第75話 王都オルヴェルン
メーテが言っていた通り、十数分歩いたところで森から抜け出した僕は。
「街道沿いに南だったよね」
そう呟くと、街道を南の方角へと歩きだした。
そうして暫く歩いていたのだが。
「暇だな……」
思わずそう零してしまったのは、三人での度に慣れ過ぎてしまったせいなのだろう。
会話すらなくただ単に歩き続けると言うのが、僕には暇に感じてしまったのだ。
始めは見慣れない景色に新鮮さを感じていたのだが。
暫く歩いてみれば、似たような景色が続くばかりで、その新鮮さもすぐに無くなってしまった。
それならば。と、暇つぶしに魔力を操って綾取りの様なことをしたり。
一つの石を蹴って運ぶなどもしてみたのだが、それなりに暇は潰せたものの、それもすぐに飽きてしまった。
「さて、どうしようか……」
どうやって道中の暇を潰すかに頭を悩ませるが、結局の所。
そうして暇つぶしに頭を悩ませるよりかは、どうしたら早く王都へ辿り着けるかを考えた方が効率的だろう。
そう言った結論に達すると。
「走るか」
王都まで掛かる時間を短縮する為に、走ることを選択した。
なんとも、スマートとは言えない移動方法だとは思うが、魔法のあるこの世界では存外馬鹿に出来たものではない。
僕程度の身体強化でさえ馬にも近い速さで走れるのだから、馬鹿に出来ないと言った意味が理解できると思う。
まぁ、もう少し速度が出そうな移動方法もあるにはあるのだが。
その魔法は闇属性の魔法なので、人目に付きそうなこの場所では自重した方が良いだろう。
ある意味消去法と言えるかもしれないが。
そう言った理由で走ることを選択した僕は、身体の調子を確かめるように、軽く柔軟をすると、身体強化を掛け始める。
そして――
「それじゃあ、行くかな」
その言葉を合図に、僕は街道を南へと駆け出した。
勢いよく後ろへ流れる景色の中、数組の馬車とすれ違ったり、または追い越しながら進む。
その度に、御者や乗客から、まるで異様なモノを見たような視線を向けられたが。
客観的に見れば、12歳の少年が馬車を追い抜くような早さで走る姿は異様にも映るだろう。
そう思うと、業者や乗客の視線も仕方が無いものだと受け入れ、納得させた。
だが、納得は出来たとしても、毎回そんな視線を向けられるのはどうにも恥ずかしい。
それならば、自重の一つでもして、徒歩での移動に切り替えようとも思ったのだが……
ふと気が付けば、視線の先には、なにやら白い城壁の様なものが映っていた。
それは目視でギリギリ確認出来る程度ではあったが。
さらに目を凝らして見てみれば、城壁と思われる向こう側に先端の尖った屋根の様なものが数本確認することが出来た。
実物の西洋の城なんてものは見たことが無いが。
僕の知識の中にある城と言うのは、ああ言った先の尖がった屋根をしているイメージがあり。そ のイメージから、僕の目に映るものが城なのではないだろうか?と判断する。
「多分だけど、あそこが王都かな?」
そして、城が有ると言う事はあの場所が王都なのだろう。
なんとも短絡的な考え方だとは思わなくもないが、多分そうだろうと判断すると。
「もう少しで着きそうだし……うん、視線は我慢しよう」
自重せずにこのまま進むことを決めた僕は、緩め掛けた身体強化を再度施し、今一度駆け出すのであった。
「おぉー」
思わず間抜けな声が漏れたのは、目の前に映る真っ白な城壁故か?
それとも豪奢なその扉故か?
いや、その両方なのだろう。
あれから身体強化を施し走り続けて結果。
メーテが言っていた半日と言う時間よりも大分早い時間で王都と思われる城壁。
その門の前まで辿り着くことが出来た。
そして、今現在。
城壁内に入る為の列に並んでいる最中なのだが、自分の順番が周ってくる間、視線を彷徨わせた結果が間抜けな声を漏らす事へと繋がった。
それも仕方が無いだろう。
白で統一された城壁には、そこかしこに植物のレリーフが刻まれており。
さらには今にも壁から飛び出して来るんではないだろうか?
そう思わされるような鷹やらライオンやらの動物の彫像が幾つも彫り込まれている。
それに加え、大の大人が10人程縦に並んだとして届くかどうかと言う位に大きな門。
そして、今は開け放たれている扉ではあるが。
その扉にも芸術と呼べるような域の様々なレリーフが刻まれているのだから。
それを見た僕が、思わず間抜けな声を漏らしてしまったのも仕方が無いことだとは思う。
以前訪れたことのある城塞都市。
その城塞都市の城壁の巨大さや重厚感にも驚かされたが。
また、それとは違う繊細さや豪奢さ、そう言ったものを感じ、素直に感嘆していると。
「次の者」
その声で彷徨わせていた視線を前方に向けると、僕の前の列は無くなっており。
その代わりに門兵の姿が有った。
城壁や扉に目を奪われている間に僕の順番が周ってきたらしく、僕はそそくさと門兵の元へと歩み寄った。
「身分証はあるか?
ないようなら手続が必要になるが?」
身分証。そう言われて思いつくのはダンジョンギルドのプレートくらいなのだが。
身分証として扱って貰えない場合は、手続きが必要になるようで、それは少し面倒に思う。
なので恐る恐る聞いてみる。
「えっと、ダンジョンギルドのプレートでも大丈夫ですか?」
「問題無い」
どうやら身分証明にはなるようで、ホッと胸を撫で下ろすと、門兵にギルドプレートを提示した。
「どれ。んんっ? 中層級探索者だと?」
ギルドプレートを目にした門兵は怪訝な目つきを僕に向けるが。
ギルドプレートを発光させて見せると、渋々と言った様子ではあるが納得したようで。
「……通っていいぞ。
問題を起こした場合王都の法によって裁かれるので問題は起こさないように」
そう言って城壁内へと通してくれた。
それと、門兵が王都と口にした事で、この場所が王都であると漸く確信することが出来た。
そして、門をくぐった僕は、またも「おぉー」と言う間抜けな声を漏らすことになる。
門をくぐった先にあったのは多くの人や馬車が行き交う町並み。
それは今まで訪れた城塞都市や迷宮都市と何ら変わりはしない光景だとは思う。
しかし、その街並みは白を基調に統一されており、壁はもちろんの事。
花壇や噴水、そう言った物でさえ白に統一され。
流石にと言うのも違うかもしれないが、道路などは普通の石畳ではあるものの。
屋根などは紺で統一されており、白と紺のコントラストは洗練された印象を感じさせた。
そして、何よりも、白の街並みの奥に見える一つの建築物の姿に僕は目を奪われていた。
真っ白な外壁に紺色の屋根の巨大な建築物。
その建築物に、高さは様々であるが屋根の先が尖った塔が幾つも寄り添うように伸びており、
その幾つかの尖塔は天を突くかのように空へ、空へと伸びていた。
その姿は僕が想像する西洋の城。
いや、その想像を越える姿を持って、白亜の城はそこにそびえ立っていた。
そんな白亜の城を目に映した僕は。
白の街並みを見て洗練された印象を感じた以上に、洗練された印象を白亜の城から感じると。
それだけに収まらず、もはや神聖ささえ感じてしまう。
それに加え。
その白亜の城の傍らには、全貌は把握することが出来ないが、湖と思わしき水面があり。
陽の光に照らされた水面は、その水面の揺らめきを真っ白な城の壁へと反射させ映し出していた。
そのことにより、まるで城自体が光と踊っている様な、そんな錯覚すら覚えてしまう。
白亜の城の神聖さと水面の光。
それが相まった姿は、僕に時間を忘れさせ、見惚れさせ。
間抜けな声をあげさせるには充分な存在感を放っており。
肌が粟立っていることさえ気付けない程に、心を奪われる幻想的な光景であった。
そうして間抜けな声を漏らし、白亜の城に心を奪われていると。
「ふふっ、始めての王都なのかしら?なんか可愛らしいわね」
「始めてなら仕方が無いさ、僕だって初めて来た時は驚かされたからね」
周囲からそんな会話とクスクスと言う笑い声が聞こえ。
周囲を見渡せば、何人かの人達が僕に対して温かい視線を送って居ることに気付く。
一瞬なんでそんな視線を向けられているのかが理解できなかったのだが。
先程聞こえた会話を思い出すと、その理由を察することが出来た。
(ああーこれあれだ……完全におのぼりさんを見る視線だ)
それを察すると、途端に恥ずかしくなった僕は。
後ろ髪を引かれつつも、そそくさとその場を後にしたのだった。
予定より早く王都へと到着したこともあり、僅かばかりではあるが時間に余裕があることに気付くと。
馬車の発車時刻の確認や宿屋の確保を手早く済ませてしまい、余った時間で王都を見て周ることを思いつく。
そう思った僕は、手早く馬車の発車時刻の確認を終えると、そのまま宿屋を探し始めることにした。
そうして見つけたのが一件の宿屋。
一泊で銀貨2枚とそこそこにお高い宿屋だったのだが、これでも他の宿屋と比べたらかなり良心的な値段だと言えた。
他の宿なんかは一泊で銀貨3枚〜4枚なんて言うのは当たり前で。
下手したら金貨を要求する宿屋があったことを考えれば、良心的だと言ったことが分かって貰えると思う。
そして、そんな宿屋ばかりが多いせいもあり。
この宿屋を見つけた頃にはすっかり陽が傾き始めてしまっていた。
折角王都を見て周ろうと思ったのだが。
この時間になるとちらほらと店じまいを始めるお店も出始めており。
今更見て周ったとしても、ゆっくり見て周ることは出来ないだろうと思うと若干の溜息が出た。
まぁ、宿屋を探すついでと言ってはなんだが。
興味を惹かれたお店を何件か見つけることが出来たので、馬車が出る前に寄る事を決めると、宿屋の扉を開くことにした。
「いらっしゃいませー。
えっと、お連れさんは居ない感じかな?」
宿屋の扉を開くと同時に、店員さんと思われる妙齢の女性が尋ねた。
「はい、僕だけですね。
一泊でお願いしたいんですけど、部屋は空いてますか?」
「うん、空いてるよ。
素泊まりに、一泊夕食付きと一泊朝夕付きがあるけどどうする?
ちなみに看板に書いてあった銀貨2枚って言うのが朝夕付きだけど?」
「えっと、じゃあそれでお願いします」
「それじゃあ、先払いでお願いしてるんだけど大丈夫かな?」
「ええ、大丈夫ですよ」
僕はそう言うと受付に銀貨2枚を置いた。
と言うか、見た目12歳の少年が一人で宿泊すると言うのはあまり珍しくないのだろうか?
もう少し保護者の存在とかを確認されたりするのではないかと想像していたのだが。
いとも簡単に手続きが済んでしまいそうな事に少しだけ疑問を感じていると。
「やっぱりお客さんも学園都市の試験受けに行く感じ?」
「は、はい。そうですけど何で分かったんですか?」
「この時期は学園都市に向かうお客さんくらいの子が泊まりに来ることが多いからね。
多分そうだろうと思ったんだよね。
ちなみに他の宿屋とかも見た? どこも値段が高かったでしょ?」
「……高かったです」
「学園都市に通う子は裕福な子が多いからね。
そう言った子を狙って、他の宿屋はいつもより高い値段設定してるんだよ。
あっ、うちの店は値上げなんてしてないよ?
地方から来たら高いと思うかもしれないけど、王都は物価が高いからね。
これでも良心的な値段なんだよ?」
図らずしも疑問の答えを知り、その理由に成程と頷いていると、店員のお姉さんはカウンターに鍵を滑らせる。
「はい。これが部屋の鍵ね。
3階まで上がって左に進んだら部屋があるから。
それと、食事なんだけど一階の食堂で鍵に付いてるプレートを見せれば食事を出してくれるから。
朝食の時も同じだから食事を取りたかったら忘れないようにね。
説明はー、以上かな」
「はい。ありがとうございます」
僕は鍵を受け取ると階段を上り、用意された部屋へと向かい。
部屋に荷物を置くと、身体を拭いたり適当に寛いで時間を潰した後に食堂で食事を取る。
そして、再び自分の部屋に戻ると、ベッドの上に転がり寛ぎ始めるのだが……
「……暇だな」
思わずそう零してしまうのはやはり3人で旅することが長かった故だろう。
夜と言わず常にメーテかウルフが居た環境では、常に騒がしく。
一人で時間を持て余すと言う事など殆どなかった。
更にこの二年間で言えば、過酷な環境や魔物に注意を払いながら夜を過ごしたと言うこともあり。
注意を払うこともなく眠れると言う機会も少なく。
こうしてフカフカのベッドで何に注意するでもなく眠れると言う状況は、幸か不幸か暇に拍車を掛けると言う結果へと繋がっていた。
「なにか暇を潰す物でも用意しといておいた方が良いかも知れないなー」
そう呟くと、日課である魔力枯渇をする為に適当に魔力を垂れ流す。
そして、魔力が枯渇すると、それと同時に意識が沈んで行くのだが。
そんな沈み行く意識の中。
(初日から人恋しいとか笑えないよね……)
そうして自嘲すると、完全に意識を手放すのだった。
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