四章 迷宮都市 後編

第62話 年齢制限

あれから3年ほど経ち、僕は10歳を迎えていた。


身長も結構伸びて、150センチくらいはあるんじゃないかと思う。

この歳くらいの平均身長は分からないが、同じ年くらいの子と見比べてみると、若干だが平均よりは高いような気がするがどうなのだろう?


背が高いと言うのに多少なりの憧れがあるので、このまま順調に伸びて貰いたいものだ。


そんなことを考えながら、背を伸ばすべく朝食にミルクを飲んでいると、



「さて、今日はどうする?

 ダンジョンに潜るか?それとも今日は休みにするか?」



 メーテが今日の予定を尋ねる。


  少し前ならダンジョンに潜る一択だったのだが、そうする必要性は薄れてきていた。


 それは何故かと言うと、学園都市に通う為の金額が無事に貯まったからだ。


 この約3年間、ダンジョンに潜り続けた結果である。


 9歳を迎える頃には、後期入学分の大金貨8枚と言う金額は稼ぎ終わっていおり、もしかしたら9歳からの前期入学も狙えるんじゃ?

 とも思ったのだが、流石にそれは無理だったようで、9歳を迎える時点で、大金貨12枚と言う、なんとも中途半端な結果に終わっていた。


 それと、入学の目処が立ったこの機会に、その事を報告しようと思いついた僕は、ソフィアが入学する少し前にソフィアに宛てて手紙を書いて送ることにした。


 前期入学には間に合わなかったけど、後期入学の分は貯まったから12歳になったら学園都市に行くよ。


 そんな内容の手紙だ。


 もちろん返事も貰った。どうやら僕が手紙を送った頃には学園都市に向かっていたようで、僕の手紙を受け取ったのは夏休みに実家に帰った時らしい。


 手紙の冒頭で返事が遅れたことをソフィアは謝っていたが。

 手紙を送る結構前には入学金の目処が立っていたのだから、その時に送らなかった僕の方が悪いだろう。


 そう言った行き違いはあったものの、ソフィアからの手紙は充実した日々を送っていることを感じるに充分な内容の手紙だった。


 友達が出来た。

 先生に剣の腕を褒められた。

 魔法は少しだけ苦手だけど頑張っている。

 最近は文字だけの小説を読むのも好きになった。


 別に前期入学に間に合うとは思ってなかったけど、ちょっぴり残念かも。


 手紙にはそんな内容が綴られており、なんとも微笑ましい気持ちにもなったのだが。

 手紙の最後には。


 アルが入学する頃には楽しすぎてアルの事なんか忘れてるかもしれないけどね!


 なんて書かれているのだから、ソフィアらしいなーと、妙に納得させられてしまった。



 少し話が逸れてしまったので話を戻そう。


 学園都市に通う為の金額はすでに貯まっているので、無理にダンジョンに潜る必要が無いと言うのが僕の現状であり。

 潜る必要が無い以上、メーテの質問にどう答えるべきかと悩んでしまう訳だ。



「うーん。どうしようかな〜」


「なんだ? はっきりしないな?」


「そうなんだけどさ、なんと言うかやる気が……」



 そんなやる気の無い言葉が伝播したのかは分からないが、ウルフを見れば狼状態のままソファーの上でぐでーっとしている。


 本来こんなことを言ったら、メーテが小言の一つくらい言いそうなものだが。



「それは確かにな……」



 そう言って同意してくれる。


 このモチベーションの低さは、目標であった金額を稼いだと言うことも理由の一つだが。

 それ以上にモチベーションを下げる理由があった。


 ここまでモチベーションを下げる理由。

 それは『年齢制限による一定階層の探索禁止』と言うルールの所為だ。

 そのルールの所為で、10歳の僕は31階層以降の探索をする事を禁止されていた。


 正直、お金を稼ぐだけならそれでも問題無いのだが。

 学園の入学金を貯める事が出来た今、生活費をある程度稼げれば充分であった。

 むしろ、31階層以降を探索する事が出来ない現状では、生活費を稼ぐ以外にダンジョンに潜る理由が見当たらず、それがモチベーションを下げる原因だと言えるだろう。


 正直、始めてそのルールを聞いた時は、なんとも地味な嫌がらせをしてくるものだと思った。

 しかも、このルールと言うのは、僕達の為に作られたと言っても過言ではないのだから極まっている。


 じゃあ、何故こんなルールが出来たのかと言うと。

 それは、一人の男性を怒らせてしまったことが原因だろう。


 どう言った経緯でこんなルールが出来たのか?

 僕は今一度、その経緯を思い出すことにした。






 ◆ ◆ ◆




 ドモンの一件から、ダンジョンギルド職員に目を付けれるようになった僕達。

 監視とまでは行かないが、その動向を探るような、そんな視線を向けられるようになっていた。


 正直やりにくいなとは思ったが、特に僕達の行動を制限するようなことも言われなかったので、

 不満に思いながらもそれを受け入れていた。


 そんな中、僕達は順調に階層を重ねていくことになる。


 31階層から現れるようになったのはコボルトで、リザードマンと同じように、巧みな連携を持って相手を仕留めると言うタイプの魔物であったのだが、伊達に30階層付近を狩り場にしていた訳じゃない。

 連携を取る相手の対処にも慣れたもので、いかに連携させないかを意識して動き、危なげなく勝利を重ねる事が出来た。


 むしろ、見た目が犬なので、斬りかかる時にウルフを思い出してしまい、躊躇しそうになる事の方が大変だったと言えるだろう。


 だが、それより厄介だったのがウルフだ。


 僕のそんな躊躇を見抜いたのだろう。


 コボルトに斬りかかる度に。



「アル! 私よ! やめて!」


「そんな! 私の事忘れたの!?」



 などと、達の悪いアフレコのようなことをするのだから鬱陶しくてしょうがなかった。


 それ以外は順調に進み、階層主との戦闘も特筆する事も無く、普通の個体より強かったな程度の感想しか抱かなかった。



 そして、41階層から現れたのはゴーレムだった。


 まず見て思ったのが、剣が通るのだろうか?と言う疑問だった。

 見てくれは2メートル以上の人型なのだが、その表面は土?と言うよりも岩に近い感じで、端的に言えばすごく堅そうだった。


 試しに斬りかかってみたのだが、やはり想像した通り非常に堅く、僕の片刃の剣では罅を入れるのがやっとだった。

 なら魔法なら?そう思って水刃を使ってみた所、割とあっさり切断できてしまった。


 それが分かったら後は簡単だろう。

 動き自体はあまり早くないし落ち着いて行動し、隙を見て水刃を放てばいいのだから。

 そう思っていたのだが、ここでメーテから注文が入ることになる。



「身体強化を剣に流してみてくれ。身体の一部、身体の延長と思えば出来る筈だ」



 メーテが言うとおり剣が身体の一部と思い、身体強化を施す。

 多少違和感があるものの、問題なく出来たのでホッと胸を撫で下ろすと。



「ではそれでゴーレムと戦ってみてくれ」



 そう言われたので、ゴーレムを見つけると、隙をついて斬りかかる。

 このタイミングでメーテが言いだしたことだし、ゴレームに対して効果があるのだろう。


 ゴーレムに向けて振るわれた僕の剣は、するりとゴーレムの身体に入り、そして切断――しなかった。


 予想外の事に反応が遅れてしまい。ゴーレームの反撃を受けるがそれを紙一重でかわすと、慌てて水刃を放ちゴーレムの胴を切り払った。



「き、切れないじゃん!」



 半ば八当たりのようにそう言うと。



「? 切れるなんて言ってないぞ?」



 確かに正論なのでグゥの音も出ない。


 だが、ゴーレムを見ると先程よりは大分マシな成果を残しており、水刃の切断面以外に、5センチ程度の刃跡が残っていた。


 それを見たメーテは嬉しそうに微笑むと。



「いい練習台が見つかったな。ウルフせんせー出番だぞ」


「ん? 私? ゴーレムを斬れるようにすればいいのね?」


「ああ、頼んだぞ」


「分かったわ、目標は素手で切断かしら?」



 なんか意味の分からない会話を始めていた。



 そして、ここからが長かった。

 ダンジョンに潜ってから一番長い時間を過ごしたのは、41階層〜50階層間だと断言できる程に。


 それからの約2年間は、身体強化を施した剣によるゴーレム切断を目標にした長い道のりだった。


 ひたすらゴーレムと戦う毎日。

 季節をまたぎ、暑くなろうが、寒くなろうが、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日……


 切れないゴーレムを切りつける日々はまるで作業で。

 もうゴーレムなんて見たくない!そう言って逃げ出しそうになったのは10や20ではきかなかった。


 そんな僕を見て、このままではまずいと2人は思ったのだろう。

 というか、約二年も経ってからそう思うのも遅すぎるのでは無いか?とも思ったが……


 それは兎も角。

 息抜きがてら51階層を目指してみようと言うことになった。


 正直、息抜きがてらに階層主に挑むと言うのはどうなのだ?とも思ったが、ゴーレムの相手をするのはうんざりだったので、僕はその提案を受け入れることにした。


 そうして向かった50階層。

 50階層の階層主はエレメンタルゴーレムと言う魔物で、普段相手にしているゴーレムと見た目こそさほど変わらないが、名前の通り、属性の力を帯びているゴーレムだった。


 流石に階層主と言うこともあって、普通のゴーレムに比べると段階レベルで強さの質が違ったが。

 毎日のようにゴーレムを相手にしている僕にとっては、普段のゴーレムより強い。と意識を切り替える程度の事で充分に対応することが可能だった。


 そして、始めて遭遇したのが火属性のエレメンタルゴーレムだったと言うのも幸運だった。

 『水刃』を得意としている僕には非常に相性が良く、流石に階層主だけあって一発で切断とはいかなかったが。

 2度3度と水刃を放つことにより、じわじわと追いこんでいき、そこから何度目かになる水刃を放った所で、エレメンタルゴーレームは動かぬ土塊となった。


 結果からみれば、危なげもなく討伐出来たので快勝と言っていいだろう。




 そして、僕達は51階層へと到達する。


 51階層から現れたのはミノタウロスという、牛の顔をした人型の魔物だった。

 そして、その手には業物とは言えないが、人を押し潰し切るには充分な巨大な斧が握られていた。


 実際目にしたその魔物は、2メートルを超える巨体でそれに伴う威圧感を放っており。

 本来であれば、すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られていたに違いない。


 だが、この時の僕は本来の思考からかけ離れていた。


 毎日、毎日。来る日も来る日もゴーレムを相手にしていたのだ。


 ゴーレム以外の魔物と戦えることに気持ちが昂揚してしまうのも仕方が無いことに思えた。

 まぁ、我ながら血生臭い性格になったものだとも思うが……


 そして、ミノタウロスと戦うことになるのだが。

 正直に言えば、その時のことはあまり思い出すことが出来ない。


 振り下ろされた斧を余裕を持ってかわし。

 身体強化を施した片刃の剣で、振りおろした腕を斬りつけた瞬間、想像した以上に肉を切り裂いた感触を感じた。

 と言ったころまでは覚えているのだが、その後の記憶が曖昧だ。


 当然、どうなったか気になったので、メーテにも尋ねたのだが。



「あははっ! 柔らかい! 斬れる! 斬れるよ!

とか言って、狂ったようにミノタウロスを斬り倒してたぞ。正直引いた」



 などと訳の分からないことを言って、実際の事を教えてくれる気が無い。

 まったく、困ったものである。


 そんなことがありながらも、順調に階層を進めて行き。

 僕達は55階層にある中層の町へ向け、確実に歩みを進めて行くのだった。

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