第51話 お説教


「ハハハ、闇魔法ダナンテ、ソンナマサカ―」



 フィナリナさんから発せられた闇魔法と言う言葉に動揺してしまい、わざとらしい口調になってしまう。


 この状況をどうにか切りぬけようと、上手い言い訳を必死になって考えるのだが。

 フィナリナさんはその時間を与えてはくれないようだ。



「私は魔法の知識だけには自信があるのですが、アル様が使った魔法は基本五属性とも混合魔法とも違いました。

そうなると聖魔法か闇魔法だと考えられるのですが、聖魔法の文献ではあのような魔法は記載されていません。


そう考えると、未だ謎の多い闇魔法なのでは?

と言った結論に達したのですが……」



 フィナリナさんは自分の推測を口にすると真剣な表情で僕の目を覗きこみ。

 僕はどう答えて良いか分からず、思わず視線が泳いでしまう。


 それもそうだろう。

 僕が焦っている事からも分かるように、フィナリナさんのその推測は残念なことに見事に的中していたからだ。


 フィナリナさんが言うとおり『黒球』と名付けたあの魔法は闇属性の魔法だ。


 それも前世の知識であるブラックホール応用したオリジナル魔法だ。

 まぁ、実際の所はブラックホールと呼べるような代物では無く。

 触れた箇所を重力により飲み込むと言う特性を持つ、似て非なる物なのだが……


 確か本来のブラックホールの仕組みは自らの重力で一点に押し潰され、重力崩壊を起こす事によって生まれると言う話だったと思うのだが。

 僕の使う『黒球』と言う魔法は球体の側面から中央に向けて重力を発生させる事により、擬似的にブラックホールに近い現象を起こすと言う魔法だった。


 これだけ聞けば凄い魔法に思えるし、確かに威力も申し分ないのだが。

 今の僕では制御が難しく、遠隔では扱う事ができず、もし使用するのであれば接近して使用しなくてはならない。

 なので、僕の中では奥の手と言った闇属性の魔法であった。


 そして、本来なら他人が見ている場所では使うべきではない魔法でもある。


 以前メーテが言っていたが、闇属性の素養や魔法が使える者は奇異の目で見られ、危険視されると言う傾向がある。


 そんな闇魔法なのだから人が見ている場所では使うべきでは無かったのだが。

 大顎を討伐する事ばかりに意識を向けていた為、すっかりその事が抜け落ちており。

 抜け落ちてしまった結果、フィナリナさんに問い詰められると言う状況に繋がってしまったのだから、まさに自業自得と言えるだろう。



 そんな事を考えている間も僕の答えを待っているようで。

 フィナリナさんは真剣な眼差しで僕を見つめていた。


 しかし、僕は答えられないでいる。

 ここで闇属性の魔法だと認めない方が良いのだろうけど、僕には上手い言い訳が思いつかない。


 いっその事認めてしまえたら良いのだが。

 認めてしまった結果、どういった結末に繋がるのかをこの世界の常識に疎い僕には想像することが出来ない。

 その為、フィナリナさんの問いかけに言葉を返せないでいた。



 そして、少しの間沈黙が流れた後。



「どうやら誤魔化し切れそうにないようだな。

私もあの魔法は初めて見たが、フィナリナが予想した通り、アルが使った魔法は闇属性魔法で間違いないだろう」



 メーテは、はぁと息を吐くと諦めたような口調で言葉を口にした。


 メーテが闇属性魔法だと認めたことで、女王の靴の面々は眼を見開いたり。眉根に皺を寄せたり。

 各々が違う反応を示したのだが、その反応が良い反応なのか?それとも悪い反応なのか?

 僕には判断できず、ただ成り行きを見守る事しか出来ずにいた。



「やはり闇属性魔法でしたか……

そうなるとアル様が闇属性魔法の使い手と言う事になりますよね?


そして、わざわざ闇属性魔法を覚える必要があると言う事は……

まさか……アル様には素養が?」


「……そう言う事になるな」



 メーテの簡潔な答えを聞いたフィナリナさんはなにやら考えるような素振りを見せ――



「闇属性の素養に魔法を使えると言うのは危険ですね。

アル様を排除しなければいけない――」



 そこまで口にした所でピタリと口の動きを止めた。


 話の途中だと言うのに、何故話を止めてしまったのだろう?

 そう思っていると。



「……闇属性の素養と魔法が危険だからアルを排除すると言うのか?」



 耳にした温度の低い声色に、慌てて視線をメーテに向けると。

 まるで敵対する者に向けるような冷たい目をしたメーテの姿があった。


 メーテの視線は、僕に向けられていない筈なのに背筋がゾクリとし。

 視線を向けられているフィナリナさんが言葉に詰まってしまうのも仕方が無い様に思えた。



「闇属性だからと言って! 危険だからと言って! 

罪の無いものまで排除すると言うのかっ!?」



 そして、言葉を荒げるメーテ。


 冷静とは思えない言葉使いに驚かされていると、今度は先程まで向けていた冷たい視線では無く。

 怒っているのか?それとも嘆いているのか?

 どちらとも判断がつかないような複雑な視線をメーテはフィナリナさんに向ける。


 そんなメーテの視線を直に向けられているフィナリナさんの顔はみるみる青くなっていき。

 目尻には涙が溜まり始め、今にも零れ落ちそうになっていた。


 女王の靴の面々もメーテの放つ圧力に気押されてしまったのだろう。

 フィナリナさんと同様に顔色を青ざめさせていく。


 場の空気に緊張感が生まれ、緊張の糸が張り詰めかけたその時――



「メーテ、その子は話の途中みたいよ? 最後まで聞いてあげたら?

メーテの気持ちも分かるけど、全員がそうじゃない事も知ってるでしょ?」



 緊張の糸を切るかのようにウルフが口を開き。



「ほら、冷静になって? 

話を聞かない内から決めつけてしまったら、やってることが変わらないでしょ?」



 メーテの肩に手をポンと置くと、場の空気が弛緩して行くのを感じる事が出来た。


 そして、僕がそう感じたのは間違いではなかったようで。

 メーテは視線を少しだけ柔らかいものにすると、ばつが悪そうな表情を浮かべた。



「少し昔の事を思い出してしまってな……

取り乱してしまったようだな……すまないウルフ」


「仕方ないわよ。

でも、話はちゃんと最後まで聞いてあげるべきだと思うわよ?」


「ああ、そうだな。

フィナリナもすまなかったな、話を中断させてしまった」



 メーテは頭を下げ謝罪の言葉を口にし、そんなメーテを見てフィナリナさんも安心したようで。

 未だ顔色は青く涙目ではあるものの、ホッとしたような表情を浮かべていた。




 それから少しの時間が経過し、全員が落ち着きを取り戻した所で今一度話し合いをする事になった。



「さっきは話を中断させてすまなかった。話の続きを聞かせてくれないか?」


「は、はい。

先程はアル様を排除しなければいけない――

そこまで伝えた所で話を中断してしまいました。


ですが、私が伝えたかったのは。

アル様を排除しなければいけないと考える人も居ると言う事を伝えたかったんです。


決して闇属性魔法を使えるアル様を排除しようなんて考えではありません。

むしろ、闇属性魔法が使えると言うのが知られてしまっては、アル様に危害が及ぶ可能性が高いので、そちらの心配をしていました。


勘違いさせるような言い方をしてしまって申し訳ありませんでした」



 フィナリナさんは話をそう締めくくると、謝罪の言葉を口にして深々と頭を下げた。



「いや、謝るのはこちらの方だ。

話を最後まで聞かずに敵と判断してしまった。申し訳ない」



 メーテも謝罪の言葉を口にして頭を下げ、お互いが頭を下げ合うと形となる。


 そして、お互いに頭を上げたところでメーテは言葉を続けた。



「フィナリナがアルの事を心配してくれていると言う事は分かったのだが……

それは、闇属性魔法が使える事を黙っていてくれると受け取っても構わないのか?」


「ええ、そう受け取っていただいて問題ありません」


「……そうか。

それは女王の靴のメンバーも同じ考えなのか?

疑り深いようで悪いが、場所が場所なら命に関わる問題なのでな。

疑り深くなるのを許してくれ」


「ええ、仕方ないですよ。

未だ王都周辺では闇属性魔法は禁忌扱いされていますし。

ましてや素養を持った者なんかは魔女狩りと称されて隔離されるか。

……最悪の場合殺されてしまう可能性もありますからね」


「ああ、そうだな。

闇属性魔法に関わるものを排他しようとする姿勢には根深いものがあるからな」



 そのような会話を交わし、二人は難しい表情を浮かべるのだが。

 メーテの表情にはどこか寂しげなものが含まれているようにも感じられた。


 そして、そんなメーテの表情を見ると、以前にも同じような表情をしたことがあったのを思い出す。


 確か、今と同じように闇属性の魔法に関する話をしていた時の事だったと思う。


 その時のメーテも今と同じような寂しさを含んだ表情を見せており。

 普段のメーテがあまり見せる事の無い表情だったので強く印象に残っていた。


 それと、その時にメーテが零した一言も妙に印象に残っていた。



『これは私の罪なのだろうな』



 その一言と寂しそうな表情を思い出し、闇属性魔法の現状とメーテの間には何か深い関わりがあるのではないか?

 漠然とだが、そんな確信に近い何かを感じることになった。


 いずれ、闇属性魔法とメーテの関係を話して貰える日が来るのだろうか?

 そんな事を考えていると。



「僕もアル君の事は誰にも言いません。

命の恩人を売るような真似をしたらご先祖様に顔向けできませんしね」


「そうだなー、正直私は魔族だからいまいちピンとこないんだよな。

闇属性魔法を使うヤツが迫害されるて話くらいは聞いたことあるけど、その理由も詳しくは知らないしなー。

でも、アル様がバレたら困るって言うんなら黙っておくぜ!」


「私もバルバロと同様でいまいち危険性が分かっていません。

ですが、アル様はライナの命の恩人です。

小人族の誇りにかけてアル様の事は他言しないと誓いますよ」



 ライナさんが闇属性の素養を黙っていてくれると言ったのを皮切りに。

 バルバロさんとイルムさんも黙っていてくれると約束してくれる。



「闇属性魔法が使えるからと言って、すべての人が危険だと言う訳ではないと思いますし。

アル様がしてくれた事を考えれば、闇属性魔法に対する風評に踊らされるのは愚かな事だと思いますしね。

問題はそれを使う人次第なんだと言うことなんだと思います」



 フィナリナさんは自分に言い聞かせるように言った後。



「ですので。

私達女王の靴はアル様の闇属性の素養と魔法の事を他言しない事を誓います」



 女王の靴としての意見をまとめ、他言しないと言う事を誓ってくれた。



 フィナリナさんの言葉を聞いたメーテは、一瞬驚いたような表情を見せ。



「……これではアルが救われたのか、私が救われたのか分からんな」



 ぼそりと呟いてみせたのだが、その声には喜色を感じる事が出来た。


 そして。



「女王の靴の皆、本当に感謝する」



 メーテは感謝の言葉を口にし、深々と頭を下げた。



 一時は不穏な空気になりかけたが、ウルフのおかげで回避する事が出来た。

 僕は黙ってる事しか出来なかったが、どうやら良い方向で話がまとまった事にひと安心し、ホッと胸を撫で下ろしたのだが……



「ところでアル?」


「ところでアル様?」



 気のせいだろうか?回避した筈なのに不穏な空気が流れる。



「しっかり戦い方を聞かなかった私も悪いが。

以前、闇属性魔法を使用する危険性については説明した筈だが?」


「そうですよ! 私達だから良かったものの!

闇属性魔法を禁忌と考えて排除しようと考える人は少なくないんですからね!」



 目を吊り上げ、僕の事を非難し始めるメーテとフィナリナさん。


 元はと言えばこの問題は、僕が不用意に闇属性魔法を使ったことが原因だ。

 この非難は当然だし、しっかりと受け止め反省しなければいけないだろう。



 そう覚悟したのだが……



「大体アルは冷静に見えるようで、肝心な所で抜けている!


今回の事もそうだが。

以前も魔物討伐に行く前に食事を取り過ぎて腹を下した事もあったし、魔法を暴発させて衣類が焼けて裸になった事もあったな。


それに、私がトイレに入っているのに扉を開けた事もあるし、碌に添い寝もしてくれない!」



 なんだろう?この辱めは?


 それに後半は僕が抜けてると言うよりは鍵を掛け忘れたメーテも悪いし。

 最後に至ってはメーテの只の願望だ。



 そして何故か、女王の靴の面々は生暖かい視線を僕に送っている。


 その視線が酷く精神を削るので、メーテに黙って貰いたい気持ちはあるのだが。

 今回の事は全面的に僕が悪いのでメーテの言葉を遮ることは出来ない。


 反論する事を諦めた僕は、メーテの気が済むまで辱めを受けることになり。

 僕の精神は恐ろしい速さでゴリゴリと削られて行くのであった。

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