要性も特に感じられず、寝てしまったとしても用件があれば起してくれるだろう。
そう楽観的に考えると、瞼の重さに逆らわないことを決め、ソファーに深く身を預けた。
「ん? 寝ているのか?」
そんな声が聞こえた気がして、ゆっくりと目を開く。
ぼんやりとした意識のまま周囲を見渡せば、昨日見た髭の男性の姿が目に入った。
なんで髭の男性がいるんだ?そう疑問に思うが。
徐々に覚醒されていく意識と共に自分の状況を思い出し、目元や口元を慌てて拭い、居住まいを正す。
そんな僕の様子を見て、髭の男性は少しだけ口角を上げる。
「どうだい? ぐっすり眠れたかい?」
「は、はい。もしかして起きるまで待っててくれたりしました?」
髭の男性は僕の質問に首を横に振り「丁度来たところだよ」答えると。
テーブルの上に置かれていたソーサーに乗ったカップをソーサーごと僕の前へ送り。
「寝起きじゃ喉も渇くだろう?
これでも飲んで落ち着いたら、話を聞かせてくるかな?」
そう言うと紅茶の入ったカップを口へと運んだ。
僕もお礼を言うと紅茶をひと口啜る。
紅茶が喉を潤すのを感じ、その香で未だぼんやりしていた意識が覚醒行くのが分かった。
そうしてカップの中身が半分程になった所で。
「少しは落ち着いたかな?」
そう尋ねられ、僕はそれに頷くと、改めて事の経緯を伝える事となった。
そうして一通りの経緯の説明をし終えると。
「成程。どうやら盗賊達の証言との差異はなさそうだな」
髭の男性は紙束に筆ペンを走らせながらそう言った。
「盗賊の証言ですか? 確か朝一番で連行しに向かうって言ってた気がするんですが?」
窓に視線を向ければ、空が白み始めてそれ程時間が経過していないように思えた。
朝一番に出発したとしても往復の時間を考えれば到底戻ってこれる様な時間帯には思えず、既に盗賊達の証言を得ているような言い方に疑問を感じてしまったのだが。
「朝一番で向かおうと思ってたんだが事情が変わってね。
あれは君達がここを後にしてから少し経った頃かな?
12名の盗賊を馬車に積んだ馬車の一行がここを訪れたんだよ。
それで事情を聴けば、君達の証言と一致することが多く、まず間違いなく君達の言う盗賊達だろう。
そう判断して捕縛しておいた訳なんだが……
まぁ、手間が省けたのは良かったんだが、おかげで報酬を払う羽目になってしまってね。
こんなことなら素直に君達に払ってれば良かったと反省しているよ」
どうやらそう言った事情が有ったようで、髭の男性は申し訳なそうな表情を浮かべた。
「そう言う事だったんですね。
……ところで盗賊達は全員無事だったのでしょうか?」
「ああ、幾分衰弱した様子だったが全員無事だったよ」
それを聞いた僕は「無事で良かったです」と思わず口にする。
あまり深く考えずに身動きの取れない状態で放置してしまったが。
魔物や獣が生息している事を考えれば、最悪の場合襲われて殺されていた可能性もあり、そのような場所に身動きが取れない状態で放置してしまったことに少なからず責任を感じていた。
そう言った理由で、全員が無事だと分かると安心し、そう口したのだが。
「盗賊の被害に遭った人達の事を考えれば、めったな事を口にするべきではない。
盗賊であろうとその命を尊ぶのは立派な事なのかも知れないが。
本来、盗賊と言うのは殺されて然るべき相手であり、その生業は誰かの不幸の上に成立していると言う事を君は理解しておくべきだろう」
そう言って窘められてしまった。
「そ、そうですね。確かに失言でした……」
確かに被害者の事を考えれば軽率な発言だったと思い、反省をする。
だが、後半の話は、理解は出来るが納得しきることが出来なかった。
この辺の考え方は未だに前世の感覚が抜け切れていない所為なのだろう。
尊い尊くないは別として、出来る事なら人を殺す事はしたくないし、殺されて然るべき相手でだとしても、その判断は法に任せるべきだと思ってしまう。
だが、その反面。
基本的にはその考えの元に行動することを心掛けてはいるが。
もし、目の前で誰かが犠牲になるのであれば、その場合はその限りでは無いとも考えている。
我ながら矛盾した考えだと呆れてしまうが。
二つの世界の価値観が混在しているのだから、それも仕方が無い事なのだろう。
少々言い訳臭いが、自分にそう言い聞かせた。
もっと割り切って考えられれば楽だとも思うのだが……今はまだ難しいようだ。
「それはさて置き。先程も言ったが君と盗賊達、双方の証言に差異が無いことが分かった。
これでゼフと言う冒険者が盗賊達の仲間であることが確定的となった訳だが」
ゼフさんの名前が耳に入った事でハッとし、視線を上げる。
「そうなると幾らかの報酬が出る。まぁ、大した額は渡せないんだがな」
髭の男性は僕の視線を受け、そう言って肩を竦めた。
報酬の有無は兎も角。ゼフさんの安否や処遇が気になった僕は、それを知るべく髭の男性に尋ねる。
「報酬の額は気にしていません。
差し支えなければゼフさんの様子を教えていただきたいのですが」
「ああ、答えられる範囲でなら答えよう。
それと、ゼフと言う冒険者なら少し前に意識を取り戻したと聞いている。
観念したのか質問にも素直に答えているようで、自らの口で盗賊の仲間だと認める発言もしているらしい」
「意識は取り戻したんですね。よかっ――
じゃなくて、そ、それでゼフさんの処遇はどのようなものになるのでしょうか?」
どうやら意識を取り戻したようで、思わず安堵の言葉を口にしそうになったが、先程窘められた事を思い出し慌ててそれを誤魔化す。
髭の男性はジロリとした視線を向けたが、呆れたように息を吐くと僕の質問に答えた。
「私も法の専門家ではないから断言はできないが。
そうだな、過去の事例を参考にするなら、その処遇は決して軽いものではないだろう」
軽くはないと言う言葉でゼフさんの先行きが明るいものではない事を知り。
自分がした事は間違ってないとも思うのだが、どこか責任を感じてしまう。
「そうですか……教えて下さりありがとうございます」
お礼の言葉もなんとなく力ないものになってしまったのだが。
「あまり、気にする事はない。
さっきも言ったが、盗賊なんてものは殺されて然るべき相手なんだ。
むしろ命が有る分、あいつらは幸運な方だよ」
僕の心情を察してか髭の男性は励ますような言葉を掛けてくれる。
その言葉で少し気持ちが楽になるのを感じると。
本当我ながら面倒くさい性分だと思い、その性分に呆れるように笑みを浮かべるのだった。
その後は幾つかの事務的なやり取りをし。
それらのやり取りが終わると詰所から解放される事になった。
その際にゼフさんを捕縛した報酬として金貨一枚を手渡された。
他の盗賊達より金額が多く、それを疑問に思ったのだが。
盗賊であることに加えCランク冒険者だと言う事もあり、幾らか高い報酬となったそうだ。
「金貨一枚か……」
ゼフさんが僕達の元から居なくなり。
その代わりに金貨一枚が手元に残ったことがなんだか虚しくて、そう呟く。
だが、いつまでも暗い顔して言う訳にはいかないだろう。
そう思うと気持ちを切り替え宿屋へと足を向けるのだが……
「ダンテになんて説明しよう……」
その事を考えると宿屋に向かう足取りは自然と重くなる。
そうして重い足を無理やり前に運び、宿屋に戻ると。
「アル!? 何処行ってたんだよ!? って血が出てるじゃねぇか!?」
まだ朝も早い時間なのにダンテは既に起床していたようで。
部屋に戻った僕を見ると、慌てた様子で声を掛け、その勢いのまま詰め寄った。
そんなダンテの様子を見て心配させてしまった事を知ると、僕は頭を下げ謝罪の言葉を口にした。
「ご、ごめん。ちょっと野暮用で外に出てた。
それと、これは僕の血じゃないから心配しなくて大丈夫だよ?」
「アルが怪我している訳じゃないなら安心だな……ってことは返り血て事かよ!?
てか返り血が付く野暮用ってなんだよ……
まぁ、アルが言いにくいんなら無理には聞かねぇけどよ」
当然の事ながら野暮用と言うのがダンテは気になっているようで、それを訪ねる様な視線を僕に向けた。
だが、ダンテの視線を受け、事の経緯を説明するべきか?それとも黙っておくべきか?
僕はどう答えていいのか悩んでしまう。
僕でさえゼフさんが盗賊の仲間だと言う事実には心を痛めたのだ。
ゼフさんに懐いていたダンテであれば、その精神的な負担は相当なものだと予想できた。
そう言った理由から黙っておいた方が良いのでは?とも考えるのだが。
その反面。このまま黙っているのも誠実な対応だとは思えなかった。
そうして頭を悩ませていたのだが。
どちらにせよ、この町を出発する時になればゼフさんの不在をダンテも知る事になるし。
その際に、僕が居なかった事や、返り血などの情報から結びつけて、ゼフさんとの間に何かあった事をダンテは察するだろう。
そう考えると、ここで黙っていたとしても結局は説明する必要があるだろうことを察し、覚悟を決めると、事の経緯を話し始めた。
そして、話が終わると。
「ゼフのおっさん……優しくしてくれたのも全部嘘だったんだな」
始めは半信半疑だったダンテだったが、すべての話を聞き終えると肩を落とす。
これでもゼフさんの会話の内容は出来るだけ省いて話していたのだが。
やはりダンテには重い話だったようで、目に見えて落ち込んでいるのが分かった。
そんなダンテになんて言葉を掛けて良いか分からず、自分の至らなさを嘆いていたのだが。
「まぁ、でも、それを見抜けなかった俺が悪いな。
うし! 落ち込むのは終わり! 良い勉強になったと思って気持ち切り替えるしかないな!」
そう言うと頬を一つ叩いて立ち上がるダンテ。そんなダンテを見て思わず間抜けな声が漏れる。
「へ?」
「ん? どうしたアル? 間抜けな声出して」
「い、いや。
なんて言うかもっと落ち込んでるかと思たんだけど……」
「普通に落ち込んだぜ? ゼフのおっさんのことわりと好きだったしな。
でも何時までも引きずってたってしょうがねぇだろ?
今回は騙されたけど、今度は騙されないようにしよう。
そうやって割り切った方が引きずるよりかはマシだと思わねぇ?」
ダンテは僕が心配するまでも無く、自分で気持ちの整理をつけたようで。
そう言うと笑って見せた。
ダンテの言葉は、色々と引きずる傾向にある僕にとっては耳が痛くなる言葉だったが。
その前向きな考え方には素直に感嘆させられ、心の持ちようを学ばされた様な気がした。
そう言った思いからか。
「なんだかダンテには教えて貰ってばかりな気がするよ」
思わずそんな言葉が零れたのだが。
「ああー、なんかアルって理屈っぽく考えそうだもんなー」
痛いところを突かれてしまい、引きつった笑顔を浮かべてしまうのであった。
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