第49話 女王の靴

 その後、瀕死だった男性の呼吸が落ち着くと。

 女性達は感謝の言葉と共に、これ以上は迷惑を掛けられないと告げ、男性を担いで二十五階層へ向かおうとしたのだが。

 人を担いだ状態で五階層分を戻るのは流石に無理があると理解していたのだろう。


 僕達の拠点で男性を休ませてはどうか?

 そう提案すると、申し訳なさそうにしながらもその提案を受け入れる事にしたようで、僕達は女性達を連れて拠点へと戻ることになった。



 拠点へと着くと、テント内に男性を寝かせ。

 他の人達には、落ち着いてもらえるように紅茶を振舞う。


 温かい紅茶を口に運んだことで少しは落ち着いたようで、ホッと息を吐くと一人の女性が話を切り出した。



「本当にライナの命を救ってくださりありがとうございます。

治療中は我を忘れて酷い言葉を掛けてしまい、本当に申し訳ありませんでした」



 そう言って話を切り出したのは、三人の中で一番取り乱し、メーテに無茶苦茶なお願いをしていた女性で、話の流れからしてライナと言うのが男性の名前だと言うことを察する。



「自己紹介がまだでしたね。私の名前はフィナリナと申します。

私達、『女王の靴』の副リーダーをやらせていただいています」



 薄い桃色の髪の毛とトロンとした目が特徴的なフィナリナさんが自己紹介をすると。

 続くように他の女性達も自己紹介をして行く。



「さっきは悪かったな。私は見ての通りの魔族で名前はバルバロだ」



 そう言ったバルバロさんには魔族の特徴である角があり、頭の側面にはクルリと巻いた角が確認できた。



「さっきはすみませんでした。私の名前はイルムと言います。

小人族なので背は低いですけど、一応は成人しています」



 イルムさんはどうやら小人族のようで、フワフワとした髪の毛と大きなとんがり帽子が特徴的だ。


 僕達も軽めの自己紹介をし。

 お互いの自己紹介が終わった所で改めて女王の靴の皆に視線を送ると、女王の靴の人種の多様さに驚かされてしまう。


 もしかして、フィナリナさんやライナさんも違う種族なのだろうか?

 そんな風に考えていると、どうやらそんな考えが表情に出ていたようで。



「アル様、ご期待に答えられなくて申し訳ないのですが、私とライナは普通に人族です」



 フィナリナさんはそう言うと、申し訳なさそうに俯いてしまった。



「い、いや、こちらこそすみません!

皆さんの人種が多様だったので、もしかしたらと……


……ん? と言うかアル様て言いました?」



 フィナリナさんが僕の名前を読んだ際に、仰々しい敬称が聞こえたので確認をしてみる。



「ええ。アル様ですが何かおかしい所がありましたか?」



 フィナリナさんはさも当然と言った様子で聞き返してきたが、むしろおかしい所しかない。


 先程まで罵詈雑言を並べ立てていた人の言葉とはとても思えず、どう反応していいか困っている僕を他所にフィナリナさんは言葉を続けた。



「アル様はライナの命を救って下さいました。

しかも、見たことも聞いた事もない方法で。


あれはまさに奇跡でした。

それに蘇生魔法と言うのは伝説の中でしか確認されていない偉大なる魔法。

そんな魔法を使うアル様の事を年下だからと言って呼び捨てに出来る筈もありません。

最上級の敬意を持ってアル様と呼ぶのが当然ではないでしょうか?」



 あまりの過大評価に頭を抱えたくなる。



「そうだぜ! アル様の事をアル様と呼ぶのは当然の事だな」


「アル様の事をアル様と呼ぶのは当然の事よ」



 そして、追い打ちを掛けるようにバルバロさんとイルムさんも僕の事をアル様と呼ぶが。

 この二人の場合は冗談半分と言う空気を含んでいるのがまだ救いだろう。


 感謝されるのは悪い気分ではないが、流石に「様」なんて言う敬称はむず痒く。

 どうにか辞めて貰えるよう頭を悩ませていたのだが。



「うむ、流石アル様だな……ぶふっ」


「アル様とか素敵な響きじゃない? ……ぷすす」



 僕達のやり取りを見ていたメーテとウルフは全力で僕の事をおちょくる事にしたようで。

 実に腹立たしい表情で煽ってきた。


 しかも、フィナリナさんはフィナリナさんでメーテとウルフの冗談を真に受けたようで。



「そうですよね!? アル様はアル様以外の響きが似合わないですよね!?」



 などと、まったく意味が分からない事を言い出す始末。


 しかし、全力でおちょくる事にしたメーテとウルフは無駄に良い相槌を返していく。



「うむ、まったくその通りだ」


「フィナリナはアル様の本質を見抜いてしまったのね」


「流石フィナリナだな。私はお前の発想が素晴らしいと思う半面恐ろしいよ」


「それが真理なのかもしれないわね」



 フィナリナさんが発言をする度に、そうやって全肯定し、持ち上げ続けた結果。



「メーテさん! ウルフさん! 私気付いてしまいました!

今! この瞬間が! 

新しい宗教の誕生で! 私はその瞬間に立ち会っているんですね!」



 やべぇ事を言い出した。



 メーテに喰って掛かった様子を見たときから、感情に左右されやすい人なのかなと言う印象はあったのだが。

 まさかここまでとは思わず、渇いた笑みが零れてしまう。


 そして、煽りに煽った本人達に視線を向けてみれば、首がもげるんではないかと言う勢いで視線を逸らされた。



「……やり過ぎたな」


「……やり過ぎたわね」



 流石に二人もやべぇと思ったようでそんな事を呟いていたが。

 そう思うならフィナリナさんをどうにかして貰いたい。


 そうこうしてる間にも。



「アル教? アルディノ教? アルディノ教の方が語呂が良いわよね

アル教もアル様の愛らしさが表現できているし捨てがたいわね……」



 フィナリナさんは本格的に構想を練り始めている。


 助けを求めるようにメーテとウルフに再度視線を向けるが、またしても高速で視線を逸らされると、何かを諦めたような口調でメーテは言う。



「アル? 宗教の自由は誰にでもある。

人の信じる物、信仰を否定する事など、私はもちろん他人がしてはいけない事なんだよ?」



 もっともらしい事を言って誤魔化そうとしているが、正論なだけに反論できず、実に腹立たしい。



 そして、そんな様子を見ていたバルバロさんとイルムさんなのだが。



「私はアルディノ教が良いと思うな!」


「ええ〜、アル教が良いよ!」



 冗談半分だった筈なのに、割と本気で宗教名を考え始めている二人。


 本格的に詰みかけている事に恐怖を感じ始め。

 この人達をどうにかしなければ!と考え始めた時。



「こ、ここは何処だ?

僕は意識を失って……つっ」


「「「ライナ!」」」



 テントからライナさんが姿を現すと。

 三人はライナさんへと駆けより、目に涙を浮かべながらライナさんの意識が戻った事を喜んだ。


 どうやら動ける程度には回復したようで、その姿を見た僕もホッと胸を撫で下ろすことが出来た。




 それから女王の靴の皆が落ち着くのを待った後、ライナさんにも紅茶を注いだコップを手渡した。


 ライナさんは猫舌なのだろう。

 コップに口を近づけては離すと言う行動を繰り返し、何度目かの挑戦でようやく紅茶をすする事が出来た。



「アル君、メーテさんにウルフさん。

この度は本当にありがとうございました。


皆から聞いた話によれば、一度は亡くしてしまったこの命を、奇跡の業で救って頂いたようですね。

正直、信じられないという気持もありますが、皆が嘘をつく理由が思い浮かばない。

皆が言っている事が真実で、僕は本当に生き返らせて貰ったのでしょう。


今一度お礼を言わせていただきます。

命を救って下さり本当にありがとうございました」



 そう言うとライナさんは深々と頭を下げた。


 一命を取りとめたと言う点に置いては奇跡なのかもしれないが、僕がやった事は特別奇跡と呼べるような事では無い。


 前世での人命救護の知識を応用しただけであって、僕じゃなくても大抵の魔法使いが出来る事だ。

 改めて感謝の言葉や奇跡などと言う言葉を口にされると反応に困ってしまう。


 ライナさんの言葉にどう返せばいいのか頭を悩ませていると、ふと思いつく。


 僕じゃなくても出来る事なのだから、きちんと手順の説明をし。

 奇跡などではない事を理解してもらえれば、宗教などと言う発想が無くなるのではないだろうか?


 そう考えた僕は、心臓マッサージや人工呼吸にAED。

 そう言ったものの原理の説明をする事にした。



「えっと、皆さんは奇跡と言っていますが、

魔法を使う者であれば大体の人が出来る事だと僕は思っています」



 正直、僕には医学の知識がある訳では無く、大雑把にしか理解できていない。


 心臓に刺激を与える事で心臓の動きを一度リセットする。

 そう言った事ぐらいはなんとなく理解しているのだが、詳しい事を聞かれた場合、それに答えられる自信は無い。


 改めて考えてみると。

 その程度の知識しかないのにぶっつけ本番で蘇生に成功したのだから、本当に奇跡だったのではないかとも思えてくる。


 そんな事を考えながらも説明や手順を伝えていき。

 それに、特定の条件下でないと蘇生が難しいと言う事や、必ずしも蘇生が成功する訳では無く。

 今回は単に運が良かったと言うことも伝えておいた。


 前世の記憶があると言う事を悟られないようにする為に、なるべく前世での言葉を使わず説明するのには多少なり骨が折れたが。

 順を追って説明することで、どうにか理解してもらえる事が出来たようだ。



「アルが雷魔法を使用した時はどうして良いか迷ってしまったが……

なるほど。そう言う原理だった訳か。

攻撃魔法での人命救助か……新しい魔法の在り方を見た気分だ」


「私も驚いたわ。

私にはアルが死体に暴行を加えているようにしか見えなかったから、どうして良いか分からなかったもの。

アルの事だから意味があると思って見守る事にしたけど、そう言う事だったのね」



 メーテとウルフにも説明をしていなかったので、僕の行動に疑問を持っていたようだが。

 説明を聞いた二人は理解してくれたようで、深く頷いてみせた。


 そして、女王の靴の面々はと言うと。



「確かに原理は理解しました。確かに私でも出来る事だとは思います。

しかし、アル様がおっしゃる通りであるならば、蘇生の可能性は高くなかったと言う事ですよね?


そんな状況下でライナの命を救って下さったのであれば、私にとって、それは奇跡以外のなにものでもありません。


そんな奇跡を起こしたアル様なのですから、説明を聞いた今でも私の信仰が揺らぐ事はありません」



 フィナリナさんの発言に、バルバロさんとイルムさんもその通りだと言わんばかりに頷いている。


 説明を聞いた事でフィナリナさんが思い改めてくれると思ったのだが……

 どうやらその考えは甘かったようだ……




 その後、三人は思い出したかのように宗教名をどうするかの話し合いを始め。

 何故かそれにメーテとウルフも加わり場の空気が賑やかになっていく。



 だが、そんな空気の中で一人だけ話に入って行けず、皆の会話に耳を傾けるだけの人が居た。


 それはライナさんだ。


 実際に蘇生された本人からしてみれば、蘇生された実感と言うものが少ないのだろう。

 フィナリナさん達のノリに付いていけず、一人困ったような表情を浮かべている。


 そんなライナさんと僕を他所に、僕にとっては嬉しくない話題で盛り上がりをみせる女性達。


 その姿を眺めていると、徐々にライナさんに親近感を感じ始めるようになる。


 何故なら、僕もライナさんも置かれている境遇が似ているからだ。


 女性の中に一人だけ男性が居ると言う境遇。


 僕自身その境遇で苦労した事が何度もあるので、ライナさんもきっと同じような苦労をした事がある筈だ。

 そう思うと勝手ながら親近感を持ってしまう。


 そんな親近感から。



「女性の中に男一人と言うのはお互い大変ですよね?」



 そう同意を求めてみたのだが、何故か場の空気がピタリと止まることになった。



「ん? アル? 何言ってるんだ?」


「アル、それは流石に失礼だと思うわよ?」


「アル様……」



 その空気に嫌なものを感じ始める。



「あれだけ胸のあたりを触っていたのに気付かなかったのか?」


「口づけまでしたのにね」


「アル様……それではあまりにライナが不憫です」



 いやいや。

 仰向けに寝かされていた時も胸のふくらみを感じられなかったし。

 心臓マッサージをしていた時もそのような感触は無かったような気がする。


 いや、僅かながら柔らかさを感じる事は出来たのかもしれないが……

 そう言う体型の男性と言われてしまえば納得せざる得ないほど微々たるものだった。


 そんなまさかね?と思いながらもライナさんに視線を向けてみると。

 俯きながら顔を徐々に赤くしていくライナさん。


 その様子を見た僕は半ば確信し。

 ライナさんにした事を思い出すと、僕の顔も赤く染まって行く事に気付いた。


 そして、そんな状況の中、ライナさんから確信足る一言が告げられる。



「ぼぼぼ、僕は女だ!!」



 ライナさんはそう告げると、目尻に涙を貯め「うわあああん」と言いながらテントの中へと引き籠ってしまった。


 そんな様子を見ていた皆は僕に冷めた目線を送ると。



「アルは酷い男だな」


「アルは酷い男ね」


「アル様、流石に酷いと思います」



 口々に僕の事を非難しだし。

 全面的に僕が悪いのでぐうの音も出ず、非難を一身に受ける事となった。




 その後、僕が何度もテントの前で謝罪したことと、女王の靴のメンバーがライナさんを説得したこともあり、なんとか機嫌を直して貰う事に成功したようで。

 皆で焚き火を囲むように腰を下ろした後、何故ライナさんが死に掛けると言う状況になったのかを説明して貰う事になった。



「さて、大体の予想は出来るが、あの場所で死にかけた理由はなんだったのだ?」



 メーテがそう尋ねると、フィナリナさんが代表して答える。



「メーテさんが予想している事からは大きく外れてはいないと思います。

私達はそれなりに実力が付いて来たと感じていたので、三十階層の階層主に挑むことにしたんです。


ですが、階層主に返り討に会ってしまい。

瀕死のライナを引きずってどうにか二十九階層に戻ったところで、皆さんに助けられました」


「やはりそうだったか。

しかし、私が判断するに女王の靴はそれなりに実力があるように思える。

巨躯や首長あたりなら問題無ないだろう?


しかし、そうなると……」



 フィナリナさんの言葉にメーテは思案するように唇に指を置く。



「はい。確かに巨躯や首長なら問題無く狩れる自信はあったんです。

ですが、三十階層で待ち構えていたのは――」



 フィナリナさんの言葉の続きを聞く前に僕の肌が泡立つ。


 そして、言葉の続きを聞く前から何故か確信があり。

 気がつけばその名前を口にしていた。



「大顎」



 僕の言葉に一瞬驚いたような表情をみせたフィナリナさんだったが、肯定するように頷くと。



「その通りです。

私達を待ち構えていたのは大顎と変色でした」



 大顎と変色。


 その言葉にゾクリとしたものを感じると共に。

 胸の奥からフツフツと込み上げてくるものを感じるのだった。

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