第53話 地上へ

 メーテに辱めを受けると言う予想外の出来事はあったものの。

 僕達の予定に変更はなく、一度地上へと帰る為に上層の町を移動していた。


 目的地は上層の町にあるダンジョンギルドで、地上へと帰るのに転移魔法陣を利用する為だ。


 ちなみに、地道にダンジョン内を戻り、地上に帰ると言う方法もあるのだが。

 今回は転移魔法陣で地上へ戻る事になっている。


 正直、今回と言うよりは転移魔法陣を使用する以外の選択をしたことは殆ど無いのだが。


 それもそうだろう。

 地道にダンジョン内を戻った場合、金銭的には多少の節約にはなるかも知れないが。

 道中の経費を考えれば微々たるもので、労力に換算した場合、とてもじゃないが割に合わない。


 それならば、多少なりのお金を払い転移魔法陣を利用することで時間を節約し。

 節約した時間を魔物を狩る時間に当てた方が建設的だと僕は思う。


 まぁ、地道に戻るのが面倒だと言うのも本音だが……



 何はともあれ。

 僕達は転移魔法陣を利用して地上へと帰る為に、ダンジョンギルドが管理する建物へと向かい、上層の町を移動していた訳だ。





 そうして上層の町を歩いた所で一件の建物へと辿り着く。


 その建物は、お屋敷と呼ぶには少し規模が足らない気がするが。

 それでも上層の町にある建物の中では比較的立派な作りをしている。


 屋根や壁を暗めの色で統一されている事もあり。

 ホラーゲームに出てくるような洋館を想像させられ、思わず尻ごみしてしまいそうになるが。

 魔物が現れるダンジョン内では目立たせる必要もないし、防衛的な意味でもこれくらいが丁度良いのかも知れない。


 そんなホラーゲームに出てきそうな建物なのだが。

 この建物こそが通称、『上層支部』と呼ばれる建物で、僕達の目的地でもあった。



 僕は上層支部の扉の前に立つと、扉を押し開く。


 上層支部の扉は、魔物の襲撃があった場合に備えて重厚に作られており。

 その所為か、扉を開く際に「ギィィィ」と言う外観と相まった音を響かせる。


 そして、そんな扉の音を聞くと、初めて上層支部に訪れた際。

 その音に驚き肩を跳ねさせた事を思い出してしまい、少しだけ恥ずかしく感じてしまう


 恥ずかしさを誤魔化すように勢い良く扉を開いて中へ入ると、外観の印象とは打って変わってごくごく普通の内観が出迎えてくれた。


 内観は城塞都市で見たギルドと同じような作りをしており。

 左手には受付窓口がいくつか用意されており、階段を挟んだ右手には食堂と言った感じだ。


 城塞都市のギルド違う点をあげるとすれば。

 探索者に宿として提供しているので、2階に上がると宿泊用の受付窓口がある事と。

 転移魔法陣を使用する為の専用の窓口がある事くらいではないだろうか?


 それと、これは僕達には関係ないのだが。

 上層支部で働くギルド職員の住居を兼ねていると言うのも違う点の一つだろう。


 そんな上層支部の内観に目をやり終え、転移魔法陣の専用窓口へと向かおうとした時。



「おや? 皆さんお揃いのようで。

これから地上に戻るところですか?」



 そう声を掛けられ、声がした方に視線を向ければ、そこには恰幅のよい中年男性の姿があった。



「うむ、一度地上に戻ろうと思ってな」



 中年男性の問いかけにメーテが代表して答えると。

 「そうですか、そうですか」と中年男性は愛想良く頷き、言葉を続ける。



「そちらの方々は女王の靴の方々ですよね?」


「そうですが良くご存じですね?」


「これでも上層支部の支部長ですからね。

将来有望な探索者のチームくらいは把握していますよ」



 受け答えをしたライナさんを含め、女王の靴の皆は中年男性の発言に驚いたような表情を見せた。


 そう。この恰幅の良い中年男性は上層支部の支部長を務めているビエスさん。

 何度かここを利用している為、軽く雑談を交わすくらいには見知った相手であった。


 そして、支部長と言う役職であるからしてそれなりのお偉いさんな訳で。

 そんなビエスさんに名前を憶えられている事を知りった女王の靴の皆は、どことなく嬉しそうな表情を浮かべている。


 うろ覚えと言ったドモンさんの態度の後なので尚更なのだろう。



「ところで、階層主討伐に難儀していると言う噂は聞きましたが。

女王の靴の方々が一緒に居ると言うことは、共闘すると言うことでしょうか?

いや、地上に戻ると言うことなので、もしかして討伐成功させましたか?

だとしたら非常に喜ばしいことなのですが」



 ビエスさんは僕達の様子を見て、自分なりの推測をし、その推測を僕達に聞かせてみせる。


 そして、その推測は大きく間違ってはおらず。

 共闘こそしていないが討伐と言う意味では正解であったので、その事を伝えようと思った僕は口を開いたのだが。



「えっと、共闘はしていないですが――」


「支部長! 本部から連絡です!」



 その先に続ける筈の「討伐は成功した」と言う言葉を伝える前に、僕の言葉は女性職員に遮られてしまう。


 女性職員は小走りで来た為か若干息が乱れており、その様子から事の重要性が窺うことが出来た。



「本部から? どう言った要件だ?」


「わ、分かりませんが、連絡してきたのはダスティン様です」


「!? 副ギルド長から!?」



 ビエスさんは女性職員の言葉に顔を青ざめさせると。



「話の途中で申し訳ない。私はこれで失礼させて貰います。

階層主を討伐、頑張ってくださいね。」



 そう言い残し、女性職員と共に慌ただしくこの場を去っていった。


 その慌ただしさに一瞬呆けてしまい、それと同時にビエスさんの慌てようが気になりはしたのだが。

 僕が気にしても仕方がないと結論付けると。

 気を取り直し、転移魔法陣を利用する為に窓口へと向かうことにした。






 転移魔法陣を利用する為に窓口へ向かうと、本来、窓口にいる筈の職員の姿はそこには見えない。


 だが、これはいつもの事だ。


 普段から転移魔法陣を利用する探索者はそんなに多くはないのであろう。

 基本、窓口に職員は待機しておらず。

 気付いた職員が対応すると言う中々に雑な対応が取られており、僕の中でもそれが当たり前のことになっていた。


 今回も、僕達が窓口に立ち職員に声を掛けることで、それに気付いた職員がいそいそと駆けより。

 「おまたせしました」と言われれば「大丈夫ですよ〜」と返し。

 そう言ったやり取りの後、利用手続きが始まるのがお決まりになりつつあった。


 専用窓口とはいったい何なのか?

 そんな事を思わなくもないが、いつものように手続きをしていき、利用料金である銀貨一枚を取り出そうとすると。



「三人の料金は僕達に払わせて下さい」



 ライナさんはそう言って財布から銀貨七枚を取り出し、職員に銀貨を手渡した。


 遠慮するタイミングすら無い手際をみるに、転移魔法陣の利用料金を払うことはここに着く前から決めていたのだろう。



「本当に良いんですか?」


「命を救って貰ったのだからこれくらいは当然の事だよ。

あっ、これで救って貰った恩をチャラにしようと言うわけじゃないから、心配しないでほしい」


「そんな心配はしてないですよ。

気にしないでって言うのも無理なのかもしれないですけど、あんまり恩とか気にしないでくださいね?」



 正直、自分で言っていて無理な注文だと言うのは理解している。

 もし仮に自分が命を救って貰った立場であるならば、気にするなと言われてもどうしても気にしてしまうだろうし。

 自分に出来る事なら多少の無理をしてでも恩を返そうとするだろう。


 ライナさんと言う人物を知ってから時間は少ししか経っていないが。

 僕が「気にしないで」と言っても「はい、そうですか」と言って受け入れる人ではないような気がしていた。


 そして、そんな考えはどうやら当たっていたようで。



「それは無理だ。

返そうと思って返せる恩ではないが、僕の出来る事で返して行きたいと考えている」



 実に男前な答えが返ってきた。


 その答えを聞いた僕は、再度気にしないで下さいと伝えても押し問答になるだけだと感じ。

「お手柔らかにお願いします」と言う訳の分からない言葉を返すと、転移魔法陣の利用料金を払ってくれたことに対し、お礼を述べることにした。






 その後、職員に案内されて転移魔法陣の間に移動する事になった僕達。


 転移魔法陣の間は広さにして15畳程度の広さがあり、床には当然の如く魔法陣が描かれている。

 部屋の四隅を見れば筒状の装置が設置されていて、その頂上にはハイオークの魔石と同じくらいの大きさがある魔石がはめ込まれていた。


 そんな転移魔法陣のある部屋の中央。

 正確には転移魔法陣の中央で足を止めると、職員から声が掛かった。



「それでは起動しますが準備はよろしいでしょうか?」



 その問い掛けに各々が問題が無い事を確認すると、代表してフィナリナさんが職員に伝える。



「大丈夫です。お願いします」


「分かりました。それでは起動いたします!」



 職員は四隅に設置されている筒状の装置の一つに近づき、手に持っていた鍵のようなものを装置に差し込む。


 すると、鍵を差し込んだ装置の魔石が淡く光り出し。

 それに呼応するように残り三つの装置の魔石も淡く光りだす。


 そして、足元に描かれた転移魔法陣も呼応するように光を帯びていき――



 転移特有の浮遊感に襲われた次の瞬間には別の空間に立たされることになった。



「うえー、私やっぱり転移て苦手だわ。

あの独特の浮遊感がなんていうか……」



 そう言ったのはバルバロさん。

 確かにあの浮遊感は僕も苦手なのでうんうんと心の中で同意する。



「ああー、確かに僕も得意じゃないな」



 ライナさんもバルバロさんの意見に同意のようで、そんな会話をしながら僕達は転移魔法陣の部屋を出ることになった。



 転移魔法陣の部屋を出る際、受付の職員に軽く頭を下げてから受付をぬけると。

 そこには賑やかな人の声と見慣れた風景があった。


 受付で魔石の買い取り額に一喜一憂する探索者や、ダンジョンギルドの食堂で食事やお酒を楽しむ探索者の姿が目に映り。

 中央にある吹き抜けからは月明かりが差しこんでいるのが分かる。


 そんな風景を見た僕は、地上に戻って来たことを実感し。

 今回もちゃんと地上に戻ってこれたことにホッと胸を撫で下ろす。


 そうして、ダンジョンギルド内を見渡していると、いつもと比べ、幾分賑わっているように見えた。


 壁に掛けてある時計に目をやれば夜の7時頃で。

 夕食時だからと言えば納得してしまいそうだが、それでもいつもより賑わっているように感じ。

 何故だろうと考え始めたのだが、すぐにその答えは出ることになった。


 そう言えば、明日は休日だと言うことを思い出す。


 明日が休日であれば、大いに酔って二日酔いになったとしても誰に咎められることもない。

 まぁ、一部の人は奥さんや子供に咎められるかもしれないが、それを承知で飲んでいるのだろう。


 ダンジョンギルド内が賑わっている理由に納得し。

 そんな風景を見て地上に戻ってきた事を再度実感していると、地上に戻れたことで安心した所為だろうか?

 僕のお腹がきゅるりと鳴った。


 お腹が鳴ったことで一瞬恥ずかしい思いをしたが。

 この喧騒では誰に聞かれる事もないだろうと高を括り、平静を装ってすまし顔でいたが……



「あら? アルお腹すいたの?」



 どうやら、この喧騒の中でもウルフの耳はごまかせなかったらしい。



「ふむ、7時か……

これから魔石の買い取りやランクアップの手続きとなると遅くなりそうだな。

それでも構わないと言えば構わないのだが……

可愛くお腹を鳴らして訴えてくる者がいるようだし、今日は食事をとって帰る事にするか」



 メーテはそう言うとニヤニヤしながら視線を向けてくる。

 どうやらメーテにも聞かれていたようだ。



「も、もしよろしければ食事をごちそうさせて下さい!」


「そ、そうだね! お礼も兼ねて食事でもどうでしょうか?

満足してもらえそうなお店を知っているので」



 何も聞いてませんよといった様子で、食事のお誘いをしてくれるフィナリナさんにライナさん。


 恐らく2人にも聞かれているのだろうなと言う確信はあったが、ここまできたら平静を保ちつづけようと腹を括る。



「お誘いはありがたいのですが、転移の料金も払って貰ってこれ以上は――」



 そこまで口にしたところで。



「おい。イルム? アル様のお腹の音聞いたか!?

きゅるりっていったぞ! 女の子みたいなお腹の音だな!」


「ちょっ! バルバロ! アル様が折角、お腹?鳴ってませんよ?

みたいなすまし顔してるんだから言っちゃ駄目だって!」



 ……どうやら全員に聞かれていたようだ。


 そして、客観的にみた僕の滑稽さを的確に表現し、ご丁寧に止めを刺してくれたイルムさん。


 ごちそうすると言う言葉に遠慮する気力さえ無くなった僕を他所に皆は話を進め。

 どうやら皆で食事をしに行くと言うことで話はまとまったらしく。

 羞恥に悶える僕は、引きずられるようにして夜の街へと消えて行くのであった。

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