第58話 アリエッタ会議

 僕達は女王の靴に合流するために、ダンジョンギルド内にある食堂へと向かった。



 陽も落ち始めた時間と言うこともあり。

 食堂では数組の冒険者が、少し早目の夕食を楽しむ姿が見受けられた。


 そんな中、食堂の端のテーブル席に目を向けると見慣れた女王の靴の姿を見つける。

 僕が皆の姿を見つけるのとほぼ同時に、女王の靴の皆も僕に気付いたようで、バルバロさんが「ここだよ」と伝えるように大きく手を振った。


 フィナリナさんを連れ回した上に、暫く待たせてしまったことを申し訳無く思い、小走りで皆の元へ向かおうとしたのだが。

 大きく手を振るバルバロさんの後ろに居る一人の女性の姿が目に入った瞬間、僕の足は動きを止めることになった。



「ん? どうしたアル?」



 急に足を止めたことを疑問に思ったようで、メーテが声を掛けてくる。



「えっと……

バルバロさんの後ろ……」



 そう言ってメーテの視線を促すと、メーテも理解したようで。



「ああ……確かに手続きとか色々放り投げて来てしまったからな……」



 そう言うと、申し訳なさそうな表情を見せる。


 しかし、ここで立ち止まっても仕方が無いので、覚悟を決めてテーブルへ向かうと、その女性に声を掛けた。



「レオナさん……手続きの途中で申し訳ありませんでした」



 そう。女王の靴の皆と席を共にしていたのはダンジョンギルド職員のレオナさん。

 何故一緒に居るのかは不明だったが、レオナさんはそこに居た。



「はぁ……まったく。

手続きの最中だっていうのに、ギルドカード置いて行っちゃうんだから」



 レオナさんは呆れを含んだ声色で言うと、3枚のギルドプレートと一枚の書類をテーブルに置く。

 どうやら、ギルドプレートを渡す為に待っていてくれたようだ……申し訳ない。



「それと、手続きの途中だったから、当然、ランクアップは保留です!

なので、ランクアップしたい場合は再度手続きが必要になるんだけど、ランクアップの意志と、階層主の魔石の確認は取れているので、手続きさえすれば問題無くランクアップは受理されると思う。


……まぁ、途中で手続き放り出さなければだ け ど」



 そう言ったレオナさんの表情は笑顔なのだが、その眼には冷気を孕んでいた。



「ご、ごめんなさい! レオナさん!」


「わ、悪かったレオナ」


「ご、ごめんね〜」



 素直に申し訳ないと言う気持ちと、その眼が恐ろしかった僕達は謝罪の言葉を口にする。



「どうしたのー? そんな畏まってー。

私は全然怒ってないから気にしないでよー」



 間伸びするようなその声から、本当に怒ってないのかも知れない。

 そう思い、顔をあげるたのだが、未だその眼には冷気を孕んでいる。



「本当に全然怒ってないよー。ちょっとお局様から。


『手続が終わってないのにどうするつもり?』とか。

『今の若い子はこれだから』とか。

『色目が効かない相手じゃ所詮こんなものよね?』とか。


グチグチと嫌味を言われたけど全然オコッテナイデスヨー」



 怒ってるんですね。わかります。


 お局さんに色々言われてストレスが貯まっていたのだろう。「はぁ~」と大きく溜息を吐いた。



「それと魔石なんだけど、流石に勝手に現金にしちゃうのは問題だったから、査定金額だけ出して貰ったんだけど、この金額で問題無いかな?

納得できない場合は返却するけど、迷宮都市外に持ち出す場合は査定額の2割を納めてもらう必要があるから注意してね?」



 レオナさんはテーブルに書類を置くと、こちら側へついっと押しだす。


 魔石を持ち出すのに2割と言うのは多いような気がするが、ダンジョンで得られる魔石の収入で財政の大部分を補っていると言う話だし、仕方がないのかも知れない。

 まぁ、政治や経済に疎い僕にとっては判断しかねる話だし、持ち出す予定も無いので深く考える必要はないだろう。


 そんな投げやりな結論を出した後に書類に目をやると、書類には大金貨一枚と記載されていた。



「本当は金貨9枚と銀貨8枚だったらしいんだけど、将来有望な探索者におまけってことで丁度大金貨一枚にしてくれたみたい」


「おおー、太っ腹ですね! ありがとうございます!」



 思わぬ収入に顔を綻ばせていると。



「……そう言えば、アリエットのお菓子をお見舞いの品として持って行ったみたいだね?

アリエッタの焼き菓子は人気もあるし、皆さん喜ばれたんじゃない?」



 レオナさんはお見舞いの品を話題に出し、僕は差し入れした時のことを思い出す。



「ああー、確かに評判は良さそうでしたね。

特にピノさんなんか凄く喜んでましたよ」


「うんうん、あそこのお菓子は女性に人気あるからねー。

優しい味って言うのかな? なんて言うか食べるとホッとする味なんだよ。

と く に、気持ちが落ち込んだ時とか、嫌なことがあった時とかに食べたくなるんだよねー?」



 そう言ってチラリと視線を向けてくる。



 ……要するに、これはアレだ。


 『アル君達のせいでお局様に怒られたんだから、おまけしてもらった分でお菓子を貢ぎなさい!』

 と、言うことなのだろう。


 そして、女王の靴の皆も、そんなレオナさんの意図を察したのだろう。



「いやー、ずっと座ってたから甘いものが欲しくなるなー」


「うんうん、座ってると甘いものが欲しくなるよねー」


「え? え?」



 レオナさんに倣い、さりげなくお菓子を要求したつもりなのだろうが、そのやり口はあまりに拙い。

 しかもライナさんはそれに着いて行けていないし。


 だがしかし、長い間待たせてしまったのは事実で、レオナさんにも迷惑を掛けたのは事実だ。

 お菓子を御馳走するくらいはしなければいけないだろう。そう結論付ける。



「わかりました。

皆さんにはご迷惑おかけしたので、アリエッタでしたっけ?

そこで甘い物でも頂きましょうか?」



 謝罪の気持ちも込めてお菓子をごちそうすることを伝えると、してやったりと言う表情を浮かべるレオナさん。


 まぁ、それは分かるのだが。


 バルバロさんんとイルムさんまでも『言質を引き出してやったぞ。まだまだ小僧だな』

 そう言わんばかりの表情をしているのが腑に落ちない。



 そんな僕の心情は兎も角。


 話しておきたいことがある僕にとっては場所を変えると言うのは好都合かもしれない。

 青き清流を襲ったのは同じ探索者の可能性が高く、もしかしたら知らぬ振りをして聞き耳を立てられている可能性だってあるのだから、場所を変えて話すのは正解だし、安全だろう。


 そう考えた僕は、皆に声を掛けると魔石の換金を済ませ、噂のアリエッタへと向かうのだった。






 アリエッタに着いた僕達は店員に店内へと案内される。


 店内にある時計に目をやれば、夕方の5時手前を指しており。

 もうじき夕食の時間と言うことが分かったのだが、そんな時間にもかかわらずアリエッタは随分と混雑していた。


 店内を見渡してみれば、お客の大半は若い女性が占めているようで、レオナさんやフィナリナさんが言った通り、女性に人気があると言うことを実感する。


 さらに店内を見渡してみれば、店内は暗くなり過ぎない茶色で統一されており、落ち着いた雰囲気を演出しているのが分かるのだが。

 小物などは女性が喜びそうな可愛らしい物が選ばれて配置されていて、しかもそう言った小物は子供が喜びそうな可愛いではなく、大人が可愛いと感じる小物選びがされているように感じた。


 それと、店の要所要所には観葉植物も設置されてあり、癒しと言うものも演出されている。


 そんな店内には珈琲の香りや、バターや焦がした砂糖の香り。

 見るだけでも楽しめるような焼き菓子が四角いバスケットに並べられていた。


 確かに、女性が好きそうなお店だな。

 そんな風に納得していると、店員さんに案内され席へと着いた。



 席に着いてからは各々が好みのお菓子と紅茶、人によっては珈琲などを注文し、テーブルに運ばれるのを待つ。


 物によっては運ばれてくるまでの差があるかな?

 などと思っていたのだが、特にそんなこともなく、焼き菓子がテーブルへと並べられていく。


 ちなみに僕が注文したのは、お見舞いの品として持って行ったドライフルーツの入った焼き菓子だ。

 焼き菓子を渡した際に、「どうぞ」と言って僕達にも差し出されたのだが。

 お見舞いの品を自分達が口にするのもどうかと思い、お断りさせて貰っていた。

 しかし、美味しそうに焼き菓子を口にする、青き清流の皆の姿を見て、その味が気になってはいたのだ。


 その結果、お見舞いの品と同じものを注文することになったのだが。

 どうやら同じような事を考えていたようで、メーテやフィナリナさんのお皿には僕と同じ焼き菓子が乗っており、2人と目が合うと、何とも言えない笑いが零れてしまった。


 そんな中、軽食もあることを知ったウルフだけは、腸詰肉を挟んだパン。

 ホットドックのような物を頼んだようで、そのぶれない姿勢には呆れを通り越して感心させられてしまった。


 そんなウルフを横目に焼き菓子を口に運ぶ。

 見た目パウンドケーキの焼き菓子は、唇にあたる感触は柔らかく、そしてしっとりとしている。

 生地自体の甘さは多少控え目ではあるものの、ドライフルーツの甘みと酸味で甘ったるくない爽やかな甘さを表現している。

 それとお酒が少し入ってるのだろうか?若干の熱っぽさと独特のアルコールの香りが鼻から抜けた。


 実際、アルコールを嗜んだことなどないのでそれが正解かは分からないのだが……


 そんなことを思いながら焼き菓子を口に運び、皆に視線を向けると、誰も彼も良い笑顔でお菓子を口に運んでいる。


 それはレオナさんも例外ではないようで、蕩けそうな表情でお菓子を口に運んでおり。

 そんな表情を見た僕は、少しは謝罪になったかな?

 そう思うと、ホッと息を吐くのだった。 






 そして、皆がお菓子を食べ終え、飲み物で口を潤し始めた頃。



「さて、青き清流のことなんだが」



 弛み切っていた空気の中に落とされた『青き清流』と言う言葉は、一瞬で弛んだ空気に張りを持たせる。



「青き清流から聞いた情報を皆にも伝えておこうと思ってな」



 そして、そんな空気の中、青き清流の現状、彼等に何が起きたのかをメーテは説明し始めた。



 青き清流との出会いや、人柄について伝える事から始め。


 ピノさんの顔に大きな傷が残ったこと。

 ユーラさんの身体に無数の深い切り傷が刻まれていたこと。

 トーマスさんの鼻が潰され、歯が砕かれたこと。

 マルクスさんの左腕が落とされたこと。

 ドルトンさんが探索者としてやって行くことが不可能だと言うこと。


 そして、それをやったのが魔物ではなく人による凶行だと言うことを。



 事情を知っているレオナさんとフィナリナさんは渋い顔をするものの、比較的落ち着いて話を受け止めていたが、初めて事情を知ることになった女王の靴の3人は酷く困惑したような表情を浮かべていた。



「……許せないな」



 一通り事情を説明し終わった後、ライナさんは呟き、話し始める。



「こんな言い方は変かも知れないけど、ダンジョンて場所は僕にとって憧れの場所なんだ。


子供みたいと思われるかもしれないけど。

幼い頃に読んだ絵本の中にはダンジョンでの冒険をモチーフにした物語とかが多くあってさ。

幼いながらにその物語に興奮し、絵本の中の登場人物に憧れたよ。


その中でも一番好きだったのが『人と巨人の女の子』て絵本でさ。


巨人と人間の間に生まれた女の子がいじめに耐えながらも努力を続けて力を付けるんだ。

そして、ダンジョンに潜るようになってからは、色々な人達との出会いと別れを繰り返し、ついには『螺旋の女王』と呼ばれるようになる。そんな物語なんだけど。

僕は本当にその話が好きでさ、恥ずかしながら女王の靴と言う名前もそこからあやかってるんだ」



 「少し話が逸れてしまったね」ライナさんは少し恥ずかしそうに言うと話を続けた。



「でも、僕達以外にもそんな物語に憧れて探索者になった人達も絶対に居ると思う。

物語に憧れた訳ではないけど、偉大な先人達が残していった偉業に憧れた人達も居ると思うし、他にも名誉やお金、単純に強さ。それと未知の階層に未知の魔物。

憧れの対象は違うけど、探索者と言う者達は何かしらをダンジョンに求めてるんだと思うんだ。


だけど、実際はそんな甘い場所ではないと言うことも分かってるし、現にアル君達に出会わなければ僕は命を落としていたしね……


それでも……愚かと言われるかもしれないけど。

未だにダンジョンと言う場所は僕にとって憧れの場所なんだ。


だから、なんて言っていいんだろう……

大切なものを汚されたような……そんな気がするんだ。


だから、青き清流の皆さんが襲ったことも許せないし、襲った人を僕は許したくない」



 夢や希望や憧れ、人によって様々だとは思うが、多くの探索者はそう言った何かを胸に抱いているのだと思う。

 だが、そんな感情を無視し、食い物にしようとする者が居る。

 それがライナさんには許せないのだろう。

 怒っているのか? 悲しんでいるのか? それともその両方なのか?

 ライナさんは複雑な表情を浮かべていた。


 そして、そんなライナさんの表情を見たバルバロさんとイルムさんが同意を示す。



「そうだな。私もライナと同じでそんな奴ら許せねぇよ!」


「私もです。私もダンジョンで一旗あげてやるつもりで田舎から出て来たので、青き清流の皆さんの無念は分かるつもりです。だからこそ本当に許せないです!」


「ダンジョンギルドの職員としてもこの件は非常に遺憾です。

ダンジョンギルドの上層部もこの事態を重く見て、動き始めていますが。

それ以前に、私個人としても許される事ではないと思っています!」



 レオナさんもダンジョンギルド職員として、個人として同意を示し、皆の心情が同じ方向を向いている事を知ることが出来た。



そして、ここからが本題だ。


 許せないからどうする?許せないからどうしたい?と言う問題になってくる。

 青き清流の皆を襲った襲撃者が捕まることを一番に考えてはいるのだが、出来ることなら一発ぶん殴ってやらなきゃ気が済まないと言うのが僕の本音だ。


 ダンジョンギルドが動いている以上、勝手に動き回って場を混乱させるのも良くないとも考えてはいるのが、ダンジョンギルドに先を越されてしまった場合、一発ぶん殴ってやる機会は逃すことになってしまうだろう。


 理想の形としては、ダンジョンギルドより早く襲撃者を特定し、ほんの少しでいいから襲撃者と相対する時間が設けられればベストなのだが……


 どうしたものかと頭を悩ませていると。



「ふむ、レオナが居る前でこう言うのもなんだが。

自らお灸を据えてやるとなると、ダンジョンギルドの捜査を出し抜かなければならなそうだな」



 どうやらメーテも同じ結論に達したようで、そう零した。


 しかし、レオナさんにとってその一言は予想外だったようで。



「え? 自ら? ダンジョンギルドに任せないで自分達で捕まえようとか考えてるんですか!?」



 驚いたと言うよりかは、呆れたと言った表情を浮かべる。



「ああ、うちのアルがどうしてもぶん殴りたいらしいからな」



 そして、メーテの一言でレオナさんの表情は冷たいものへと変わり、その視線は僕へと向けられる。



「アルくーん? どういうことかなー?」



 そう言えばと思いだし、僕達の目的を伝えて居なかった事に気付くが。

 どうやら遅かったようで、向けられる視線の冷たさに背筋を凍らすと、渇いた笑みを浮かべることになった




 その後、レオナさんに冷たい視線を向けられ、問い詰められる中、どうにか説明を終える。



「なるほど。

アル君の気持ちは分かったけど、応援できないかな。

30階の階層主を討伐するくらいだからアル君達に実力があるのは分かるけど。

相手の実力が分からない以上は職員としても個人としても止めるべきだと考えてる。


それに、時々アル君が子供だって言うのを忘れちゃいそうになるけど……

それでもアル君はまだ子供なんだから、わざわざ危ない所に首を突っ込んで欲しくないな」



 説明をしたことで、ある程度の理解は示してくれたが、それよりも心配に思う気持ちの方が強いらしく。

 レオナさんは、理解はできるけど納得する事は出来ないと言った姿勢を示した。


 その気持ちを無下にする訳にもいかないので、どうにか納得して貰えるような言葉を探すのだが。

 頭を悩ませても納得して貰えるような言葉が出てこず、無言の時間が流れてしまう。


 その所為で、周りの席は騒がしいのに、僕達の席だけは妙に静まり返っていた。


 そんな空気の中。



「相手の実力が分かればいいの?」



 そう声を挙げたのはウルフ。


 視線を向けると、ホットドッグの最後の一欠片を放り込み、頬を膨らませ咀嚼している最中だった。


 と言うか、それ何皿目でしょうか?


 ウルフの前には白いお皿が4枚ほど重なっているように見えるのですが?


 あっ、もう一皿届いた……



「レオナは相手の実力が分からないから心配してるんでしょ?」


「え、ええ、確かにそうです。

それ以前に、あんまり危ないことをして欲しくない言うのもありますけど……」


「そうなのね? でも大丈夫よ? 相手の実力は大体分かるし」






「「「「「「へ?」」」」」」



 ウルフとメーテ以外の全員が、揃って間抜けな声をあげる。


 それもそうだろう。

 相手の実力が分かると言うのは相手の特定が済んでいるのとほぼ同義だ。

 襲撃された階層を考えれば、21階層以に潜れる実力があると言うことくらいは予想できるが。

 ウルフが言いたいのはそう言うことではないのだろう。


 そして、その考えは当たっていたようで。



「襲撃した相手は分かってるわよ。えっと……確か名前は――



ウルフは襲撃者の名前を告げるのだった。

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