第71話 庭での話

 女王の靴からの贈り物であるブローチを早速胸に着け、窓の反射で自分の姿を確認すると。

 ブローチはシンプルながらの自己主張をしており。

 自画自賛ではあるが、中々似合っているのでは?と言った自己満足に浸る。


 それに加え、ちょっとした装飾品でも、いざ着けてみると思ったより気分が高揚するものだと言うのが分かる。


 今まで装飾品で身を飾ることなど、前世を含め、経験が乏しい為分からなかったが。

 世の女性方も、装飾品を身に着けることでこのような高揚感を覚えているのであれば、宝石が散りばめられた指輪やネックレス。

 そう言った物に興味を惹かれ、身を飾ろうとするのも今なら納得できる話だと思った。


 そんなことを考えていると。



「アルも中々似合っているじゃないか」


「少し大人っぽく見えるわよ」



 そう言って褒めてくれたのはメーテとウルフ。

 正面から褒められると気恥ずかしくはあるが、素直に受け止めると口を開く。



「ありがとう。メーテとウルフも似合ってるよ」



 僕の視線の先、2人の胸元にもブローチが着けられている。


 そう。女王の靴の贈り物は僕だけでは無く、メーテとウルフにもあった訳だ。


 僕に贈られた物と比べると幾分装飾が施され、花をモチーフとした女性的なデザインとなっており。

 2人の胸に違和感なく収まりながらも、しっかりと色を添え、2人の魅力を引き出していた。


 ちなみにだが、やはり2人のブローチも魔道具のようで、僕のブローチと同じように魔力を貯めることが出来るようだ。


 本当、幾らかかったんだろう……


 女王の靴の懐事情が心配になるが、あまり金額のことに頭を悩ませるのも失礼なことだろう。


 そう考えたのだが、やはり心配なものは心配だ。

 流石に金銭をこっそり置いていくと言うのは女王の靴の厚意を無下にしてしまうので却下だが。

 食べるのに困らないように、食料を少しばかり多めに残して行くくらいなら無下したことにはならないだろう。


 そう考えた僕は、保存食をうっかり持ち忘れるのを決めるのだった。






 その後も送別会は続く。


 お酒も適度に回って来たのだろう。


 先程までは遠慮して、副ギルド長に話し掛けれなかったライナさんだったが。

 今は恐る恐ると言う感じではあるが話し掛けていて、副ギルド長もライナさんとの会話を楽しんでいるように見えた。


 そしてウルフは前回と同様、肉の素晴らしさを説いており、バルバロさんとイルムさんはその言葉に頷き真剣に耳を傾けている。


 メーテはフィナリナさん、レオナさんとお酒を傾け、ちょっとした魔法講座を開いているようだった。


 そんな様子を見ていると、皆楽しめているようで嬉しく思ったのだが。

 一つだけ気になることもあった。


 それは、レオナさんと殆ど話せていないと言うこと。


 送別会が始まって二言三言は言葉を交わせているのだが。

 どうにも避けられているような気がしてならない。


 こうなったのもダンジョンギルドで迷宮都市から離れることを伝えたからで。

 その時のレオナさんの狼狽した様子から何か理由があるのだろうと言うことは分かるのだが。

 僕としてもどう踏み込んで良いのか判断しかねていた。



 だがしかし、このような気まずい雰囲気でお別れするのは嫌だった。

 言ってしまえば自己満足なんだろうが。

 迷宮都市から離れる前にレオナさんが狼狽した訳を知り、すこしでも理解しておきたかった。


 だから僕は。



「レオナさん? 少しお話できますか?」



 覚悟を決めると、レオナさんに声を掛けた。


 レオナさんは僕の言葉に一瞬口を噤むが。



「分かった。お庭があるみたいだし、そこでもいいかな?」



 僕は頷くと、レオナさんを連れて庭へと向かう。


 そんな様子を見たバルバロさんが「アル様まさか告白するの!?」などと茶化してきたが。

 今の僕にとっては緊張をほぐすのに良い一言となっていた。






 庭に出ると、室内と比べ若干の肌寒さを感じたが。

 場の空気で多少火照っていた身体を冷ますのには丁度良いように感じると、木製のガーデンチェアに僕達は腰を下ろした。


 声を掛けたからには、まずは僕から話を切り出すべきだろう。

 そう思って口を開きかけたのだが……



「ごめんね。アル君」



 僕よりも先にレオナさんが口を開く。


 ごめんね?その意味が分からずいると、レオナさんは言葉を続けた。



「アル君は悪くないのに、私の都合で遠ざけちゃったから……

だから、ごめんね……」



 そう言う意味かと納得すると、次に気になるのはその都合と言うやつだろう。



「いえ、気にしないで下さい。

まぁ、正直少しと言うか、結構寂しかったですけど……


それで、都合と言うのは聞いても大丈夫でしょうか?」



 僕が質問すると、レオナさんは恥ずかしそうに俯くと。



「へ、変な人だって思った……でしょ?」


「へ?」


「だ、だから! 変な人だと思ったでしょ!?」



 多分だが、レオナさんは狼狽した時のことを差して言っているのだと思うが。

 僕としては流石に驚きはしたものの、変な人だとは一つも思っていなかった。


 それも当然だろう。

 幼い頃から変な人と変な狼と過ごしてきたのだから、あれくらいでは変な人だとは思わない。


 それに、最近ではフィナリナさんと言うヤバい人やエドワード侯爵やらと。

 そう言った人材には事欠かないのだから、変な人と言うハードルはそれなりに高くなっているのだ。


 むしろ僕の中では、レオナさんは常識人の部類に入ると思っていた。



「そんなこと全然思っていませんよ。むしろ常識人だと思っています。

メーテとかウルフの方がよっぽど変な人に見えません?」


「えっと……流石にうんと言うのは失礼な気がするんだけど……」



 レオナさんはそう言いながらも少しホッとしたような表情を浮かべると。



「そっかぁ……じ、じゃあ嫌いなったりもしてない?」



 レオナさんはそう尋ねるのだが、僕としては嫌いなる理由が特に見つからない。


 狼狽する姿には驚きもしたし、避けられたのは寂しくも思いはしたが。

 それよりも心配に思う気持ちの方が強く、嫌いになるなんて発想すら持ち合わせていなかった。


 だから、僕はそれを伝える。



「心配には思いましたけど、嫌いになんてなれませんよ。

むしろ嫌われてしまったのかと思いましたよ?」


「き、嫌いになんてなってないよ!」



 レオナさんは僕の言葉を慌てて否定したが、同時にその言葉で安心したのだろう。


 心底ホッとしたような表情を浮かべると、口ごもりながらも、ポツリポツリと心情を吐露し始めた。



「本当は早く謝らなきゃて思ってたんだけど、変な人だと思われたんじゃないか?

もしかして嫌われたんじゃないか? そう思ってアル君たちに会うのが不安だったんんだ……


も、もちろんアル君たちがそれくらいで嫌いになる筈が無い。

そうも思ってはいたんだけど……

あんな姿を晒した後じゃ、どんな顔して会えば良いのか分からなくて……


そ、それに、お、お、お姉ちゃんとか訳分からないこと言っちゃったし!」



 レオナさんの話を聞きながら、そう言うことだったのかと納得する。


 嫌われたかもと言う不安も紛れもない本心なのだとは思うが。

 それと同様か、もしくはそれ以上に、晒してしまった醜態を恥じているのを強く感じられた。


 要するに、僕達に会うのが恥ずかしかったのだろう。

 まぁ、あまりに元も子も無い言い方かもしれないが、多分そう言うことだ。


 そして、それが分かった僕も漸く安心することが出来た。


 レオナさんの口振りからも嫌われていないことが分かったし。

 避けられていると感じたのも、その理由が恥ずかしかったとなれば心配するには至らないだろう。


 そう思うと、安堵の為か自然と笑みがこぼれる。

 それを見たレオナさんは一瞬驚いたような表情を見せたが、釣られるように口角を上げると、僕達は気恥ずかしそうに笑い合うのであった。







 ガーデンチェアに腰を下ろし、夜風に草木の匂いを感じていると。

 レオナさんが室内から持参していたグラスを傾ける。


 ベリー系のお酒を飲んでいるのだろう。

 夜風がふわりとベリーの香を運ぶと、女性が好みそうな香だな。

 そう思うと共に、その甘酸っぱい香りはレオナさんの雰囲気と相性が良く思えた。


 そして、そんな風にも思っていると。



「あのね。私には弟が居たんだ」



 唐突に告げられた一言にどう返していいのか分からずに、無言になってしまう。


 「弟が居る」ではなく「弟が居たんだ」とレオナさんは言ってたのだ。

 その言葉の意味することを考えれば、思わず無言になってしまうのも無理の無いことだと思う。


 無言になる僕を他所に、レオナさんは独白するように言葉を続けた。



「七つも歳の離れた弟だけあって、本当に可愛くてさ。

何処に行くのも、何をするのも、いつも一緒だったんだ。


だけど、ある日。

私が14歳で弟が7歳の時にそろそろ弟にも少しづつ色々な経験を積ませようってことで。

父親の手伝い……当時父親は村の備品の買い付けなんかを担当してたから。

その手伝いで2つ隣の町へと行くことになったんだ。


本当なら私も付いていきたかったけど、ダンジョンギルドに入る為の勉強とか。

他にも色々とやることが多くて付いていくことが出来なかったんだ」



 そこまで語るとレオナさんは悲しげな表情を浮かべる。



「それで、本来なら往復で2週間はあれば戻って来る予定だったんだけど。

予定の2週間が経過しても父親と弟、それに同行していた村人3人は戻らなかった。


多少の誤差はあるものだからと、村の人達は楽観的だったようだけど、私は凄く不安だった。

それから2日、3日と時間が流れて行って、流石に様子がおかしいと感じた村の人達は、行方を知る為に探索隊を組んだの。

そして、探索隊が出発してから4日後だったと思うわ。


見慣れた馬車を引いた探索隊が戻って来たんだ。

ああ、良かった! 無事帰って来たんだ! 私はそう思った。


……でも違った。


探索隊から告げられた言葉は、同行者3名と父親、それに弟が死んだと言うことだった。

一瞬何を言っているのか理解できなかった。

でも、心の中では少し予想してたんだろうね……

その『死』と言う言葉は一瞬の内に私の中に入って来て……そこからは泣いたんだと思う。

少し落ち着いた時に自分の目みたら凄く腫れていたし、服の袖なんか涙と鼻水でぐちゃぐちゃだったから……」



 僕はやはり無言のままでいた。

 「辛かったですね」「ご愁傷さまです」なんて言葉は頭に浮かんでくるのだが。

 そんな言葉を口にするのはなんだか違うような気がし。

 かと言って、他に掛ける言葉が見つからなかったからだ。



「多分ていうか、私はアル君のことを弟とどこか重ねて見ていたんだと思う。

だから、迷宮都市からアル君たちが離れるって聞いた時。

あの日、村から離れて行った弟の姿と重なって……後はアル君が知っての通りだね」



 レオナさんは狼狽した理由。その核心を僕へと伝えると――



「あはは、なんかごめんね? 暗い話だったよね?

でも、ちゃんと理由を話しておきたいと思ってさ」



 そう言って気恥ずかしそうに笑った。



 レオナさんが聞かせてくれた過去。父親のこと、そして弟のこと。

 話し終えた後、こうして笑顔を見せるくらいには飲み込めている過去なのかもしれないが。

 僕が迷宮都市を離れることを伝えただけで、顔を覗かせる過去でもある。


 迷宮都市を離れることが決まった今、レオナさんの不安を取り除くことはできない。

 レオナさんが弟と僕を重ねている以上は、迷宮都市を離れると言う時点で不安に思うのだろう。


 正直、なんて声を掛ければ正解かは分からない。


 分からないが、レオナさんの不安を少しでも拭えたなら、拭うことが出来るのなら――

 そう思った僕は口を開いた。



「僕は、この迷宮都市に絶対に戻ってきます。


 

だから――心配しないで、お、お姉ちゃん」



「あるぐぅん……」



 レオナさんは、涙交じりの声で僕の名前を呼ぶと。

 自分の胸に僕の頭を抱き、嗚咽を漏らしながらも。

 「また戻ってきてね! 約束だよ!」そんな言葉を口にした。


 お姉ちゃんと呼ぶことで逆に傷つけてしまわないかと言う不安もあったし、正直言うと照れくさいという気持ちがあったのだが。

 レオナさんの様子を見れば、これで良かったのだろう。

 そう思うことが出来た。


 そして、涙で頭が濡れて行く感触や胸の感触に戸惑ってしまうが。

 流石に振りほどく訳にもいかないので、もう少しレオナさんの好きにさせておくことにすると。


 レオナさんが泣きやむその時まで、僕はその胸に抱かれ続けるのであった。

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