第70話 送別会
送別会が始まると皆は思い思いの行動を取る。
立食形式で行われた送別会。
テーブルで料理に舌鼓を打つ者や、長椅子に座り雑談に興じる者。
料理を少しつまみながらお酒で喉を潤す者もいる。
その行動は人それぞれだが、みんな楽しそうに過ごしているように見えた。
立場のせいだろうか?若干副ギルド長が浮きがちだが。
端の席に座り、蒸留酒をグラスで転がしながら賑やかな様子を眺めている姿はどこか穏やかで、
これはこれで楽しんでるように思えた。
だが、折角来てくれたのにそれも寂しいだろう。
そう思った僕は、副ギルド長の隣に腰を下ろすと声を掛けた。
「今日はありがとうございます。
もしかしたら来れないんではないかと思ってたので、来て頂けて嬉しいです」
「こちらこそお招き感謝するよ。
立場上、こう言った気安い感じの集まりには呼ばれることも少なくなってね。
探索者時代を思い出し、何とも懐かしい気分に浸らせて貰っているよ」
「そう言って貰えるならお誘いした甲斐がありました。
それと、副ギルド長はやっぱり探索者だったんですね?」
「ああ、後一歩で深層級と言う所まで行ったんだがな」
『深層級』その言葉に僕は驚く。
正確には後一歩と言うことらしいが。
そうだとしても、上層級の中でも中位、もしくは上位の実力であることを察し、メーテとウルフが副ギルド長のことを高く評価したことにも納得が出来た。
「結局は90階の階層主に傷を負わされて引退。と言う訳さ」
副ギルド長はそう言って左目の傷を指でなぞり。
瞼の上から指で叩くと、コンコンッと言う音が鳴った。
「もしかして義眼なんですか?」
「その通りだ。目をやられてしまってね。
それでもそれなりには戦えたんだが、怪我を機にダンジョンギルドで働かないか?
そんな誘いもあったし、なにより娘が生まれたと言うこともあってね。
考えすぎかもしれないが、怪我を負ったのも探索者と言う家業から足を洗い、娘の為、家族の為に生きなさい。
そう言った啓示のように思えて探索者の引退を決めた訳さ。
まぁ、結局はダンジョンと言う場所から離れられず、副ギルド長なんて立場をやらせて貰っているがね」
蒸留酒を傾けながら、しみじみと過去を語る副ギルド長。
そんな副ギルド長の言葉からは、探索者と言う職業に未練を感じているようにも聞こえたが。
娘の為、家族の為と語ったその表情はとても穏やかなもので。
探索者としての未練も家族への愛情も、どちらも本心なのだろう。
そう理解することが出来た。
「おじさんの思い出話なんてのは若い者にとっては説教とさほど変わらんか。
まぁ、先達として言えることがあるとすれば怪我と女性関係には気を配れと言うことくらいか。
現にほら。若い娘さん達が熱い視線を送っているぞ?
このまま昔話に付き合わせてもいいが、それで恨まれてしまっては堪ったもんじゃないからな」
副ギルド長はそう言った後に僕の腰をポンと叩き「行ってこい」と言うと、蒸留酒の入ったグラスを傾け氷をカランと鳴らす。
そんな副ギルド長の姿を見て、なんだか様になっているな。
そう思うと、視線を向けていた女王の靴の元へと足を向けるのだった。
「副ギルド長に気を使わせてしまったようだね」
そう言ったのはライナさんだった。
「お話の最中だったのにすみません。
副ギルド長と言う立場上、近寄りがたいと言いますか・・・・・・」
そう続けるのはフィナリナさん。
どうやら副ギルド長に遠慮していたらしく、遠巻きに話すタイミングを窺ってたようだ。
普通に声を掛けてくれれば良かったのに。
そう思わないでもないが、ダンジョンギルドの実質トップと言う立場を考えれば、気後れしてしまうのも仕方がないことなのかも知れない。
「そう言うことだったんですね。
でも、話してみると案外気安い感じですよ? 後で話してみたらどうですか?」
副ギルド長と言う立場の人間を捕まえて気安いと評するのもどうかと思うが。
実際話してみて、そう言った一面を感じてしまったのだから仕方が無いだろう。
もちろん気安いだけでは無く、厳しい部分もあるのも充分に理解しているが。
こういった場でもあるし、女王の靴の皆が話し掛けたら、むしろ、喜んで色々と話を聞かせてくれるような気がした。
そう言った理由もあり、副ギルド長と話してみることを薦めてみると。
「そ、そうか。
失礼かもしれないけど、もう少しお酒が回ってきたら声を掛けさせてもらおうかな?」
どうやらライナさんは前向きに検討してくれるようで。
ライナさんの言葉は、薦めた僕としても喜ばしく感じる返答だった。
そして、そんな風に思っていると。
「副ギルド長様には後で声を掛けさせていただくこととして。
アル様。アル様にお話しておきたいことがあります」
改まった様子に何事かと思い、僕は居住まいを正すとフィナリナさんの話に耳を傾ける。
「早いものでアル様と出会ってから3年以上の月日が流れました。
出会いは決して良いものでは無かったと思います。
アル様がなさろうとしたことを理解できずに、酷い言葉を浴びせました……
それなのに! そんな酷い言葉を浴びせられながらも、アル様はライナの命を救おうと努力して下さいました」
確かに酷いこと言われた様な記憶があるが、友人が生死の境にあった訳だし。
僕がした処置はこの世界では確立した救命処置では無いのだから、それを見て黙ってる方が異常で。
むしろ、フィナリナさんが罵詈雑言を浴びせたのは仕方がないことだとも思った。
まぁ、ちょっとイラッとしたと言うのも本音なのだが……
「そして、アル様は奇跡の御業でライナの命を救って下さいました。
あの時、胸に飛来した思いは感謝と言う言葉ではとても言い表せず。
未だに形容する言葉が見つからない程です」
奇跡と言う程ではないと思うのだが……
いや、僕の拙い知識で救えたのだから、そう言う意味では奇跡なのかもしれない。
「ですが、未だ形容する言葉が見つからない代わりに。
その奇跡を目の当たりにした時から変わらない気持ちがあります。
それは――アル様を『崇拝』する気持ちです」
あ、なんかやべぇこと言い出した。
「そう! 崇拝する気持ちは不変で!
そしてアル様が迷宮都市を離れる今だからこそ!
その偉業を語り継がなければいけないと私は考えるのです!
ですから、その偉業を語り継ぐ為にもアルディノ教とい――ふがっ」
さらにやべぇことを言い掛けたところで、それはバルバロさんとイルムさんに取り押さえれる。
2人の腕の中でふがふが言いながら抵抗するフィナリナさん。
そんな姿を若干引き気味に見ていると。
「す、すまないアル君。
フィナリナはアル君に心酔してたからね……
離れるのが寂しくて暴走してしまったのかもしれない……
かと言う僕も心酔とまではいかないがアル君のことは信頼してるし。
会えなくなるのは寂しく思ってるんだけどね」
ライナさんはそう言うと照れくさそうに頬を掻く。
「フィナリナに任せたら話が逸れてしまったけど。
僕達がアル君たちに感謝してるってことを改めて伝えたかったんだ。
それで、その感謝の気持ちとして、女王王の靴から贈り物があるんだが。
受け取って貰えるかい?」
贈り物と言われると、何とく遠慮してしまうのは前世の性なのだろう。
しかし、流石に受け取れないとは言えないし。
それよりも素直に嬉しいという気持ちが勝っていた為、僕はその言葉に頷いた。
そして、ライナさんから手渡されたのは片手で収まる大きさの、形からして小箱だろうか?
それを綺麗に包装した物であった。
「ありがとうございます! 開けても大丈夫ですか?」
「是非開けてみてくれ。気にいると良いんだが」
包装用紙を丁寧に剥いていくと、予想通り小箱が姿を現した。
その木造りの小箱は手に触れた質感からも丁寧な仕事がされていることが分かり。
その細工の細やかさから中に納められている物が値の張るものだと予想できた。
そして、その小箱を空けると――
「これは……ブローチですか?」
箱の中に納められていたのは。
安価さは感じられず、シンプルなデザイン故の洗練された印象を受ける。
銀色の丸い枠組みの中に無色の石がはめ込まれた、そんなブローチだった。
贈られたブローチを眺めていると。
「どうだい? 気にいって貰えただろうか?」
不安そうに訪ねるライナさんと、不安そうに僕の様子を窺う女王の靴の皆。
ブローチに見入っしまい、感想を伝えていないことに気付くと、僕は慌てて口を開いた。
「気にいりました! 装飾品の類は全然持ってなかったので凄い嬉しいです!」
僕がそう言うと女王の靴の皆はホッとした表情を浮かべ。
バルバロさんとイルムさんの拘束から抜けだしたフィナリナさんが口を開いた。
「気にいって貰えてよかったです。
それと、そちらのブローチなんですが、魔力を込めて貰って良いですか?」
魔力を込める?何か仕掛けがあるのだろうか?
そう思いながらも、言われたままにブローチに魔力を込めてみると。
「……魔力が吸われてる?」
身体強化や剣に魔力を流す時とは違う。
留まるでも流れるでもなく、吸われると言う感覚を感じた。
そんな僕の言葉を聞いてフィナリナさんは補足をしてくれた。
「仰る通りです。
そのブローチなのですが、魔力を吸わせることによって魔力を貯めておくことが出来るんです。
そして、溜めた魔力はしっかり回収することもできますのでご安心ください。
正直、貯められる魔力はアル様の魔力量からしたら微々たるものかもしれませんが。
それでも何かの時は役立つかと思いまして、贈り物として選らばせて頂きました」
フィナリナさんの説明を聞いて、便利な物もあるものだと感心する。
それと同時に、このブローチが魔道具だと言うことも理解した。
そして、魔道具となれば、僕が知る限りではあるが。
どんなに粗悪な魔道具でも金貨一枚程度の値段はした筈だ。
そして、贈られたブローチなのだが……
目利きが効く訳ではないが、そんな粗悪品とは比べるべくもないことぐらいは分かる。
要するに結構なお値段の贈り物だと言うのが分かった訳だ。
そして、それが分かると少し申し訳ない気持ちになる。
それもそうだろう。
女王の靴は中層級探索者になってからも安宿で生活をしていたのだから、懐事情が芳しくないことくらいは察することが出来る。
それなのに、こんな高価な品を送ってくれたのだ。
少しくらい申し訳ないと思ってしまうのも仕方がないことだとは思う。
だが、それは顔に出さないように努めた。
誰だってそうだとは思うが、贈り物をしたのに浮かない顔をされては良い気分ではないだろう。
それが相手を心配しての事だとしてもだ。
だから僕は、余計な事は考えはひとまず置いておき、素直に厚意を受け取り。
「ありがとうございます! 大切にしますね!」
感謝の言葉と、紛れもない本心を伝えるのだった。
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