第61話 顛末
早いもので、ドモンと相対したあの夜から一ヶ月という時間が流れていた。
その後、どうなったかと言うと。
あれから程なくして。
酒場へと駆けつけたダンジョンギルド職員達により、ドモンと泥土竜のメンバーは捕らえられていった。
連行されて行くドモン達の背を見送った僕達はそのまま解散。
と言う訳にもいかず、事情聴取という形で拘束されることになった。
そうして事情聴取を受けることになったのだが。
何故ドモンに疑いを抱いたのか?と言うような内容から始まり。
始めは何処で出会って、それから何度会ったのか?
その時はどんな話をしたのか?
と言った感じで、事細かに説明させられることになった。
それだけなら良かったのだが……
それが終わると、今度は僕達の身柄にまで聴取は及んだ。
何処に住んでいるのか?
僕達3人の関係は?
どう言った目的でダンジョンに潜るのか?
その他にも僕達に対する聴取は多岐に渡ることになり。
「これでは、まるで容疑者だな」
思わず、メーテがそう零してしまうのも仕方がないことだと思えた。
結局その日は、時計の針が日をまたいで少し経った頃まで拘束され、漸く解散となったのだが。
後日、再度聴取があると言うことなので、連絡が取れるように暫くダンジョンに潜るのは控えて貰うように言われてしまった。
正直、行動を制限されるのは不満ではあったのだが。
結果で言えば、その制限は僕にとって都合が良かったのだと今なら思える。
毎日の日課である鍛練は別としても、この一年程はダンジョンに潜ることを基本に生活しており。
ダンジョンに潜れないのであれば、特にやることも無く。
要するに暇を持て余すことになったのだ。
だが、それが良かったのだと思う。
あの日、覚悟を決めて『死』と言うものを受け入れはしたが。
受け入れたからと言って、すぐに気持ちを切り替えていこう!
と言う訳にはいかない。
気持ちの整理をし、折り合いをつける時間が必要だと感じていた。
なので、意図せず与えられた暇な時間は、そう言った気持ちの整理をするのに都合の良い時間だった。
正直、考えすぎて滅入ってしまいそうになる時が何度もあったが。
そうならなかったのは、メーテやウルフ。
それに女王の靴の皆が、息抜きと称して食事や買い物、迷宮都市内の観光地など、色々と連れ回してくれたおかげだろう。
未だに思うところはあるのだが。
無理やり納得させる問題でもないと思うし。
受け入れる覚悟は変わらないのだから、自分の中で徐々に擦り合わせ。
そこで納得出来なかったら、その時はまた悩めばいい。
拙いながらも、そう結論付けることが出来たのだから。
この暇と呼べる時間にも意味はあったのだと思う。
そうやって、暇を享受しながら、呼び出しがあればダンジョンギルドの聴取を受けると言う日々を送り。
何度目かの聴取を受けた際に、上層支部支部長であるビエスさんが捕まったことを知った。
あの人の良さそうなビエスさんが何故?とも思いはしたが。
このタイミングで捕まると言うことは、十中八九ドモン絡みだと予想が出来た。
なので、捕まった経緯を知っておきたいと思い、多少しつこく尋ねてみたのだが。
返ってくる言葉は「お伝えする事が出来ません」その一点張りだった。
言うなればギルド内部の不祥事だ。
表に出したくないと言う気持ちは分からないでもないが、それではあまりに不誠実だろう。
そのようなことも伝えてみたのだが、やはりその口は固く。
その頑なさから、相当な事をしていたのだろうと言うことは予想出来たのだが。
結局は真実を聞きだすことが出来ず、ダンジョンギルドに対して僅かながらの不信感を抱くことになった。
そして、この一ヶ月の間、青き清流のお見舞いにも何度か行った。
その際に、事の経緯を説明したのだが。
僕達がそれに関わったと言うことは伝えないでおいた。
僕が勝手に怒って、勝手に行動したことなのに、わざわざそれを伝えるのも恩着せがましいのではないだろうか?
そう思ったからだ。
だから、僕が伝えたのは、襲撃者が幸運のドモン率いる泥土竜だと言うことと、それをダンジョンギルド職員が捕まえたと言うことくらいだ。
皆はその話を聞くと、襲撃者に対する怒りを露わにしていたのだが。
それが仮にも二つ名持ちだと言うことを知ると落胆したような表情を覗かせていた。
だが、最終的には。
「何はともあれ襲撃者が捕まって安心したよ。ひとまずは他の探索者も安心して潜れるな」
そう言って人の心配をするのだから、この人達は掛け値なしの善人なのだろう。
その後も何度かお見舞いに顔をだし。
その度に「来たついでだ」とメーテが聖魔法による治療をした結果。
ダンジョンギルドの治療術師の見たてより随分早く、皆は完治する事になった。
完治したとは言え、ドルトンさんは激しく動くとやはり痛むようで、少し辛そうだったが。
「普通に生活する分には問題ないだろう」そう言って笑っていた。
ユーラさんの傷も良く良く見ればわかるものの、凄い目立つ程ではないし。
トーマスさんの折れた歯も、入れ歯ではあるが特に問題はなさそうに見えた。
むしろ「サービス」だと言ってメーテが若干鼻が高くなるように治療をしたようなので、嬉しそうに鼻をさする姿の方が印象に残ったくらいだ。
マルクスさんの腕はどうにもならなかったが。
その他の傷は問題無く完治しており、腕が無くなったことでバランスがとりにくいのか?
ふらつく姿を度々見かけたが、元気な笑顔を見せていた。
それと、少し特殊なのがピノさんだ。
女性と言うこともあり、顔に傷が残るのは嫌だろう?
メーテはそう思ったようで、出来るだけ傷が目立たなくなるように治療をしようとしたのだが。
「大丈夫です! むしろ顔に傷があった方が強そうじゃないですか!」
そう言って、顔の傷に対するを拒否して見せた。
そんなピノさんの様子を見て逞しいな。とも思ったのだが。
女性に対する褒め言葉にしては色気が無いと思い、そっと胸にしまっておくことにした。
そんなことがありながらも、無事に退院の日である本日を迎え。
快気祝いに皆で食事会をする事になった。
本当ならお酒でも飲ませてあげたかったのだが、退院してすぐにお酒というのもどうだろう?
と言うことで、気安い感じの一般的な食堂で行うことになったのだが。
女王の靴の皆も参加しているので結構な大所帯となってしまった。
そうして始まった食事会。
一人一人ががっつりとした食事を頼むのではなく。
片手で食べられるような食事をメインに、その他にも、サラダや肉料理、副菜と言った料理を大皿で用意してもらったいた。
要は簡易的なビュッフェと言う感じで、食事メインと言うよりは雑談がメインの食事会だった。
そうして、食事をつまみながら各々が雑談に華を咲かす。
青き清流も女王の靴もダンジョンと言うものに憧れている部分がある為、話題が尽きず、そうなると当然、打ち解けるのも早くなる。
気が付けば、魔法使い組、戦士組と言う感じで盛り上がりを見せていた。
斥候職であるトーマスさんが若干あぶれがちだが。
それは職業の違いと言うよりかは、彼のノリが合コンにでも来ているようなノリだからだろう。
フィナリナさんなんか鬱陶しそうな視線を送っているのだが、それでも怯まない姿勢にはある意味男として憧れてしまう。
……まぁ、ああはなりたくないが。
その後も恙無く食事会は進み、楽しそうにしている皆の様子を眺め。
食事会を開いて良かったな。そんな風に感傷に浸っていると。
「アル。今日はありがとうな」
マルクスさんが感謝の言葉を伝えて来た。
「気にしないでください。僕も楽しいので」
僕がそう返すと、「それでもだ」と言った後。
マルクスさんは何やら言いにくそうに口をもごもごとさせる。
何か悪い知らせか?とも思ったのだが。
表情を見ればなにやら照れくさそうな表情をしていたので、そう言った類の話ではないだろうと予想した。
そして、そんな予想をしていると、マルクスさんは意を決したようで口を開く。
「あ〜その、なんだ。
あれから、メンバーで色々話しあったんだわ。
でさ、俺的には今回の事は俺に責任があると思ってたから、俺なりのけじめと言うかさ、片腕でも出来るような仕事でもしながら償っていこうとか思ってたんだ。
でもさ、皆は言うんだよ『あれはマルクスの所為じゃないって』
そう言われても実際リーダなんだし責任は感じるだろ?
だから、そう言われても納得出来なかったんだよ。
でも、そうしたらドルトンがさ……
『責任を感じているなら、俺の分の夢を叶えてくれ』だってよ?
ずるくないか? もうドルトンが探索者出来ないの分かってるんだぜ?
そんなドルトンに言われたら断れないだろ?
だから、アルには探索者家業はここまでだな。なんて言ったけどさ――
これから告げられるであろう言葉に僕は破顔する。
「また探索者続けてみるよ」
マルクスさんはそう言うと、照れくさそうに笑うのだった。
それから程なくして食事会も終わりを迎える。
そして、店先に出て各々が別れの挨拶を交わす中。
「そうだ。マルクス」
そう声をあげたのはメーテだった。
メーテは何やら緑色の宝石のようなものをポケットから取り出すと、マルクスさんに放って渡す。
「これは?」
「選別だ。持って行け。風の力が込められた魔石だ」
その言葉に青き清流と女王の靴の皆が目を丸くする。
「そ、そんな貴重な物貰えませんよ!」
マルクスさんが言った通り、その魔石は貴重なものだ。
以前メーテに教えて貰った話を思い出す。
魔物の魔石の中には、ごく稀ではあるが属性の力が込められた魔石と言うのが存在する。
では、何故稀なのかと言うと、それは魔石を所持する魔物の素養に関係するからだ。
要するに属性の魔石と言うのは、素養持ちの魔物の魔石である。
人でも素養を持つ人は少ないのだから、恐らくだがそれは魔物にも当てはめられる。
それだけでも貴重だと言うことは分かってもらえると思うのだが、それに加え、素養を持つような魔物は上位固体に多く、その上普通の個体よりも強い。
そもそもの数が少ない上に強いとなれば、狩れる人の技量にも限りが出てくる。
そう言った理由により、属性の魔石は貴重とされている訳だ。
それを知ってるからこそ、マルクスさんは貰えないと言っているのだと思うのだが――
「遠慮するな。片腕だと苦労するだろ?」
問題無いと言わんばかりにメーテは言う。
言うのだが。
属性の魔石とメーテのその言葉が僕の中で結び付かず、他の皆も「?」と言う表情を浮かべていた。
「ん? アルも分からないのか? 後で説教だな」
何故か説教を喰らうことが確定した僕を他所に、メーテは周囲を見回すと手頃な棒を見つけるとそれを掴み振って見せた。
そして、何度か振って見せると。
「こう言うことだ」
どうだ?と言わんばかりの表情のメーテだが、皆は目を見開いている。
それもそうだろう。
メーテは棒を掴み振って見せた。それなら誰も驚きはしないだろう。
だが、実際はこうだ。
メーテは『見えない手で』棒を掴み振って見せた。
要するに、風属性の魔法で見えない手を形成し棒を掴み振って見せたのだ。
多分、やろうと思えば僕でも出来るとは思うのだが。
それでも細かい制御には苦労させられるだろう。
そう思う程度には難度の高い魔法だった。
そんな事を考えながらマルクスさんに視線をやると、どうやらマルクスさんも気付いたようで顔を青くしていた。
つまりはこういうことだ。
「遠慮するな。片腕だと苦労するだろ?(だから風の魔石をやるからこれを使えるようになれ)」
ゴリゴリの前衛職のマルクスさんになんとも無茶な要求をするもんだ。
そんな風に思っていると。
「せ、せめて詠唱を!」
「甘えるな。毎日魔力枯渇するまでやればその内出来るようになる」
「や、やっぱり! 鬼のようなアルの先生ってメーテさんだったんだ!」
「!? わ、私だけじゃない! ウルフだって同じことしてたし!」
「メーテ? 巻き込まないで?」
そんなやり取りをする二人。
その後「他のお客様のご迷惑になりますので」店員さんにそう言われるまで、騒々しくも楽しそうに、そんなやり取りを続けるのだった。
そして、今度こそお別れの時が近づいたようで。
「じゃあ皆さん。本当にありがとうございました。ひとまずはここでお別れですね」
そう言ったのはマルクスさん。
探索者として続けることを決めたマルクスさん。
てっきり迷宮都市に残ると思ったのだが、ドルトンさんの事もあるので一度村に帰り、養生しながら、しばらくの間、村で力をつけ直すことにしたようだ。
探索者を目指す以上はまた会えると思っていたのだが。
僕が迷宮都市に来た理由は学園都市に通う為のお金を稼ぐ為なので、お金の目処が付いたら迷宮都市から離れることになる。
なので、タイミングが合わなければ、この別れは長い別れとなるだろう。
正直に言えば寂しいが、青き清流の新たな門出なのだ。
しんみりした別れよりは笑って別れた方が気持ちが良いだろう。
だから、本心が表に出ない様に取り繕うと僕は笑顔を浮かべる。
「アルにも色々世話になったな。実力を付けて戻ってきたら一緒にダンジョンに潜ろうぜ」
「はい。是非お願いします。それと、しっかり風魔法使えるようになって下さいね?」
僕が皮肉じみたことを言うと、使えるようになるまでの苦労を思い浮かべたのだろう。
少しだけ苦い顔をしながらも「頑張ってみるさ」とマルクスさんは笑って見せた。
そして。
「月並みな言葉かもしれないが、さよならは言わない。
だから――またな!」
「はい。また会いましょう!」
そう言って笑い合った後、マルクスさんと青き清流の皆は馬車の停留所がある方へと歩き出す。
徐々に小さくなっていく5人の背中を見ながら、あぁやっぱり寂しいな……
そんな風に思っていると。
青き清流の5人は足を止めると振り返り。
「アル! 俺達の為にありがとうな! 嬉しかったぜ!」
そう言うと少し照れくさそうにし、逃げるように迷宮都市の人混みの中へ消えていった。
「ばれていたみたいだな?」
「ははっ、そうみたいだね」
そう言って苦笑いを浮かべる僕だったが。
その一言は僕の気持ちを軽くし、表情とは裏腹に、内心は晴れやかだった。
そして、さらに一ヶ月が経った頃。
ダンジョンギルド職員から、泥土竜のメンバーが犯罪奴隷として売られたことを聞く。
主犯じゃないと言うことで、死刑だけは免れたようだが。
ダンジョンギルド職員曰く。
非常に過酷な場所での強制労働を科せられるようで、下手したら死ぬよりも辛いかもしれない。
とのことだった。
そして……
ドモンとビエスさんが処刑されたことを聞いた。
それを聞いた時、不思議と心は乱れなかった。
ただ、ドモンが死んだと言う事実が、心の深い所に落ちていくような、染み込んでいくような。
そんな不思議な感覚があった。
こうして、この騒動は終わりを迎えた。
僕の心に少なくない何かを残したこの騒動だったが。
終わりを迎えた今思うことは。
ドモンはもしかしたら、僕のことを試していたんではないだろうか?と言うこと。
無駄に煽っていたのも、『死』と言うものに向き合わせ、僕なりの答えを出させせる為で……
いや……流石にそれは考え過ぎか。
そもそも、そんな教育じみたことをする必要がドモンには無いだろう。
だが、一度そう考えてしまったら、そう簡単には拭えない。
だからだろう、ドモンがしたことは決して許されないことだと分かっているが。
もし犯罪者にも墓が用意されてるのであれば、墓前にお酒の一杯程度は供えてやってもいいか。
そんな風に思えた。
――そして、3年と言う月日が流れた。
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