第64話 副ギルド長

 副ギルド長に連れられ、中層支部の一室に案内された僕達。


 何でこんなことになったのだろう?

 そんな疑問を浮かべるも、その答えは出ないだろう。


 盛大に溜息をつきたい所だがそれを我慢する。


 救いなのは、通された部屋が応接室のような場所であり。

 貴族に粗相した犯罪者と言った扱いではなさそうだ。

 そう予測出来たことと、出された紅茶が僕好みだと言うことくらいだろう。


 メーテとウルフに視線を向ければ、何食わぬ顔で紅茶をすすっている。


 いつものことだが動じないなー。などと神経の太さに感嘆してしていると。


 ガチャリとドアノブが鳴り、男性が姿を見せる。



 その男性の身長は2メートルに届きそうな長身で。

 茶色の髪に茶色の瞳。鼻の下には口ひげを蓄えている。

 その顔は強面と言う言葉がしっくりくる作りをしており、左の額から左目の下まで伸びた傷跡が、尚更それに拍車を掛けていた。



「待たせてすまなかったな」



 姿を見せると開口一番に謝罪の言葉を口にする男性。

 その男性の名前は、ダスティン=バルバドス。ダンジョンギルド副ギルド長その人であった。



「そう言えば名前を聞いてなかったね。伺っても?」



 そう言えばそうだと思い、慌てて自己紹介をする。



「中層級探索者のアルディノと申します」


「同じくメーティーだ」


「同じくヴェルフよ」



 そう自己紹介すると、副ギルド長は少し驚いたような顔する。



「ほう。君が噂のアルディノ君か。

名前は聞いていたがこんなにも幼いとは思わなかったよ。

その幼さで55階層まで到達するとは……君は優秀なのだな」


「ありがとうございます。

ですが、ここまでこれたのは僕の力と言うよりも、こちらのメーティーとヴェルフと言う優秀な先生がいるおかげですよ」



 多少の謙遜は含まれるものの、そう言ったのは紛れもない本音だ。

 確かに自分でも強くなったと言う実感はあるが、僕一人ではここまで来れなかっただろう。

 現に大顎の時なんて、2人がいなければ確実に死んでいた。


 2人が居ると言うだけでも安心して戦えるし、2人の指導があるからこそ、ここまでやってこれたのだと確信している。



「なるほど。優秀な師に恵まれてるのだな」



 副ギルド長はそう言うと、ニッと渋く笑い、僕はそれに答えるように笑顔を返す。


 そんなやり取りをしていると。



「くふっ……聞いたか?ウルフ? 優秀なせんせーと言ったぞ?」


「わふっ……聞いたわよ。優秀なめーてせんせー」


「くふふっ……よ、よせよせ! 照れくさいじゃないか! 優秀なうるふせんせー」


「わふふふふっ」


「くふふふふっ」



 少し自重してもらえます?


 渋い感じで「優秀な師に恵まれてるのだな」って言ったのが台無しになっちゃうからさ?


 ほら?副ギルド長の顔、少し赤くなってるからさ?


 これはまずいと感じた僕は、話題を変える。



「と、ところで良くご存じでしたね?

子供で探索者なんて僕も殆ど見ませんでしたし、珍しさ故ですか?」


「あ、ああ。

泥土竜の事件の時に聞いた名前だったからな。

今更かもしれないが感謝の言葉を述べさせてくれ。協力感謝する」



 そう言うと副ギルド長は頭を下げたのだが、不意に告げられた泥土竜の名前に、一瞬ビクリとしてしまう。

 あれから2年以上経ってると言うのに、なんとも情けないものだと自嘲してしまうが。

 風化させてしまうよりは幾分マシだろう。そう自分に言い聞かせた。



「いえいえ、僕がしたことなんてたいして無いですよ。

あれはウルフのおかげですから」


「謙遜しなくて良い。

確かに、功績の大部分は彼女によるものだと調書に書かれていたが。

事の切っ掛けは、アルディノ君が友人の為に憤慨したことから始まる。とも書いてあった。

幼いながらも友人の為に憤れる。立派なものだと感心した記憶があるよ」



 副ギルド長に褒められたのは嬉しいが。

 結末を考えれば「幼い」と言う言葉が精神的なものに感じられ、まるで窘められている気がし、気恥ずかしくなってしまう。


 副ギルド長が言う「幼い」は身体的な意味だと思うので、考え過ぎだとは思うが。


 そんなことを考えていると。



「少し話しが逸れてしまったな、それでは、そろそろ本題に移ろうか。

何であのようなことになっていたのか? その経緯を伺ってもいいかな?」



 僕は副ギルド長の言葉に頷くと、事の経緯を説明し始めた。






 一通り経緯の説明が終わり。



「なんとも頭が痛くなる話だな……」



 副ギルド長は言葉通り、頭が痛いという表情を浮かべ眉間を押さえる。



「騒動の原因はエドワード侯爵にあると言うのは分かった。

それを商売にしている女性なら兎も角。

そうでない女性を金銭でどうにかしようと言うのは流石に失礼に当たるからな。

まったく、あの方は毎度毎度……いつになったら自重を覚えて頂けるのだか……」



 エドワード侯爵を語るその口調は実に苦々しく。

 話の内容から、度々騒ぎを起こしているのであろうことが予測できた。


 そして、その度に騒ぎの対処をしているのが副ギルド長なのだろうと予測すると、不可抗力とは言え、騒ぎを起こしたしまったことを申し訳なく思ってしまう。


 だが、それと同時に、この様子であれば問題無く解放されそうだと思い、胸を撫で下ろす。


 貴族と言うものがどれだけの権力を持っているのかが分からず。

 もしかしたら、権力にものを言わせて犯罪者扱いされてしまうのでは?

 などと想像していたのだから、その思いは一入だ。


 あまりに拙い貴族像であることは理解しているが、僕が貴族を知る機会など、物語に描かれている貴族から知るくらいのものだ。

 そして、僕が好む物語の中では、貴族と言う存在は冷徹で非道に描かれることが多い。

 まぁ、勧善懲悪物なので、すべてを鵜呑みにしている訳ではないのだが、そう言ったイメージに先行されてしまうのも仕方が無いことだろう……仕方ないよね?


 などと、自分を慰めていると。



「しかし、メーティー君の一言。

貴族相手に、しかも侯爵相手に言う言葉にしては度が過ぎるものだな。

本当に斬られてもおかしくなかったんだぞ? そこのところは理解しているか?」



 その言葉に血の気が引く。


 流石にメーテの言い方は無礼だったかもしれないが、失言一つで斬られてはたまったものではない。

 だから、確かに護衛の男性は剣を抜きはしたが、それはあくまで威嚇の為だと思っていた。


 だが、副ギルド長は「斬られてもおかしくなかった」と言う。


 僕の感覚がおかしいのか?それとも副ギルド長の感覚がおかしいのか?

 その答えを知るべく、メーテに視線を向ける。



「理解してるが?

侯爵相手に平民があんな言い方したら斬られても文句は言えんな」



 どうやら僕の感覚の方が、この世界ではおかしいようで、メーテはさも当然と言った様子でその事実を受け止めていた。


 なら、何故?


 そうなることがわかっているのに何故!?


 そう疑問に思うのと同時に、わざわざ自分の身を危険にさらすような真似をしたメーテに憤りを覚えた。


 そんな僕の視線と副ギルド長の視線。


 2人の視線を受けながら、メーテは言った。



「で? 何か問題でも?」



 その言葉に、僕と副ギルド長は絶句する。


 そして、あまりに堂々と言うものだから、問題ないのかもしれない。

 そんな勘違いしてしまいそうになるが、頭を振って否定すると、メーテに食って掛かる。



「いやいや! 問題だらけでしょ!

もしかしたら斬られてかもしれないんだよ!?」


「ん? あの程度の技量で私のことを斬れるとでも思ってるのか?

アル、私は心外だぞ?」


「た、確かに物理的には無理かもしれないけど!

でも、そう言う問題じゃないでしょ!?」


「ではどう言う問題だ? 斬られないのだから問題ないじゃないか」


「斬られないかもしれないけど、貴族相手なんだし。

なにより! メーテにそんな危ないことして欲しくないんだよ!」



 息も荒くそう言いきった所で。

 あ、これ嵌められたかも?そう思った。


 そう思ってメーテに視線を向ければ、その顔にはニヤニヤとした表情が張り付いており。



「そうか、そうか。

アルは私のことが心配なのかぁー……くふっ」



 などとのたまう。


 多分だが、僕が憤りを感じたあたりから、僕の心情、憤りの理由を察したのだろう。

 そして、わざと煽るようなものの言い方をして、僕の口からソレを引き出した。


 相変わらず僕の心情はバレバレのようで。

 そんなに分かりやすいのか?と溜息をつきたくなる。


 そんな僕に、暫くニヤニヤしながら視線を向けていたメーテだったが、それも満足したのだろう。



「冗談はさておき」



 そう前置くと。



「本来なら、私だってあんな言い方はしないさ。

今回はそうだな。言うなれば、悪ふざけをした友人の息子を叱ってやった。

と言うのに近いかもしれないな。


迷惑を掛けたのは申し訳ないと思ってるよ。すまなかったな副ギルド長殿」



 メーテは頭を下げてみせたのだが、話しの内容は要領を得ないものだった。


 副ギルド長もそう思ったのか、困惑した表情を浮かべている。



「それはつまり、エドワード侯爵の御父上とお知り合いと言うことですか?」


「いや? 全然知らないな」


「まさか、御爺様と?」


「いや、それも知らないな」



 メーテは以前。自分のことを長寿種のようなものだと言っていた。

 それを知っているからこそ、副ギルド長が聞いたことが核心だと思ったのだが、メーテはそれを否定してみせた。


 なら、もっと上の曾爺さんとかと知り合いだったのか?

 とも思ったのだが、その可能性は低いとも思った。


 メーテが長寿種だと知ってから、亜人の長寿種について少し調べたことがある。

 それで分かったのが、長寿種と人の違いは寿命の長さくらいで、成長し老化する速度は比例すると言うことだった。


 長寿種は20歳くらいの見た目になるまで人と変わらない成長をし、そこで一度成長が止まる。


 それからはゆっくりと成長し、老化していく訳だが、人の寿命が80年、長寿種の寿命が300年程と考えて計算してみると。

 20歳の見た目の時、長寿種は75歳。

 40歳の見た目の時、長寿種は150歳と言うことになる。


 そう考えて、20代前半の見た目であるメーテに計算を当てはめてみると、ギリギリ100歳に届かない年齢。と言う答えになり、

 エドワード侯爵の曾爺さんと知り合いと言う可能性は低いと言う結論に達する。


 エドワード侯爵の見た目が40代に見えたので、親達が20歳くらいで順調に子孫を残して行けば、その可能性も無くは無いのだが……



「ちなみに、曾爺様も知らないからな。

それとだが……女性の年齢を探るのは感心しないぞ?」



 そう言うことらしいので、僕の予想は見事に外れた訳だ。

 そして、メーテの視線が驚くほど冷たく刺さる。


 どうやらメーテも、これ以上は説明する気が無いようだ。

 メーテの言葉にどう言った意味があったのかは気になるが、これ以上聞きだすことは出来ないだろう。

 僕と副ギルド長はそう確信すると、これ以上の言及を諦めるのだった。



 ……決して視線に怖気付いた訳ではない事を言っておこう。






 どうにかメーテの機嫌を取ることに成功し、一息ついた後。

 ダンジョン内で気付いたことは無いか?不便に思うことは無いか?

 と言った話へと変わり、僕なりの気付いたこと、不便に思うことを副ギルド長に伝えることになった。


 ダンジョン内の町で取り扱ってる調味料が少ないとか。

 野営をするのに適切な場所が記された地図があれば便利とか。

 上層の町と中層の町の間にもうひとつくらい町があれば助かるだとか。


 結構無茶な内容もあったのだが、副ギルド長は、僕が答える度に「なるほど」と頷きながら、手元の用紙に余すことなく書きこんでいる。


 そんな副ギルド長の真摯な姿勢をみて、誠実な人なんだろうな。

 そう思うと共に、ダスティン=バルバドスと言う存在が、僕の中に強く印象付けられるのを感じた。



 そして、一通りのやり取りが終わった後。


 副ギルド長は手元の書類をトントンと整えると口を開いた。



「今回の騒動は君たちにとって災難だったとは思う。

私としても君達の肩を持ってあげたいが、相手が貴族。

ましてや侯爵となると、なにかあった場合、私がしてやれることなど微々たるものだ。


だから、この町に居る間は出来るだけ大人しくして貰い。

これ以上、エドワード侯爵と関わらないようにして貰えると、こちらとしても助かるのだが」



 副ギルド長はそう言うと、チラリと視線をメーテに向け、視線を受けたメーテはそれに答えた。



「ああ、分かってるさ。明日には一度地上に戻る予定だ。

出発する時間までおとなしく宿に籠ることにするさ」



 副ギルド長は「すまないな」とだけ言うと、思いついたかのように言う。



「ああ、そうだ。一度地上に戻ったら、一週間ほど羽を伸ばしてきてはどうだろうか?」


「ふむ、一週間か。

……副ギルド長がそういうなら、そうすることにしよう」



 何か含みのある2人のやり取りを聞き。

 一瞬どう言うことかとも思ったが、思考を巡らせれば、どう意味かを理解する事が出来た。


 要するに、一週間もすればエドワード侯爵が帰るから、接触を避けるためにその間はダンジョンに潜らないでくれ。と言うことだろう。


 正直、周りくどいやり方だとは思ったのだが、滞在日数も個人情報であり。

 ましてや要人のものとなれば、おいそれと口にすることはできないのだろう。


 そうして納得していると。



「ふむ。もうこんな時間か。これなら大丈夫か?」



 副ギルド長の声で時計を確認してみると、中層部に連行されてから結構な時間が流れていたことに気付く。



「こうしてる間にでもエドワード侯爵が何か言って来るかと思い、私が動きやすいよう拘束させてもらったのだが。

未だに何も言ってこないとなれば問題は無いだろう。


そう言うことなので、帰ってもらっても結構だ。長い間拘束してすまなかったな」



 その言葉から、副ギルド長が僕達を連行した本意を知り、その配慮に感謝する。



「本当にありがとうございました」


「気にしなくていい。探索者の保護も我々の仕事の内だ。

それに、優秀な探索者にはしっかり探索して貰わないと私の給料に差し支えるからな」



 そう言うと、副ギルド長はニヤリと笑う。


 後半は彼なりの冗談なのだろうが、少しも嫌味に聞こえず、冗談だと思えるのは彼の人柄故だろう。



 最後に改めてお礼の言葉を述べると、副ギルド長はその言葉に軽く手をあげることで答え、退室する僕達を見送った。


 そして、僕達はそのまま中層支部を後にすると、宿泊先の宿屋へと向かう。


 中層の町を眺めながら、副ギルド長の人柄を思い、迷惑はかけたくないものだと考えていると。



「あの副ギルド長殿はなかなかに好感が持てる人物だったな」


「腕も良さそうだったわね」



 メーテとウルフが副ギルド長にそんな評価を付けていた。

 2人揃って人を褒めるのは案外珍しいことで、そのことに驚きながらも会話に参加する。



「い、良い人そうだったしね!」


「ああ、迷惑はかけたくない相手だな」


「そうね」



 以前、ドモンを良い人そうだと評価した際にぼろくそに言われた事があるので、恐る恐る口にしてみたのだが。

 今回は2人とも同意してくれたようで、ホッと息を吐いたのだが。



「だから先に謝っておこう」


「ごめんね。副ギルド長」


「へ?」



 2人の言葉の意味が分からず、思わず間抜けな声が漏らしてしまい。

 そんな僕に叱咤の声が飛ぶ。



「アル? 町中だからと言って魔力感知怠ってるだろ?」


「これは、ゴーレム祭りが必要ね」



 祭りと言う楽しそうな単語なのに、悪い未来しか想像できない。


 ……それよりもだ。


 僕は、魔力感知を広く展開させる。



 それで分かったのは僕達から一定距離を保ちながら追従する2つの魔力の流れ。



「察するにエドワード侯爵とやらの使いのものだろうな」


「さっき居た護衛の匂いね」



 そう冷静に判断する2人を他所に。



『副ギルド長ごめんなさい!迷惑掛けることになりそうです!』



心の中で謝罪の言葉を述べることになるのであった。

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