第80話 死の際と嘘

 盗賊達の意識が無い内に拘束してしまうことにした僕達は、馬車内から縄を取り出すと盗賊達を手早く縛りあげていく。


 その途中、縄が足りなくなると言うアクシデントもあったが。

 森に生息する植物の蔓を縄の代用する事で、どうにか対処することが出来た。


 正直、蔓の強度では拘束しきれるのか不安でだったが。

 試しに自分の腕に何重にも巻き付けて力を入れてみれば、思った以上の強度があり。

 これならちょっとやそっとの力では引き千切る事は出来ないだろう。

 そう判断した僕達は、縄で足りなかった分を蔓で代用し、盗賊達を縛りあげていった。


 その際に武器の類もしっかりと回収し。

 魔法を使う事も考えて、詠唱が出来ないように口に布も噛ませたので。

 最悪、蔓が引き千切られた場合でも、冷静に対応すれば問題は無い筈なのだが。

 僕やゼフさんは別として、ダンテや乗客のことを考えると少しだけ不安に思ってしまう。


 そうして不安に思っていると、それが表情に出ていたのだろう。



「そんな心配する必要無いんじゃねぇーか?

この足じゃ、拘束を解いたとしてもなにも出来ないだろ?」



 そう言って盗賊の足、正確には膝を指差すゼフさん。


 その指差す先には血に濡れた盗賊の頭の膝があり。

 その姿を見る事で確かにその通りかもな。と自分を納得させることが出来た。



 そうして盗賊達を縛りあげた後、適当に転がしておいた盗賊達に歩み寄り。

 蔓を取りに行った際に採取しておいた薬草を適当な感じで盗賊達の膝に張ると、止血をする。


 この行為にはダンテ以外の全員が渋い顔をした。

 しかし、それも当然のことだろう。

 もしかしたら殺されていたかもしれない相手を、応急処置とは言え治療をしているのだ。

 そう言った表情を浮かべるのも仕方が無いと思うし、文句の一つでも言いたくなると思う。


 だが、僕としてはなるべく犠牲を出さない手段を選んだと言うのに、ここで出血多量などで死んでしまわれたら本末転倒だし寝覚めが悪い。


 なので、そう言った渋い表情をされても辞める気は無かったし。

 皆の気持ちも理解出来るので、非難されたとしても受け入れる覚悟はあったのだが……

 どうやらそれは杞憂だったようで、渋い顔をするに留めてくれたようだ。



 ……若干、危うきに近寄らずみたいな雰囲気は感じるが、気のせいだろう。うん。




 そして、応急処置を終えると。



「お疲れ、襲ってきた盗賊の治療するとか酔狂なやつだよな。

アルが治療している間にこっちはこっちで済ませておいたぜ」



 ゼフさんはそう言って親指で後方を指した。


 ゼフさんが指差す先には、少し湿ったような、色の濃い土の盛り上がり二つ出来ており。

 それが意味することを理解すると、思わず顔を顰める。



「埋葬されたんですね」


「ああ、あのまま放って置いたら、下手すりゃアンデッドになる可能性があるからな。

それに短いとは言え一緒に馬車に揺られた仲だ。

せめて埋葬ぐらいは……って思ってよ」



 ゼフさんの言葉を聞きながら、盛られた土に視線を向けていると。

 気持ちに影が差して行くのが分かる。



「……僕がもっと真剣に止めていれば」



 たらればだが、もっと真剣に止めていれば二人は助かったのかも知れない。

 そんな思いから、ついそんな言葉を口にしてしまうのだが。



「アルが気にする事じゃねーよ。

御者なんて職業やっておきながら、盗賊に遭う可能性を考慮しなかった。

それを知る機会があったって言うのに、子供の戯言だと思って取り合わなかった御者自身の責任だ。


まぁ、俺もアルの言う事を信用しきれずに雑な対応しちまったけどな。

だから正確には俺と御者の責任で、アルが責任を感じる事は一つもねーよ」



 ゼフさんは僕を責めずに自分を責めた。



「でも……」


「でもじゃねーよ。

むしろアルが居なかったら、下手したら全員が死んでたかも知れねーんだぜ?

そうやって失った命より、救われた命の方が多いんだから胸の一つでも張っておけって。


それにだぜ?

こうやって何も出来なかったやつが飄々としてるってのに、盗賊をとっちめて皆の命を救ったやつが責任感じてるとか嫌味に見えるぞ?」



 ゼフさんはそう言うと、僕の腰をバシンと叩く。

 思った以上に強い力で叩かれたせいで自然とのけ反り、図らずとも胸を張る様な姿勢になる。


 そんな僕を見て「そうしてりゃいいんだよ」と言ってゼフさんが笑うと。

 その言葉で、なんとなく気持ちが軽くなった様な気がするのであった。






 その後、ひとまず全員が落ち着いたところで今後の予定を話し合う。


 誰が御者の役割をするのか?次の目的地は分かっているのか?

 盗賊達をどうするのか?そんな問題について話し合ったのだが、それらの問題は意外にすんなりと解決した。


 まず、御者の役割なのだが。

 冒険者ギルドの依頼で馬車を走らせた経験のあるゼフさんが、その役割を担当することとなった。


 次に目的地なのだが。

 それもゼフさんが把握している上、他の乗客の一人の目的地が次の目的地だったようで。

 何度も往復した経験がある事から道順などもしっかり覚えているらしく、道案内はその乗客に任せることとなった。


 そして最後に盗賊達の処遇なのだが。

 応急処置をしているとは言え、怪我の様子からこのまま次の目的地まで連行するのは無理だろう。

 と言う話になり、何ならいっそ殺してしまうか?

 などと言う、中々物騒な話にもなったのだが。

 どうやら次の目的地はここから大きくは離れていないらしく、そこで事情を説明すれば衛兵が盗賊達を連行してくれる筈なので、衛兵が到着するまで盗賊達が逃げないようにきつく縛りあげておけば大丈夫だろう。

 と、言う話で纏まった。


 その際、事情聴取の様なものが有ると予想され、2日程度は拘束されるかもしれないと教えられたが。

 それも仕方が無い事なので受け入れる事にすると、膝を撃ち抜くのではなく腕とかにしとけばよかったかな?

 などと少しだけ後悔をすることとなった。



 そうして、今後の予定が纏まり、それに従って行動を始めようとすると――



「ふぐっ、ぐぅう」



 そんな呻き声が聞こえ、その声によって皆の行動が止まる。


 その声がする方に視線を向ければ、意識を取り戻した盗賊の頭が這うようにして呻き声をあげている姿が目に入る。


 その様子を見て碌に動けていない事が分かるのだが。

 これからさらに縛りあげなければいけないのに、もぞもぞと言った様子でも動かれてしまえば、少しばかり面倒かも知れないと思い。

 もう一度、紫電で意識を奪っておいた方が良いかな?

 などと考えるが、只でさえ怪我で弱っているのに、もう一度紫電で意識を奪った場合、下手したら死んでしまうのではないか?とも考え少し躊躇する。


 そうしていると、ふと盗賊の頭と目が合ったのだが、その瞬間。



「ふごぉおおおお! ふがっ! ふっがああああああ!!」



 ぐねぐねと身体をうねらせると、もの凄い勢いで呻き声をあげた。


 布を噛ませているせいで、何を言っているかは分からなかったが。

 その勢いや表情から、罵詈雑言の類の言葉を口にしているのだろうと察すると、なんとも言えない表情を浮かべてしまう。


 やっぱり紫電で意識を奪ってしまおうか?とも考えたが。

 そう言えば、事情聴取があると言っていた事を思い出し、今の内にある程度の情報を引き出しておけば、事情聴取も短い時間で済むかも知れないし。

 衛兵に報告するにしても情報が多い方が円滑に進むだろうと考えた。


 そうして、その考えを実行する為、盗賊の頭に近寄り噛ませた布を外そうとしたのだが。



「お、おい! なにしようとしてるんだ!?」



 慌てた様子で声を上げたゼフさんに肩を掴まれたことによって、それは遮られた。



「えっと、この人から情報を引き出そうと思ったんですけど……

まずかったですかね?」


「ああ、そう言うことか。

まずくはないけどよ。あんま不用意に近づくもんだから少し焦っちまっただけだ。

悪かったな」



 成程と頷くと、そう言えば何も伝えず布を外そうとしてしまったことに気付き。

 何事も報告、連絡、相談は重要であり、それを怠ったことを反省する。


 改めて「情報を引き出そうと思うのですが、問題ないですかね?」と皆に尋ねてみると。

 反対意見は無いようなので、僕は盗賊の頭に歩み寄り、その口に噛ましている布を外した。


 その次の瞬間。



「手前ぇ! 縄を解きやがれ! 糞が!糞が!糞が!

絶対に殺してやるからな! 四肢をもいでゴブリンに食わしてやる!

手前ぇの四肢が食われてるのを見せながらガストンに犯させてやるからなぁああ!!」



 あまりに口汚く罵られたことに思わず顔を顰めてしまうが、そんな僕の様子を気にすることなく、盗賊の頭は罵り続ける。



「手前ぇだけじゃねぇ! 手前ぇの家族も同じように殺してやるよ!

それを手前ぇに見せつけてやる! 特等席でだ! 嬉しいだろう!? 喜べよ!!」



 家族と口に出した瞬間、カァッと頭に血が上っていくのが分かったが。

 メーテやウルフなら、この男が数百人いたとしてもどうする事も出来ないだろう。

 そう考えると一瞬で冷静になり、ご愁傷さまと言う言葉が頭に浮かぶ。 


 だが、僕の家族達を口汚く罵ったのは確かなので、この男に対して礼は必要ないだろう。

 そう考えると、やや挑発的な口調で話し始める。



「あなた如きでは僕の家族をどうにも出来ないと思いますけどね?

むしろ、場所を捜し出したとしてもそこに辿り着く前に、オークやリザードマンに殺されてしまうんじゃないですか?」



 僕達の住む森は通称『魔の森』と呼ばれているようで、魔物の姿が多く見られる。

 ゴブリンは勿論だが、オークやリザードマン。それに他にも危険な魔物も生息しているらしく。

 オークと同等かそれ以下の実力しか無いガストンにその頭であるこの男程度では、森に入った時点で高確率で死ぬ事しか想像できず、そう口にしたのだが。



「舐めた口聞いてんじゃねぇよ! 俺達に掛かればリザードマンぐらいどうにでもならぁ!」



 その言葉には素直に感嘆する。

 オークはギリギリなんとかなったとしても、リザードマン相手ではどうにもならないだろう。

 そう思っていたからだ。それと同時に少しだけ盗賊達の実力に興味が湧いたのだが、



「俺達に掛かれば巨躯だって相手に出来るからな! 今更ビビっても遅せぇからな!」



 その言葉で一気に興味が失せる。


 巨躯と言えばリザードマンの中でも特別な個体であるが、僕からしたら大した相手ではない。

 それを自慢気に語る様子から、その程度の実力しか無い事を察すると。

 やはりこの盗賊達ではメーテとウルフをどうにか出来る筈もないと確信した。



 それにしても。


 盗賊の頭はこの状況でよくこれだけ口が周るな。と疑問に思う。


 手足を縛りあげられてる上に、両膝を負傷している状態なのだ。

 普通に考えれば、身動きの取れない状況で僕達の機嫌を損なうと言うことは、ただ単に、自分の状況を悪くしているだけだと思うのだが……

 盗賊の頭は、僕達の顔色を窺う様子など一切ない。


 そんな盗賊の頭の態度を見て、伏兵でもいるのか?とも思い。

 魔力感知で周囲を探ったのだが、僕達と盗賊以外の反応は見られなかった。


 単に虚勢なのか?現状を打破する策があるのか?それともただ舐められているだけなのか?

 不可解な態度に疑問が残るが、とりあえずは尋問することでその態度の理由を探る事にする。



「巨躯ですか? それはすごいですね。

それはそうと、随分と強気ですが、そんな態度で僕達の気分を損ねるとか思わないんですか?」


「ああ! 思わないね!

手前ぇら如きの気分を損ねた所で何か問題でもあるのか?

ねぇだろ? どうせお前等は俺達の事を殺せやしねぇんだからよ!」


「殺せない? 何を根拠に言っているか分かりませんが。

仮に殺せないとしても危害を加えることは出来るんですよ?」


「へっ! 強がりを言ってんじゃねぇよ!

襲ってきた相手をご丁寧に治療してんだ! そんな度胸が無いことは分かってんだよ!」



 盗賊の頭との会話に成程と頷く。


 恐らく自分の治療された足を見て、殺される可能性は低いと高を括ったのだろう。

 だからこそ、盗賊の頭は悪態もつくし、強気な態度を崩さなかった。


 確かに、殺されないと高を括っているのであれば、今までの態度にも納得が出来たのだが。

 正直、それは浅慮ではないか?とも思う。


 僕自身、出来るだけ人を殺したくないと思っているのも事実だが、それは時と場合に寄る。

 もし殺さない事で、罪の無い人が殺されるのだとしたら、僕は人を殺す覚悟を決めるだろう。


 本当は殺したくないし、出来ることなら法に任せたいとも思っているが。

 その手段では間に合わず、誰かが犠牲になるのであれば、僕は覚悟を決める筈だ。


 だから、治療してあると言う事実だけ見て、殺されないと高を括るのは、あまりに浅慮ではないかと考えたのだが……

 そんな僕の考えを知る筈もない盗賊の頭は、汚い言葉で僕を罵しることに夢中になってる最中だ。


 そんな姿を見ると、流石に苛々してしまい。



「殺せないと思ってるんですか?」



 思わずそう凄んでしまったのだが。

 実際、身動きが取れない相手にそんなこと出来る筈もなく、これでは只の負け惜しみにしか聞こえないな。

 そう思うと、少しだけ恥ずかしくなる。


 だが、それでも多少の効果はあったようで、少しだけだが言葉が少なくなる。

 その様子を見て、案外言ってみるものだな。と思うも。

 どうにも性に合わない事に気付くと、こう言う言葉を使うのは自重しようと心に決めた。


 まぁ、それは兎も角。


 盗賊の頭がそう言った態度を取る理由は分かったのだが。

 それでも、僕達の気分を損ねて得することなど思いつず。

 他にも何かしら、強気な態度を取る理由があると思い、更に尋問を続けることにする。



「これから衛兵に連行して貰おうと思います。

もし、他に仲間が居るのなら今の内に話して貰えませんか?

素直に話して貰えるなら、衛兵に協力的だったことは伝えますよ?」



 前世では捜査に協力的だったり、自白した場合は情状酌量の余地有とかで、少しばかり刑罰が軽くなる場合もあると言う事を記憶していた。


 正直、その記憶がこの世界の法に当て嵌まるか分からないし。

 協力的だったと伝えた所で、どの程度罪が軽くなるかは分からなかったが、伝えないよりは伝えた方が少しは罪が軽くなるだろう。

 そう思って、なんとなしに伝えた言葉だったのだが。



「ほ、本当だろうな!?

素直に喋れば衛兵に口利きしてくれるんだな?」



 あまりの食い付き様に思わず後退りしてしまう。



「え、ええ。

素直に協力してくれるのであれば衛兵にそう伝えますよ」


「絶対だぞ! 絶対だからな!」


「わ、分かってます。話して貰えるなら絶対に伝えますから」




 口利きにどれだけの効力があるか分からなかったが。

 盗賊の頭の様子から、それなりの効力があることを察し、適当に口約束をしてまったことを少しばかり後悔していると。



「……これなら死なずに済むかもな」



 盗賊の頭はボソリとそう呟いた。


 衛兵に口利きをすると言ってからの取り乱し様と、その一言によって。

 なんとなくだが、今まで強気な態度を取っていた理由の本質を理解する。


 言ってしまえ自暴自棄と言うやつだったのだろう。


 僕達の機嫌を損ねないようにしても、衛兵に連行されてしまえば、その先に待ち構えていたのは死刑だと言うことを盗賊の頭は知っていたのだろう。


 知っているからこそ、僕達の機嫌を損ねたとして。

 最悪殺されるようなことになっても、盗賊の頭にとっては遅いか早いかの差でしか無い。


 結局は死ぬことが確定し、それが遅いか早いかの差であるならば。

 その原因となった僕の事を口汚く罵った方が盗賊の頭としても多少の鬱憤は晴れる筈だ。


 あくまで推測でしかないが、強気な態度を崩さなかったのはそう言う事だったのだろう。


 そう思うと、死なずに済む可能性を見出し、強気だった態度を軟化させたことにも納得することが出来た。


 そして、今の態度であれば情報を引き出すことも出来そうだ。と考えた僕は口を開く。



「では、根城や他に仲間が居るようなら教えていただきたいのですが?」


「話してもいいが、絶対に口利きしてくれよ? 絶対にだかんな!」



 何度も伝えると言っているのに念を押す様には、少しばかりしつこいと思ってしまうが。

 自分の命が掛かってるとなれば仕方が無いだろう。と思い、頷く事で了承を示すと、盗賊の頭は漸く話を始めた。



「まずは根城だが、この場所から小川に沿って森の法に20分程度歩くと洞穴があるんだが。

俺達はそこを根城にしている。

まぁ、洞穴自体もそうだが、その周りに簡易的だが木造の小屋もあるから行ってみればすぐに分かる筈だ」


「嘘は言ってないですよね? 嘘なら口利きしませんからね?」


「う、嘘じゃねぇよ! そこの小川だ!そこの小川を進んで行けば絶対に有る!」



 今更嘘をついても心象を悪くするだけなので特に疑っていなかったが、一応の確認をすると、次は仲間の有無を尋ねる。



「それでは、その根城に仲間とかは居ますか?

根城以外にも仲間が居るようなら教えていただきたいんですが?」


「あ、ああ。

根城を拠点として活動しているのはここに居る俺達だけだ」


「その言い方だと他に仲間が居るように聞こえますが?」


「ああ、俺達以外にも仲間が居る。そいつは――」



 盗賊の頭が仲間の情報を口にしようとした次の瞬間。



「危ない! アル!!」



 その言葉と共に剣を握りしめたゼフさんが僕の脇をすり抜けると。

 その剣は盗賊の頭の喉へと突き刺さり、その剣を抜くと同時に真っ赤な血が喉から溢れだした。


 突然の出来事に驚きながらも盗賊の頭に駆け寄ると、薬草の残りを喉に当て。

 片刃の剣を抜くと自分の着ていた外套を引き裂きその布で喉を抑える。


 だが、それでは出血を押さえることは出来ず、喉を抑えていた布は血を吸い一瞬で重くなる。


 更に外套を引き裂くとそれで喉を押さえるが、すぐに重みを増して行き。

 このままでは助からない事を半ば悟ると、思わず声を荒げる。



「何してるんですか!? この人は無抵抗でしたよ!!」


「アル。それは違うぞ? そいつが怪しい動きをしたのが分からなかったのか?」


「怪しい動き?」



 そんな動きなど確認できなかったのだが。

 会話に集中していた為に見逃してしまった可能性があった為に反論できない。


 それでも、攻撃を加える以外の方法はあった筈だ。

 避けろや離れろでも構わないし。

 攻撃を加えるにしたって、こんな致命傷になる手段以外にも手はあった筈だ。


 そう考えていると、袖に違和感を感じ。

 その違和感を確かめる為に袖に視線を向けると、盗賊の頭が袖を引っ張っている事に気付いた。


 そして、顔に視線を向ければ口をパクパクと開いていることが分かる。


 何か伝えたいことがあるのか?そう思い耳を近づけた瞬間。



「アル!! なにしてんだ!!」



 ゼフさんは剣を握り盗賊の頭に斬りかかろうとした。


 だが、その剣は届かない。


 抜き放たれた片刃の剣により、その軌道を塞がれたからだ。



「なっ!?」



 ゼフさんは僕が盗賊の頭を庇ったからか?それとも単純に剣の軌道を塞がれたからか?

 驚いたような声を上げたが、すぐに剣から力を抜くと鞘に収めた。



「アル? なにしてるのか分かってんのか?

盗賊を庇ったと言うことは仲間だと判断されても仕方が無いことなんだぜ?」



 確かにゼフさんの言う通りで、盗賊を庇ったら盗賊の仲間と思われても仕方が無い。


 だが。



「でも、もう盗賊じゃありませんよ。

ここにあるのは只の死体ですから盗賊を庇ったことにはならないと思います」



 盗賊の頭はゼフさんが斬りかかるとほぼ同時に息を引き取っており。

 盗賊では無く、只の死体となっていた。

 だから、酷い詭弁だ理解しつつも、命を奪ったゼフさんに皮肉を込めてそう言ったのだが、



「あ? 死んでたんか? それじゃあ盗賊とは言えねぇかもな」



 ゼフさんはそう言って興味を失った様な態度を見せると言葉を続けた。



「ところで、最後顔を近づけてたみたいだけど、盗賊は何か言ってたのか?」


「……いえ、何か伝えたいことがあったみたいなんですけど。

僕が顔を近づけた時には、もう……」


「ああ、そうなのか。それじゃあ仕方ないな。

それでどうする? 他の奴も尋問するのか?」


「いえ、もう少し情報を引き出したかったのですが。

移動の時間を考えたら、そろそろ目的地を目指した方がいいかもしれませんね」


「ああー、それもそうだ。後は衛兵に任せるのがいいかも知れねぇな」



 そして、そんな会話を終えると、ゼフさんが音頭を取り、各々が移動の準備を始める。






 そうして準備を進める中。


 僕は盗賊の頭が残した一言を思い出していた。


 嘘をついてまで隠した死の際の一言。



「……ゼぇフぅ」



 その一言を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る