第77話 魔族の少年
「なー?
もしかしてお前も学園都市に試験受けに行く感じか?」
そう尋ねた魔族の少年の返答に一瞬間が開いてしまうと。
「ん? なんだ?
もしかして魔族を見た事なくてビビってるのか?
心配しなくていいぜ。魔族って言ったって人族と大して変わらないからよ」
などと言って少年らしい笑顔を向けてくる魔族の少年。
「別にビビってる訳ではないですよ?
何度か魔族の方とは会ったことがありますしね。
ここら辺ではあまり見かけないので少し驚きましたけど」
城塞都市でも魔族の人達は何度か見掛けたし。
迷宮都市ではバルバロさんと何度も顔を会わせていたので、魔族と言う種族にビビっていると言う訳ではないのだが。
ここら辺ではあまり見ない魔族と言う種族に加え、それが少年だと言うことには多少の驚きを感じたのは事実だった。
「へ〜魔族に会ったことがあるのか。
綺麗な言葉使う割にはそれなりに経験豊富なんだな。
んで、質問なんだけどお前も学園都市に試験受けに行くのか?」
「そうですね。
次の学園都市行きの馬車に乗って向かう予定になっています」
「おっ! やっぱりそうか!
俺も次の馬車で学園都市に向かう予定なんだよ」
どうやら、この魔族の少年も学園都市に向かうと言うこと知る。
魔族の少年は「隣いいか?」と言うと長椅子の隣を指差し。
僕がそれに頷くと魔族の少年は長椅子に腰を下ろしてから言葉を続けた。
「いやー、助かったわー。
これで長い馬車の旅もどうにか乗り越えられそうだわ」
「何か問題でもあったんですか?」
「まぁ、問題て程の問題じゃないけどよ。
なにせこれから一ヶ月もの間、馬車で移動しなきゃならないだろ?
話し相手の一人でも居なきゃ暇で死んじまうかも? とか思ったんだよな」
「ああーなるほど。それは確かにですね」
暇を潰す為に絵を描く為の一式を揃え、散財とも言えるだけのお金を消費した僕にとって、少年の言った言葉は深く頷くに十分な言葉であった。
「だろ? まぁ、他にも馬車に乗る奴は居るとは思うけどよ。
どうせ話すなら同世代の方が話してて楽しいし。
それに、試験を受けに行くのが目的なら色々と情報交換もできそうだしな」
魔族の少年はそう言って再度少年らしい笑顔を浮かべると、僕に手を差し出す。
どう言う意味かと一瞬悩むが。
「そういや、自己紹介がまだだったな。
俺の名前はダンテ=マクファーって言うんだ。
まぁ、皆は普通にダンテって呼ぶけど好きに呼んでくれよ」
自己紹介をされたことで、差し出された手の意味を理解すると、僕はダンテの手を握る。
「よろしくダンテ。僕の名前はアルディノと言います。
仲の良い人は大体アルって呼びますが、僕もアルディノでもアルでも好きに呼んでくれて構わないですよ」
「そっか! じゃあ折角だしアルって呼ぶわ!
よろしくな!アル!」
僕の自己紹介にダンテはそう答えると、握られた手をぎゅっと握り返す。
そして、なんとなくお互い笑顔を浮かべると。
馬車が来るまでの間、僕達は雑談に興じることとなった。
そして、それから少し経った所で、二頭立ての幌馬車が発着所に到着する。
この頃には僕達の他にも何人かの人達が発着所に集まっており、どこかしこから話し声が聞こえ始めていた。
そんな中、周囲の人達に視線を向けていたダンテなんのだが。
「うわぁ、俺達以外はおっさんばっかかー。
本当、話し相手にアルが居無かったらと思うとぞっとするな……」
などと嫌そうにぼやくと、その反面、ホッとしたような表情を浮かべていた。
ダンテの言葉で僕も周囲を見渡せば、30代か40代と言った風貌の人が多く見られる。
中には20代の中頃と思われる男性もおり、流石におっさんと言うのは失礼ではないかと思ったのだが。
ダンテくらいの年齢からしたら、一定の年齢を越えたらおっさんに映るのかも知れない。
そう思うと、前世での子供の頃に「おじさんさんありがとう!」「こら!お兄さんでしょ!」
そう言ったやり取りがあったことを思い出し、自分もダンテの事を言えないな。と、反省をする。
それはそれとして、ダンテもそんなに露骨に嫌がらなくてもいいのに。とも思ったが。
子供からしたら大人達の会話なんて言うのは退屈だと言うのもなんとなく理解できるし。
大人同士でさえ、少し世代が違うだけで話が噛み合わないことが多々あるのだから、ましてや大人と子供ともなれば、それは顕著に現れるだろう。
そんな中で話題を探して会話をする事を考えれば、多少なり気疲れしてしまう事も想像できた。
まぁ、ダンテがそこまで考えているかは定かではないが。
話し相手に大人しか居ない事を想像し、ダンテがそうぼやいてしまうのも仕方が無い事だとも思えた。
そんな事を考えていると。
「護衛の方を除くと全員で6名ですかね?
荷物を運び込むのが終わり次第出発しますので、終わりましたら声を掛けて下さい」
御者が周囲にそう伝えた。
その言葉で周囲の人達が荷物を積み込を始め。
僕とダンテはバックパックくらいしか無いので、その作業が終わるのを待つ事にすると。
荷物を積み込みを終え、馬車に他の乗客が乗り込んで行くのを見届けてから馬車へと乗り込んだ。
そうして僕達が馬車に乗り込むと、皮鎧を身に着けた男性が乗客に荷物の積み込みや忘れ物が無いかの確認を取る。
多分だが、この人が御者の言った護衛なのだろう。
などと考えている内に、確認を取り終えたようで、特に問題が無い事を御者に告げていた。
その報告を受けた御者は、背中越しに幌内へ振り返り。
「問題が無いようなので出発したいと思います」
御者がそう告げると、それと同時に渇いた鞭の音と馬の嘶きが耳へと届き。
ゴリゴリと石畳を進む車輪の振動が臀部へと響き始める。
馬車内の長椅子には簡易ながらクッションが敷き詰められている為、幾分振動は軽減されているが。
これが長時間になると流石に腰に悪そうだと思い、宿場町に寄った時にクッションでも買っておこうかな?などと考えてみる。
ふと馬車の外をみれば、ゆっくりと景色が流れて行き。
王都の景色を眺めながら、ゆっくり王都を見て周る事が出来なかった事を思い出し。
また来る機会があれば、今度こそはゆっくり見て周ろうと心に誓う。
そんな誓いをしている内にも更に景色は流れて行き。
僕達を乗せた馬車は王都を後にするのであった。
王都を出て暫く馬車を走らせた頃にダンテが口を開く。
「そういやアル。試験の対策はしてきてるのか?」
対策……まったくしていない事を思い出し、相変わらず自分の調べが甘いことに頭を抱える。
「……全然してないです」
僕の言葉にダンテは目を丸くすると「はぁ?」と言う驚きの声をあげた後に言葉を続けた。
「試験対策してないとかどうすんだよ!?
筆記の範囲に実技試験の傾向を調べて対策するくらいはしておかなきゃまずいだろ?」
「す、すみません」
「しょうがねぇなー。
俺が調べた範囲で良いなら教えてやるからそれで対策しろ!」
「あ、ありがとうございます! でも良いんですか?」
「ああ、アルに教えながら自分で復習も出来るしな」
ダンテはそう言うと紙の束を取り出す。
「これは過去の筆記問題を俺なりにまとめたものだ。
ひとまずこれを目に通して見てくれ。
ああ、それとその綺麗な言葉遣いなんとかなんないか?
なんかくすぐったくてしょうがねぇや」
「えっと、じゃあ、敬語は辞める事にするよ。こんな感じでいいかな?」
「ああ、同い年なんだからそんな感じで頼むわ」
「いやぁ、大人の人と過ごすことが多いから、初対面の人には敬語で話すのが癖になっちゃったんだよね。
見た目は幼いのに実際は年上だって事もあったしさ」
そう言った例がある知り合いは今の所イルムさんくらいなのだが。
この世界では外見と年齢が一致しない種族が多く見られる為、失礼が無いように初対面の人とは敬語で話す事を心掛けている。
まぁ、一致しないと言う意味では僕も人の事は言えないのだが……
「ああ、小人族とか成人しても見た目子供だしなー。
それは兎も角。問題見て何か分からない事はあるか?」
ダンテにそう言われて、渡された紙束に視線を送る。
問1 詠唱は主に三小節に別れているが、 四小節以上が必要になるのはどのような場合か答えよ。
問2 『水球』『火球』『土球』その詠唱を記入せよ。
問3 火属性魔法の『火矢』を使用した場合、詠唱は『元となる種火よ 燃え上がり その火で穿て』となるが。
三小節目を『その火で踊れ』に変えた場合どのような効果があるか答えよ。
うん。さっぱりわからん。
だが、一つだけ分かった事もある。
それは、分からないと言う事が分かったと言う事だ。
……そんな訳の分からない事を言ってる場合じゃないな。
もし、すべてがこのような問題だった場合、僕は答えられる気がしない。
なので、僕でも分かる様な問題が無いか慌ててすべての紙束に目を通す。
が、どうやら僕が分かるような問題は全体の二割と言った所であった。
流石にこれはまずいと思った僕は目に見えて慌てて居たのだろう。
「お、おい。
ど、どうした? 分からない問題が多いのか?」
僕の様子を見たダンテがそう尋ねて来たのだが。
分からない問題をあげて行くよりも、分かる問題をあげて言った方が圧倒的に早いと言う状況で、そう伝えるのも恥ずかしさがあり、どう答えて良いか悩んでしまう。
しかし、ここで意地を張って分かる振りをしても意味が無いだろう。
そう思った僕は正直に答える。
「むしろ分かる問題の方が少ない感じかな……」
その答えを聞いたダンテは再度目を丸くする。
「はぁ? どう言う事だよ!?
中には難しい問題があるかもしれないけど、魔法を使う上で基礎中の基礎みたいな問題も多い筈だぞ!?
……ちなみにどれが分かんないんだよ?」
「えっと、少なくともこの問1から問3は分からないかな……」
「……基礎中の基礎じゃねぇか」
ダンテは呆れを通り越して、何か可哀想な物を見る様な視線を僕に向ける。
「俺はどちらかと言えば剣士としてやって行くつもりだったから、それほど魔法については勉強してこなかったけど……
アルの場合はマジで酷いな……
腰に剣を差してるみたいだけど、あんまり剣を使えるようにも見えないし。
魔法を主に使うんだとは思ってたんだけど……
なんだか、魔法が使えるのかも怪しくなってきたな」
流石に知識の部分では反論できないが。
剣や魔法はそれなりに使えるつもりなのでそこは反論しておく。
「詠唱は分からないけど、無詠唱ならそれなりに使えるし」
「はぁ? 本気で言ってんのか?
無詠唱なんて、それなりに魔法を使えるようになったやつが手慰みに覚える奴じゃねぇか。
嘘つくんじゃ……本当に使えるのか?」
途中まで否定の言葉を口にしていたダンテだったが。
僕の表情を見て、嘘とは言い切れなかったようでそう尋ねる。
「うん。証拠と言っちゃなんだけど」
以前メーテが見せてくれたように五本の指に基本五属性の球体を作って見せると。
それをシャッフルするかのように動かして見せたのだが。
これにはダンテだけではなく、一緒に乗り合わせていた乗客全員が目を丸くして見せた。
一瞬何事かと思いはしたが、この広くは無い馬車内で魔法を使われては、危険性を感じそう言った表情を見せるのも仕方が無いだろうと思い至り。
「驚かせてすみません」と乗客に頭を下げると魔法で出来た球体を消して見せた。
そうしてダンテに視線を向けてみると。
「その遊びは知ってるけど、基本五属性すべてを使った上でとか見たことねぇぞ」
そう言って未だに目を丸くしていた。
「だ、だけど魔法が使えることは分かった。疑って悪かったな。
正直、それだけのことが出来て基礎の基礎が分からないって言うのが意味分からねぇけど……
まぁ、魔法が使えるってことは本質的なことは理解してる筈だから、一ヶ月もあれば在る程度は覚えられんじゃねーかな?」
ダンテは呆れた様な感じでそう言ったが、僕はその言葉にホッと胸を撫で下ろした。
流石にここまで来て置いて不合格で入学出来ませんでしたでは笑い話にもならないし。
不合格して森の家に帰る事にでもなったら、迷宮都市に付き合ってくれたメーテとウルフ。
それに学園都市に行くと約束したソフィアに申し訳が立たない。
もしダンテに会う事も無く、試験の内容も分からないまま試験に臨んでいたらと思うとゾッとしないが……
時間はあまり残されていないものの。
幸運な事にダンテに出会う事が出来、試験の対策を講じることが出来るのだから。
今は只、その幸運と、この巡り合わせに感謝をするべきだろう。
そう思い、ポツリと「ダンテに出会えて良かったよ」と、零したのだが。
「うえっ!? なんだよ! 恥ずかしい奴だな!」
などと言われては思わず苦笑いが零れてしまう。
そんな慌ただしい僕達を他所に、学園都市に向かう馬車はゆっくりと街道を進むのであった。
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