第60話 覚悟

「おお、漸くお声が掛かったな。

少年が言う通り金貨1枚で同行させてもらうぜ。

だが、ちょっと込み入った用事があってな。

明後日、いや明日の夕方以降になっちまうんだが、それでも構わないか?」



 まぁ、明日にはここからおさらばするんだがな。


 あれだけ声を掛けておいて今更断るてのも変な話だ。

 実際に同行する気はないが、こう言っておいた方が変に勘ぐられなくて済むだろう。


 ……しかし、こいつらもアレだよな。

 女二人は目を見張るような美女だし、ガキはガキで30階層に挑んでるってんだから、俺なんかとは出来が違うんだろうなぁ。


 正直、俺からしたらこんな読めないヤツらとは関わりたくなかったんだが。

 あまりに支部長がしつこかったからなぁ……


 てか、上手いこと攫えたとしても、こんな上玉さえぶっ壊しちまうんだろうから、本当にいい趣味してやがるぜ。



「明後日ですか? それでも構わないですよ。

それと、一つお聞きしたいことがあるんですけど?」


「おっ、なんだい?

金の相談か? それなら少しくらいなら勉強してやっても良いぜ?」


「いえ、お金の相談ではなくてですね――






――青き清流のことについて聞きたいんですけど」




 ほらな? だから関わりたくなかったんだ。






 ◆ ◆ ◆






「襲撃した相手は分かってるわよ。えっと……確か名前は――



 ウルフがその後に告げたのは『幸運のドモン』と言う名前だった。


 その名前を告げられた僕は驚きに目を見開いた――

 なんて事もなく、彼との数度のやり取りのせいもあり、すんなりと受け入れることが出来た。



 その後、襲撃者がドモンとする根拠をウルフから聞かされたのだが。

 その根拠となったのが『臭い』だと言う。


 ウルフが言うには地上に戻る際にドモンから、嗅いだ事のある臭いを感じ。

 その時は不審に思いながらも何の匂いか思い出せなかったらしいのだが。

 青き清流のお見舞いに行った際に、ドモンから漂っていた臭いが青き清流のものだと気付いたらしい。

 正確にはユーラさんの血の臭いだと言うことだ。


 確かにユーラさんには幾つも切り傷があり大量に血を流したと言うのは想像できるし、切った相手が返り血を浴びたことも想像できるのだが。

 地上に帰還する前に出会ったドモンは、見た限り返り血を浴びた様子はなかったし、僕の鼻ではそもそも血の臭いすら感じる事が出来なかった。


 そんな常人では嗅ぎ分けられない臭いを嗅ぎわけるウルフに驚かされた訳なのだが。


 正直、ウルフの言う事は信じているが、臭いだけでは証拠にならないのではないか?

 とも考えていた。


 だが、そこは流石魔法の世界と言うべきなのだろう。


 触れただけで素養なんてものが分かる魔道具があるように、言葉の真偽を見抜く魔道具なんてものがあるようで、疑わしいのなら魔道具で真偽を確かめれば良いらしく、決定的な証拠がなくても問題はないようだ。


 それならダンジョンの入り口にでも設置して、片っぱしから真偽を確かめれば良い気もするのだが。

 それは流石に無理らしい。

 そもそも真偽を見抜く魔道具自体が希少のようで、大都市に一つ有るか無いか。

 有ったとしても裁判所のような場所で管理し、外部に持ち出す事は出来ないようだ。


 だがしかし、そのような魔道具があれば真偽は明らかになる。


 ウルフの言う臭いが証拠にならないとしても、捕まえてしまえば真偽は明らかになるのだ。


 少々乱暴な考え方な気がするが、元よりこの世界では、疑わしきは罰すると言う考え方が強い傾向にあるようなので、根拠だけでも用意している分、いくらかましだろうと結論付けた。



 そんな経緯を経て。

 今、僕の目の前には泥土竜のリーダである『幸運のドモン』の姿があり、相対することになった訳だ。






「それでドモンさん。青き清流のことでお聞きしたいことがあるんですけど?」



 ドモンは顎に手を当てると無精髭を撫でながら考えるような素振りを見せる。



「青き清流……あぁ、知ってるぜ?

どうせ死ぬかと思って深追いしなかったんだけど生きてたみたいだな?

いやぁ〜、本当大したもんだ」


「つっ!」



 この返答は予想外だった。


 何度か接した印象から、飄々と受け流し、煙に巻こうとしてくるのを予想していたのだが。

 ドモンは悪びれるでもなく自分の犯行を認めた。



「少年、なに驚いてんだ?

なんの根拠もなく尋ねた訳じゃないんだろ?


少年が考えている通り、そいつらを襲ったの俺だ。それでどうする?

捕まえるか? いいぜ。抵抗しないから好きにしてくれ」



 ドモンはそう言うと「どうぞ」と言うように両の手首を僕に差しだす。


 なんでこんな簡単に認め、そして自分の身を差し出すのか?

 本当は何か裏があるんではないか?

 そんな考えが頭を巡ると共に、その異質さに形容しがたい気持ち悪さを感じる。



「なんだ? 腑に落ちないって顔してんな?

しょうがねぇから説明してやるか。


その前に……親父! 一番高い酒頼む!

お前らもなんか飲むか? どうせ使えなくなる金だ、好きなの奢ってやるよ」


「いりません」



 僕がそう言うと「そうかい」とだけ言い。

 テーブルに蒸留酒が届くと指先で氷を回し、そして蒸留酒を口に含むと、心底うまそうな表情をし。

 そして、話し始めた。



「少年が俺に青き清流だっけ? そいつの名前を出した時に俺は詰んだんだよ。

この世は疑わしきは罰するって風潮が強いからな。

それに真偽を確かめる魔道具。なんだっけか? 真実の宝珠だっけか?

そんなもんがある時点で、実際にやってる俺はアウトだ。

それにギルド自体が動いてるようだしな。

そんな状況で疑われたなら、その時点でほぼ詰みだ。


どうせ、ギルドにも話を通してるんだろ?」



 ドモンの言うことは当たったっていた。

 ドモンと相対する時間が欲しかった為、まだギルドには伝えてはいないが。

 僕達がダンジョンに潜って30分程経過したらレオナさんがギルドに連絡する手筈になっている。



「まぁ、ここで一戦やってもいいんだが……

そうした所でなんら事態が好転する訳でもない。


こうして俺の前に姿を現してるんだ。

そうなった場合にも対応できるだけの準備はしている筈だ」



 それも正解だ。

 僕達がいる酒場の外では女王の靴の皆と、さっきまで横に居たウルフに、ドモンの仲間を逃がさないように外で待機して貰っている。



「やれやれ、その様子だと俺の予想は正解か。

会話で様子を窺って、場合によって逃げられる可能性もあるかと思ったんだが、本格的に詰んでたみたいだな」



 今度こそ本当にお手上げだ。そう伝えるようにドモンは両の手を見せる。



「だけど一つ分からない事がある。

なんだってそんな面倒なことしてんだ? 始めっから囲んじまえば済む話なのによ?」



 ドモンはそう言うと蒸留酒の注がれたグラスの縁をコツコツと鳴らし、考えるように黙り込むみ――

 そして、口を開いた。



「ふむ……復讐か?」



 その一言に身体がビクリと反応した。


 そして、そんな僕の様子を見たドモンは、自分の考えが正解したことを確信したのだろう。

 嬉しそうに、二ィっと両の口角をあげた。 



「そうか! そうか! 確かにギルドに任せたら復讐できないもんな!

いいぜ? 殺すか?

今なら酒も入ってるしな! 簡単に殺れると思うぜ?

いやぁ~、こんなガキが復讐とか世も末だな!」



 そう捲し立てるドモン。


 確かに復讐と言えば復讐だろう。

 しかし、殺そうなんて思っていない。僕が考えているのは一発殴ってやる。

 その程度の復讐だ。

 だからドモンの言葉を否定する。



「違う! 殺そうなんて思ってません!

だから一発殴ってそれで終わりです! 後は捕まえて法の下で裁きを――


「は? 何言ってんだ?」



 僕の言葉はドモンの言葉で遮られる。



「どっちにしろ結果は同じだろう?

少年が殺すか、法が殺すかの違いしかないだろうが」


「え?」



 ドモンの一言で自分の血が一気に冷えていくのを感じる。



「ん? もしかして分かってないのか?

いや、これは俺が不親切だったな。


まぁ、俺は両手の指じゃ足らないくらい人を殺してるからな。

良くて死刑、悪くて死刑。どっちにしろ死刑だ。


だから、こうなった時点で俺が死ぬのは決まってんだよ」






「え」



 思わず間抜けな声が漏れる。


 ドモンは確かに青き清流の皆に酷いことをした。

 しかし、重傷を負ったものの、なんとか一命を取り留めていた。

 だから、一発ぶん殴って、後は法に任せ罪を償って貰おう。そう考えていたのだが。

 ドモンはその行きつく先が死刑だと言う。


 要するに、この僕の行いは一人の人間を死に追いやる行為なのだとドモンは言っているのだ。


 そして、そう認識した僕の頭は混乱し、真っ白になりそうになる。


 だが、そんな僕を見てドモンは意地の悪い笑みを浮かべると、愉快そうに言う。



「はははっ! そうかそうか! 少年は童貞か!

どうだ? どんな気持ちだ? 一人の人間を死に追いやる気分てのは?


いやぁ、実に良い気分だ!

将来有望な探索者の少年の礎になれるんなんて、むしろ本望だぜ?」


「違う! 僕はそんなつもりじゃ――


「じゃあ、どう言うつもりだったんだ?」


「ぼ、僕は……」


 

 その先の言葉見つからない。


 一発殴る。そして罪を償わせる。


 そんな明確な目的があった筈なのに、死と言うモノを突きつけられた今、その目的が薄っぺらなものに感じてしまい。

 それを口に出そうなんて思えなくなっていた。


 何も言えなかった。



 そんな僕に視線を向けるドモン。

 蒸留酒の最後のひと口を流し込むと、鼻白んだ様子でボソリと呟いた。



「……なんだ。正義感を振りかざしたいだけのガキか」



 その一言は僕の胸に深く突き刺さった。


 確かにその通りなのかもしれない。


 どんな結末になるか予想せず、ただ許せないからという理由だけで行動をしていた。


 そして、その理由は、人を死に追いやるにはあまりに希薄なのでは?


 そう考え始めたら、何が正しくて、何が正しくないのか?

 どうしたら良いのか?どうすれば良かったのか?そんな事ばかりが頭の中を駆け巡り。

 また、何も言えなくなってしまう。


 そうして、何も言えないでいると。



「アル? また難しく考えてるだろう?」



 メーテはそう言って僕の頭に手を置き、僕の答えを待たずに言葉を続けた。



「どうせアルの事だ。

死と言う言葉をちらつかされて、僕がやったことは正しいのか?

なんて事を考えてるんだろ? 本当難儀な性格だな」



 毎度のことながら、メーテは的確に僕の心情を察してくる。

 だが、難儀な性格と言われても人の死が関わってくるのだ。難しく考えてしまうのも当然だろう。


 そんな僕を、諭すように話し始めるメーテ。



「アル。そんな小難しい――


「ねーちゃん。今は俺と少年が話してるんだぜ? ねーちゃんは黙っててくれないかい?」



 しかし、言葉はドモンによって遮られる。

 そして、会話を遮ったことに満足した様子で話し出そうとしたのだが。



「お前が黙れ」



 魔力と威圧感を乗せたその一言は、まるで魔法の詠唱に近い何か。


 そして、その一言でドモンは口を噤む事になる。

 いや、正確には声が出せないのかもしれない。


 現にドモンはその一言で飄々とした態度を崩し、額から汗を浮かべていた。



 そして、ドモンの会話を遮ったことに満足した様子すらなくメーテは話し出す。



「小難しく考えるな。

アルは何か悪いことをしたか? してないだろ?


ドモンが人を殺したから裁かれる。これはそう言った単純な話だ」



 確かにそうなのかもしれない。

 だが、僕の振りかざした正義が、人を死に追いやろうとしているのだ。

 簡単には割り切れない……



「どうすれば良かったんだろう……」



 思わずそんな弱音が漏れた。



「受け入れるしかないだろうな」



 思わず漏れた言葉に対する答えは簡潔であり、厳しい答えであったが。

 僕自身、予想をしていた言葉でもあった。


 ドモンが死ぬと言うのは半ば確定している事実で、後は誰がどういう形でその命を奪うかと言う話だ。


 決して選択することはないが、このままドモンを逃がすと言う選択をすれば、僕自身が死に追いやると言う意識は多少なりとも薄れるだろう。

 だが、そうした場合。多分だが、この男は逃げた先でも人の命を奪うと思う。

 そう考えたら逃がすと言う手は決して選択できないし、選択してはいけないことだ。


 要するに、こうなった時点でほぼ確実に、誰かの死に関わっていることになるのだ。


 それはドモンかそれとも他の誰かか……



 正直、どうしてこうなったのかは分からない。


 考えていた以上に悪事を働いていたドモンが悪いのか?

 それとも正義感を振りかざし覚悟もなく首を突っ込んだ僕が悪いのか?






 ……覚悟?



 ああ、そうか。覚悟が足らなかったんだ。


 どうしたいかだけが先行して、その結果に対する覚悟を用意していなかった。


 やりたいだけやって、後は知らないなんていうのは無責任だ。


 そう結論に達した僕は大きく息を吸い。そして吐き出すと覚悟を決める。


 受け入れる覚悟を。




 僕はドモンに歩み寄るとその目の前で足をとめた。


 ドモンの額には未だにうっすらと汗が滲んでいたが、僕が目の前に立つと、虚勢を張るように無理やり口角をあげ、口を開いた。



「どうした少年? 殺す準備でも整ったのか?」



 そう言って、未だに心を揺さぶろうとする姿勢にはある意味感嘆してしまいそうになるが、その言葉を否定する。



「いいえ、僕はドモンさんを殺しません」


「おいおいおい、ここまで来てそりゃないんじゃねーか?

復讐しに来たんだろ? だったらほら。やってみろよ?」



そう言って椅子から立ち上がり両手を広げると、「好きにしろ」と言った様子でドモンは身体を晒す。



「それでも僕はやりませんよ。元々一発殴ってやろう程度でしたからね」


「はっ、なんだそりゃ? やっぱり正義感を振りかざしただけのガキか」



 それを否定する気はない。

 死人が出るとなったら、躊躇してしまうような正義感であり復讐心なのだ。

 そう言われても仕方がないだろう。



「だから、一発殴らせてもらいます」


「あ?」



 ドモンの間の抜けた声を聞きながら、魔力を体内に巡らせ身体強化を掛ける。

 さらに右拳にも身体強化を掛ける。身体強化の重ねがけだ。


 そして、一歩踏み込むと、僕はドモンの腹にその右拳をめり込ませた。



「がはっ!」



 ドモンは酒臭い息を吐き、床に膝をつくと。



「てめぇ……」



 そう呟き、恨みがましい視線を僕に向ける。

 その視線に一瞬怯みそうになるが、どうにか受け止めると僕は言った。



「これで僕の復讐はおしまいです。後はギルドに任せてその後は法に任せます」


「結局それかよ。実際に自分の手を汚すのは嫌ってか!?」


「ええ、そうですよ。

いざ自分の手で殺すとなった怖くてしょうがないです。だから法に任せるんです」


「ちっ、くだらねぇ! 所詮そんなもんかよ!?」



 そう、所詮そんなものだ。


 殺すのなんて無理だし、だからと言って逃がすことなど絶対に出来ない。


 僕が出来る覚悟は、ドモンは『死ぬ』と言う事実を受け入れる。それくらいしかないのだ。


 そして、受け入れた以上は無関心でいられない。


 元はと言えばこれは僕が始めたことだ。

 僕が始めなければ、もしかしたらドモンは何処かに逃げ遂せたかもしれない。


 たらればは兎も角。

 僕が始めたことがドモンを死に追いやっている。と言うのは真実なのだ。


 だったら、始めた責任を持たなければいけないだろう。


 だから殴った。始めた理由を果たす為に。

 僕が始めた行いが、一人の人間を死に追いやると言う事実を心に刻む為に。

 無関心でいない為に。




 僕は右拳のひりひりした痛みを感じながらドモンと向き合う。


 ドモンは床に膝をついているものの、身長差のせいで殆ど僕の視線の高さと変わらない。



「ちっ、腹くくったツラしやがって。

だがな。自分の手を下さずに人を殺すって事実は変わらないんだぜ?


それに今回はこれで終わりかもしれねぇが、その手で人を殺す場面が訪れるかもしれねぇ。

そんな時もお前はこんな生温いことするって言うのか?

それで済む程、この世の中は甘くねぇぞ!?」


「ええ、分かってますよ」



 それがどう言った状況なのかは分からないが。

 ドモンが言う通り、人の命を奪う時が来るかもしれない。



「人の命を奪うのは恐ろしいし、したくありません。

出来ることなら法に任せて罪を償って貰うのが一番だと考えています。


ですが、僕の行動が人の命を奪うと言う結果に繋がるなら、僕は覚悟を持ってソレを受け入れます。

その結果、自分の手を汚すことになっても……」



だから――



「僕の始めた行いが『幸運のドモン』と言う人間を死に追いやった事実と、『幸運のドモン』と言う人間が居たことは決して忘れません。

……絶対に」



 それが、僕の覚悟だった。



 ドモンは僕の言葉を聞いて、驚いたような表情を浮かべ。



「くっくっくっ、こんな小悪党のことを忘れないでくれるってか?

ああ~、そうだな……それは悪くねぇ~な~」



 どこか満足したよう言った後。



「もう俺から言うことはねぇよ。

逃げも隠れもしねぇから、ギルドにでも何でも引き渡してくれよ」



 そう言葉を続けると、僕を追い払うかのように手の甲を向け何度か振る。


 僕も伝えたいことは伝えたし、当初の目的は果たした。

 ドモンが言うとおり後はギルド職員に引き渡せばそれでおしまいだ。


 そう言えば。と思いだし、時間を確認すると、既に30分以上経過しており、レオナさんがギルドに情報を伝える時間を過ぎていた。


 手筈通りであれば、間もなくギルド職員が駆けつけるだろう。


 それに気付くと、僕は到着するギルド職員を出迎える為に酒場の外へと向かう。


 そして、外へ向かう途中。



「良い探索者になれよ」



 掛けられた声は、やはりどこか満足そうな。


 そんな声だった。


 




 ◆ ◆ ◆






 酒場には男と女の姿があった。


 女は男に問い掛ける。



「お前、途中からアルのことを試していただろ?」


「さて? 何のことだか?」 



 男はそう言うと身体を起こし、椅子に座ると、既に空になったグラスをくるくると回し、底に薄く貯まった舐める程度しかない蒸留酒を飲み干す。



「とぼけるな。始めは嫌がらせ程度だったかもしれないが、アルがどう答えるか試していただろ?」


「さぁ? どうだか?

もしそうだとしたら、それを黙って聞いてたねーちゃんも大概だけどな。


壊れちまったらどうする気だったんだ?」


「ふん。アルは物事を難しく考える癖があるが、お前が思ってるほど弱くはない」


「まぁ、確かにそうかもしれねぇな。

てか、なんだ? そうなると情操教育に利用された感じか?」


「そうなるかもしれんな。

こんな世の中だ。いつかは死と言うものに向き合う機会が来る。

だったら死と言うものにしっかり向き合って貰いたいと思ってな」


「ちっ、なんだか面白くねぇな」



 少年を試していたつもりだったのだが、実のところ利用されたことを知り。

 男は苦々しい表情を浮かべる。



「まぁ、いいさ。

 言う程悪い気分じゃねぇーしな」


「ほう、それはどう言うことだ?」


「あ? そこまで教えてやる義理はねーよ」


「確かにそうだな」



 そのやり取りを最後に、男女の間に沈黙が流れた。



 その沈黙の中。


 男は、記憶の中の引き出しから、始めてダンジョンに潜った時のことを引き出すと、アルと呼ばれた少年と重ね合わせる。



 そして、誰に聞かせるでもない声で。



「俺みたいになるなよ」



 そう呟くと。


 自嘲するような、それでいて満たされたような笑みを浮かべた。

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