第50話 大顎と黒球
「危険です! 考え直して下さい!
只でさえ大顎が相手だと言うのに変色までいるんですよ!?
それにアル様が魔法に優れているのは分かりますし、二十九階層を拠点にしている事から実力もある事は分かります!
ですが! アル様はまだ子供ではありませんか!」
フィナリナさん達は不安そうな表情を浮かべ、僕の心配をしてくれる。
だが、心配する言葉も制止しようとする言葉も、僕の考えを改めさせるには至らない。
この数ヶ月、大顎を倒す事ばかりを考えてダンジョンに潜り続けて来たのだ。
今更危険だからと言って引く訳にはいかなかった。
それに、大顎と変色と言う因縁の組み合わせとなれば、尚更引く訳にはいかないだろう。
「フィナリナさんには申し訳ないのですが、考え直す事は出来ません。
僕達がダンジョンに潜る理由の一つが大顎の討伐ですので、どうしても引く事は出来ないんです」
僕はフィナリナさん達に引けない理由を伝えたのだが。
それでも納得しては貰えなかったようで。
「ですが――」
「でしたら――」
否定の言葉を並べ、なんとか僕の考えを改めさせようと必死な姿を見せる。
だが、それも仕方がない事なのかもしれない。
つい先程までライナさんを失うかもしれないと言う状況に立たされていたのだ。
大顎と変色の脅威を知っているからこそ、一人で階層主に挑もうとする僕の姿が無謀なモノに思い、必死になって止めてくれているのだと思う。
僕自身も大顎と変色に敗北した際に、精神も身体も恐怖に支配された経験があり。
フィナリナさんが必死になる気持ちも充分に理解することができた。
だが、それでも、僕は引く事は出来なかった。
いや、そんな苦い経験があるからこそ引く事が出来ないと言うのが正解なのだろう。
正直、納得してもらえなかったとしても大顎に挑むことには変わりがない。
しかし、こうして心配してくれる女王の靴の面々には感謝の気持ちが確かにあり。
出来るだけ納得してもらった上で大顎に挑みたいと思った僕は。
大顎との戦闘での敗北から今日に至るまでの生活を説明し、大顎と言う魔物が僕にとってどれだけ重要なのかも説明する事にした。
そして、一通り説明し終えたのだが。
「しかし、アル様一人では大顎の相手は荷が重いのではないかと思われます。
大顎に対して恐怖が無いと言えば嘘になりますが、アル様を一人で戦わせる訳にはいきません。
どうか私達も連れていって下さい!」
「うん、僕も命の恩人を放っておく事は出来ないな。
……それに僕の唇を奪った相手でもあるし」
どうやらフィナリナさんを納得させる事が出来なかったようで。
三十階層まで同行すると言い出し、ライナさんも同意のようで三十階層まで付いて行く姿勢を見せた。
ライナさんの言葉の後半は呟くように言っていたので非常に聞きとりにくかったのだが。
申し訳ない事にしっかり聞き取ってしまった僕は、どうにか平常心を保つのに精一杯になってしまい。
大顎と戦う前から別の意味で心臓に悪い思いをすることになった。
その後も変わらず三十階層まで付いて行く意志を見せ続けた女王の靴。
本来の階層主討伐であれば嬉しい申し出なのかもしれないが。
大顎は一人で倒す事に意味があ為、今の僕とっては少し困ってしまう申し出でもあった。
どうにか断ろうと説得を続けてみたのだが、女王の靴の面々は同行すると言って聞きそうにない。
フィナリナさんが言った通り、恐怖を感じている上での同行の申し出だ。
ちょっとやそっとの説得では納得してくれる事は無いだろう。
そんな女王の靴の面々を前に、どう説得したら良いのかと頭を悩ませていると。
「仕方がない。同行だけは許す事にしよう」
メーテは困ったように眉根に指を当てて言葉を続ける。
「だが、あくまで同行するだけだ。
余計な手出しは無用だし、もし下手に手出しするようなら私達が阻止する。
本当に危険と判断した時だけ、私の指示に従い女王の靴には動いて貰うことにしよう。
この案で納得するのであれば同行は許可するが、どうする?」
メーテの言葉を聞いた女王の靴の面々は、互いに顔を見合わせると何かを決断するように頷き合う。
そして、ライナさんが代表するように一歩前に出ると――
「それで構いません。僕達を同行させて下さい」
真剣な視線を向け、そう告げるのだった。
女王の靴が同行を決めてからの行動は早かった。
僕達はすぐさま準備を終えると、三十階層へ続く階段のある場所へと向かい。
そして今、目の前には三十階層へ続く階段が口を開けていた。
「アル、準備は良いか?」
「じ、準備は出来てるよ」
緊張のせいか言葉に詰まってしまい格好がつかないものになってしまったが、それ以外は問題無く準備は整っている。
「アル君。もしもの時はこの身体を盾にしてでも君を守るつもりだから安心してくれ。
一度は君に救って貰った命だ。君の為に使えるのなら本望だよ」
ライナさんはそう言うと決意を感じさせる眼差しで僕を見つめる。
僕としては救った命だからこそ大事にしてほしいと思うのだが……
ライナさんの眼差しに気押されてしまい伝える事が出来なかった。
……と言うか、女王の靴もそうだし青き清流の時もそうだが、助けた後に階層主との戦闘に同行すると言う展開が多い気がする。
見た目が子供だし、頼りなさそうに見えるのは仕方ない事だとは思うのだが、少しだけ心外でもある。
しかし、こうして同行してくれる姿を見ると、信頼出来る人達であると言う確信を持つことが出来た。
同行と言う言葉だけで見たら信頼なんて言葉には結びつかないと思うが。
ここはダンジョンで、これから挑むのは階層主だ。
下手したら全滅してしまい、命を落とす可能性だってある。
そんな場所へと同行すると言ってくれるのだから、信頼と言う言葉と結び付けても問題は無いと僕は考えている。
だが、同行したからと言って過度な信頼はしない方が良い事も理解しているつもりだ。
以前、声を掛けて来た泥土竜と言う探索者が居たが。
ウルフ曰く人の血の臭いがすると言っており、ああ言った輩とは同行する事があっても信頼はせずに用心するべきなのだろう。
そんな事を考えていると両肩に重さを感じ。
その重さの正体を視線で探るとメーテとウルフの手が置かれている事に気付く。
「さて、準備も整っているようだし行くとしようか」
「雪辱戦てやつね。数ヶ月の成果を見せてあげましょう?」
二人の言葉に僕は頷くと、大きく一つ息を吐き出し、三十階層へと続く階段へと足を踏み出した。
階段を降りると、そこには一匹のリザードマンの姿があった。
その身体はリザードマンと比べ者にならない程、縦にも横にも大きく。
その身体にはぬらりと光る堅そうな鱗。
手には棍棒が握られ。
瞳は縦に割れ、その鋭い瞳でこちらを窺っている。
そして、何より特徴的なのは大顎と呼ばれる所以でもあるその大きな顎だろう。
人一人程度なら丸のみしてしまいそうな大きな顎。
二足歩行する巨大な鰐。大顎の姿がそこにはあった。
大顎の姿を見た瞬間。
押し込めていた恐怖が顔を覗かせ、殺されそうになった場面が脳裏に浮かんでしまい恐怖に呑まれそうになるが。
大顎に敗北してからの積み上げた経験が恐怖に飲まれる事を否定した。
僕は自分の手足に視線をやり、震えが無い事を確認すると身体強化を施し魔力感知で周囲の確認もする。
しかし、ここで予想外の事が起きる。
変色が居る事を事前に聞いていたので魔力感知で感知する事は予想で来ていたのだが。
問題は大顎と違う魔力の流れを二つ感知してしまったと言う事だ。
そして、その二つの存在は僕の視覚では捉える事が出来ない。
視覚でとらえる事が出来ないと言う意味に、思わず僕の口から愚痴がこぼれた。
「大顎の他に変色が二匹か……」
僕がそう呟くと女王の靴の面々は驚いたように「えっ、どう言う事」と口にしていたが、今は説明している場合では無い。
未だ大顎に動きは無いが、既に視線をこちらへと向けており。
動向を窺っていると言う様子で気を抜く事など出来ない。
僕は腰に差してある片刃の剣を抜くと、身体強化の重ね掛けをしいつでも飛びかかれる態勢に入った。
そして次の瞬間。
大顎は咆哮をあげる。
まるで開戦の合図だと言わんばかりに咆哮を響かせると、その身体からは想像できないような速さで僕に向かって突進してきた。
「メーテ! ウルフ! 皆を巻き込まないようにお願い!」
「ああ、了解した」
「わかったわ」
二人はそう言うと女王の靴の面々を連れて離れて行く。
その姿を視界の端に捉えると、僕は大顎に向かって歩みを進めた。
前回は大顎の棍棒をまともに剣で受け止めてしまったことで、視認出来なかった変色に良い様に的にされてしまい、体勢を立て直す事が出来ないまま押し切られて敗北してしまった。
だが、今回は同じ轍は踏まない。
様子見などと言う甘い考えは捨て、始めから全力でいかせて貰う。
僕と大顎の距離が近づき。
その距離は10メートル、5メートルと縮まっていく。
大顎が近づくに連れ圧力が巨大なものとなり。
またも恐怖と言う感情が顔を覗かせるが、その感情をどうにか押し込める。
そして、大顎の姿が目の前に迫った瞬間。
僕は一つの言葉を口にした。
『黒球!』
その瞬間大顎の目の前に、両手で収まる大きさの黒い球体が生まれた。
大顎はその球体を見た瞬間こそ目を見開き、驚いた様な表情を見せたのだが。
黒球の大きさを見て脅威とは判断しなかったのだろう。
うっとおしそうに黒球に向け棍棒を振るうと、突進の勢いのまま僕に向かってきた。
しかし、大顎の判断は間違いだと言えるだろう。
棍棒で弾き飛ばしたと思えた黒球は依然そのままの形で宙に浮かんでおり、弾いた筈の棍棒は黒球に触れた部分がごっそりと抉られている。
そして、黒球を弾いて消滅させたと思いこんでる大顎は、黒球にその顔面を無防備に晒す事になった。
大顎と黒球が振れたその瞬間。
黒球は少しだけ膨らむと、大顎の頭部を喰らった。
だが、流石大顎と言う所だろう。
完璧に頭部を捉えたと思った黒球だが、間一髪の所で避けていたようで顔の半分程の損失でなんとか凌いだようだ。
目論見道理とまではいかなかったが、顔の半分を損失しているのだ。
以前なら勝利を確信し油断している場面だろう。
だが、今回は油断しない。
変色の攻撃が飛んでくる可能性も考慮し、後ろに跳んで大顎との間合いを取る。
その瞬間、僕の立って居た場所に二本の矢が突き刺さり、大顎の棍棒が地面を叩いた。
顔の半分が無い状態での攻撃だと言うのにまるで衰えが見られない大顎の一撃は、周囲に土煙りをあげる。
土煙りの向こう側では、顔を半分損失した弊害だろうか?
大顎が出鱈目に二度三度と棍棒を振り、振られた棍棒の風圧により土煙りが掻き消されて行く。
僕は完全に土煙りが掻き消される前であれば、変色も的を絞れないだろうと判断し。
危険を承知で土煙りの中へと身を投じた。
近くで振るわれる棍棒の風圧に額の汗が流される。
振るわれる棍棒を掻い潜ると、近距離で全力の『紫電』を放ち。
大顎は放たれた『紫電』により一瞬身体の自由が奪われることになった。
その一瞬を見逃さなかった僕は棍棒に足を掛けると踏み台にし、宙へと飛ぶ。
僕の狙いは剥き出しになった大顎の頭の一部。
そこに狙いを定めると、片刃の剣を強く握り。
「貫けぇ!!」
落下の勢いそのままに大顎の頭へと突き下ろした。
その刹那、大顎と目があったような気がしたが。
どうやら、抵抗する力は残されていなかったようで。
片刃の剣が大顎の頭へと突き刺さると、大顎は棍棒を握りしめたままの体勢で前のめりに倒れ、倒れた衝撃で残りの半分の頭から脳髄をぶちまけた後、身体を痙攣させた。
そんな大顎の姿を見て絶命を確信したのだが。
まだ終わりでは無い。この場には変色が二匹いる。
そう考えた瞬間、魔力感知に反応があり咄嗟にその場から後方に飛ぶと、僕の居た場所に二本の矢が突き刺さり。
矢が飛んできた方向に視線を向ければ、変色が消えようとする瞬間だった。
だが、それは叶わない。
僕は変色に向けて『水刃』を放つと、変色は「グギャ」と言う奇声を上げ、姿を消す事が叶わないまま上半身と下半身を別離させ、その場へと崩れ落ちた。
そして、もう一匹も魔力感知で大体の場所は把握している。
その場所に向け今度は『爆炎』を放つと、またも「ゲギャ」と言う奇声が聞こえるが。
今度は仕留め切れなかったようで身体の半分に火傷を負った変色が姿を現した。
僕は身体強化の重ね掛けをすると変色の懐へと飛び込み、片刃の剣で変色の心臓を一突きした。
その一撃でもう一匹の変色も事切れたらしく、口から血を滴らせるとその場へと崩れ落ちる。
これで魔物はすべて狩った筈だが、念の為に魔力感知をしてみれば、魔物の反応を感じることもなく胸を撫で下ろす事が出来た。
無事戦闘が終了した事を確認したメーテとウルフ。
それに女王の靴の面々が僕の元へと駆けよると、各々が言葉を口にする。
「アル、どうやら大顎の恐怖に打ち勝てたようだな。
しかし、あの魔法は……」
「アル、よく頑張ったわ。これで心置きなく次の階層に進めるわね」
「まさか一人で討伐してしまうとは……
僕は信じられないものを見た気分だよ」
皆の言葉を聞き、大顎を討伐出来たと言う実感がフツフツと込み上げてくるのが分かる。
大顎を討伐するまでのこの数ヶ月間を思い。
拳を握りしめ、静かに達成感に浸っていたのだが――
「アル様……さっきの魔法は……まさか闇魔法では?」
フィナリナさんの一言で一気に血の気が引いて行くことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます