第63話 中層の町

 55階層に辿り着いた僕達は、中層の町へ向かう為に歩き出した。


 だが、55階層を歩いていると、本当にここに町があるのか?と言う疑問が浮かんでくる。


 上層の町のある25階層と比べると、木や湖がある訳でも無く、さっきまでいた54階層と比べても何ら変わりがないように見えたので、随分と肩透かしをくらったような気分にもなったのだが。

 それは杞憂でしか無く、中層の町に着いた僕は、思わず声を漏らすことになる。



 何の変哲もないダンジョン内を歩くと、明らかに人の手が加えられているアーチ状のトンネルがあった。


 恐らく、ここが中層の町への入り口だろう。

 そう考え進んでいくと、その途中でダンジョンギルドの職員と思わしき2人の男性の姿が目に入る。


 そして、その考えは正しかったようで、僕達が2人に近づくとここが中層の町の入り口であることを伝えられ、ギルドプレートの提示を求められた。


 それと、いつもの事なので流石に慣れてきたが、二人の僕達を見る目はかなり怪訝なものが含まれている。


 まぁ、子供と女性2人なんて言うパーティーは、僕も迷宮都市に来てから見たことが無いので、仕方がないことなのだとは思うが……


 少しだけ不満に思いながらも自分を納得させると、ギルドプレートを提示し。

 ダンジョンギルド職員は僕達のギルドプレートが淡く光るのを確認すると、問題無いと判断したようで、彼等の後ろにある扉。

 今は開け放たれているが、その奥へと促した。


 そして、人工のトンネルを歩き、くぐり抜けた先に在ったのは、思わず声を漏らしてしまう光景だった。




 55階層にある中層の町。


 それは、巨大な地底湖を中心に置いた町だった。


 吸い込まれるような。

 そんな錯覚を起こしてしまいそうになる透明度の高い青。


 そして、その地底湖を囲むように存在している壁には幾つもの穴があるのだが。

 その穴には窓や、扉がはまっている。


 更には、岩肌を削りだして作った様な通路に階段。


 柔らかいオレンジ色の街灯が、湖面に反射し、揺れる。


 自然と人工物が見事に調和しているその町は、神秘的であり幻想的な光景だった。



 そんな光景に見惚れていると。



「これは、中々見事なものだな」


「ええ、とても綺麗ね」



 メーテやウルフも同じように思ったらしく、そんな言葉を口にしていた。



 それから、僕達は中層の町を見て周った。

 この日は一泊するつもりでいたので、宿屋を探すついでに。

 という感じだったのだが、どちらかと言うと町を見て周るついでに宿屋を探したと言う感じになってしまった。


 そうして宿屋を探しながら景色を見て周っていたのだが。

 身なりの良い人達がちらほらと見掛けることに気付くと、ダンジョンと言う場所には随分と不釣り合いに思えてしまい、疑問にも感じてしまう。


 そんな疑問を持ちながらも、中層の町の探索を続けていると、もう一つ気付くことがあった。

 それは、地底湖を一望できるような宿屋はどこも高いと言うことだ。


 まぁ、この階層まで潜れる探索者にとっては払えない金額ではないし、景色の良い宿屋は高いと言うのは理解できるのだが、それにしたって割高である。


 これでは折角稼いだと言うのに、何日か宿泊したら稼いだ金額なんてすぐに消えてしまう。

 これではこの町を拠点にダンジョン探索なんて出来やしないだろう。


 そう思って、探索者に優しくない町だな。なんて思いもしたのだが。

 少し奥まった所に行けば、良心的な料金の宿屋もあったのでそう言う訳ではないらしい。


 そもそも、ダンジョンギルド支部が安い金額で寝床を提供しているのだから、僕の考えは間の抜けたものだと言えるだろう。


 じゃあ、何故あんなに高いのか?と言う疑問が浮かんだのだが。

 それに答えてくれたのは良心的な料金の宿屋のおばちゃんだった。


 おばちゃんが言うには、ああ言った宿屋は観光客用の宿屋だから割高な料金設定がされているらしい。


 観光客?そんな疑問が浮かんだが、おばちゃんはすぐに補足してくれた。


 ダンジョンギルドは55階層を探索者意外にも解放しており、お金さえ払えば、一般の人でも55階層に訪れることが可能になっているそうだ。


 そんな一般の人の中でも、富裕層。所謂お貴族様なんかに特に人気があるらしく。

 そう言った人達が観光、あるいは静養に訪れる為、地底湖を一望できるような宿屋は強気の料金設定にしている。

 と言うことを教えてくれた。


 そんな話を聞いて、だから身なりの良い人達を多く見かけたのか。と納得し。

 あれだけの光景なのだ。探索者だけのものにしておくのは確かに勿体無いだろう。とも納得した。


 話しを聞かせてくれた宿屋のおばちゃんにお礼を言うと、そのまま宿泊する旨を伝えたのだが。

 「こちらの宿で宜しいのですか?」と余所余所しく言われてしまう。


 どうやら僕達の事を観光で来た貴族の息子とそのお付きと思っていたらしい。

 しかし、探索者であることを伝えると。



「なんだい! 早く言っておくれよ!」



 手を返したように気安い態度になり。



「知らなかったて事は、この町は始めてなんだろ?」



 そう言うと、この宿の中でも比較的景色の良い部屋。

 街並みと地底湖の一部を望める部屋を宛がってくれた。




 その後、荷物を置いた僕達は、再度中層の町を見て周ったが、景色以外には、特にこれと言った珍しい物は見られなかった。

 まぁ、敢えて挙げるのであれば、武器や防具と言った装備品や道具。

 そう言ったものの品質が、中層の町より良かったのが目に付いたくらいだろう。


 それでも、それを補う程の光景がこの町にはあったので、飽きることなく色々と見て周ったのだが……


 結果的にはそれが良くなかっただろう。


 町の中でも幾分華やかな場所を見て周っていると。



「おい、そこの平民」



 なんとも悪しざまな声が聞こえた。


 まぁ、僕には関係ないことなので、きょろきょろと景色を楽しんでいたのだが。



「平民の分際で貴族である私の言葉を無視するつもりか?」



 などと言って声を張り上げたので、その声のする方に視線を向けると。

 豪奢な服に身を包んだ金髪碧眼の40代くらいの男性と、上等そうな防具に身を包む、護衛と思わしき2人の男性の姿があり。

 そして、その視線は何故か僕達に向けられていた。


 一体何事だ?状況が整理できていない僕を他所に、貴族であろう男性が口を開く。



「そこの女。いくらだ?」



 その視線はメーテに向いていた。

 その質問に理解が追いつかずにいると。



「いくらだ? と聞いている」



 ああ、要するにコレはアレだ。一夜の値段を聞いているのだろう。


 そう理解すると、その発言に対して呆れてしまう。

 娼館と言うものがあり、そこで働く人が居る以上、お金で女性を買うと言うことは否定するべきではないと思っている。


 だが、それはあくまで娼館の中でのルールに従ってお互い合意であるならば。だ。


 流石にそのルールを外に持ち出し「いくらだ?」なんて言うのは不躾すぎるだろう。


 不躾な態度を平然と取る横暴さに呆然とし、貴族全体がこんな感じなのだろうか?

 そう思うと、貴族と言う存在に不安を感じてしまう。



「悪いが非売品だ。女が買いたいならここから少し離れた所で娼館を一件見かけたぞ」



 本当なら怒ってもよさそうな場面だが、気にした素振りもなく受け流すメーテは、少し格好良く見える。


 だが、貴族も折れない。



「ふん、非売品だと?

大概のものは金を出せば買える。それはお前も同じだ。

一晩相手すればこれをやろう」



 そう言って貴族が取り出したのは大金貨1枚だった。


 要するに30階層の階層主を2討伐分の金額だ。


 うん。計算方法もダンジョンに毒されてきたことが少し悲しい……



「いらんよ。生憎、食うには困らない程度は稼いでるからな(アルが)」



 聞こえない筈の声が聞こえたのは気のせいだと思いたい。



「ふん、仕方ない」



 そう言って貴族の男は2枚目の大金貨を取り出す。


 それには僕達よりも護衛の目が驚きに満ちており。

「その金額の少しでも報酬に回してくれ」と言いたそうな表情を浮かべていた。


 それは兎も角。


 メーテは当然、首を縦に振ることもなく受け流し。

 貴族はさらに大金貨の枚数を1枚増やす。

 どこまで提示するのか気になる所ではあるが、このままでは埒が明かないだろう。


 そう思った僕は、ひとまずは逃げの一手が最善だろうと思い。

 メーテとウルフに目配せをし、脱出の合図を送ったその時だった。



「何か問題でもありましたか?」



 その言葉と共に現れたのは数人のダンジョンギルド職員。


 その姿を捉えた僕は、これでどうにかなるなとホッとしたのだが。



「こ、これはエドワード侯爵! 何か問題でも!?」



 『侯爵』その言葉に僕は驚く――こともなかった。


 なんとなく偉い人なんだろうなとは理解しているが。

 爵位とはあまり縁のない場所で育ち、こちらの世界でも森の中での生活の方が長いのだから、いまいちピンとこないのも仕方が無いことだと思う。


 だが、それは僕だけだろう。

 ウルフは狼だからそこらへんの事情に疎いかもしれないが、メーテはそう言った爵位なんかも理解している筈だ。


 そのメーテが、侯爵と分かった今、どういう態度で接するのかと考えていると。



「侯爵? 確かにその家紋は……ふむ。


……エドワード侯爵とやら、貴殿も立場ある身だろ? それなりの振る舞いを心掛けるべきだと思うが?」



 メーテは憮然とした様子でそう言った。


 これは僕でも分かる。貴族に対してこの態度はアウトだろう。


 周囲の人は顔を真っ青にしているし、エドワード侯爵とやらは茹でダコのように顔を真っ赤にしている。

 そして――



「この無礼者の首を跳ねよ!!」



 流石に失礼な物言いだったかもしれないが、流石に首を跳ねるのは言い過ぎだろう。


 そう思ったのだが、護衛と思わしき男性二人は剣を抜いて見せた。


 嘘だろ!?

 本当に剣を抜いたことに驚きながらも、迎撃出来るように腰に差してある片刃の剣に手を伸ばしかけ――



「お前達! 何をしている!」



 エドワード侯爵の後方から聞こえた声により、僕を含め、場の動きがピタリと止まる。



「エドワード侯爵!? 何処におられるかと思いましたらこんな所においででしたか。

――護衛の方が剣を抜いているようですが、これはどう言う状況で?」



 エドワード侯爵はその質問にばつの悪そうな表情を浮かべるが、それも一瞬の事で。



「剣を納めよ。

なに、只の戯れだダスティン殿が気にする必要は無い」



 貴族然とした態度で剣を納めさせる。



「ですが……」


「酔い覚ましに散歩していただけだ。酔いも冷めたことだし私は宿に戻るとするよ」


「エドワード侯爵がそう仰るのなら……

お前達! エドワード侯爵を宿までお送りしろ!」



 ダスティンと呼ばれた男性がそう言うと、その指示に従うダンジョンギルドの職員。


 そして、エドワード侯爵を先導し、この場を離れていったのだが、その間際。


 エドワード侯爵の視線はしっかりと僕達を捉えており。

 漠然とだが、このままでは済まないんだろうな。そう予感させられた。



 ひと悶着あったものの、とりあえずの問題は解決した。

 なんだか、疲れてしまったし、今日はもう宿に帰ろう。

 そう思って宿屋へと足を向けようとすると声を掛けられる。



「ちょっと待ってくれ」



 そう声を掛けたのはダスティンと呼ばれた男性。



「申し遅れたが、私の名前はダスティン=バルバドス。

ダンジョンギルドの副ギルド長をやらせてもらってる者だ。

君達には聞きたいことがあるので中層支部までご同行願いたい」



 名前を聞いた時に聞き覚えがあったので、もしかしたらこの人が副ギルド長なのかな?

 そんな予想をしていたのだが、どうやら予想通り、ダスティンと名乗ったこの人は副ギルド長のようだ。

 そして、そんな人に同行を求められているのだ。当然――



「悪いが拒否権はない」



 との事で。


 息抜きに来た筈なのに息抜きできてないじゃないか!!


 思わずそう叫びたくもなったのだが、副ギルド長からすればこちらの事情など知った事ではないだろう。


 僕は大きく肩を落とすと、副ギルド長に連れられ、中層支部へと向かう事になるのだった。

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