第48話 鼓動
三十階層の階層主である大顎と変色との苦い敗戦から数カ月経ち。
僕は七歳になっていた。
この数カ月、誕生日など特別な日は自宅に帰ることもあったのだが。
それ以外の殆どをダンジョン内で過ごすと言う生活を続けていた。
そして、ダンジョン内での生活なのだが。
二十五階層にある上層の町を拠点にしているのかと言われれば、それは間違いで。
僕達は文字通りダンジョン内で生活していた。
あれから僕達は二十五階層から三十階層の間を探索して周り。
二十九階層で野営をするのに丁度良い場所を見つける事が出来た。
その場所は水場の他にも適度に木々が生えており、洞窟内の圧迫感から解放された気分になれる場所で。
僕達はこの場所を野営地に決めると。
テントを張り、ちょっとした竈なんかを作った上で拠点にすることにした訳だ。
では、何故そのような生活をしているかと言えば。
まず挙げられるのは金銭面の問題だろう。
ダンジョンに潜る度に毎回転移魔法陣を使っていたのでは、それだけで銀貨数枚が飛んでしまうし、上層の町に泊まるにしたってタダでは無い。
リザードマンを狩っているからと言っても毎回多くを狩れる訳では無く、当然ながら成果が少ない日もあり。
宿を取り続けた場合、日によっては赤字になる事さえ考えられた。
ダンジョンギルドが経営する宿屋ならば多少は安く済むのだが。
それでも毎回宿泊するとなれば、どちらにせよ結構な金額が掛かってしまうだろう。
そう言った理由から節約も兼ねて野営をして過ごす事に決めた訳だ。
それと、もう一つの理由は三十階層へ行くのに便利と言う単純な理由だった。
僕達が野営をしている場所なのだが。
三十階層へと続く階段からさほど離れておらず、階層主が湧いたかを確認をするには非常に便利な場所で。
しかも、階段のある場所より更に奥にある為、探索者が立ちよる可能性が低い。
一度、違う場所で野営をしていた時に探索者と遭遇した事があるのだが。
こいつら、こんな所で何やってんだ?
そう言わんばかりの視線を向けられた経験があり、苦い思い出として心に残っていた。
少し階層を戻れば上層の町があるのだから、そう言った目で見られるのも仕方が無い事だとは思うが。
不憫なモノを見るような視線を向けられるのは、精神が削られるので、出来ることなら遠慮願いたい。
そう言った理由で人目に付く可能性が低い上に、階段に近いこの場所を拠点とし。
食料が少なくなったら町へ行き食料の買い出しをしたり。
魔石がある程度貯まったら一度地上に戻り魔石の換金をしたりと、僕達はダンジョン内を拠点にした生活を送ったいたのだった。
そして、そのような生活を続けてきた訳なのだが。
結論から言えば、僕は三十階層の階層主の討伐を成功させていた。
リザードマンをそのまま大きくしたような固体、通称「巨躯」や。
首と尻尾が異様に伸びた、蛇の胴体に手足を付けたような固体、通称「首長」。
他にも壁を自在に這って移動する「壁這い」に、立派な襟巻を付けた「襟巻」なんて固体も居た。
リザードマンの多様さに驚かされ、その種類によって対応力を求められはしたが。
苦戦はしたもののどうにか対応し、討伐を成功させることが出来た。
しかし、討伐自体は成功させていたのだが。
因縁の相手である大顎とは未だ遭遇する事は叶っておらず、階層主との戦闘を繰り返す日々を送っていた。
だが、何度も三十階層に挑んだ事でわかった事もある。
それは以前ウルフが言っていた、大顎と変色の組み合わせは最悪だと言う事実。
その当時は比べる対象もないのでウルフの言葉をそのままに受け取って、漠然と理解していたのだが。
実際に何度もリザードマン達と戦った事によって、本当の意味でウルフが言っている事を理解する事となった。
確かに大顎と変色の組み合わせは最悪だと今なら言える。
現に変色となら何度か戦闘をした事があるのだが。
前衛が大顎以外ならなんとか対応する事が出来ていて、変色が現れたとしても特別脅威だとは思わなかった。
敗戦以降、魔力感知の技術を磨いたおかげと言えばそうなのかもしれないが、それを抜きに考えてもさほど脅威に感じる事は無かったと思う。
それは何故かと言うと、単純に他のリザードマンでは変色の特性を活かしきる事が出来ていないからだ。
変色の消えると言う特性は確かに脅威なのだが、それにも弱点がある。
何度か戦って分かった事なのだが、変色には姿を消す条件があるようで。
僕の予想が正しいのであれば、変色は激しい動きの中では姿を消す事が出来ない。
現に巨躯と組んで現れた時は僕と巨躯の動きに対応する事が出来ず、殆ど姿を消す事も無く単純な後衛としての役割しか果たせていなかった。
本来なら変色の特性を活かし、その隠密性で死角からの一撃を放つべきだと思うのだが。
巨躯や首長の機動力を活かした戦い方では、変色はその特性を十分に活かす事が出来ないようだ。
しかし、組む相手が大顎となると、話が変わってくる。
大顎と言うリザードマンは決して機動力が無いと言う訳ではないが、話によればベタ足での打ち合いを好む傾向にあるようだ。
それならば魔法による遠距離攻撃を仕掛ければ良いのではないか?
そうも思ったのだが、水刃を腕一本の犠牲で凌いだように、生半可な魔法では致命傷を与える事は難しいだろう。
僕が大顎を倒すには、オリジナル魔法を使うしかないのだが。
そのオリジナル魔法は制御が難しく遠距離では使う事が出来ない。
そうなると大顎の懐へと飛び込み、打ち合いに付き合わなければならなくなるのだが……
そこで問題になってくるのが変色の存在だ。
ベタ足の打ち合いになるのだから、変色にとっては簡単な仕事だろう。
大顎が相手を足止めしてる間に、死角へ回り込み、死角からの一撃を放てば良い。
ある意味単純な連携なのだが、大顎以外のリザードマンでは実行する事が難しい、単純にして凶悪な戦法。
出来れば変色を先に倒しておきたいのだが、それを大顎が許すか分からないし、変色に気を取られてる間に大顎に手痛い一撃をもらってしまっては本末転倒だ。
そう考えると結局、大顎と打ち合いながら、変色の相手もしなければいけないと言う結論に至り。
大顎と変色の組み合わせの最悪さを改めて理解する事になった。
そんなダンジョン内での生活を送っていたある日の事。
僕達はいつもと同じようにリザードマンとの戦闘を終えて、ダンジョン内の拠点で昼食を取った後、食後の紅茶をすすりながらダンジョン内だと言うのに穏やかな時間を過ごしていた。
そんな穏やかな時間だったのだが。
「階段の方から人の叫び声が聞こえるわ」
ウルフは頭上に乗った獣耳を揺らしながそう言った。
「悲鳴? もしかして階層主に挑んだ探索者達かな?
もしそうなら怪我をしている可能性があるね。
手持ちの回復役だけで足りればいいんだけど」
「いや、回復役は取って置いた方が良いだろう。
怪我人が居るようなら私が治療するから問題ない。
だが、怪我人を装った盗賊まがいの可能性もある。
戦闘になる事も考慮したうえで準備し、準備が整ったら向かう事にしよう」
僕とウルフはメーテの言葉に頷くと急いで準備に取り掛かり、準備を終えると三十階層に続く階段のある場所へと急いで向かった。
――僕達がその場に着くと、その場は阿鼻叫喚と化していた。
その場には一人の男性が顔を青白くさせ口か血を流し、仰向けに横たわっており。
その男性を囲むように三人の女性の姿があった。
「お願い! 起きて! 起きてよ!」
「おい! 回復魔法効いてんのか!? もっと出力上げられないのかよ!?」
「無理言わないで! 私だって全力なのよ!」
ある者は嗚咽を漏らし、ある者は叫び声を上げ、ある者は必死に抗っていた。
その悲痛な声と光景に一瞬怯んでしまった僕だったが。
そんな僕とは違い、メーテは即座に男性へと駆け寄った。
そして、血を流す男性に対してメーテが掌を向けると、男性は淡く光りだした。
急に現れたメーテと魔法に一瞬驚いた表情を見せる女性達だったが。
メーテが施しているのが高位な回復魔法だと理解したようで、驚きの表情を崩すと懇願するような表情をメーテに向ける。
しかし、メーテの魔法は一瞬で光を失うことになり、その様子を見た一人の女性がメーテに食って掛かる。
「なんで! なんで辞めちゃうのよ!
お金なら後で払う! お願いだから治療を続けてよ!」
涙と鼻水で顔面をグチャグチャにしながら懇願する女性。
そんな女性に対してメーテは申し訳なさそうな、悲しそうな表情を向けた。
「すまない。私の力では無理だ。
この者の心臓は既に止まっている」
その言葉に背中に冷たいものが走る。
しかし、その言葉は女性に届かない。
「嫌よ! 嫌嫌嫌! どうにかしてよ!
今の回復魔法を見れば分かる! どうにか出来るのに意地悪してるんでしょ!」
無茶苦茶だ。
メーテがそんな事する筈が無い。
そんな女性の言葉を受けてもメーテは反論せずに、申し訳なさそうに俯くだけだった。
そして、そんな悲しそうなメーテの表情や、涙を流す女性たちの姿を見た僕は。
少しでも希望があるのなら……そう思うと覚悟を決めた。
僕は男性に近づくと胸に両手を置き、骨が折れる勢いで思い切り押し込んだ。
その様子を見た女性達は鬼のような形相を浮かべ。
「てめぇ! なにしてやがる!」
「離れろ! なにやってんだ! 離れろよ!」
「この人に触るな!」
腰に差してある剣に手を置き、今にも剣を抜きそうになる。
「ウルフ! 邪魔させないようにお願い!」
「……分かったわ、アルには考えがあるのね」
ウルフも僕の行動には疑問を持ったのだろう。
少し困ったような表情を浮かべながらも頷いてくれた。
ウルフに女性達の対応を任せると、再度両手を胸に置き思い切り押し込む。
その間も女性達の罵詈雑言が聞こえるが気にしてはいられない。
そして何度か押しこむと。
今度は顎を上げ気道を確保し、男性の口に僕の口を合わせると、肺に貯めた空気を吹き込んだ。
「な、何やってんだこいつ!?」
「こ、こいつ頭がおかしいよ」
「なにしてんだ! この人に触るなって言ってんだよ!」
半狂乱になる女性達だったが、どうにかウルフが抑えてくれている。
心配なのは分かるのだが流石に煩わしくなり、口調が荒くなってしまう。
「黙ってて下さい!」
僕の言葉に一瞬は黙ったものの、すぐに罵詈雑言が飛んでくる。
そんな罵詈雑言の中、胸に両手を置いて思い切り押し込み、口から空気を送るという行動を何度も繰り返した。
しかし、僕が思った以上の成果は現れず、男性の心臓は止まったままだ。
僕は更に覚悟を決めると、両手に雷属性の魔法を纏った。
「ア、アル? 何をする気だ?
攻撃魔法を使うつもりなのか?」
流石にこの行動には黙って見てくれていたメーテも黙っていられなかったようで、困惑した様子で声を掛けて来た。
「うん。これで駄目だったら僕には打つ手がない。
メーテにお願いがあるんだけど、回復魔法を男性に掛け続けて貰って良いかな?」
「回復魔法を? 心臓が止まってる状態では意味が無いとは思うが……
しかし……アルには考えがあるのだろうな」
メーテは無理やり納得させるように呟いた後、男性に回復魔法を掛け始める。
そして、その様子を見届けた僕は。
心臓の位置を挟むように両手を添えると、攻撃魔法である『紫電』を両手の間に流した。
微力に調整した『紫電』ではあるが。
電流が流れたせいで男性の身体がビクリと跳ね、その姿を見た女性達の悲痛な叫び声が周囲に響き渡る。
だが、そんな事を気にしている暇は無い。
僕はもう一度『紫電』を流す。
しかし無情にも、身体が跳ねる以外の反応は示さない。
このままではまずいと判断した僕は、メーテに頼んで上位の回復魔法を掛けて貰い。
それに伴って電流の強さを強くしてみる事にした。
心臓の位置を挟むように両手を添えると、先程までよりも強い『紫電』を流す。
男性の身体がビクンと跳ね、周囲から悲鳴が上がる。
胸に手を置き思い切り押し込むと、肺に溜まった空気を送り込む。
何度か胸を押しこみ。
そして、もう一度『紫電』を流そうとしたその時――
「ゴボッ」
男性は、そんな音を立てて口から血を吐きだした。
その様子を見た、僕以外の全員が目を見開く。
そんな周囲の反応よりも今は男性の容態が気がかりだった僕は、男性の心臓に耳を当てると、鼓動の確認をする。
……トクン、トクン
男性の心臓は、弱々しくはあるが確かに鼓動を打っており。
どうにか命を救えた事の喜びと安堵感から、僕は腰が抜けたように地面へと腰を下ろした。
「はぁー怖かった……
不安だったけど、どうにか成功したみたいだね。
僕が出来るのはここまでだから、後はメーテにお願いして大丈夫かな?」
「わ、わかった。
た、確かに心臓が動いている。これなら私の魔法でなんとかなる筈だ」
メーテがそう言うと、男性を包み込む淡い光は力強さを増し、徐々に顔が赤みを取り戻して行く。
そして、赤みを取り戻して行く男性の姿を見た女性達は涙を流し、男性の生還を喜ぶのであった。
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