第55話 食事会
我が家で食事をする事が決まった僕達は夜のメリドの街を歩く。
明日が休日なだけあって通りから覗くお店はどこも繁盛しているようで、心なしかメリドの街が活気づいているように感じた。
途中でお酒を調達し、そんなメリドの街を歩く事数十分。
中心街からやや離れた場所に建つ一件の平屋が目に留まる。
平屋と言うと、僕の場合なんとなく日本的な家屋を想像してしまうのだが、目に留まる平屋はそう言った姿ではなく。
白い木造の壁に色みの落ち着いた赤い屋根。
草原なんかが似合いそうな洋風の建物だ。
そして、この建物が僕達のメリドでの拠点であり第二の我が家でもある建物だ。
そんな我が家に招き入れるべくメーテは女王の靴の面々に声を掛ける。
「いらっしゃい。
まぁ、そんなに広くはないがここに居る人数くらいなら問題無い筈だから、ゆっくりしていってくれ」
そう言って彼女達を室内に招き入れると、彼女達も「お邪魔します」と言って室内へと入っていく。
室内に入ると、珍しいものがある訳ではないのに彼女達は室内をキョロキョロと見渡す。
そんな様子を見て、友人の家に初めて招かれた時、同じようにキョロキョロと部屋を見渡してた事を思い出し、今頃その友人は何をしているのだろう?と懐かしい気持ちになる。
メーテは彼女達の様子を見てどう思ったのかは分からないが、微笑ましいものを見るような視線を向ける。
「特に珍しいものがある訳ではないだろう?
グラスや食器を用意するから適当に座って待っていてくれ」
「あっ、僕も手伝います!」
キッチンへ向かおうとするメーテだったが、ライナさんの一言で足を止めると、
「それならダイニングテーブルに食事を並べて置いてくれないか?
んっ、そうなると椅子が足らないな。
アル、ウルフ私達の部屋から椅子を持って並べて置いてくれ」
そういって各々に作業を振った後、キッチンへと向かった。
そして、準備と言う準備もたいして無かった事もあり、僕達は早々に準備を終えダイニングテーブルを囲む。
テーブルの上に並べられた料理は流石金貨二枚と言う値段だけあって、見るからに高級と言うことが分かる。
名前は分からないが、前世で見たフランス料理に近い料理が、何品も並べられており、かろうじて名前が分かるのはポワレ?やテリーヌ?くらいだった。
そんな料理を目の前にして僕のお腹は再度悲鳴をあげようとする。
流石に今日は恥ずかしい思いを何度もしたのでこれ以上恥をかきたくない。
そう思い食事を急かそうとしたのだか。
「食事を始める前に今一度感謝の言葉伝えさせて欲しい。
本来ならば僕はこうして食事を囲む事が出来ない状況に居た。
鼓動が止まってたと言うのだからそれは当然の事だろう。
だが、アル君のメーテさんのウルフさんのおかげで、
今一度大切な仲間達と食事を囲む事が出来る」
ライナさんがすごい真面目な話をし始めた。
「感謝の言葉をいくら並べても足りないが、本当に・・・・本当に感謝している」
ライナさんの声は若干涙声になり、感謝の言葉を捻りだすように口にする。
そして、そんなライナさんの様子を見て当時の状況を思い出したのだろう。
フィナリナさんは目尻に涙を溜めるとその涙を指で拭っていた。
場は静寂に包まれフィナリナさんの「スン、スン」と言った鼻をすするような音だけが響く。
お腹がやばい。
「湿っぽくさせてしまったみたいだね。この話はここまでにしよう」
ライナさんはそう言って手元のグラスを掴む。
「今はこの出会いと、仲間と食事を囲めることに感謝したいと思う」
お腹がやばいが後数瞬の辛抱だ。
「この出会いに―――」
続く言葉は乾杯だ。
そうなればグラスを重ねる音。
それから始まるであろう雑談のおかげでお腹が鳴ったとしてもごまかせる。
僕の勝ちだ。
そう確信し油断したのがいけなかったのだろう。
「きゅきゅきゅる〜」
グラスを重ねる前の一瞬の静寂の間にお腹の音が響き渡り、次の瞬間にはグラスを重ねる音が響く。
神はなんて無慈悲なのだろうか。
そして皆は大人だ。
人を思いやる心を持っている。
「い、いやぁ話をしたせいかな? お腹がなってしまったよ〜」
「も、もうライナったら〜」
ライナさんはその正義感からか恩からか?
自らお腹を鳴らした主犯として名乗り出て、肩代わりをしてくれた。
「ハハハ―、ライナハクイシンボーダナ―」
「ウフフ、コマッタサンネー」
どうやら家の家族はこう言う演技が壊滅的のようだが、優しさは感じる事が出来た。
だが、しかし。
「ははは! イルム? 聞いたか?
きゅきゅきゅる〜って言ったぞ!
ヘムリアの鳴き声みたいだったな〜」
「ちょっ! バルバロ!
みんな気を使ってライナのせいにしてるんだから空気読みなさいよ!」
一部大人の対応をしてくれない人達が皆の努力を無駄にし、綺麗に止めを刺してくれた。
羞恥のあまり頭が真っ白になっていく中。
ヘムリアが何なのか分からないが、出会うことがあったら優しく接しようと決めるのだった。
その後、暫くは心を無にして食事に徹した僕であったが、そんな僕を他所に、他の皆は料理をつまみながらお酒を嗜み、雑談に華を咲かせていた。
「ほうほう、フィナリナは学園都市の出身だったのか」
「はい。1年ほど前まで学園に通っておりました。
実技の方はそこまで得意では無かったのですが、座学でしたら学年でも上位だったと自負しています」
「ほう、それは大したものだ。
アルも後期からの入学を目指していてな。
機会があれば勉強を教えてやってほしい」
「も、もちろんです!」
メーテとフィナリナさんがそんな話を聞きながら、勉強を教えて貰うのは非常に助かるな~。
そんな事を考えると同時にフィナリナさんが一年前まで学園に通っていた事に驚かされる。
青き清流の皆も見た目以上に年齢が若かったが、女王の靴の皆も思った以上に若いようで、皆16歳だと言うのだから驚きだ。
洋風な顔立ちのせいで実年齢より大人に見られると言うのもあるが、それ以上に成人としての振る舞いが身についていると言うのが大人に見える要因だと思う。
この国では15歳から成人として扱われる為、その年齢に達するまでに成人としての教育や心構えを説かれるらしく、ある意味当たり前の事らしいのだが。
それでも、15歳の頃の自分と比べるとその差に驚かされると同時に素直に感心させられた。
そして、そんな会話をしている横では。
「ウルフさんの胸すごいですよね? どうしたらそんなんなるんですか?」
「わ、私も知りたい!」
「ぼ、僕はそんなに興味ないけど、ま、まぁ知っておいても損ではないかな」
男性が居づらくなるような会話をしていた。
「ふぅ・・・しょうがない子達ね。
そんなに知りたい? 知りたいならなら教えてあげてもいいわ」
「「お、お願いします!!」」
「どうすれば胸が大きくなるのか……その秘訣は……」
「「その秘訣は!?」」
「それはお肉を食べる事よ!」
ウルフがそう言うとテーブルに並んで居た肉料理がものすごい勢いで平らげられていく。
若干興味なさそうにしてしていたライナさんであったが、取り皿には大量のお肉が盛られていた。
そんな様子を見たウルフは満足そうに頷き。
「肉を愛しなさい。さすれば肉は貴方達を愛してくれる」
などと訳のわからない事を言っている。
ちなみにだが、以前ウルフにどうやったら身体強化を上手く使えるかを聞いたのだが。
その時帰って来た答えも、
「お肉を食べなさい」だった。
本を読んでいた時知らない単語が出て来たので、近くに居たウルフになんて読むのか尋ねたのだが。
「お肉を食べれば読めるようになるわ」
と言って、またもお肉をすすめられた。
当然、毎日のようにお肉を食べているウルフなら読めるだろうと再度尋ねたのだが。
「私は読めないわよ?」
お肉の万能性を説いていた割に、平気な顔で読めないと言うウルフには驚かされたものだ。
基本ウルフが「お肉を食べなさい」と言う時は適当な時が多いのだが、今回に関してはあながち間違いとは言い切れない。
お肉を食べてバストアップしましたなんていう話は良く聞く話で、ウルフの「お肉を食べなさい」と言う言葉には虚実がバランス良く混じっているいるから判断に困るのだ。
そんな皆の話を聞きながら、ちびりちびりと紅茶をすすっていると、
「メーテさん! 私はですねぇ〜
アル様なら教祖のうちゅわになりえると思ってるんれすよぉ〜」
フィナリナさんがやべぇこと言いだした。
「確かに無くはない話だな」
いや? ないよ?
満更でもない様子でそう言ったメーテの頬は赤く染まり始めており、フィナリナさんに至っては呂律が回っていない。
これはまずいと感じた僕は、助けを求める為にウルフ達の方へ視線を向ける。
「全然違うわ! そんなんじゃ意中の男性に振り向いて貰うことは出来ないわよ!」
「「はい、ウルフ先生!」」
先程のバストアップの話から女性的な話で盛り上がったのだろう。
今はどうやって意中の男性を振り向かせるかの勉強会のようだ。
「違うわ! こうよ!」
そう言ったウルフは胸を強調するようなポーズを取ると、三人から「おお〜」と言う感嘆の声が上がる。
なにが「おお〜」なのだと言いたくなるが藪蛇はごめんなので声は掛けられない。
「それではやってみなさい」
「こ、こうでしょうか?」
そう言うとバルバロさんとイルムさんは胸を強調するようなポーズを取るのだが。
悲しい事に、お世辞にも豊満とは言えない二人の胸元には山も谷も見当たらなかった。
そして、ライナさんは興味なさそうな素振りを見せながらも、
腕をもぞもぞと動かしどうにか谷間を作ろうとしていた。
その姿を見て何故か悲しい気持ちになる。
山が無ければ谷は出来ないと言うのは自然の道理であろう。
それを無視してウルフも酷な事を強要するものだ。そんな事を思っていると。
「今のは悪くなかったわ。
これなら満点とまではいかないけど80点はあげてもいいわね」
思った以上に高得点だと言うことに驚く。
「「ウルフせんせー!」」
「あらあら、大人の女性はこんな事じゃ涙は見せないものよ?」
ウルフの胸に飛び込み涙を流すバルバロさんとイルムさんにそう声を掛けるウルフ。
そして、飛び込むタイミングを逃し中腰でオロオロとするライナさん。
なんだろうこれ?
皆の顔を見ると赤く染まっている事が確認できたので、お酒に酔っている事は理解出来たのだがやっている事が理解できない。
そもそも、大人の女性のなんたるかを説いているウルフだがそもそも狼だ。
女性と言うよりかはメスなのだが、確かに今の見た目では女性と言えなくはない。
うん。なんだか混乱してきた。
混乱する頭で再度視線をメーテ達の方に向けると、
「それは良い発想だな。
綺麗事だけではやっていけないと言うのが世の中の道理でもあるしな」
「れすよね〜れすよね〜!
アルしゃまをかげからしゃしゃえるひみつぶたいはひつよ〜ですよね〜」
「うむ、アルの放つ光が強ければより濃い闇が出来るということだろうな。
秘密部隊か良い響きではないか」
やべぇ話は着実に進展しているようだった。
僕はそっと椅子から立ち上がると、部屋を見渡す。
ステレオで聞こえてくる訳の分からない会話。
そして、徐々にだが確実に悪化していく光景。
僕は気付かれないように自室に移動すると、内鍵を掛けそのまま布団にくるまるのであった。
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