第69話 送別会のはじまり
送別会を開くことが決定してから、その日を迎えるまであっという間だった。
まだ挨拶に周れていない人の所に顔を出したり。
迷宮都市で過ごした約4年間で溜まっていった私物の整理をしたり。
それに加え、どうやら迷宮都市を離れる際は馬車を乗りついでの帰郷とするようで。
その為に必要となる物の買い出しや道具の準備。
そう言ったものに時間を追われた結果、あっという間に時間が過ぎて行った訳である。
そして、送別会当日。
昼食を終えて、午後の紅茶の時間をメーテとウルフの3人で楽しんでいると。
コンコンッ
ドアノッカーを叩く音が来訪者を告げた。
恐らくは女王の靴の皆が到着したのだろう。
来訪者の予想はついていたが、一応確認の為に扉越しに声を掛けると。
「アル君かい? ライナだよ。
今日は女王の靴全員で伺わせて貰ったよ」
返って来た声で自分の予想が当たっていたことに満足し、僕は扉を開いた。
「いらっしゃい。思ったより早かっ……」
ライナさん達の姿を見た僕は、一瞬何事かと声を失う。
それもそうだろう。全員が全員、大量の荷物を持ち、鎧やローブ身に着け、それに杖や剣までも携帯しているのだ。
知人の家を訪れると言うよりかは、これからダンジョンに潜ると言われた方がしっくりきそうな格好をしているのだから、僕がそんな反応をするのも仕方がないことだとは思う。
「ああ、驚かせてしまったみたいだね。メーテさんに。
『どうせお前達は酔って寝てしまうんだろうから、今日の内に荷物持ってきておけば一泊分の宿代は浮くだろ?』
なんて言われたから、ご厚意に甘えて荷物を持って来たんだけど、思ったより物が多くてさ。
装備品なんかは身に着けて運ぶしか無かったんだよ……」
確かに装備品は無理して担ぐよりも身に着けた方が運びやすいし効率的だろう。
そう思うと、皆がダンジョンに潜るような格好をしていることに納得する。
「そう言うことだったんですね。
それじゃあ荷物なんですけど……メーテ、何処に置いた方がいいと思う?」
僕は室内へと振り返りメーテに尋ねる。
「あー、そうだな。
私達が使ってる部屋を、好きなように割り振ってそこに荷物を置けばいいんじゃないか?
それと、ついでだから家の中も案内しておくか」
メーテはそう言って立ちあがると、部屋の案内を始める。
「まず玄関入って右手がウルフの部屋で左が空き部屋だ。
空き部屋は適当に物が転がってるが、掃除はしてあるから問題無く使えるだろう」
メーテがそう言うと。
「「ウルフ先生の御利益!」」
などと言って我先にとウルフの部屋を取り合うバルバロさんとイルムさん。
そう言えば胸に関してウルフの事を先生と仰いでいたなー、などと思い出し。
もう一人の生徒であるライナさんは参加しなくていいのかな?と視線を向けると。
どうやら乗り遅れたようで、踏み出そうとしている姿勢のままアワアワとしていた。
結局ライナさんは参加することが叶わないまま。
じゃんけんによってウルフの部屋はバルバロさんの物になったようだ。
そして、メーテは次の部屋の説明に入るのだが……
「で、その隣の部屋がアルの部――」
メーテが言葉を言いきる前には、フィナリナさんがさも当然のように自分の荷物を置いた。
そして。
「異論は認めません」
フィナリナさんがそう言うと、女王の靴の皆は色々と察したのだろう。
だれも異論は挟めず、早々に僕の部屋はフィナリナさんの部屋となった。
……悪寒がするのは何故だろう?
そして、メーテの部屋は?と言うと、特に何も無くライナさんの部屋となったのだが。
自分の部屋の時だけこれと言って何も無かったメーテは、少し不服だったようで口を尖らせていた。
こうして必然的にイルムさんの部屋が空き部屋に決まると。
倉庫にトイレ、お風呂と言った場所を案内し終え、残されたのは転移魔法陣のある部屋だけとなった。
転移魔法陣についても説明するのかな?そう思ってメーテの動向を窺っていると。
「で、最後にこの部屋なのだが」
メーテはそう言って扉を開く。
あまりにも普通に扉を開けたので、転移魔法陣について説明するつもりなのだろう。
半ばそう確信していたのだが。
「ここも倉庫ですか?」
「ああ、貴重な物は無いが、ちょっとした思い出の品が多くある部屋だ。
出来ればこの部屋には手を入れないでほしいんだがお願い出来るか?」
「ええ、分かりました。
他にも倉庫があるようですし、全然問題は無いと思います」
そんな会話をするメーテとライナさん。
そんな会話の前に、転移魔法陣のことは気にならないのだろうか?
そう思って部屋を覗きこむと、床に描かれた転移魔法陣を隠すように絨毯が敷かれていた。
道理で気付かない訳だ。と、納得はしたが、隠すにしては安易すぎはしないか?
そう思いメーテにこっそりと尋ねたのだが。
「彼女達の事だ。ああ言っておけば無暗に立ち入ったりしないだろう。
まぁ、見つかったとしても他人がどうこう出来るものでもないしな」
その答えを聞いて、やはり少し安易では?とも思ったが。
メーテが女王の靴の皆を信頼し、そう言った以上は僕としても納得するしかなかった。
そうして一通り、部屋の案内が終わると。
「早速で申し訳ないんですけど部屋を利用しても大丈夫ですか? 少し窮屈で」
そう言ったライナさんに視線を向ければ、家に到着した時同様の探索者然とした格好をしており。
その姿を見た僕は、窮屈だと言ったことに納得すると、早く気付くべきだったと反省する。
「気付くのが遅れてしまいました。部屋は自由に使って良いので、どうぞ着替えて来て下さい」
僕がそう言うと、女王の靴の皆は各々にお礼の言葉を口にすると。
割り振られた部屋に自分の荷物を運び込み、ついでに軽く荷解きでもしているのだろう。
ややあってから、着替えを済ませた順にリビングへと戻って来た。
そうして皆がリビングへと集まると。
「それでは準備をさせていただきましょう!」
そう言ったのはフィナリナさんで。
一応僕達の送別会と言うこともあり、テーブルのセッティングやら食事の準備やらを担当してくれる故の一言であった。
見てるだけと言うのも落ち着かないので、僕達も手伝おうとはしたのだが。
「これは私達がこの家に慣れる為の一環でもあるので、手伝いは無用です」
私達の為と言われてしまったので手伝いを諦めるしかなかったが。
実際のところは僕達に負担を掛けない為に、そう言って諦めさせようとしたのだろう。
考えすぎかもしれないが、この数年の付き合いで彼女達ならそうすると言う確信があった。
そして、それが分かったなら、なお食い下がるのも野暮だと思い。
僕達は邪魔にならない場所に腰を下ろすと、飲みかけの紅茶に口を付けるのであった。
女王の靴の皆のおかげでテーブルには次々と料理が並べられていく。
普段食卓で見掛けるような物から、見たことの無い物まで並べられ。
どうやら、そう言った物はバルバロさんやイルムさんの故郷の料理のようで、魔族や小人族の料理を口にしたことの無い僕にとっては、その味を想像するでけでも楽しくあった。
それと、意外にバルバロさんやイルムさんも料理出来るんだなー、などと考えていると。
それが表情に出ていたのだろう。
「野営で料理することも多いですからね。
こう見えてバルバロもイルムも料理は得意なんですよ」
フィナリナさんが僕の疑問に答えてくれた。
その答えを聞いて、それもそうかと納得する。
一度や二度の野営であれば簡易的な食事で済ませてしまってもいいが。
それが何度もとなると流石に飽きてしまうだろうし、連日ともなれば体調面にも現れるだろう。
身体が資本の探索者と言う職業は、バランス良く食事を取ることも大切なのだと思う。
そう言った理由がある為、探索者の中には料理を嗜む者も少なくない。
ご多聞に漏れず、女王の靴の皆もそんな探索者の中の一人と言うことなのだろう。
「まぁ、フィナリナは全然料理できないけどなー」
「バ、バルバロ! アル様の前で言わないでください!」
うん、どうやら女王の靴の中でもフィナリナさんは例外のようだ。
そんな会話を楽しみながら準備は進んでいき、日も傾き始めそろそろ準備も終わろうかと言う頃。
コンコンッ
ドアノッカーを叩く音が、再度来訪者を告げる。
僕は来訪者を迎える為に玄関へ向かうと、扉越しに声を掛けた。
「どちら様ですか?」
「えっと、レオナです今日はお招きありがとうございます」
告げられた名前に一瞬驚くが、僕はすぐに顔を緩ませた。
レオナさんとは、最後に会ってから今日まで一度も会っていなかった。
最後に会った時に酷く狼狽した様子だったので、様子を窺いに何度かダンジョンギルドにも顔を出したのだが。
タイミングが悪いと言うよりか、どちらかと言うと避けられている様子だったので。
もしかしたら今日も来てくれないのでは?そんな不安があったのだが……
しかし、その考えも杞憂だったようで。
レオナさんが訪ねてくれたことを素直に喜ぶと、僕は勢いよく扉を開けた。
「いらっしゃい! どうぞ中に入っ――」
「久しぶりだなアルディノ君。招待感謝するよ」
レオナさんが居ると思って扉を開けたのに、そに居たのはダスティン副ギルド長だった。
レオナさんが副ギルド長になってしまった!と一瞬混乱したものの。
よくよく見れば、副ギルド長の後ろに隠れるようなレオナさんの姿を発見し、馬鹿な妄想を拭えたことにホッとする。
それと同時に、駄目元で声を掛けた副ギルド長が訪ねて来てくれたことに喜ぶと、2人を家の中へと案内した。
そして、レオナさんと副ギルド長が来たことにより、女王の靴が声を掛けた人はこれで全員が揃ったことになる。
実際には他の人にも声を掛けようとしたらしいのだが、関わりが深い相手だけに絞った結果らしい。
ちなみにだが、青き清流の皆を流石に呼び出す訳にはいかなかったので、迷宮都市を離れる旨を綴った手紙を送るに留めておいた。
正直、会いたかったと言うのが本音ではあるが……
兎も角。
全員揃い、送別会の準備も終わったとなれば、この後することは決まっている。
全員の手に飲み物が注がれたグラスが行き渡ったのを確認できたし、後は乾杯の音頭を取れば送別会が始まるのだ。
では、誰が乾杯の音頭を取るのだろう?
そう思って周りに視線をやると、何故だか僕に視線が注がれている気がする。
あれ?もしかして僕の役目?そう思っていると。
「迷宮都市に来た理由はアルの為だしな。
アルが居なければここに居る皆とは出会うこともなかった。そうなればアルが適任だろう」
「そうね。
離れる理由もアルが学園都市に通うため。って言うのが大きな理由の一つだしね。
挨拶はアルが適任じゃないかしら?」
そう言うメーテとウルフ。
正直こう言う役目は気恥ずかしいので遠慮願いたいところだが。
確かにメーテとウルフの言う通りだとも思う。
迷宮都市に来たきっかけが僕で、離れるきっかけも僕にあるなら、挨拶すべきはやはり僕なのだろう。
そう自分を納得させると、僕は口を開く。
「えっと、こう言う挨拶するのは初めてなので何を話していいのか分からないんですが。
まずは、こうして集まってくれたことにお礼を言いたいです。
皆さん。今日は本当にありがとうございます!」
僕の言葉に皆が頷いてくれたのを見て、僕は言葉を続ける。
「この迷宮都市に来てから、色々な人に出会いました。
今日この場に来ているレオナさんに女王の靴の皆さん。それにダスティン副ギルド長。
この場には居ませんが青き清流の皆さんに商店街の皆さん。
この出会いは迷宮都市で過ごして行く上に限らず、貴重な出会いになったと思っています。
しかし、そう思えないような出会いもありました。
当時の僕はそれを悪い出会いだと思い込んで、無理やりそう区別していました。
ですが、今はそうは思いません。
良い出会いも悪い出会いも、それは等しく貴重な出会いで、それは等しく財産なんだと。
今ならそう言い切ることが出来ます」
そこまで話したところで皆の様子を見てみると。
頷いてくれてはいるが、どこかしんみりとした空気になっていることが分かった。
折角の送別会なのに、この空気のままではお通夜のようになってしまう!
そう思った僕は、あまり柄ではないが声を大にする。
「なので! そう教えてくれた迷宮都市と皆さんの出会いに感謝と!
僕達と皆さんのこれからに幸多きことを願って――
――乾杯!」
僕の声を追うようにして皆は「乾杯」と声を上げると、そこかしこからグラスを重ねる音が響く。
そうして、グラスの値が響く中。
「まぁ、人を揺さぶるにはまだまだだな」
「人の心を揺さぶるには、言葉に魔力を込めると効果的よ?」
そう声を掛けてくるメーテとウルフ。
慣れないことをしたと言うのに手厳しい2人。
だが、2人の表情を見れば柔らかな表情を浮かべており、その表情を見た僕は。
まぁ、悪くはなかったってことかな?
そう思うことにすると、2人とグラスを重ねるのであった。
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