第76話 暇を潰す為に

 翌朝。

 僕は早めに起床し、宿屋で朝食を済ませると。

 チェックアウトを済ませ、王都のお店が立ち並ぶ一角へと早々に繰り出した。


 昨日は満足に市街を見て周ることが出来なかったので。

 馬車が王都を出るまでの時間を利用し、お店などを見て周ろうと言う魂胆な訳だ。


 そうしてお店を見て周ったのだが。



「宿屋のお姉さんが言ってた通りだな……」



 店に並ぶ商品を見て僕はそう呟いた。


 なにか暇つぶしになる物をと思って訪れた雑貨店なのだが。

 どの商品も一様にお高い値段設定がされていた。


 もし迷宮都市で買うとしたら、提示されている金額の2割から3割引きで買えるのにな。

 そんな事を思いながら商品を見て周る。


 正直に言えば懐には大分余裕があり、買おうと思えば問題無く買えるのだが。

 迷宮都市で暮らしていた頃からなるべく節約を心掛けていたので、差額分があれば、あれが買えるこれが買えると計算してしまう。


 中には食指が伸びる様な商品もあったのだが。

 そう言った考えが邪魔をしてしまい、伸び掛けた食指を引っ込めてしまうと言うのが現状であった。


 それでも、これから始まる長い馬車の旅を考えれば暇を潰す物は必要だろう。

 そう考えて色々と周って見ているのだが……

 やはり、値段を見てしまうと気後れしてしまう。


 そうして頭を悩ませていると。



「なにかお探しですか?」



 頭を悩ませていた僕を見兼ねたのだろうか?

 雑貨店の男性店員が声を掛けて来た。


 流石に「お値段が高いです!」

 などと正直には言えないので「何か暇を潰せる物をと思って」と目的だけを伝える。



「暇を潰せる物ですか……」



 男性店員は顎に手をやり、店内に視線を彷徨わせると、一つの商品に焦点を合わせ。



「これなんていかがでしょうか?」



 そう言うと、升目のある木箱を持ちだした。



「これは? なんですか?」


「これはですね」



 男性店員はその木箱を開く。


 すると、そこには石で出来た小さな人形が何体も納められていた。

 そして、人形をすべて取り出すと、木箱をひっくり返し、広げた状態でテーブルへ置き。

 その上に石で出来た人形を並べ始めた。


 そうして升目に並べられた人形を見て、僕は成程と頷く。



「これはチェスですね」


「チェス? いえ、これはプルカと言う陣取りゲームですね」



 若干ドヤ顔でチェスと言ってみたのだが。

 どうやら違うようで思わず顔が赤くなる。


 そんな僕にを他所に男性店員さんはプルカとやらの説明を始め、顔を赤くしながら店員さんの説明に耳を傾けてみると。

 若干ルールが違うものの、殆どチェスと言って差し支えないが無く。

 心の中で「やっぱりチェスじゃん!」と言いたくもなったのだが……

 プルカと言われてしまえばプルカなのだろう。


 若干モヤモヤしたものを感じなくもなかったがどうにか納得させると。

 一人で指すとしても暇潰しには悪くないのではないか?そう考え値段を尋ねてみる。



「こちらは金貨一枚になります」



 その値段に頭を悩ませる。


 長く使うのであれば購入しても良いかな?とは思う金額ではあったものの、旅先の暇潰して購入するのは少し気が引ける値段ではある。


 どうしようか?と少しだけ迷いもしたのだが。

 嵩張ると言う理由に加え、結局は値段に気が引けてしまい、プルカの購入は控えることにした。


 そうして、プルカの購入は諦めたのだが。

 金貨一枚と言う値段に買うか買わないか頭を悩ませた僕を見て、男性店員はそれなりに僕の懐が温かいのだろうと判断したのだろう。

 男性店員は次々と商品を並べて見せた。


 そうして見せられた商品の中には、食指が伸びそうになった商品もいくつかあったのだが。

 やはり問題になるのはそのお値段で、どうにも食指が伸びきらない。


 多少嵩張りはするが、やはり何冊か本を購入した方が無難かな?

 そんな事を考え始めていると。



「で、ではこれなんていかがでしょうか?」



 そう言って男性店員がテーブルに置いたのは長方形の木箱で。

 その中には幾つかの革袋のようなものと木の板、それに筆と思われる物が収まっていた。



「これは?」


「こちらはですね。

簡易的な物ではありますが、絵を描く為の一式となっております」



 そう言って男性店員は革袋の一つを開いて見せると、その中には絵具の様な物が詰まっている事が分かった。



「絵か……」



 そう呟くと、前世では絵を描くのが割と好きだったことを思いだす。


 そんな事を思い出しながら、これからの馬車の旅を考えると。

 これから見るであろう景色を紙にしたためるのも中々風情があるのではないか?

 そんな風に思い始める。


 それに、今まで趣味と言う趣味は読書くらいしか無かったので。

 趣味の一つでも増やしてみるのも良いのでは?などと考え始めた。



「これは幾らでしょうか?」


「こちらは金貨二枚になりますね」


「金貨二枚!?」



 予想以上の値段に腰が引けてしまうが、男性店員は僕が興味を持った事を見逃さなかったようで、

畳掛けるように説明を始めた。



「少々お高いと感じるかもしれませんが、これでも以前と比べれば随分とお求め安くなったんですよ?


以前であれば絵具を揃えるだけでも相当な金額になりましたからね。

ですが、今では絵具や紙の生産も以前と比べ安定して来ておりまして。

今ではこのお値段で販売することが可能となっており、 画家以外の一般の方の中にも少しづつですが絵を嗜む方が増えてきているようです。


良いですよね?休日に湖畔に佇み、筆を傾けるなんて。

中々に風情があるとは思いませんか?」



 男性店員の説明の勢いに若干気押されてしまうが。

「風情がある」などと考えていた僕にとって、その説明は明確にその姿を想像させ、徐々に購入へと気持ちが傾いて行くのが分かる。


 そして――



「あまり上等な物ではありませんが、今なら紙の束もお付けしますよ?」


「……買います」



 おまけを付けると言う駄目押しの一言により。

 僕は降参を告げるように両の掌を見せると、そう口にした。


 晴れやかな笑顔で「お買い上げありがとうございます!」と言うと、手早く包装を始める男性店員。


 そんな男性店員の姿を見ながら。



「……まぁ、暇だし仕方がないよね」



 散財した言い訳のように呟くと、カウンターに二枚の金貨をそっと置くのであった。






 そうして散財した後、王都市街を見て周っていると、少し騒がしいことに気付き。

 周囲を見渡してみれば、鎧を身に着けた兵士と思わしき人達が慌ただしくしている様子が窺えた。


 こっそり兵士たちの会話に聞き耳を立ててみれば。

 どうやら王都内で異常な魔力反応が昨晩確認されたようで、その元凶を探っている最中だと言うことが分かった。


 まぁ、僕には関係ないだろう。

 そう思ってその場を離れようとしたのだが。



「『白兎の穴倉』周辺で確認されたみたいだが怪しい人物の目撃情報はあったか?」


「いえ、宿屋の主人にも聞きましたがそう言った人物は確認できていないようです」



 そんな会話が聞こえてくる。


 そして、『白兎の穴倉』その言葉には聞き覚えがあった。


 それもその筈で、『白兎の穴倉』と言うのは昨晩僕がお世話になった宿屋なのだから当然だろう。

 だが、ふと疑問に思うことがある。


 『白兎の穴倉』周辺で異常な魔力反応を確認したと言っていたが。

 そこに泊まっていた僕は、兵士達が言う様な異常な魔力など感じてはいない。


 少々自慢になるかも知れないが、毎日の様に魔力枯渇させた結果。

 魔素に干渉しやすい身体に作り変えられており、あまり距離が離れていなければ、意識せずとも魔力感知が出来るようになっていた。


 なので、何キロも離れた場所ならいざ知らず。

 周辺に居た僕が気付かないなんて事は間違っても在りえない筈なのだ。


 そう疑問に思っていると。



「あっ」



 ある事に気付いてしまい、思わず声をあげる。


 そして、その声に気付いたのであろう。

 会話をしていた兵士の一人が僕に視線を向けると歩み寄る。



「そこの少年。

聞き耳を立てていたようだが何か知っている事があるのか?」



 ……知ってるも何も、その異常な魔力反応と言うのは僕の仕業だろうと言う確信があった。

 自分自信が発した魔力であるならば魔力感知に反応しないのも頷けるし。

 そう言えば、さっさと寝てしまう為に適当に魔力を垂れ流した事を思い出していた。



「い、いえ。

ちょっと買い忘れたものに気付いてしまって思わず声をあげてしまいました」



 従って、少し怪しい感じのいい訳を口にすることになってしまったのだが……



「ふむ。その荷物の量と見た目から察するに学園都市の試験に向かう感じかな?」


「そ、そうです」


「そうか。

 驚かせてすまなかったな。試験頑張るんだぞ」


「あ、ありがとうございます」



 どうやら、言葉に詰まったのは驚かせてしまったのが原因だと思ったようで。

 疑うどころか、労いの言葉を掛けられてしまう。


 僕が魔力を垂れ流しにしたことが騒動の原因なので、申し訳ない気持ちになるのだが。

 「すみません! 僕が原因です!」とは流石に言える筈も無く。

 僕は兵士にペコリと頭を下げると、逃げるようにしてこの場を後にすることとなり。


 周る予定の店も周れてないし、なんだか昨日から逃げてばかりだな……


 そんなことをふと思い、溜息と共に肩を落とすのだった。






 逃げるようにして馬車の発着場へと到着した僕。

 逃げるように来ただけあって、馬車の出発時刻よりも幾分早く着いてしまった。


 出発するまで時間はあるものの。

 今更市街に戻るのも気が引けてしまった僕は、仕方が無いと諦め、発着場に備え付けられている長椅子に腰を下ろし馬車の出発時間まで待つ事を決める。


 そうして何をするでもなくぼうっとして馬車を待つ心算で居たのだが。



「なー?

もしかしてお前も学園都市に試験受けに行く感じか?」



 そう声を掛けられて視線を向けると、そこに居たのは――


 褐色の肌に薄い黄色の瞳、短めに切り揃えられた髪はブロンド。

 そして、何より特徴的なのは、その側頭部から覗く真っ黒な角であろう。



 僕が視線を向けた先。

 その視線の先には、笑顔で僕に視線を向ける少年の姿。

 正確には、魔族の少年の姿がそこにはあった。

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