第78話 警戒心

 王都から出発した馬車は僕達を乗せて順調に進み、10日と言う日数が経った現在。

 御者に現状を尋ねれば、旅の工程も3割程度は消化されている事を教えてくれた。


 実に順調で平和な旅ではあるのだが。

 僕の知る旅と言えば、主に挙げられるのは迷宮都市から帰郷する道中の事なので。

 その道中と比べたら、本当にこれと言った危険も無く、なんとも肩すかしを食らったようにも感じてしまうのだが。

 ダンテにやんわりと「旅ってこんな感じなの?」聞いてみれば。



「大体こんな感じだと思うぞ。

場所によっては魔物や盗賊なんかとはち合わせる事もあるみたいだけど。

こう言った人の往来の多い街道じゃ、それもめったに無いらしいからな」



 との事らしく、僕の常識の方が間違っている事に気付かされた。


 まぁ、平和であることは願ってもいない事なので、自分の思う旅とは違うからと言ってケチをつける事ではないだろう。

 そう納得させると、なんとなしに馬車内を見渡す。


 そうして馬車内を見渡せば、王都を出発してからの乗客の顔触れはがらりと変わっていた。


 何故そんな事になっているかと言うと。

 どうやら他の乗客は学園都市へ向かうのではなく、その途中に在る宿場町や村が目的地であったようで。

 宿場町や村に寄った際に、乗客の数名はそこで下車していたのだが。

 その代わりに学園都市方面に向かう新たな乗客が乗車したり、御者も人員交代をした結果。

 乗客の顔触れががらりと変わってしまったと言う訳だ。


 そうして、何度か乗客の入れ替えが行われたことで、王都から変わらず乗り続けているのは僕とダンテ。

 それに護衛の男性を併せると、変わらず乗り続けているのは3人だけとなってしまった。


 そして、10日間も顔を合わせていれば流石に会話をする機会も増えてくる。

 無理やり会話をしないようにすればその限りでは無いかも知れないが。

 わざわざそうする必要もないのだから、自然と会話をする機会が増えるのも当然のことで、数日もすると、僕とダンテ。それに護衛の男性であるゼフさん。

 その三人で行動することが増えていった。


 最初はダンテも「話が合わなそうだな……」と言って倦厭する節があったのだが。

 昼食を一緒に取ったり、宿場町で無理やり酒場に連れて行かれたりを繰り返している内に、どうやら少しづつ心を開いてきたようで、今では懐いている様にも見えた。


 ダンテって案外ちょろいんだな。

 などと失礼な事を思いもしたが、実際ゼフさんと言う人は中々に子供心をくすぐるのが上手く。

 悪い遊びを教える親戚のおじさんと例えれば、なんとなくだが、ゼフさんと言う人を分かって貰えるのではないかと思う。


 酒場に連れ出してはお酒を舐めさせたり、女の子の口説き方を教えたり。

 そう言ったちょっと悪いことを教えてくれるおじさんがゼフさんと言う人で。

 ダンテぐらいの年齢であれば、そう言ったちょっとした悪さと言うのは魅力的に映る物で、コロッと陥落されてしまうのも仕方が無い事だと思えた。


 そして、もう一つ。

 このゼフさんなのだが、Cランクの冒険者らしく、馬車の運行管理をする組合だかに依頼されて、今回護衛の任に付いたようなのだが。

 どうやらダンテは学園を卒業したら冒険者や探索者と言った職に付きたいようで、そう言った理由から冒険者であるゼフさんに懐いているのだとも思えた。



 そうして、ここ最近一緒に行動することの多い僕達三人。

 席を近くして馬車に揺られていると。



「詠唱は主に三小節に別れているが、四小節以上が必要になるのはどのような場合か答えよ」



 唐突にダンテが尋ねて来た。



「えっと、精霊魔法を行使する時」


「正解。

じゃあ『水球』『火球』『土球』その詠唱を答えよ」


「『雫よ 空を流れて 対を弾け』

『灯よ 空を照らし 対を弾け』

『礫よ 空を転がり 対を弾け』だった気がするけど合ってる?」


「おう。これも正解だな。

んじゃあ『火で穿て』を『火で踊れ』に変えた場合はどうなる?」


「穿てだと直線で飛ぶけど、踊れだと途中で曲がる。

それと、二小節目で想像しておけば任意の方向に曲げることが出来る」


「おお〜補足まで覚えてるのか。

この調子なら本当に問題なさそうだな」



 どうやらすべて当たっていたようで、僕はホッと胸を撫で下ろす。


 馬車に揺られてる間、こう言ったやり取りを何度か繰り返しているダンテと僕。

 そのおかげもあってか、今では結構な割合で、ダンテの出す問題に答えられるようになっている。


 10日かそこらの勉強でよくここまで覚えられたとは自分でも思うが。

 ダンテが言うとおり、魔法の本質的なことは理解できていたようで、ダンテに丁寧に教えて貰った結果、ある程度の問題は理解が出来るようになっていた。


 流石に詠唱となれば暗記の要素が強く、覚えるのに苦労させられているが。

 何度も復習している内に、その法則性と言うものが見えて来たので、後20日もあれば問題無く覚えられるだろうと考えている。


 それに20日と言うのは馬車の旅での目安であって、到着してからも一ヶ月近くはあるのだから、学園都市に付いてからも勉強を続けて行けば試験までにはなんとかなるだろうと、心にゆとりさえ持ち始めていた。


 こんな風に考ることが出来るのもダンテに出会えたおかげであり。

 そうしみじみ思うと、感謝の気持ちからか笑顔が零れたのだが。



「何一人でニヤニヤしてるんだ? なんか怖ぇーな」



 感謝を向けた本人にそう言われてしまっては笑顔を収めるしか無く、何となく切ない気持ちになってしまうのだった。






 その後も馬車は問題無く旅の行程を進めて行く。


 本当に何事も無く順調に旅は進み。

 気が付けば王都を出発してから20日と言う日数が経過していた。


 そんな現状を見て、このまま何事も無く学園都市に辿り着きそうだな。

 などと考えていたのだが。


 そう考えてしまったのが何かのフラグになってしまったのだろう。


 時刻は昼を周り、適当な開けた場所を見つけたら、そこで昼食にしようと言う時だった。


 馬車に揺られ何気なしに外の景色を眺めていると、街道を進んだ先に十数名からなる魔力反応を確認することが出来た。


 その反応を感じた僕は先行してる馬車か、もしくはすれ違う馬車の反応かと思いもしたのだが。

 よくよく魔力感知をしてみれば、その魔力反応はその場から移動していない事に気付く。


 それを不審に感じた僕は、魔力反応がある場所に何があるのかを尋ねる為に御者席へと歩み寄ると御者に声を掛けた。



「すみません。ここから馬車を少し走らせた左手側って何かあったりします?」


「左手側ですか? えっとですね。

ご覧の通り左手は森となってますが、もう少し行くと小川の流れる開けた場所がありますね。

何か気になる事があったんですか?」


「十数名の人の反応があったので、少し不審に思いまして」


「へぇ、それも魔法か何かなんですかね?

まぁ、でもその反応と言うのは他の馬車の乗客じゃないですかね?

その場所は休憩に最適ですからね。きっと別の乗客たちが休んでるんだと思いますよ」



 御者はそう言うと変わらずに馬車を走らせる。


 そんな姿を見て警戒心が薄いな。などとぼやきたくなるが、御者の言う事も否定できないので。

 「一応注意はしておいた方が良いですよ?」とだけ伝えたのだが。

 返ってきた返事は「心配症ですね〜」と言う警戒心の欠片もない言葉であった。


 御者の言葉に頭を抱えながら、元居た席へと腰を下ろすと。



「アル、なんか気になる事があったのか?」



 腰を下ろした僕に、ゼフさんが尋ねた。


 御者は警戒する様子すら見せなかったが、ゼフさんならば。

 そう思い御者とのやり取りを説明をする。



「街道の先に十数名の魔力反応があったので気になって御者に尋ねたんですが。

御者が言うには他の乗客が休んでいるのだろう。と言う事で取り合ってもらえませんでした……

少しばかり不安なので僕としては警戒をした方が良いと思うですけど、ゼフさんはどう思います?」


「ん? 魔力反応? そりゃあ魔力感知てヤツか?

やっぱ学園に通おうってヤツは器用な事が出来るんだなー」



 僕がそう伝えると、感心したようにゼフさんが言うが。

 その呑気な様子に少しだけイラッとしてしまう。


 そんな僕達の会話を聞いて、ダンテが「……普通、目視の範囲外とか感知出来ねぇよ」

 などとブツブツ言っていたが、ゼフさんは構わずに言葉を続ける。



「んー。そんなに心配しなくていいんじゃねーか?

御者がそう言ってるんなら多分そうなんだろうよ」


「へ?」



 ゼフさんの言葉に思わず間抜けな声が出るが。

 それと同時に、僕の考え方の方がおかしいのでは?という考えが過る。


 御者もゼフさんも警戒する素振りすら見せないことに加え、意見としても僕の方が少数派である為、そう言った考えをしてしまう。


 僕としては、警戒するに越したことは無いと思うのだが。

 メーテとウルフとの旅を基準として警戒するのは、この20日間を通して、それは過度な警戒だと言うのは理解していた。


 それでも、警戒に越したことは無い。と僕は思うのだが……

 御者もゼフさんもこう言った旅と言う物には慣れてる筈で、その二人が心配無いと言うのであれば、それが正しいのではないか?

 そう思ってしまう自分も居た。


 どうしたものか?そう思ってダンテに視線を向けてみれば。



「俺もこう言った長旅は初めてだからな……あんまり勝手が分からないんだわ。

悪いな、アル」



 そう言って困った様な仕草を見せるダンテ。


 そうこうしてる間にも馬車は街道を進んで行き。



「着きましたよー。

あれ? 人なんて居ないじゃないですかー。

反応があるとか言ってましたけど、やっぱり何かの間違いなんじゃないですか?」



 休憩場所に到着すると、まるでからかうように御者は言ったのだが。

 それは、僕からしたらおかしな話であった。


 何故なら、僕の魔力感知は未だに魔力の反応を捕らえていたからだ。


 そして、それから察することは――



「馬車の中に逃げて!」


「へ? どうしま――」



 御者が肩越しに振り返り発した言葉は、側頭部を射ぬく矢に因って途切れることになった。


 御者の頭部から生えた鏃を伝い、馬車の床にぽたりぽたりと赤い雫が落ちる。


 その光景に馬車内は静まり返り、誰かの生唾を飲むゴクリと言う音が妙に大きく響いた。


 そして、次の瞬間。


 馬車内は乗客の悲鳴に包まれた。



「うわぁあああああああああ」


「ちょっと! どいてよ!」


「は、早く逃げなきゃ!」


「お、おい踏むんじゃねーよ!」



 今現在、馬車内に居るのは僕とダンテ、それにゼフさん。

 それ以外の4人の乗客で合計7人が乗り合わせていた。

 数で見たら決して多くは無い人数だが、その内の4人が慌てるように動きまわれば、広いとは言えない馬車内である為に行動が制限されてしまう。


 その結果。初動が遅れてしまったのが致命的だったのだろう。


 気が付けば魔力の反応は馬車を囲むように移動しており。

 目視で確認することは出来ないが、魔力感知によって完全に包囲されてる事を知る。


 そんな致命的な状況に思わず舌打ちをしそうになるが、それを堪えていると馬車の外から声が掛かる。



「完全に包囲してるから抵抗はするなよ? んじゃ、一人ずつゆっくりと馬車から降りろ」



 その声に促され、一人、また一人と恐る恐るな足取りで馬車を降りて行く乗客達。


 僕も警戒しながら馬車から降りると、目視と魔力感知によって周囲を窺った。


 それで分かったのは、御者を射殺したこの集団は13人で構成されていると言う事。

 それと、一人の男が一歩下がって様子を窺い、他の12名が馬車を包囲していると言う状況から。

 恐らくではあるが、一歩下がって様子を窺ってる男が頭だと予想をすることが出来た。


 そうして状況を整理していると。



「お前ら、そこに一列に並べ」



 この集団の頭と思わしき男が口を開き、そう僕達に命令をする。


 現状を打破するにも、囲まれている状況では下手に動かない方が良いと判断した僕は。

 とりあえずは従っておこう。そう思い移動し始めたのだが。



「お、俺はまだ死にたくないぃぃいいい」



 乗客の男性はそうは思わなかったようで、叫び声を上げ街道へと駆け出した。


 頭と思わしき男が顎をしゃくる様にして合図を送ると、次の瞬間。


 ヒュンと言う風切り音が聞こえ、その音は逃げ出した男性の後頭部に届いた。



「があっ!」



 逃げ出した男性は短く声をあげると、その場でうつぶせに倒れる。

 そして、その後頭部には一本の矢が突き刺さり、赤黒い血がそこから溢れさせていた。


 その様子を見た僕は思わず顔を顰めてしまう。


 御者と言い、男性と言い立て続けに2人の人間が死んだのだ。


 魔物を多く狩ってきた事もあり、生き物の死に関して慣れなのか麻痺なのかは分からないが、大分鈍感になっている僕であったが。

 それでも人間の死と言うのは衝撃的で、想像以上に精神が乱れているのを感じた。


 だが、その精神乱れが判断力にも影響することをこの二年間で学んだ僕は知っており。

 僕は深く息を吸い、長く息を吐くことでなんか精神を落ち着かせてみせた。


 そうして、再度周囲を見れば、僕以外の乗客は人が死ぬのを間近で見たせいか?

 それともこれから行われる何かを想像してか?

 皆一様に青い顔をしてその身体を震わせている。


 いや、一人ゼフさんだけは若干緊張した面持ちではあるものの、毅然とした態度は崩しておらず。

 流石はCランク冒険者だな。と思い、感心させれれる事になった。



 そして、集団の頭と思わしき男、所謂盗賊と言うやつだろう。

 盗賊の頭が言った通りに僕達は一列に並ぶと、盗賊の頭は値踏みするような粘っこい視線を僕達に向けた。


 すると。



「ちっ、女は一人しか居ねぇのか。これじゃすぐ壊れちまうな。

後はおっさんが三人にガキが二人か……俺は興味ねぇが誰か欲しいやついるか?」


「女は兎も角としてガキはなぁ……」


「何だいらねぇのかぁ? 頭ぁ、ガキは俺が貰って良いかぁ?」



 盗賊達はそんな会話のやり取りを始めた。


 その会話のやり取りが、何を意味しているのか女性とダンテも理解したのだろう。

 「ヒッ」と言う短い悲鳴をあげたのだが。


 それが盗賊達には酷く面白く感じたのだろう。

 盗賊達はゲラゲラと下種な笑い声を周囲に響かせ、その笑い声を聞いた乗客達は一層のこと身体を震わせるのであった。

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