第79話 盗賊

 どう動くのが正解なのだろう。


 未だ下種な笑い声をあげる盗賊達から、視線を外さないようにして考える。


 もし、このまま戦闘になった場合、僕一人ならどうにか対処出来るかも知れないが。

 この場には僕以外にもダンテやゼフさん、それに三人の乗客がおり。

 皆の安全を考えるのであれば、下手に動くことは許されないと言う状況であった。


 それに対処出来るかも知れないと言っても盗賊達の実力の程が不明確である現状では、それも確実だとは言い切れない。


 こんな時にメーテやウルフが居たら……


 そんな甘えた考えが頭を過るが、この場に居ない人を頼っても仕方が無いだろうと考えると、現状を打破する為に頭を働かせる事にする。




 そうして頭を悩ませたのだが、どれもこれも名案と言うには程遠い考えばかりだった。


 例えば乗客全員で逃げると言う案なのだが。

 これは、逃げ出すタイミングが少しでもずれてしまえば誰かしらが犠牲になると判断し没にした。


 だったらタイミングを合わせれば良いのでは?

 そう思ったが、こうも囲まれている状況では、そのタイミングを決める隙すらない。

 仮に奇跡的にタイミングが噛み合ったとしても、その場合は包囲を崩す為に数名の盗賊を無力化しなければいけない訳で、そうなってしまえば他の盗賊が動きだし誰かしらが犠牲になる可能性がある。


 これ以上犠牲者を出したく無い僕にとっては、とてもじゃないが実行しようなど思えず、そう言った理由がある為に没にした。


 他にも盗賊の頭だけを狙った無詠唱の奇襲なども考えたのだが。

 頭を潰した所で、他の盗賊達が怯まなかった場合の事を考えれば、やはり誰かしらが犠牲になる可能性があるので、これも没だ。


 その他にも何個か案は浮かんだものの。

 それを実行するには相手がどのくらいの実力があるかを理解する必要があり。

 もし想定以上の実力が盗賊に在ったなら、最悪の場合、僕を含めた全員が犠牲になる場合もある為、おいそれと実行に移す訳にはいかなかった。


 だがしかし、もし全員が犠牲になるのであれば……




 そう考えると、僕の中で命の重さを天秤に掛け始める。


 正直、命は平等だ。なんて言う綺麗事を言うつもりは無い。

 生まれや場所が違えば命の重さはその都度重みを変えるし、現に僕が前世で暮らしていた場所とこの世界では命の重さに明確な差がある。


 だからと言って天秤に掛けると言うのは決して褒めれた行為では無いと言うのも分かっている。


 分かっているのだが……

 この状況では、乗客と盗賊を天秤に掛けざるを得ない。

 そして、天秤に掛けてしまえば、僕の中で乗客の命の方が重いものと判断されるだろう。

 さらに言えば、乗客の命とダンテの命ならばダンテの命の方が重い。


 僕は軽い自己嫌悪に陥りながらも、ダンテだけは守り抜くと心に決めると。

 その上で出る犠牲に対して覚悟を決めた。


 だが、その時。



「なんかその面が気にいらねぇな。ちっとも怯えていやしねぇ。

なんだ? 諦めちまって好きにしてくれよってな感じか?」



 盗賊の頭がそんなことを口にし、その視線は僕に向けられていた。


 まったく的外れなことを言っているが、訂正する必要もないだろう。

 そう思って表情を変えずにいると、そんな僕を見て盗賊の頭は何やら思案顔でニヤニヤし始める。

 そして、何かを思いついたように表情を明るくすると。



「よし! お前にチャンスをやろう。おい」



 そう言って顎をしゃくると、脂ぎった巨漢の男が一歩前へ踏み出した。

 盗賊の頭はその巨漢の男の肩に手をやると。



「もし、こいつに勝てたとしたお前達は逃がしてやる。

まぁ、金目の物と食料は頂くが、それでも死ぬよりはマシだろ?

命あっての物種っていうしな? どうだやるか?」



 ニヤニヤとしながら尋ねた。


 僕はその言葉に、当然何かしらの裏があるのだろうと考えたのだが。

 確かにこれはチャンスかもしれないとも考えていた。


 手を合わせる事によって相手の力量を測る事が出来れば、もしかしたら没にした案を実行できる可能性も浮かびあがるし。

 可能性は極めて低いとは思うが、言葉通り逃がしてくれるかも知れない。


 もし、それを反故にされた場合でも、僕としては覚悟を決め直すだけだ。

 そう考えると、盗賊の頭の提案を受けない。と言う選択肢は僕の中から綺麗に消えおり、頷くことで提案を受ける事を伝えると一歩前へと踏み出した。


 そんな僕を見た盗賊の頭は、やはりニヤニヤとした表情をしていたが、それをより深いものにすると。



「おお! やる気満々じゃないか!

男の子はそうでなくっちゃなー!」



 まるで小馬鹿にするようにパチパチと手を叩いて見せる。


 そして僕の背後からは。



「ア、アル大丈夫なのか? い、いや大丈夫な訳無いよな。

わりぃ、なんて言っていいか分からないけど、頑張れって言えばいいのかな?

力になれなくてごめんな……」



 ダンテがそう声を掛け。



「すまないアル……お前の忠告にもっと耳を傾けてればこんな事にならなかったのに」



 ゼフさんが自責するように呟く。



「お、お願いだか勝ってちょうだい! もし勝てたら私の事好きにしていいから!」


「こ、こんな子供に頼るくらいなら俺が戦った方が……」


「絶対に! 絶対に勝てよ! 勝たなきゃ許さないからな!」



 他の乗客達も激励?の言葉を掛けてくれたがどうにも自分勝手な言い分が多く。

 少しだけうんざりするが、命が掛かってるのだから仕方がないかと納得させると、さらに一歩踏み出した。



「準備は整ったかい? 整ったら始めて貰うぜ?」


「ええ、大丈夫ですよ」


「へっ、余裕じゃねぇーか。

おい! ガストン! あんまりすぐに壊すんじゃねぇーぞ!

諦めた面したやつが希望に縋り付いて、そこから絶望する面を見るのが楽しいんだからな!」


「頭ぁ、了解すっ」



 そう言う理由で戦う事を提案したのか。と納得はしたが。

 その嗜好の歪さには思わず顔を顰めてしまう。


 そんな僕の表情を見て、盗賊の頭は嬉しそうにニヤニヤすると。



「それじゃあ、そろそろ始めるぜ?

この小石を上に弾くが、小石が地面に落ちた瞬間が開始の合図だ」



 そう言って小石を拾い上げると、宙へと弾いた。


・・・・・


・・・・


・・ 



コッ



 その瞬間。ガストンは手に持った斧を真横に振る。


 僕は身体強化を施すと、その一撃を避けるために脚に力を込めるのだが……



「え? これ本気?」



 あまりにも遅い斧の動きに思わずそう零してしまった。



「あぁ? 本気に決まってるだろぉ! 手加減して貰えるとでも思ったかぁ?」



 いや、そう意味では無く、本気でやってるのか?と言う意味だったのだが……

 ガストンはなにやら得意げな様子でそう言い放つ。


 だが、敵の言葉だ。

 それを鵜呑みにして、油断してはそこを狙い打たれるかもしれないと思った僕は気を抜くことなく対応して行く。


 頭上から振るわれる斧。


 袈裟切りに振るわれる斧。


 逆袈裟に振るわれる斧。


 そのすべてに油断無く対応して行くのだが……



「やっぱり遅いよな……」



 ガストンの振る斧はどの動きも遅く、身体強化が無くても余裕を持って避けられる程度の速さしか無かった為。

 つい、そんな言葉が零れてしまったのだが。



「ああ、今更泣こうが喚こうがもう遅いな。

少しでも希望を持った所申し訳ないが、こう見えてガストンは俺の右腕でな。

子供如きではどうにもならんような相手だよ」



 盗賊の頭は、僕の言葉を曲解したようで嬉しそうにくつくつと笑う。


 その間にも斧は振るわれ続けているのだが、僕は危なげも無くそれを避け続ける。


 そうしていると。



「ぜぇぜぇぜぇ、こ、このぉ! ちょこまかと逃げまりやがってぇ!」



 有ろう事か息切れを起こし始め、只でさえ遅かった斧の動きが目に見えて遅くなり。

 擬音を付けるのであればヒョロヒョロと言った擬音が似合いそうなものへと成り下がっていた。


 そして、このような状態を見せられれば流石に把握する。


 このガストンと言う男に大した実力が無いと言う事を。


 正直、この男はオークに勝てるくらいの実力しかないのでは?

 そう思ってしまう程の力しか感じない。

 そして、このガストンを評して右腕とまで言ったのだ。

 盗賊の頭も、その仲間達も大したことが無いのだろう。僕の中ではそう言った結論に達した。


 そうなると、実力が分からなかった故に没にした案が浮上してくる。


 ガストンの斧を避けながら周囲を確認してみれば、盗賊達はどいつもこいつもニヤニヤとした表情で僕が戦う様を眺めており。

 警戒するような様子すら見せない。


 そんな様子を見た僕は、油断している今がチャンスだろう。

 そう考えると。



「約束を反故することになりますけど。

まぁ、相手は盗賊だし仕方が無いですよね?」



 そう口にした。


 盗賊の頭は、僕が何を言っているか理解できなかったようで。



「あん? 手前ぇなに言ってやがんだ?」



 怪訝な表情を浮かべて尋ねるが、僕はそれに答えない。

 その代わりと言っては何だが一つの言葉を返す。



『水刃』



 その言葉を口にした次の瞬間。



「あん? 何だッ――がぁあああああああああっ!!」


「いってぇえええええええ!」


「な、何が起きた!?」


「ひ、膝が! 膝がぁああああああああ!」



 13人の盗賊達は両膝を赤く染めた。


 突然の出来事に呆けた表情を浮かべる者も居たが。

 すぐに自分の身体の異常に気が付くと、尻餅を突くように倒れ、苦痛の叫び声をあげ、のた打ち回る。



「皆さん今の内に盗賊から離れて下さい!」



 僕の言葉で慌てて盗賊達から距離を取るダンテ達。


 距離を取ろうとするダンテ達を見て盗賊の頭はまずいと判断したのだろう。



「う、射て!」



 仲間に矢を射させようとするが、そんな事は許す筈も無く。

 僕は紫電を放つと射手の意識を奪う。



「む、無詠唱だと!? てっことは!これも手前ぇがやったのか!? なにしやがった!?」



 盗賊の頭は射抜かれた自分の膝に目をやり、そう尋ねるが僕はそれに答えない。

 それに答える義理もないし、手の内はそう簡単に説明するべきでは無いと思っているからだ。


 だが、それで盗賊の頭が納得する筈もなく。



「手前ぇシカトすんじゃねぇ!! 答えやがれ!!

勝負を受けたくせに約束を破りやがって!!

ふざけんな! 盗賊との約束すら守れねぇ手前ぇは盗賊以下の糞野郎だ!!」



 口角泡を飛ばす勢いで声を荒げる盗賊の頭だが、やはりそれにも答えない。


 内心、二人も殺して、僕の事も殺す気だった癖に、随分な言い様だな。とは思いはしたが。


 そしている内に、ダンテ達が充分に距離を取った事を確認した後。

 早々に盗賊達の意識を奪ってしまった法が良いだろう。

 そう判断した僕は、ばら撒くように紫電を放つと、それは盗賊達に見事に命中し、盗賊達の意識を奪っていった。



 ぐるりと周囲を見渡し、盗賊達の意識が無い事を確認した僕は案通りに事が運べたことに、ふぅと息を吐く。


 そう、僕が没にした案と言うのは、無詠唱魔法での奇襲による一斉無力化であった。


 この方法ならば乗客に犠牲が出る事も無く相手を殺す事も無いので、僕の精神衛生上、最も好ましい手段ではあったのだが。

 メーテやウルフなんかは、魔法の発動に対応して余裕で避けて見せたりするし。

 女王の靴のライナさんなんかもギリギリと言う感じではあるが防いでみせたりするので。

 防がれた場合に手痛い反撃を貰う可能性を考えて、取る事が出来なかった手段でもあった。


 しかし、盗賊の実力がオークレベルであると判明した結果。

 その程度であるなら、水刃で膝を射ぬき、全員の機動力を奪い無力化することも可能だろう。

 そう判断した僕は、一度は没にしたものの、採用することを決めた訳だ。



 何はともあれ。


 意識の無い内にロープか何かで拘束してしまった方が良いだろうと考え。



「じゃあ、適当に縛っちゃいますか」



 そう言って振り返り、皆に視線を向けると。



「……お前とんでもない奴だったんだな」



 などと驚いた様な呆れた様な、そんな口調でダンテが言い。



「ははっ、何だよこれ? ありえねぇだろ?」



 ゼフさんは呆けたように呟く。



「あ、ありがとう! でもあれよね! さっきはああ言ったけど子供にはまだ早いわよね!」


「助かったけど、もしかしてアイツら大した事無かったんじゃないか?」


「よくやったな! 俺はお前のこと信じてたぜ!」



 他の乗客も一応はお礼の言葉を口にしているが、その言い様や手のひらの返し様には少しばかり呆れてしまう。


 皆の反応になんとなく腑に落ちないものを感じながらも。



「皆さんが無事で良かったです。さぁ、盗賊が起きない内に縛ってしまいましょう」



 気持ちを切り替えてそう言うと。

 皆は頷き合い、盗賊達を拘束する為に行動を開始するのであった。

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