第67話 嫌がらせ


「だがしかし……

少々問題があってな……」



 そう言って申し訳なさそうな表情を浮かべる副ギルド長。


 副ギルド長から聞かされる話は、僕達とっては死活問題ではなかったのだが。

 モチベーションを削ると言う意味と、嫌がらせと言う意味では充分な話だった。



「まず、エドワード侯爵が何故この町に来ていたかと言うところから話そう。


端的に言うと、視察だな。

迷宮都市と言う場所は少し特殊でな。

ダグディオム王国と魔国サウンデルタの国境付近にあり、共同で管理されていると言うのが迷宮都市メルダと言う場所なのだ。


そう言った理由のせいで、視察と言う名の監視。会議と言う名の牽制。

そんなことが年に数回、迷宮都市では行われているのだが。

エドワード侯爵はそう言った理由により、ダグディオム王国から遣わされた一人と言う訳だ。


中層の町に居た理由は、視察兼静養と言ったところだろうが……

本当に毎回毎回、あの方は何故、おとなしく出来ないのだろうか……」



 エドワード侯爵が騒ぎを起こす度に、その対応させられていたことを思い出したのだろう。

 副ギルド長はエドワード侯爵のことをうんざりとした様子で語る。



「これでエドワード侯爵が中層の町に居た理由は分かってもらえると思うが、本題はここからだ。


エドワード侯爵の本来の目的は、視察と会議への出席なので、当然会議にも出席していた。

その会議の内容なんだが。

大体は迷宮都市から得られるであろう利益の話で、どちらかが大きく得をしたり、大きく損をしないよう調整仕様と言った内容だ。


ダンジョンギルドの運営方針やルールなどについても話し合うこともあるが。

ある程度の金銭的な数字を出していれば、議題にルールが挙がる事なんて今まで殆どなかったんだが……

その日は違った」



 多分ここからが僕達に関係する話だ。そう予想すると、居住まいを正す。



「当時も君達に対する嫌がらせだと言うことは分かったが。

護衛を返り討にしたことを知った今では、嫌がらせ以上のものを感じてしまうな。

まぁ、どちらにせよ。相当に腹を据え兼ねていたことは分かる。


それでだ。

エドワード侯爵が議題に挙げた内容と言うのが。

探索者がダンジョンに潜る際に、年齢制限を設けてはどうだ? と言った内容だった。

具体的に言えば、成人に当たる15歳まではダンジョンに潜るのを禁止すると言う内容だ。


当然のことながら反論は出た。

ダンジョンに潜る探索者の中には15歳未満の者も数多くいる。

だが、それは本来の目的を通しやすくする為に、まずは無茶な案を提示したのだろう。

提示された内容が緩和されれば、受け入れやすいし。

反論した者にとっても、要求を下げさせたと言う達成感を得ることが出来るしな。

それを見越してのことだろう。


そうして、改めて提案されたのは――

『年齢制限による一定階層以降への探索禁止』と、言う案だった。


これには、他の参加者も難色を示すことは無かった。

エドワード侯爵が提示したのは、15歳未満の者は31階層以降の探索を禁じる。

そう言ったものだった。

私はすぐに君たちへの嫌がらせだと思ったが、他の者は違う。

むしろ、15歳未満で31階層まで到達する者なんて言う存在の方が希少だ。

そんな、在って無い様なルールなど、反対する必要なんて無いだろう。


それに加え。

『探索者の未来を考えて、成人するまでは無理をさせず地道に力を蓄えるべきだ』

などと言って、探索者の保護を理由に仕立て上げたのだから、反対する者は皆無だったよ」



 副ギルド長は、そう説明してくれた後に「すまないな」と、言うと頭を下げた。



「い、いいえ! こんなに良くして貰って感謝しているくらいです!

だから、謝る必要なんて無いですよ!

どちらかと言えば謝らければいけないのは僕の方なんですから……」



 僕は慌ててそう言うと「ご迷惑お掛けして申し訳ありません!」と言葉を続けた。


 副ギルド長は、そんな僕を見て。



「そう言って貰えると助かるよ。逆に気を使わせてしまったな」



 少し困ったように笑うのだった。






 それから、僕達はエドワード侯爵の嫌がらせで出来たルールの確認の為に、副ギルド長にいくつかの質問をした。


 まず気になったのが、どうやって31階層以降の探索を禁止するのか?と、言うこと。


 それに対する副ギルド長の答えは――



「君達の良心に任せる」



 だった。これには渇いた笑いが漏れた。


 実際、出来たばかりのルールなので、そこまで煮詰め切れてないと言うのが本音らしい。


 正直、煮詰めたところで、ダンジョン内を完璧に把握することは出来ないだろう。

 と、言うのが副ギルド長の考えで。

 そればらばと、ダンジョン内部以外での対応策を考えた結果。


 15歳未満の場合、31階層以降の魔石を持ち込んだとしても、買い取りをしないことに決めたようだ。

 それに加え、もしも持ち込んだ場合はギルドプレートの一時預かり。

 要するにダンジョンに潜る権利を剥奪し、そうすること自体を罰とすることで対応するらしい。


 色々と欠点がありそうなルールではあるが、お金にならないことが分かれば大抵の探索者は自重するだろうし。

 とりあえずの抑止力としては充分に機能するだろう。

 と言うのが副ギルド長の弁であった。


 他にも、もし探索禁止階層で見つかったらどうなるのか?

 魔石を譲渡して換金してもらい、それを受け取ったらどうなるのか?


 などと、色々と聞いたが、その悪質さによっては、ギルドプレートを預かるだけではなく。

 最悪の場合はギルドプレートの剥奪も検討していることを教えてくれた。


 そんなことばかり聞いていたせいか。



「まさか潜る気じゃないだろうね?」



 そう言って冷たい視線を向けられたが。

 禁止われた以上は潜る気が無かったので、しっかりと否定しておいた。



 そして、聞きたいことも聞き終わり、副ギルド長も伝えたいことは伝えたようで、会話に一瞬の間が開いた。


 その間を感じた僕は、そろそろお暇する頃合いだろうと判断し。

 お詫びのために用意した菓子折りを出すと、足の短いテーブルの上にそっと差し出す。



「ご迷惑お掛けしたお詫びです。よかったら召し上がってください」


「ん? これはアリエッタの焼き菓子か?

うちの娘がここの焼き菓子が好きでな。

たまに買ってきてと頼まれるんだが、この顔で焼き菓子と言うのも恥ずかしくてな。

その時は女性職員にお願いして買って来て貰ってるんだが……

おっと、おじさんの家庭事情なんて聞かされても困るだけだな。


すまないな。ありがたく頂戴するよ」



 副ギルド長はそう言って菓子折りを受け取ると「私の分は娘にあげるか」と、ひとりごちる。


 そんな姿を見て、家では良いお父さんなんだろうな。


 そう思うと同時に、その姿が前世での父親と重なり、懐かしさと少しだけの寂しさを感じた。






「何か問題があったら相談してくれ。出来るだけ力になるつもりだ」



 それは、僕達の帰り際に、副ギルド長が言った言葉だ。


 一介の探索者風情に掛ける言葉としては過分な言葉ではあったが。

 副ギルド長のらしさとして受け入れることが出来たのは、その人柄に触れたからだろう。


 そうして、僕達はお礼をの言葉を伝え、執務室を後にすると、レオナさんに魔石の査定をお願いしていたことを思い出し、受付へと向かうことにした。



 受付に着くと、やはりと言うか案の定と言うか、レオナさんにあれこれと質問された。


 そして、その質問に答えていったのだが。

 レオナさんは僕の答えを聞く度に、顔を赤や青へとめまぐるしく変化させる。


 そんな姿を見た僕は、、こうして表情に出すくらいには心配してくれたんだな。と実感し。

 なんだか嬉しく思えたのだが、そんな感情が表情に出ていたのだろう。



「アル君? 真面目に聞いてる?」



 そう言って怒られてしまった。


 僕としては、もう少しコロコロ変化していく表情を見ていたいとも思ったのだが、心配させたままにするのも意地が悪いだろう。

 そう思った僕は、安心して貰えるように一応の問題は解決したことを伝えると。

 そこで漸く安心したようで、レオナさんの安堵の表情を見ることが出来た。



 その後、幾つかのお小言をもらったが、謝罪の言葉と心配してくれたことへのお礼の言葉を伝えると。

 レオナさんは「探索者ってそういうものか……」などと諦めたような口調で言い。

 「なるべく心配させないでね?」と言うと、仕事の意識に切り替えたのだろう。



「魔石の鑑定は終わってるから、確認して貰えるかな?」



 そう言って、魔石の査定額が書かれた書類を手渡し。

 その書類に目を通すと、今まで査定して貰った経験からしても妥当な金額が書かれていた。


 正直、少しだけ不安があったので、その金額を見てホッとする。


 その不安と言うのは、既に新しく出来たルールが適用されているのでは?と言うことだ。

 今回持ち込んだ魔石の中には、当然のように31階層以降の魔石が含まれていた。

 つい先程まで知らなかったのは事実だが、早速ルールに抵触しているのも事実だ。

 なので、魔石の買い取りもして貰えないしギルドプレートを回収される可能性も想定していたのだが。

 どうやらそれは杞憂だったと、その書類を見て思った訳だ。



「今回は特例らしいけど、次回からは処罰があるから気を付けてね!」



 しっかりと釘は刺されたが……






 そうしたやり取りの後、他の職員さんに呼ばれたレオナさんは、受付の奥へと戻って行った。


 レオナさんの背中を見送った僕達は、どうするかと一瞬悩むも、特にダンジョンギルドでやるべきことも思いつかなかったので、帰路へ着くことにした。


 そして、無事に家に辿り着くと、溜息を漏らす。


 その溜息はエドワード侯爵の嫌がらせで出来たルール。

『年齢制限による一定階層以降への探索禁止』に対してのものだった。


 正直言ってしまえば、学園都市に通う為の金額は貯まっており。

 鍛練目的以外でダンジョン深く潜る必要は無い。


 だが、僕達に対しての嫌がらせの為だけにルールを変えてしまう執念には思わず溜息が漏れる。

 それと、少なからずの人達に迷惑を掛けてしまったことも含まれているが。



 何はともあれ、新しいルールが出来たからには、これ以上迷惑を掛けないように従うしかないだろう。


 そう考えた僕は、今後どうするかをメーテとウルフ。3人で話し合うことにした。


 そして、話し合った結果なのだが。



「あまり問題なさそうだな」



 そう。正直そこまで問題はなかったのだ。


 30階層まで潜れるなら生活費には困らないし。

 特に名誉や名声が欲しい訳ではないので階層を重ねる必要もない。


 ゴーレムを相手にした鍛練も、斬ることだけを考えれば同等の硬度の鉱石を用意すれば問題無なかった。


 ゴーレムの件に関しては「だったら始めからそうしてよ!!」と思わず声を荒げてしまったが。



「魔石を得て鍛練も出来るのだから、そっちの方が時間を無駄にせずすむだろ?」



 そんな正論を言われたのだからグゥの音もでなかった。


 まぁ、それはさておき。

 話し合いの結果は「あまり問題ない」と言う結論に収まった。


 エドワード侯爵がこれを聞いたら顔を真っ赤にして憤りそうだが……






 そして、そう結論を出した僕達の日々は流れて行った。


 適度にダンジョンに潜りに言って生活費を稼いだ。


 庭に用意されたゴーレムの代替品であるやたら堅い鉱石を毎日のように斬りつけた。


 女王の靴の皆が家に遊びに来た。


 レオナさんに小言を言われた。


 もはや常連と化したアリエッタでお紅茶と焼き菓子を楽しんだ。


 10歳の誕生日にはメーテとウルフ、女王の靴にレオナさん。皆に祝って貰った。



 緩慢でありながらも充実した日々。

 そんな日々を過ごしながら、僕達の日々は流れて行ったのだった。






 そして、僕の意識は現在へと戻る。






「さて、今日はどうする?

 ダンジョンに潜るか? それとも今日は休みにするか?」


「うーん。どうしようかな?」


「なんだ? はっきりしないな?」


「そうなんだけどさ、なんと言うかやる気が……」


「それは確かにな……」



 先程までそんなやり取りをしていたこと思い出し、今日の予定に頭を悩ませる。


 ダンジョンには先日潜ったばかりなので、生活費については問題ないので無理やり潜る必要もない。


 休みにするにしても、僕は多趣味な方ではないので、読書をするくらいだし。

 それなら家で鍛練でもしようかとも思ったのだが。

 やたら堅い鉱石を斬りつけるのも、鍛錬の成果が実を結び。

 先日、ついに切断するに至っているので、いつも通りの鍛錬をするくらいしかない。


 55階層から先を探索出来るのであれば、こんなに悩む必要もないんだけどな。

 そう思うと、今更になってエドワード侯爵の嫌がらせが効いてきたことを実感する。


 「今日はどうする?」その質問に答えを出せないでいると、メーテが口を開く。




「じゃあ、そろそろ家に帰ることにするか」




 そのメーテの一言により。


 約四年と言う月日を過ごしたこの都市。


 『迷宮都市メルド』から離れることが決まるのであった。

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