第65話 苛々爆発

 追従する二つの魔力を感じながらも、僕達は変わらない足取りで宿屋へと向かう。



「さて、どうするか」



 メーテは下唇に指を当て、何やら考える素振りをする。


 「どうするか」その言葉の意味は言わずもがな。

 今も追従するエドワード侯爵の護衛。それをどう対処するかと言う意味だろう。


 どう言った理由で僕達を追従しているのかは分からないが、エドワード侯爵とのやり取り、そして、こうして姿を見せずに追従していることからも、その理由はあまり良いものだとは思えない。


 副ギルド長に迷惑を掛けたくないと思っている僕からしたら、出来るだけ穏便に済ませたいのだが……


 そんな事を考えながら歩いていると。



「来るとしたらそろそろかしらね?」



 気付けば宿屋まで後わずかな距離となっており。

 僕達の宿泊先の宿屋は多少奥まっている所にある為、人通りが寂しいものになっていた。


 ウルフが言うとおり、来るとしたらそろそろだろう。


 僕的にはこのまま無事に宿屋へ帰り、夕食を取って寝たいのだが。


 そんな、淡い期待は当然のように打ち砕かれる。



「君達に用件がある」



 そう声を掛けて来たのは、エドワード侯爵の護衛として付いていた2人の男性。


 その姿を見て、面倒なことになりそうだ。

 そう思うと、漏れそうになる溜息をグッと我慢するのだった。






「どう言った用件だ?」



 護衛に対応するのはメーテ。


 そう聞きかえすメーテの表情と声色からは、呆れのようなものを感じた。


 護衛の男性も、そんな感情を読み取れたのだろう。

 護衛の男性は顔を顰める。しかし、それも一瞬のことで、平静を装うと口を開く。



「エドワード侯爵から伝言を預かってきている」


「伝言?」


「ああ、此度の事は不問とする。とのことだ」



 不問。その言葉に少しだけ安堵しそうになるが、冷静に考えればそんな都合の良い話は無いだろう。

 一度は首を跳ねようとした相手なのだ。どうせ、ろくでもない条件付きに違いない。

 そう考えると安堵しかけた気持ちを張り直した。


 そして、メーテも同じように考えたようで。



「そんな訳あるまい。面倒な真似をしないで条件を早く言え」



 メーテは述べられるであろう条件を急かす。


 そして、その言葉を受けた護衛の男性は下卑た笑みを浮かべた。



「条件は今夜エドワード侯爵の寝室を訪ねることだ」



 その言葉に、僕は憤りを感じるよりも呆れてしまう。


 男性であるからには綺麗な女性とお近づきになりたいと言う気持ちは分からくないが……

 流石にこれは違うだろう。


 お金で一夜を買おうとしたり、それを拒否されれば脅しのような手を使い、相手の気持ちを考えず、まるで物を扱うかのように女性を扱う。

 そんな、エドワード侯爵のやり方は僕には許容できるものでは無かった。


 文句の一つでも言ってやろうと一歩脚を踏み出したのだが。

 顔の前に出されたメーテの手のひらによって、それは止めらた。


 恐らくだが、落ち着けと言うことなのだろう。


 物のように扱われたメーテ本人が冷静に対応しているのに、第三者である僕が、声を荒げるのは、場を乱す行為でしかなく。

 そのことに気付くと「ごめん」とメーテに告げた。



 メーテは僕を制止出来たことを確認すると、護衛に向き合う。



「それで? もし断った場合はどうするんだ?」


「断れると思っているのか?

だが、もしそうなった場合、手に入れられない玩具なら壊れても構わんと仰っていた」



 護衛は「意味は分かるだろ?」と言うようにニヤニヤと視線を向ける。


 そして、そんな視線を受けながら、メーテは決別の言葉を口にした。



「玩具? 比喩表現にしては随分と拙いものだ。

では帰って伝えろ。良い歳なんだから玩具遊びは卒業したらいかがですか? と」



 その言葉を切っ掛けに場に不穏な空気が流れる。そして――



「貴様っ!! もはや切られても文句は言えんぞ!」



 護衛の男は腰の剣に手をやると――



「斬れるものならな」



 メーテのその一言で鞘から剣を抜いた。



「もう後戻りは出来ないぞ?」


「そう言うのは間にあってる。

さっさとかかってこい。相手をしてやる――アルが!」





「へ?」



 ちょっと意味が分からなかった。


 何でそうなるのだろう?と頭を悩ませていると。



「久しぶりの対人戦だな! 頑張るんだぞ!」


「アルー、ファイトー!」



 呑気に応援を始めるメーテとウルフ。


 気が付けば護衛の男性二人は僕の事を睨みつけている。



「舐められたものだな。こんな子供相手に我らをどうにか出来ると思っているのか?

これ見よがしに中層級のギルドプレートを提げているようだが、大方、お前達に付いて回ってるだけで得た張りぼての称号だろう」



 中々に酷い言われようで、流石にムッとする。



「だが、いいだろう。

ダンジョンに潜っているつもりの子供に現実を教え。

腕の一本でも切り落としてやれば、貴女の判断も変わるかもしれないしな」



 徐々にイライラが募る。


 息抜きに来た筈なのに、なんでこんな理不尽な目に会わなければいけないのだろう?

 それに張りぼてだの、潜ってるつもりだの好き勝手言って。


 じゃあなにか?

 貴方達はそう言うだけの経験したことあるんですか?

 薄暗いダンジョンで何日も寝泊まりしたり。

 連戦して満身創痍なのに魔力枯渇するまで魔法を使わせられ、そのまま気絶したり。

 階層主に殺されかけたり。

 そんな経験があって言ってるんだよね?


 そしてなにより……

 毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日!!!



「ゴーレムを切りつけた経験があるから言ってるんですよね!?」



 イライラが爆発した僕は、瞬時に身体強化を施すと。

 踏み込む足、そして右腕に身体強化を重ね掛ける。


 踏み込んだ石畳が爆ぜる。


 そして、護衛の懐に飛び込むと、右の拳を上等な鎧に叩きつけた。


 まともに受けた鎧は鈍く高い音を周囲に響かせると、流線的であったフォルムをクレータ状にへこませる。


 だが、形は崩れたものの本来の役割である、主人の身を守ると言う役割は果たしたようで。

 護衛は体制を崩しながらも、その目から闘志は消えていない。


 そして、追撃に入ろうとした瞬間。

 横合いから剣が突きだされる。


 だが、それは避けない。

 瞬時に片刃の剣を鞘から抜き、それと同時に剣に身体強化を施すと、突き出された剣の腹に当て、そのまま上に弾く。

 そして、剣ごと弾かれた腕を掻い潜り、柄頭を鎧に守られた鳩尾へと叩きこんだ。



「がはっ!」



 護衛は肺にたまった空気を吐き出すと、片膝を地面に突く。


 丁度良い高さになった。

 そう思うと同時に、護衛の顎に左の裏拳を薄く当てる。


 その裏拳で脳を揺さぶられた護衛の一人は、糸が切れるように崩れ落ちると、

石畳の冷たさを頬に感じる前に意識を手放すことになった。



 そして、もう一人。


 僕がある程度戦えることが分かったのだろう。


 レイピアと思われる剣を握り反身に構えると、一瞬で僕との距離を詰め、レイピアを突き出した。


 その突きを2度3度剣で受け流し、またはかわすを繰り返していると。



「くっ!」



 思わずそんな声が漏れる。


 詰め寄る動きが速い。突きの速度が速い。


 それには対処できるのだが、問題はその突きが的確に急所を狙っていることだろう。



 腕の一本どころじゃなく普通に死ぬでしょ!!



 内心で不満をもらしながらも突きをかわし。

 どうすれば無力化出来るかを考えるが、初撃のような不意打ちじみた手は通じないだろう。

 そう結論付けると、多少痛い目を見てもらおうと決断する。



「少し痛いと思いますけど、我慢して下さいね!」


「!? 防戦一方のくせに何を言っているっ!!」



 護衛の剣が苛烈さを増そうとした瞬間。



『水刃』



 僕がそう口にした瞬間、護衛の右足の甲に小指の先ほどの穴が開いた。


 その突然の事態に護衛の動きが一瞬止まる。



「機動魔法!?」



 だが、それも一瞬ですぐさま僕に視線を向けようとするのだが――もう遅い。


 すでに懐に潜り個でいた僕は、護衛の身体に触れる。



『紫電』



 その言葉と、バチッと言う音と共に護衛の身体から力が抜ける。


 そして、彼もまた石畳の冷たさを感じる前に意識を手放すのだった。






「……ど、どうすれば良いと思う?」



 戦闘が終わり、冷静になった僕は、メーテに頼み回復魔法を護衛2人にかけて貰うと、建物の陰に護衛を隠した。


 そんな事をしていると、エドワード侯爵の使いを撃退したことに不安をおぼえ、助言を請うつもりで尋ねたのだが。



「うむ。中々悪くない戦いだったが、まだまだ荒が目立つな。

それに水刃ばかり多用していては駄目だぞ? もっと切れる札を増やした方が良い」


「まだまだ動きの繋ぎの部分に無駄があるわね。

もっとスッとしてヌルっと動かなきゃ駄目よ?」



 どうやら戦闘に関しての「どうすれば良いと思う?」と勘違いしたようで、なんとも的外れな助言をくれた。


 本来なら「そう意味じゃなくて!」くらいは言ってる筈なのだが。


 自分が仕出かしたことなので言い辛い。


 そんな、いつもより元気のない僕を見て、2人は察したのだろう。



「お、落ち込むことないぞ?

紫電で意識を飛ばすだけに留めるのは逆に難しいんだからな?」


「そ、そうよ?

剣に身体強化施すのもかなり早くなってたもの」



 うん。察していなかったようだ。


 仕方ないので普通に助言を請うことにした。




 そして、エドワード侯爵の使いを撃退したことと。

 今後どうするかの助言を請う為に、再度「どうすれば良いと思う?」と尋ねると。



「こうなってしまっては仕方がないな。あの案でいくしかないだろう」



 どうやらメーテには案があるようで、そのことに少しホッとする。



「案? どうするつもりなの?」



 僕がそう尋ねるとメーテは不敵に笑う。

 そして――





「さて、逃げるとするか」





 その30分後。僕達は中層の町の転移魔法陣を使い、逃げるように地上へ戻るのだった。

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