第81話 ゼフと言う冒険者

 出発の準備を整えた僕達は馬車に乗り込み、それから数時間馬車に揺られたところで目的地である町へと到着した。


 到着して早々。

 門兵は僕達の乗る馬車に見覚えがあったようで、見覚えのある馬車に見覚えのある御者の姿が無い事を詰問されることになったのだが。


 事情説明と遺品の提示。それにゼフさんがCランク冒険者であることを伝え。

 冒険者ギルドのギルドカードで身元を証明したことで、どうにか信用して貰えたらしく、町の中へと入れて貰えることが出来た。


 そうして町へ通されると、時刻は陽が傾き始めたとは言え、まだ充分に陽の暖かさを感じられる時間帯であった為。

 町の住人の姿がちらほらと目に入り、話し声や笑い声、子供の騒ぎ声などが聞こえた。


 先程までの血生臭い状況に身を置いていた所為なのだろう。

 そんな住人達の姿や喧騒を聞くと、日常に戻れたように感じ、気が抜けて行くのを感じる。


 だが、これから衛兵に事情を説明する必要があり、問題が解決した訳ではないので、気を引き締め直すと、事情を説明する為に僕達は衛兵の詰所へと向かった。




 乗客の一人に土地勘があった為、迷うことなく衛兵の詰所へと辿り着くと。

 どうやら門兵から話が伝わっていたようで、到着すると同時に別室へと案内されることになった。


 そうして案内された別室は簡素なつくりの部屋で。

 大きな窓が一つあり、中央には木製のテーブルを挟む形で一対のソファー。

 棚などはあるが、本や紙束が収められているだけで、調度品の一つも飾られておらず、必要な物だけを置いた。と言った印象を受ける部屋であった。


 そんな部屋に案内され、詰所の職員が促すままにソファーに腰を下ろそうとしたのだが。

 返り血で汚れた自分の姿を見て、腰を下ろしたらソファーを汚してしまうと判断した僕は腰を下ろすことをやんわりと拒否をした。


 そんなやり取りをしていると、ガチャリと部屋のドアが開き、全員の視線がそちらへ向く。


 そこに居たのは中肉中背の男性で、鼻の下に髭を蓄えているくらいしかこれと言って特徴の無い男性だったが。

 その後の話を聞く限りでは、どうやらこの詰所をまとめている人のようで、中々に偉い人のようだった。



「聞く話によると盗賊を捕縛したと言う話だが」



 髭の男性は皆が座る対面のソファーに腰を下ろすと、そう尋ねる。



「ああ、王都方面からここに向かう途中の街道に森があるだろ?

そこに開けた場所があるんだが、そこに盗賊達を転がしてある」



 それに答えたのはゼフさんだ。

 事前の話し合いで、Cランク冒険者のゼフさんならある程度の信用があり、その言葉にも信憑性があるだろう。と言うことで事情説明はゼフさんに任せる事にしていた。



「なるほど。開けた場所と言うと心当たりがあるのは小川の流れている場所なのだが……

そこで合っているか?」


「多分だが、そこで合っていると思うぜ」


「そうか。では衛兵を数名向かわせようと思うが、その前に色々と事実確認をしておきたい。

疑う訳ではないが無駄骨と言うことは避けたいからな」



 髭の男性はそう言うと、棚から紙束と羽ペンを取り出し、聴取を始めた。


 僕達の名前や出身地の確認から始まり。


 捕縛されている盗賊の数は?

 どうやって捕縛した?

 犠牲者の数は?

 犠牲者の身元が確認できる物は?

 根城は分かるか?

 他に盗賊の仲間は居るのか?


 等々の質問をし、それにゼフさんが答えていく。

 その途中「彼の言っている事は本当か?」と、何度か質問を振られる場面もあったが。

 ゼフさんから得られた情報と、僕達から得られる情報に差異が無いことが分かると、髭の男性は頷き、紙束にペンを走らせていった。


 そして、一通り聴取が終わり。



「では、今から衛兵を向かわせる。――と、言いたいとこだが。

時間が時間だ。確認して連行して来るとなると、夜間の移動となってしまい幾分危険がある。

私も部下を危険な目に合わせたくないのでな、朝一番で向かわせることにするよ」



 髭の男性はそう言うと「それで大丈夫かな?」と僕達に確認を取り、僕達がそれに頷くと言葉を続けた。



「ところでだが。

今回の盗賊の情報だが、君達はどう言う扱いにしたい?

只の情報提供としてならこのまま帰って貰っても構わないが。

捕縛したと主張するのであれば、捕縛の報酬のこともあるので身柄を預かりたいんだが?」



 その言葉に僕達は顔を見合わせると「どうする?」と言った表情を浮かべる。



「ちなみに報酬は?」


「一人は死んでいるようだが、一人あたり銀貨一枚と銅貨が数枚と言ったところだな」


「全部合わせても金貨一枚と銀貨が五枚程度か……アル? どうする?」



 唐突に話を振られたことに驚いてしまうが。

 ゼフさん曰く、盗賊を捕まえたのは僕なのだから判断は僕に任せるとの事だった。


 まぁ、お金はある事に越したことはないが、正直、身柄を拘束されるのは遠慮願いたい。

 だが、貰えるなら貰った方が良いとも思う。そうして頭を悩ませていると、



「悩んでいるようだから、一つ教えてあげよう。

もし、君達が捕縛を主張して、その事実を確認できなかった場合だが。

町を守る衛兵をいたずらに混乱させた訳だから、虚偽罪で君達を捕縛する必要が出てくる。

だが、情報提供として留めるのであれば、事実を確認が出来なかったとしても、私達が自ら判断して動いた事になるのでその限りでは無い。


話を聞く限りでは、縛りあげて放置して来たみたいだが。

あの辺りは魔物は少ないとは言え、野生の動物などは普通に生息している。

衛兵たちが到着した頃には盗賊の姿がなかった。なんて事もあるかも知れないな」



 髭の男性がそう言い、その言葉に思わず渋い表情を浮かべる。


 要するに、髭の男性は情報提供に留めておけ。と言いたいのだろう。


 正直、僕としてはそれでも構わないのだが、暗に脅すような言い方をされては良い気はしない。

 しかし、事実が確認できなかった場合のリスクと報酬を比べたら、リスクの方が大きいと感じ、渋々ながら情報提供に留めることを伝えると。



「すまないね。素直に報酬を払ってやりたいところなんだが。

足に負傷している盗賊では犯罪奴隷としても買い手が付かないだろうし、拘束しておくだけでも幾らかの費用は掛かるからね……

本当迷惑な存在だよ盗賊と言うヤツらは」



 髭の男性は肩を竦めてそう言った。


 その言葉で、結局は足を狙って無力化した僕の自業自得だと言うことを知り。

 良い気はしない。などと思ってしまったことが途端に恥ずかしくなり、渇いた笑いが漏れた。


 その後、いくつかのやり取りを交わし、話が纏まった所で解放される事になるのだが。

 詰め所を出たその頃には完全に陽が落ちており、町は夜独特の賑わいを見せ始めている。


 そんな街並みを眺めながら、今日の出来事を振り返り「散々だったな」などと思うと、今日の寝床を確保する為に乗客達は詰め所を後にするのだった。







 夜の帳が下り、町も眠りに着いた頃。


 宿屋と村の門を繋ぐ道。

 その途中にあるやや開けた場所で、夜風の冷たさを肌に感じ、虫の音に耳を傾けながら、ある人が現れるのを待ったいた。


 いや、正確には現れない事を願って待っていたのだと思う。


 もし現れないのであれば僕の思い違いで終わるし。

 もし現れたのならその時は……きっとそう言う事なのだろう。


 そう考えた僕は悪い想像を消すように頭を振ると、目を瞑り、虫の音に耳を傾け始めた。






 どれくらいの時間そうしていたのだろう?



「このまま時間だけ過ぎてくれたら……」



 未だ現れない待ち人がこのまま現れない事を願い、思わずそんな言葉を零す。


 だが、現実と言うのはそんなに都合よくはいかない様で。

 僕の耳にジャリッジャリッと言う土を踏む音が届き、その音で人の訪れを知る。


 そして、視線を上げれば、そこには見知った姿。

 現れないで欲しいと願った待ち人の姿があった。



「こんな所でなにしてるんだアル?」


「ゼフさんこそ、こんな時間にお出掛けですか?」



 視線を上げた先にはゼフさんの姿があった。


 こんな時間にこんな場所で出会ったと言うの、さほど驚いた様子を見せないゼフさん。


 そして、そんなゼフさんの姿を見た僕は、

 「ああ、やっぱりそう言う事なのか」と半ば確信すると、ゼフさんの言葉に耳を傾ける。



「まぁ……な。

一身上の都合って奴だ。アルやダンテに悪いがここで抜けさせて貰うわ」


「一身上の都合? 聞かせて貰えたりは……しませんよね?」



 僕の質問に「悪いな」とだけ返すと、ゼフさんはこの場を後にしようする。


 一瞬、このままこの背中を見送ってしまおうか?

 そんな考えが頭を過るが、頭を振ってその考えを振り払うと、僕は覚悟を決め、確信した事実を口にした。



「そうですか。

確かに盗賊の仲間だからばれない内に逃げる。なんて言える筈も無いですよね」



 僕の言葉にゼフさんは一瞬驚いた表情を浮かべるが。

 取り繕う様に口角を持ちあげると、素知らぬ顔で口を開く。



「俺が盗賊の仲間? もしかして寝ぼけてんのか?」


「いいえ、寝ぼけていませんよ。

むしろゼフさんに魔力反応があることを伝えた時のゼフさんの反応。

その警戒心の薄さに疑問を持たなかったあの時の方が寝ぼけてたのかもしれませんね」



 ゼフさんが盗賊の仲間だと確信した今だから言えるが。

 下手に僕の意見に賛同し警戒してしまえば、盗賊達の襲撃に支障をきたし。

 それは盗賊達と繋がっているゼフさんにとって都合が悪かったのだろう。

 それなら、普段荒事を生業にしているゼフさんが警戒しなかった理由にも納得することが出来る。


 そう言った理由で御者にも疑いの目が向いたのだが。

 只の感ではあるが、盗賊との繋がりは無かったのではないかと思っている。

 その感が外れている可能性もあるが、仮に外れていたとしたら浮かばれないにも程がある。


 などと考えていると。



「ははっ、アル? なに言ってんだ?

俺が盗賊の仲間? お前が危なかった所を助けたのは俺だっての忘れてないか?」



 ゼフさんは僕の言葉を否定するが、この行動にも思い当たる事があった。


 ゼフさんは怪しい動きをしていたと言ったが、僕からすればそんな素振りは確認できなかった。

 それなのにゼフさんは怪しいと断じ、注意を促す手段が幾つかあるにも拘らず、致命傷を負わせると言う選択を取った。要するに。



「助けた? 口封じの間違いじゃないんですか?」



 恐らくそう言う事なのだろう。

 皆が聞いている前で、もし自分の名前が出たら言い逃れは出来ない。

 だから、その口を塞ぐ為に致命傷を負わせたと言うのが僕の推測であった。


 だが、当然この言葉にゼフさんは憤りを見せる。



「おいおいおい、勘弁してくれよ!

助けた相手にそんな言われ方したら流石にいい気はしねぇぞ?」



 ゼフさんが言うとおり、本当に助けるのが目的であるならばその憤りは理解できる。

 だが、僕は知っている。その憤りが偽りだと言うことを。


 そして、それを偽りだと言い切る理由を僕は口にした。



「……盗賊の頭が死ぬ間際にゼフさんの名前を口にしました」



 ゼフさんは、僕がそう言うのを予測していたのかもしれない。

 驚くことも狼狽えることも無く、表情すら変えずに僕の言葉を受け止めると、



「はぁ、やっぱり聞いてたんか。

まぁ、聞いてなきゃこんな時間にこんな場所で逢引きなんかしねぇもんなー」



 飄々とした態度でそう言って見せた。



「逢引きと言う様な関係では無いと思いますけど?

ですが、しっかり聞いてました。聞かされた名前が名前だけに隠す事にしましたけどね」


「冗談が通じないやつだな。

はぁーったく、ファムりの糞野郎が死ぬなら黙って死んどけってんだよ」



 ファムリ?と一瞬疑問に思うが、盗賊の頭の名前だと理解する。


 そして、ゼフさんは面倒くさそうに顔を顰め、ボリボリと頭を掻くと。



「まぁ、今更盗賊の仲間じゃないって言っても意味がなさそうだしな。

アルが思っている通り俺は盗賊の仲間だ。それでどうする?」



 盗賊の仲間と認めたゼフさん。


 ゼフさんが盗賊の仲間だと半ば確信していたが、本人の口から聞かされる衝撃は大きく。

 思わず声を荒げ問い詰めたくなるが、それを堪えると出来るだけ落ち着いた声を出す。



「自首して貰えませんか?」


「自首? お断りだな」


「何故ですか?」


「何故って? そもそも乗客を襲撃したのは盗賊達で。

俺がした事と言えば盗賊を殺しただけだ。褒められることはあっても自首する理由がねぇ」


「確かに傍から見ればそうかも知れませんが、実際は盗賊達の仲間じゃないですか!」


「証拠は?」


「証拠なら僕が証言します」


「はっ、お子様の証言とCランク冒険者の証言どちらが信用されると思う?

そんなもん証拠になりゃしねぇよ。分かったらそこをどいてくんねぇか?」



 ゼフさんはそう言うと、僕の肩を押しのけ歩きだそうとするが、僕はその腕を掴むとそれを阻止する。



「嘘を言わないで下さい。

僕の証言が証拠とならないのならこんな時間にコソコソと町を出る必要がありません」


「嘘じゃねぇよ。アルの証言なんか証拠になりゃしねぇよ」


「それは僕の証言だけならですよね? だから口封じしに行くんですか?」



 僕がそう言うと、ゼフさんはまるで忌々しい物を見るような視線を僕に向け。



「ちっ! 感の良いガキはこれだから!!」



 そして、腰に差してある剣の柄に手を伸ばすと一息で鞘から抜き放ち薙いだ。


 それを鞘から半分ほど覗かせた片刃の剣の剣身で受け止めると、後方に跳ぶ事で距離を取る。



「糞が! 不意打ちに近い一撃を防ぐかよ!」



 只でさえ忌々しい物を見る目がその感情を濃くして睨みつける。


 昨日までは決して向けられなかったその視線に酷く胸が痛み。

 その向けられた視線によって、今まで抑えていた感情が溢れ、僕は声を荒げた。



「なんで! なんでこんな事をしたんですか!!」


「はっ! なんでだと! そんなの金の為に決まってるじゃねぇか!

この時期は学園に向かうガキがたんまり金持って歩いてるからな!

それが二人も居ると分かった時は小躍りしそうだったぜ!」


「お金が目的だって言うんですか!?」


「それ以外何があるってんだ!?

それ以外に手前ぇらみたいなガキの子守りしてやる理由がねぇだろうが!」


「子守りって! だから僕やダンテと親しくしてくれたって言うんですか!?」


「当り前だろうが!

お前は兎も角、ダンテとか言う小僧はゼフのおっさんとか言って懐きやがってよ!

うっとおしくて仕方なかったぜ!」



 僕はその言葉で頭に血が上っていくのが分かった。

 ダンテはゼフさんに懐いていたし、冒険者と言う職業を目指しているダンテにとって、ゼフさんと言う冒険者は先達として尊敬の対象として映っていただろう。


 そんな気持ちを無視し、嘲笑うゼフさん。


 そんな姿を見た僕は「ああ、昨日までのゼフさんではないんだな」。

 そう思うと、ゼフさんと言う人間に対し失望していくのを感じた。


 そして――



「落ち込んだ時に、胸を張れって言って貰ったの嬉しかったんですけどね……」



 その言葉を決別の言葉にし。

 僕は片刃の剣を鞘から抜くと袈裟切りに斬って落とした。


 それは一瞬の事で、斬られた本人でさえすぐには気付かず、「へ?」と言う間抜けな声を上げることになったが。

 その事実に気付くと同時に痛みからか?それとも切られたと言う事実に驚きを受けたからか?

 ゼフさんは意識を手放すことになった。


 そうして意識を手放したゼフさんを見下ろせば、深くはないが浅いとも言い切れない。

 このまま放置しておけば間違いなく死んでしまうだろう。そう思わせる傷が確認できた。


 ゼフさんと言う人間に失望はしたが、殺したい訳では無かった僕は。

 薬草をすり潰して傷に塗ると、こうなる可能性も予想して用意していた包帯を巻いていくと、そのついでに包帯で手足の拘束もしていく。


 そして、応急処置を含めたそれらが終わると。



「……本当に……本当に残念です」



 未練染みた言葉を呟き、衛兵の詰所へと向かうのであった。

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