第52話 上層の町への帰還

 僕が不用意に闇属性魔法を使用した事により、ひと波乱あったものの。

 当初の目的であった大顎の討伐は無事に成功することが出来た。


 漸く次の階層に進めると言うこともあり、このまま次の階層の偵察をしたい気持ちもあったのだが。

 ここ数日はダンジョン内で過ごしていたので、このまま進むには食料や雑貨の備蓄に少々の不安があった。


 それに加え、階層主の戦闘に同行してくれた女王の靴の面々を置いてこのままお別れと言うのも薄情だと感じていたので。

 僕達は上層の町へ戻り、一度地上へと帰る事にした。




 そして、上層の町へ戻った訳なのだが、周囲の視線が痛い。



「美女使いのヤツ、連れてる女増えてねーか?」


「ああ、しかもレベル高いぞ」


「くそっ! なんであいつばっかり!」



 視線と共にそのような会話が聞こえ、中には露骨に舌打ちをする探索者の姿さえ見受けられる。


 そして、最近知ることになったのだが。

 一部の探索者達は、影で僕の事を『美女使い』と呼んでいるようで、その数は徐々に増えてきているらしい。


 確かにメーテやウルフは美女と呼ぶに相応しい容姿をしていると思うのだが。

 美女使いという呼び名では、僕が2人の事を顎で使っているようにも取れる上、僕自身が何もしていないようにも取れるので。

 美女使いと言う呼び名で呼ばれることは、心外と言うか、正直に言うなら不満だった。


 まぁ、二つ名を付けられると言うのは恥ずかしいと思う反面、少しだけ憧れもあったので。

 出来ることならもう少しまともな二つ名を付けて欲しかったのだが……


 そんな事を考え、付けられた二つ名に溜息を吐いていると。



「少し煩わしいから、少し黙らせてくるわね?」


「ちょっ、ウルフ落ち着いて!」



 ウルフが物騒な事を言い出したので慌てて止める事になった。


 確かにウルフが言うとおり煩わしいとは思うのだが、探索者達が不満を口にするのも仕方が無いことだとも思う。


 今の僕の状況と言えば、男一人に女性が六人という状況なのだ。


 仮に僕が探索者の立場であったなら、不満の一つは確実に口にしている筈だ。


 自分ですらそう思うのだから、探索者達が不満を口にするのは仕方がないことだと思うし。

 事を荒立てるよりかは、黙ってやり過ごしてしまうのが正解だろう。


 そう思い、この場を後にしようとした瞬間に声を掛けられる。



「久しぶりだな少年」



 その声のする方向に視線を向ければ、緩くうねった髪に鋭い目つきを持つ男性の姿があった。



「えっと、泥土竜の幸運のドモンさんでしたよね?」


「おっ、覚えててくれたみたいだな。久しぶりだな少年」



 ドモンさんはそう言うと、少し口角を上げ言葉を続ける。



「頑張ってるみたいだが、未だ階層主を討伐出来てないらしいな?

聞いた話じゃ何度も階層主に挑んでるって話らしいが……

どうだ? 攻略の目処は立ちそうか?」



 ドモンさんはそう尋ねたのだがそれは間違った情報だ。


 階層主の討伐自体なら何度も成功させているし、今しがた目的であった大顎の討伐を成功させたばかりだ。


 本来であれば、討伐成功した時点で次の階層に進む探索者が多いのだと思うが。

 僕には大顎を討伐するという目標があった為、何度も階層主に挑む必要があった。


 恐らく、何度も階層主に挑む僕達の様子をドモンさんは人伝に聞き、未だ僕達が階層主の討伐を成功させていないと判断したのだろう。



 まぁ、討伐したことを正直に話しても良いのだが。

 ウルフの忠告の件もあったので、律儀に話す必要もないように思えてしまい。

 どう返そうか悩み、ドモンさんの質問に答えられないでいると。



「攻略の目処は立ってないが、とりあえずパーティーを雇ってみたって所か?

確かそっちのお譲ちゃん達は女王のなんちゃらとか言うパーティーだよな?」


「なんちゃらでは無い、僕達は女王の靴だ」



 ドモンさんは女王の靴の姿を見てそんな言葉を口にし。

 ライナさんはパーティー名をぼやされたのが気に障ったのだろう。

 眉根に皺を寄せると、厳しい口調で言い返した。



「あーわるいわるい、歳とると物覚えが悪くてな。

女王の靴だな! うし、しっかり覚えたぜ」



 そう言ったドモンさんの態度は悪びれないモノで。

 その態度を見たライナさんの眉根の皺が更に深いものになるのだが。

 そんなライナさんを気にした様子も無くドモンさんは言葉を続ける。



「それにしても少年は人が悪いなー。

俺達に声を掛けてくれればいつでも手伝ったって言うのに。

違う探索者を雇うなんてなぁー」



 もし手助けが必要だっとしても声を掛ける事は無いと思うが。

 一応は誤解なので、その誤解を解いておくことにする。



「いえ、雇った訳では無いですよ。

二十九階層で偶然出会って、帰りの道中をご一緒しただけです」


「おっ、そうなのか? 

じゃあ、雇ってるって訳じゃないんだな?」


「ええ、その通りです」


「そっかー、わるい、わるい。

これじゃあ言い掛かりをつけたみたいになっちまったな?」



 口では謝罪するものの、やはりその態度は悪びれない。


 以前出会った時なら気にならなかったかもしれない仕草なのだが。

 ウルフが言っていた『人の血の臭いがする』という言葉を聞いてからは、その仕草が異質なものに感じてしまう。


 そう感じた僕はこれ以上関わりたくないと思い、要件だけ聞いてさっさと話を終わらせることにした。



「ところで何の要件なんでしょうか?」


「ああ、要件ね。

頑張ってるって噂だから声掛けてみただけだよ。


まぁ、まだ階層主を討伐出来ていないみたいだし、もしかしたらお声が掛かるかもって期待もあったけどな」


「そう言うことだったんですね。だけど残念ですが――」


「ああ、言わないでいいよ。

経験を積むのが目的とか言ってたもんな?」



 ドモンさんは理由には興味が無いと言ったような態度を取る。



「そっちも用事があるみたいだし、これ以上引きとめちゃ悪いからな。

それに女王の靴のお譲ちゃんが怖い目で見てきてるしな」



 そう言ったドモンさんの言葉通り。

 ライナさんは未だ鋭い視線を送っており、女王の靴の面々も渋い表情を浮かべている。


 そして、そんな表情を向けられているにもかかわらず。

 相変わらず飄々とした態度を崩さないドモンさんの姿を見て、なおさら異質なモノに感じていると。



「まぁ、しつこいようだが手伝いが必要になった時は声掛けてくれよ。

前も言ったが俺達は大体酒場にいるからよ。

それじゃあ、またな」



 ドモンさんは話を締めくくり、酒場のある方向へと歩いて行った。


 できる事なら、また会うのは避けたい所だが。

 上層の町は広くはないので、この町を利用する機会がある内は顔を合わす機会もあるだろう。

 そう考えると、少しだけ陰鬱な気分になってしまう。



「僕はあの男を好きになれそうにないな。

あの男はなんて言って良いか分からないが……嫌な感じがするよ」



 ライナさんが不機嫌そうに言い、その言葉に同意するように頷く女王の靴の面々。


 初めてドモンさんに会った時。

 僕は本質が見抜けずに良い人なのでないか?と考えてしまったのだが。

 女王の靴の面々はそうは考えなかったようだ。


 女王の靴の面々もそうだし、メーテやウルフもそうだが。

 みんなは人の本質を見抜くのが得意なようで素直に感心していると。



「そう言えばアルは、初めて会った時に、思ったより悪そうな人じゃなかったね?

などと訳の分からないことを言っていたな」



 メーテの言葉を聞いた女王の靴の面々は、不憫なものを見るような視線を向けてくる。


 確かにそう言ったかもしれないが、話を聞く限りでは悪い人では無いと思ってしまったのだから仕方がない。

 それに僕には皆のように人の本質が見抜けるような特技は無いのだ。


 そう思い。



「で、でも、普通の人には分からないよね?」



 恐る恐る反論してみたのだが……



「アル君……僕達にも本質が見抜けるなんて特技は無いよ?」


「アル様? 壺とか買ってこないようにして下さいね?」


「アル様の思考は新人探索者レベルだな」


「アル様の今後の事が心配になってきました」



 酷い言われようだった。


 女王の靴の面々が言うには。

 私達に本質を見抜くような特別な力は備わってないが、ドモンさんの話し方や行動などを見て信用に至る人物では無いと判断した。と言うことらしい。


 要するに、この人は良い人そうだから信用できそうだ。

 この人は怪しい気がするから信用しないでおこう。


 そう言った単純な話で、ドモンさんは明らかに後者だと言う話であった。


 それなのに僕は、思ったより悪そうな人じゃなかったね?

 などと言ってしまったのだから、不憫なものを見るような視線を向けられるのも仕方がないことだろう。


 自分に人を見る目が無いと言う事が分かり、少し落ち込んでいると。



「魔法の事と言い、人を見る目と言い、本当にアルは何処か抜けていると思うぞ」



 追い打ちをかけるようにメーテが説教を始める。



「そうですよアル様!

真っ当な探索者じゃない人も少なくないんですから危機感を持っていただかないと!」



 そして、それに追従するようにフィナリナさんも説教を始めた。


 本日二度目の説教が始まったのだが。

 やっぱり僕が悪いので反論する事は出来ず、説教を受ける覚悟を決める。



「以前、城塞都市へ行った時の事だが。

私が目を離した際に、正規の値段以上の商品を買わされそうになった事もあったな」



 確かにそれは事実だ。


 当時は物の相場など分からなかったと言う理由があるのだが。

 知らなかったのは自分が悪いし、それを理由に反論するのもどうかと思うので黙って受け止めるのだが。

 正直、失敗談は恥ずかしいので辞めていただきたい。


 しかし、そんな僕の願いは空しく。


 メーテの口からは僕の失敗談が語られ続けられ、女王の靴の面々は生暖かい視線を向けてくる。

 先程までと似たようなこの状況に、僕の精神は再びゴリゴリと削られていく羽目になった。





 その後、説教と言う辱めが終わり落ち着いた所で、メーテは僕にだけ聞こえるような声で話しかけて来た。



「この世界に住む者は、アルの居た世界に比べると死が身近にある分、人の善悪に対して敏感になる者が多い。

アルの場合、前世の世界の事情や人と接する機会が少なかったと言う理由で、人の善悪を判断するのが拙いのだろう。


まぁ、人と接していく内に養われていく感覚だと思うから、心配しなくても大丈夫だと思うぞ?」



 そう教えてくれたのだが……

 辱めを受けた今の精神状態では素直に喜べる筈も無く、僕は肩を落とすのだった。

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