第72話 迷宮都市から

 レオナさんが少し落ち着いたところで、僕達は屋内へと戻ることにした。


 ガーデンチェアから腰を浮かせ、屋内へと振り返ると。



「「怖っ!!」」



 僕達は思わず、そんな言葉を口にしてしまう。


 屋内へ振り返った僕が目にしたのは、何対もの視線。


 しかも、窓の縁から眼だけを覗かせるように視線を向けているのだからちょっとしたホラーだ。


 皆もレオナさんの様子が気になって僕達の様子を窺っていたのだとは思うのだが。

 そんな様子の窺い方をされては、思わずそう口にしてしまうのも仕方が無いことだろう。


 そして、皆の様子を見たレオナさんは。



「な、なんか皆にも心配させちゃったみたいだね」



 目に映る状況に若干顔を引き攣らせつつも、どこか照れくさそうにそう言う。



「じゃあ、安心させてあげなきゃいけないですね」



 僕の言葉にレオナさんはこくりと頷くと、心配してくれている皆が待つ屋内へと僕達は戻るのだった。






 そして、室内に戻ると。



「アル様〜、告白はどうだったんだ〜?

って!? レオナさん目赤いじゃん! アル様に泣かされたのか!?

女の敵! ジゴロ!」



 僕達が部屋に戻るや否や、そう言ったのはバルバロさん。


 実際に泣かせてしまったのは事実なのだが……

 それにしても酷い言い様である。


 流石にあらぬ疑いを持たれるのもどうかと思った僕は、バルバロさんに反論すべく口を開こうとしたのだが。



「バルバロさん! アル君は悪くないんです!

だから、責めるならアル君じゃなく私のことを責めて下さい!」



 レオナさんの発言によって遮られる。


 レオナさんの発言は僕を庇ってくれているようにも聞こえるが。

 正直、今の状況では、駄目男に献身的に尽くしている様な発言にも聞こえる。


 その言い方では誤解が加速するのでは?

 そう思ったのだが、どうやら、それは案の定のようで。



「まさか!? レオナさんにそう言えって約束させたんじゃ!?」



 などと言ってイルムさんまでもが僕のことを責めた。


 なんとも想像力豊かな発想だな。

 とは思ったものの、これ以上あらぬ誤解で責められるのもどうかと思った僕は、誤解を解く為に改めて口を開こうとした。


 したのだが。



「ち、違います!

……た、確かに約束はしましたけど、これとは関係ない事です!」



 レオナさんがさらに誤解を招くような口振りで僕の言葉を遮る。


 何故どもる?何故そんな誤解を招きそうな言い方をする?


 そう疑問に思いながら、状況が悪化しつつある事に焦りを覚え始めてしまう。


 しかし、よくよく見てみれば。

 バルバロさんとイルムさんは、そんな僕の様子を見て、ニヤニヤとした表情を浮かべている。


 2人の表情を見て一瞬疑問に思ったのだが、すぐに「そう言うことか」と納得した。


 どうやら、僕は2人にからかわれていたようだ。

 そのことに気付くと、ホッと胸を撫で下ろしたのだが……



「アルは私達のことを変な人だと思ってたのね……」


「アルが変な人だって言った……」



 胸を撫で下ろすのは早かったようだ。


 ウルフの聴力を持ってすれば、庭での会話など筒抜けだったらしく。

 その内容を伝えられたであろうメーテと共に拗ねた様子を見せる。


 2人の様子を見た僕は慌てて。



「ち、違うよ! あれは物の例えであって、ほ、本当はそんなこと思ってないから!」



 そう伝えたのだが、実際変な人だと思ってるので少しばかりの罪悪感を感じる。


 そして、そんな気持ちが見抜かれたのだろう。



「浮気を問い詰められて、嘘を並べたてる男みたいだな」 


 

 などと言われてしまってはぐうの音も出ない。


 このままでは状況が悪いと感じた僕は、助けを求めるべく。

 同じ男性である副ギルド長に懇願の視線を送るのだが。


 流石は元探索者だ。長年培われた反応速度を持って視線を逸らされてしまう。


 その横顔には「巻き込まないでくれ!」と言う心情がありありと浮かんでおり。

 その表情を見た僕は、副ギルド長の救援には期待できないことを確信すると、抗うことを諦めた。



 そして、その後はメーテとウルフに「何処が変なのか言ってみろ?」と、詰問され。

 半ば説教をされているような状況だったのだが、何故か途中から風向きが変わる。



「私からしたらアルの方が変だぞ?

闇夜に黄昏し漆黒の翼を持つ堕天使がなんちゃらとか言う詠唱みたいなことしてただろ?

まったく意味が分からないし、まったく意味が無いことをしてたぞ?」



 やめろ?



「ああ〜アル、私達が気付いてなさそうな時にそう言うのやるわよね。

ゴーレムと戦ってる時も『お前が鍔鳴りを聞く事は無いだろう!一の太刀!《無響》』

とか言ってたわよ? まぁ、ゴーレム切れてなかったんだけどね」



 おい、やめろ?



 思いがけない黒歴史の暴露に僕の精神は削岩機に掛けられるかの如く削れていく。


 そんな中、男性である副ギルド長と、男性の様な一面のあるライナさんは、まるで自分のことのように顔を赤くしている。


 恐らくだが、2人にもそう言う時期があったのだろう。

 そんな2人に親近感を感じてしまうが、そんな悠長なことを思ってる場合ではない。


 どうにかメーテとウルフの口を塞ごうと行動に移そうとし――



「それに少し前の事だが。

新品の手袋を買って来たと思ったら、指の部分を全部切り落としてたりしてたな。

何の意味があるのかと思ったら鏡の前で変ポーズして満足そうにするだけだったが。

アル? あれは何の意味があったんだ?」



 そこで僕の心は完璧に折れた。


 副ギルド長とライナさんは「もう見てられないよ!」と言った様子で両手で顔を覆い。

 他の女性達は「どんな意味が……」などと言いながら考察している。


 羞恥のあまり、思わず叫び、この場から逃げ出したい衝動に駆られるのだが。

 「ねぇ? どう言うこと?」「もしかして魔法的要素でもあるの?」

 などと質問攻めにあってしまい、逃げるどころか叫ぶことすらままならない状況に追い込まれる。


 容赦の無い羞恥攻めに泣きだしそうになってしまうが。

 ふと視線を泳がせると、メーテやウルフ。

 それに女王の靴の皆に囲まれて笑顔を浮かべているレオナさんの姿が目に入った。


 そんな、いつもと変わらない様子で皆と接しているレオナさんの姿を見た僕は、羞恥に悶えながらも、少しだけホッとする。


 そして、他の皆もそうなのだろう。

 ここ数日少しばかり様子が違っていたレオナさんだったのだが。

 いつも通りに話し、笑う姿をみて他の皆も心なしか安心したような表情を覗かせていた。


 正直、精神的には絶賛継続中でゴリゴリと削られ、今にも削り終えそうな状況ではあるが。

 皆と笑い合うレオナさんの姿をみる為の話題として一役買えたのであれば――

 そう思うと、この羞恥攻めにもなんとか耐えることが出来た。


 まぁ、逆を言えばそうでも思わないと堪えられないと言うのもあるが……


 何はともあれ、レオナさんの様子がおかしかった理由も分かり。

 こうしていつも通りに接している姿が見られたのだから、僕も胸を撫で下ろしていいだろう。


 そう思い今度こそ胸を撫で下ろそうとしたのだが……


 どうやらここからが酔っ払い達の本番だったようで。

 黒歴史をいじられたり、面倒くさい感じで絡まれたりと、より一層、精神を削られることになる。



 そして、そんな僕の姿を傍観していた副ギルド長なのだが。



「……アルディノ君は女性関係で難儀しそうだな」



 他人事のようにボソリと呟く。


 その言葉になんとも言えない心情になり、思わず苦い表情を浮かべてしまう。


 しかしそんな僕の心情を他所に、場は賑わいを見せていき。

 迷宮都市メルドの最後の夜は、酔っ払い達の喧騒と笑い声に包まれて更けて行くのであった。






 そして、翌朝。



 僕は一人家を抜け出し、とある場所に向かっていた。


 朝霧の立ち込めた迷宮都市の街を歩いていると、朝の肌寒さに身体がブルリと震える。

 それと同時に霧が立ち込めていることから、今日は晴れそうだな。

 などと思っていると、程なくして目的の場所へと到着する。


 その場所には幾つもの石板が並べられており。

 石板には人の名前や、安らかに眠れなどと言った文字が刻まれていた。


 そんな石板が並べられている中。

 僕はさらに足を進めると、あまり手入れが行き届いてないような一画へと辿り着く。


 実際あまり手入れはされていないのだろう。

 明らかに雑草は伸びっぱなしだし、他の石板と比べたらかなり汚れている。


 僕は片膝を付きその石板を軽く指で拭う。

 すると、うっすらと文字が浮かび上がる。



 『ドモン=フィンツェ』



 浮かび上がった文字はそう書かれていた。


 周囲を見れば早朝にもかかわらず、僕の他にも1人の女性がこの場所に訪れているようで。

 その女性は、僕とは違う石板の前で手を合わせ祈るような仕草を見せていた。


 だが、僕はその仕草はしない。


 その代わりに懐から一本の酒瓶を出すと、僕は口を開いた。



「お久しぶりです。ドモンさん。


正直ここに来るべきか迷いました。

少なくとも僕がこうすることで、不快に思う人が何人も居る筈ですから」



 僕はそこまで口にすると、酒瓶の栓を抜く。



「だけど、迷宮都市を離れる前に来ておきたいと言う気持ちがあったんです。


その気持ちがけじめなのか、それとも責任感なのかは分かりませんが……」



 栓の抜けた酒瓶を石板へ供えると、僕は言葉を続ける。



「でも来て良かったと思っています。

自分の行動がどんな結果を齎したのかを再確認できましたし。

そして、どんな結果になろうとそれを受け入れ、覚悟の上で行動しなければいけないと言うことも再確認できました。 


ドモンさんが聞いていたら『人を死に追いやって何言ってるんだ?』

なんて言われてしまいそうですが……


だから、このお酒はお詫びです。

この世界に天国とか地獄があるかは分かりませんが、向こうで呑んでやって下さい」



 僕はゆっくりと立ち上がり。



「僕はそろそろ行きますね。


あっ、ちなみに度数が高いお酒なので、二日酔いには気を付けて」



 そう言って石板に背を向けると――



『ああ』



 背中越しにそう聞こえた気がして思わず振り返りそうになるが。

 そんな筈は無いと自嘲し、首を振って否定すると。

 朝霧に漂うアルコールの匂いを感じながら、その場から歩き出すのだった。






 そして、太陽が真上に差しかかろうとした頃。


 僕とメーテとウルフの3人は馬車へと乗り込んでいた。


 副ギルド長は仕事の為にこの場には来れなかったようだが。

 馬車の外には、レオナさんと女王の靴の皆がおり、別れの言葉を口にする。




「アル君! 絶対に戻ってきてね! 約束したもんね!?」



 そう言ったのはレオナさんで今にも泣きだしそうな表情だ。



「はい! 学園を卒業したら絶対に戻ってきますので!」


「うん! 待ってるからね!」



 そう言うと、堪えていたのであろう涙が頬を伝った。



「アル君! 戻って来る頃には下層級探索者になっておくよ!

その時は先輩面して色々教えてあげるから楽しみにしててくれよ!」


「はい! 女王の靴ならきっと下層級探索者になれますよ! 楽しみにしておきますね!」



 ライナさんが言う通り、女王の靴なら下層級探索者と言う目標は遠い未来の話ではないだろう。

 だから、僕はそのままの本心を伝えた。



「アル様〜! 勉強頑張れよ!」


「メーテさんにウルフさんもお気をつけて!」



 バルバロさんにイルムさんがそう言うと。

 メーテは「ああ」と頷き、ウルフは「ちゃんとお肉食べなさいよ?」と言葉を掛ける。



「あ、アル様! アル様が戻られる頃にはアルディノ教の布きょ――ふがっ」



 フィナリナさんは相変わらずやべぇ事を言い掛けていたが、バルバロさんとイルムさんによってそれは阻止されることになった。


 2人の行動に、心の中で親指を立てると。



「フィナリナさんもお元気で! あまり変ことしないで下さいね?」



 フィナリナさんは本当になにかやらかしそうなので軽く釘を刺しておいた。



「そろそろ出発となりますが、お別れの挨拶はすみましたか?」



 御者が出発を告げたことで、いよいよお別れの時間が訪れる。


 名残惜しさを感じながらも、僕達はそれに頷く。



「それでは、出発させますね」



 御者が馬に鞭を入れると、ゴトリと車輪が回り、馬車はゆっくりと動き始めた。


 車輪が回転を重ねるごとに、徐々に遠ざかって行くレオナさんと女王の靴の皆の姿。


 大きく手を振る皆の姿をみると、暫くのお別れだと言うことを今更ながらに実感し。

 目頭が熱くなり、しんみりとしてしまう。


 そん風に思っていると、優しい手つきでポンと頭に手が置かれる。



「湿っぽいのは後にして、今は笑って手を振り返してやれ」


「そうね。笑ってお別れにしましょう」



 僕はその言葉に頷くと、笑顔を浮かべ。



「皆さんお元気で! また会いましょう!」



 そう声をあげると、皆の姿が見えなくなるまで大きく手を振り続るのであった。






 こうして迷宮都市メルダでの物語はひとまずの幕を閉じることになる。

 数え切れない程の多くのモノを僕の心に残して。




 そして2年と言う月日が流れる――

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