第59話 とある探索者

 俺の人生は何処から狂っちまったんだ?


 冒険者として初めて以来を失敗をした時か?


 それとも、探索者としてダンジョンに潜り、俺だけが生き残っちまった時か?


 いや、違うな。


 暴力だけが取り柄のクソ親父。

 銅貨数枚で誰にでも股を開く母親。


 そんな二人の間に生まれて貧民街で育ったんだ。

 生まれた時にはすでに狂っちまってたんだ。


 そりゃそうだろう。

 貧民街に生まれたヤツなんてのは大体の行きつく先は男なら冒険者や探索者。

 女なら娼婦と相場が決まってる。


 始めから選択肢なんて無いに等しい。


 まぁ、それでもガキの頃には一流の冒険者、探索者って存在に憧れもしたが、実際になってみたら一流になれるヤツなんてのはほんの一握り。いや一摘み程度だ。


 そんな甘い憧れは早々に消えちまった。



 男は物思いに耽ながらエールを飲み干すと、ジョッキを乱暴にテーブルへと置いた。



「ちっ、酔ってやがんな……くだらねえぇこと思いだしちまったぜ。

親父! 追加でエール頼む!」


「ちょっ、兄貴いいんすか? 支部長に呼ばれてるんじゃ?」


「ああー、そう言えばそうだったな。

頼んだエールはお前が飲んどけ。めんどくせぇが顔出してくるわ……」



 男はそう言うと席を立ち、スイングドアに手を掛けたのだが。立て付けが悪いのだろう。

 無駄に重いそのドアは、男の苛立ちを誘い、舌打ちを引きだした。


 男の足は、上層の町にあるダンジョンギルドの支部、通称上層支部へと向かう。



 いかにもアンデッドが出そうな佇まいの上層支部。

 陰鬱な佇まいの建物を前に、男は悪態を吐く。



「ちっ、いつ来ても陰気くせぇ建物だな。気分が滅入るぜ」



 男はそう言って上層支部へと入ると、受付に居る中年の男性に声を掛ける。



「なんか支部長に呼ばれてるみたいなんだが、支部長居るかい?」



 声を掛けられた男性職員は「支部長に呼ばれた」と言う一言に怪訝なものを感じたが。

 男の顔を見ると、納得したような表情を浮かべた。



「ああ、はい。

話は伺っています。支部長なら執務室に居ると思いますよ。

案内は……必要ないですよね?」


「ああ、必要ないな」



 男性職員の気安さから、2人は見知った間柄であることが分かる。

 それに、ちょっとしたやり取りを交わしただけで、仮にも組織の長である支部長に会えるのだ。

 男が信用されている証拠になるだろう。


 ギルド職員が行き交う支部内を歩き、階段を上り2階へ。

 そして、3階へと辿り着くと、慣れた足取りで一室へと向かい、扉の前で立ち止まる。



 ゴンゴンッ



 ノックと言うには些か強い気がするが、扉を叩くと部屋の中から男性の声が返ってくる。



「入りたまえ」



 男はその声に促されて室内に入ると、上層支部支部長であるビエス=ドノヴァンがおり、男の様子を見てビエスは顔を顰めた。



「酒の匂いがするな……呑んでたのか?」


「ええ、すっかり忘れてましてねぇ。面目ない」


「ふんっ、どうせ悪いとも思ってないのだろう?」



 男はそう言われると、悪びれることもなく片方の口角をあげる。



「まぁいい。

お前を呼んだのは他でもない。お前ミスを犯したな?」


「ミス?」


「とぼけるな! 青き清流とか言う探索者が生きて地上へ戻ったらしいぞ」


「ほぉ、そいつはすげぇーや。

確かに駆け出しの割には錬度が高かったっすからねー。

本来の目的は達成できなそうだったんで殺す方にシフトしましたが。

あの状態なら19層で確実に死ぬと思って深追いしなかったんですがねー」


「何が19層だ! そいつらは13層まで自力で戻った挙句!

運良く……いや、運悪く他の探索者に救助されることになってしまった……」


「へぇ……本当にすげぇな」


「お、お前! 分かってるのか!

お前達がやってる事がばれたら私達はお終いなんだぞ!!」


「お前達が? 私達がやってる事でしょう?

支部長が目を付けた女を俺達が攫って、支部長がそれを買う。

まぁ、殺したヤツらの金銭は俺達の懐に入ってますが。

どちらかと言うと主犯? 首謀者は支部長じゃないですか? やだなぁーもう」


「くだらん揚げ足を取るんじゃない!それよりどうするつもりなんだ!?

忌々しいことだが今回の事を重く見たギルドが、ダスティンを主体に犯人探しに躍起になっているんだぞ!?」


「へぇ、副ギルド長が動いてるんですか。それはまた厄介ですね」


「ああ、非常に、非常に厄介だ。

だから、どうするつもりだと聞いているんだ!」


「別にどうもしませんよ? 今まで通り知らぬ存ぜぬで通せばいいんですよ」


「馬鹿が! そんなものが通るか!!

立場こそ副ギルド長だが、お飾りのギルド長に変わってダスティンは全権を担っている。

言わばギルド長が出張っているの同義だ!

それを知らぬ存ぜぬで通せる筈ないだろうが!」



 顔を真っ赤にして、口角泡を飛ばしながら憤るビエスの姿は、見苦しいの一言であろう。

 男はその姿に辟易としたが、自分の進退どころか物理的に首がかかってくるのだ。

 それもしかたないか、とその醜態を受け入れる。



「大丈夫ですよ。今まで何人殺ってきたと思ってるんです?

両の手じゃ足らない数の探索者を殺ってきてるんですよ?

証拠残すようなヘマはしていないし、最悪、疑いがこちらに向くようなら、適当なヤツを薬漬けにして襲撃者としてでっちあげますから、支部長は安心してドンと構えてて下さいよ」


「ほ、本当だろうな?

そ、それならなんとかなりそうか……?」



 男は胸の内で舌を出す。嘘だけどな。と。


 支部長は混乱しているせいか、共にこの窮地を乗り越えようなんて考えでいるようだが。

 そもそも、それが大間違いだ。


 支部長なんて大層な立場とは違い、中層級探索者なんて立場は男はいつでも捨てる事が出来る。

 少しは勿体無いと言う気持ちもあるが、捕まって死ぬよりかは他国にでも逃亡し、一から始めた方が男にとっては全然ましであった。


 そんな男の内情が分かってない愚かなビエスは、初期の初期で情報を漏らす。


 共犯として窮地を乗り越えようと思うのなら、男が逃げられない状態になるまで秘匿し。

 そこで漸く情報を与えるべきだろう。


 副ギルド長が動いている現状では、男とビエスの状況はほぼ詰んでいると言っても過言ではない。

 副ギルド長が動く。それはギルド全体の方針として襲撃者を捕らえると言うことで、そうなってしまえば後は詰むのが早いか遅いかの差でしかなった。


 そして、男からしたら今の状況と言うのは、ギリギリ逃げられると言う状況だった。


 間抜けな支部長のおかげではあるものの。

 ギルド側に大きな動きが無い内に逃亡を選択できるのは男にとって幸運だった。


 それに、真相が分かれば支部長は物理的に首が飛ぶのだ。

 保身の為に行動し、男が隣国に逃亡する時間くらいは充分に稼いでくれるであろう事を予想し、今度は感謝の言葉を胸の内で述べる。


 間抜けでありがとう。と。


 しかし、そんな胸の内は見せずに男は口を開く。



「まぁ、安心して下さいよ。知らぬ存ぜぬで通してくれれば俺達がなんとかしますから。

その代わりと言っちゃなんですが、この窮地を乗り越えたら少しばかりコレが欲しいんですがね」



男はそう言うと、親指と人差し指で丸をつくりビエスに見せつけた。


 もちろんそんな見返りなど求めてなどいなかったが。

 男達だけで逃亡すると知れば往生際悪く足掻いた結果、死なば諸共と言うことで足を引っ張り得るかもしれない。

 とりあえずの口約束だけでも交わすことで、安心させておいた方が行動に移しやすいと考えた結果であった。



「お前が呼びこんだ窮地だろうが……

しかし、背に腹は代えられん……覚えておく事にしよう」


「忘れとか無しですからね?

それじゃあ、俺は色々と準備が必要なんで、そろそろおいとまさせて貰います」


「ああ、分かった。頼んだからな」


「ええ、もちろん」



 その言葉を最後に男は執務室を後にすると、その足で貯まり場にしている酒場へと向かった。


 そして、酒場に着いた男は仲間を集め、支部長との会話の内容を一通り伝える。



「要するに此処が潮時だ。

間抜けな支部長が時間を稼いでくれてる間に隣国にでも逃亡しちまおう。


て、事だから荷物まとめて明日には出発だ。

下手な行動をして勘ぐられるのも面倒だから、出発まではいつも通り過ごしてくれていい」



 男の言葉に仲間達は頷くと、各々が自分のやるべきことをする為に散っていく。


 それを見届けると、支部長の元に向かうまでは呑んでいたことを思い出し、まだ飲み足りていないことに気付くと酒場の店主へと声を掛ける。



「おう! 親父! エールとなんか摘む物頼む!」



 男はテーブルに運ばれたエールで喉を潤し、ジャガイモと燻製肉を混ぜ合わせたものを口に運び一息ついた後。


 長く滞在する事になったダンジョンから離れることに思う所があったのだろう。

 そんなキャラではないと自覚しながらも、ダンジョンでの思い出を振り返っていた。



 初めてダンジョンに潜った時の事。


 あん時はまだ夢をみていたなぁ、皆に尊敬されるような探索者になるだなんてなぁ。


 初めて仲間が死んだ時の事。


 ありゃ辛かったなぁ、一緒に貧民街で夢を語り合った友達だったしなぁ。


 男を残して、仲間や同行した探索者が死んだ時の事。


 50階層の階層主を討伐したは良いが、俺以外全滅とかどういうことだよ。

 まぁ、そのおかげで利益は全部俺の物になったし贅沢させてもらったけどなぁ。

 あぁ、皮肉みたいな二つ名を貰ったのもこの時か……


 初めて探索者を殺した時の事。


 ありゃ〜殺したって言うか介錯か? 苦しそうだったもんなぁ。

 てか、これがきっかけだろうな、危険な目にもあわず大金貨1枚と金貨数枚の儲けになったもんなぁ。



 それからは安全な場所で魔物狩って、ちょろそうな駆け出しを襲って金奪って。

 それを支部長にバレてからは女攫って来るように言われてそれをこなして。


 てか支部長も良い趣味してやがるよなぁ。

 何人の女を壊してんだか……



 本当、俺の人生、何処で狂っちまったんだろうな?



 いや……初めからか……



 男は自嘲するように口角をあげるとエールを流し込む。



 今日は柄にも無く無駄なことを考えちまう。酒はやめとくか。

 そう結論付けて席を立とうとしたその時――



「確か、金貨一枚で30階層まで同行してくれるんでしたよね?」



 その声に振り向けば、思わず目を惹かれる2人の女性の姿と――



「よろしければドモンさんにお願いしたいんですけど」



 男の名前を呼ぶ、ダンジョンと言う場所に似合わない子供の姿があった。

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