第47話 我儘
僕は三十階層の階層主討伐に失敗した。
自分の中では気を抜いたつもりは無かったのだが。
三十階層に来るまで苦戦と言う苦戦をしてこなかった為、気付かない内に気を抜き、慢心していたのかも知れない。
その証拠にメーテに声を掛けられるまで僕はカメレオンの存在に気付きもしなかった。
今更だが、あの時こう動いていれば。
あの攻撃を受けず避けていれば。そんな事ばかり考えてしまう。
「どう? 少しは落ち着いたかしら?」
その言葉で先程までの醜態を思い出し、恥ずかしさのあまり逃げ出したくなるが。
それをどうにか堪えてウルフに言葉を返す。
「だいぶ落ち着いたよ。ありがとう。
戦闘と言い、その後と言い情けない所ばかり見せちゃったけど」
「仕方ないわよ。
相手は大顎だったし、それに変色も居たからね。
組み合わせ的に最悪の組み合わせだったわ」
変色?と一瞬悩んだが、すぐにカメレオン型のリザードマンの事だと理解する。
「そうだな。
リザードマンの中でも厄介な部類の組み合わせだからな。
アルが苦戦したのも仕方は無いと思う。
しかし、厳しい事を言うようだが、アルの実力を発揮出来ていれば勝てない相手では無かったと私は思っている」
ウルフの言葉に同意したメーテだったが。
それに加え、僕の慢心を見透かしたような発言をし、その言葉に胸が痛む。
「それと、変色の存在に気付いていなかったようだが、魔力感知はしていなかったのか?」
魔力感知と言う言葉を聞いた僕は頭を抱えたくなる。
魔力感知。
それは魔素に干渉する事で自分とは違う魔力の流れを感じ取る。
言わばレーダーのような役割を果たしてくれる魔素干渉の応用技術だ。
本来なら姿を消す変色に対して非常に有効な技術なのだが。
目に見える大顎の姿にばかり集中してしまい、その後も大顎に手一杯だった為、その技術の事をすっかり忘れてしまっていた。
「ご、ごめん。魔力感知してなかった」
「やはりそうか。
いや、これは魔力感知の徹底をさせてこなかった私の責任だな」
僕が謝罪の言葉を口にすると、メーテは自分を責めた。
メーテは自分の責任だと言うが。
変色のような姿を消す魔物が居る事を事前の情報で知っていた筈なのに、魔力感知をしなかったのは間違いなく僕の落ち度だろう。
メーテが自分を責める必要なんて一つもなく、責められるべきは僕の迂闊さだ。
そう考え、メーテに伝える。
「変色のような姿を消す魔物は多くはないし、基本アルには私かウルフが付き添っている場合が多い。
だから、魔力感知での警戒は私かウルフがやれば良いと考え、普段から徹底させていなかった。
アルは私の責任ではないと言ってくれるが、やはりこれは私の責任だよ」
メーテは頑なに自分の責任と言い張って譲る気は無いようだ。
でも、僕も譲れない。
魔力感知を行わなかったのは僕の慢心故で、メーテの責任である筈が無い。
そんな言葉を口にしようとしたのだが……
「メーテもアルも、責任の所在なんてどうでも良いわよ。
反省するのは結構だけど、どっちに責任があるかなんて話は不毛なだけよ?
もう結果は変わらないんだから、どうせなら今後どうすれば良いかを話した方が建設的じゃないかしら?」
そう言ったウルフに言葉を遮られてしまった。
一瞬反論しそうになるが、よくよく考えれば確かにウルフの言う通りだと言うことに気付く。
僕に責任がある。私に責任があると言いあってもお互い譲らないのであれば、結局の意見は平行線のままだ。
それならば責任を主張するのではなく。
ウルフが言った通り、反省して今後どうすれば良いかを考えた方がよほど建設的だろう。
どうやら、少し頭に血が上っていたようで、ウルフの言葉で頭が冷えて行くのを感じた。
メーテも僕と同様に少し冷静では無かったのだろう。
少しバツが悪そうな表情を浮かべている。
「んんっ、た、確かにウルフの言うとおりだ。
今回の失敗を今後にどう活かすかの方が重要だったな」
「ごめんウルフ。
確かにウルフの言うとおりだと思う。反省して次に活かす事を考えるよ」
メーテと僕はウルフにそう伝えると、ウルフは満足したように頷いてくれた。
そして、その後。
大顎と変色の魔石の回収を終えた僕達は、階層主の居なくなった三十階層で今一度話し合いをする事になった。
「一応階層主は討伐する事は出来た。
三十階層の階層主討伐だからランクアップする事も出来るようだが、アルはどうしたい?」
メーテの問いにどう答えて良いか考えてしまう。
パーティーでの討伐として申請すればランクアップする事も可能だろう。
だが、ここに来た目的は自分の力で稼ぐ為だ。
これだけ助けて貰っているのに今更だとも思うが。
メーテとウルフが討伐したのに便乗し、ランクアップと言うのは流石に虫が良すぎるように思えた。
それにだ。
このままランクアップして階層を重ねた結果、無事に学園に通えるだけのお金を貯める事が出来たとしよう。
その場合、僕は胸を張ってソフィアに会いに行くことが出来ないような気がしていた。
だから――
「先に謝っておくよ。二人ともごめん。
我儘なのは分かってるけど、このままランクアップしても僕は納得できないと思う。
二人には悪いんだけど、僕が階層主に勝てるようになるまでランクアップは待って貰いたいんだ」
僕の言葉に二人は少し驚いたような表情を見せた後、心配するような表情を浮かべて尋ねる。
「私達はそれでも全然構わない。
むしろ私達にとってのダンジョンは、アルの授業の一環としての意味合いの方が強いからな。
アルが一人で階層主を討伐したいと言うのであれば止める理由が無い。
でも、アルは大丈夫なのか?」
メーテの言葉は、僕にとって「また戦えるのか?」と尋ねてるようにも聞こえた。
正直に言ってしまえば不安だ。
巨大な身体に光沢のある鱗。
人を丸のみ出来そうな大きな顎に鋭い牙。
今思い出しても恐怖で震えそうになる。
それでも、それでも大顎を倒さなければ前に進めない。
大顎を倒さなければ納得する事が出来ない。
そんな確信があった。
だから、これは僕の我儘なのだろう。
「大丈夫って自信を持って言う事は出来ないけど、なんとかして見せるよ。
それと、階層主を倒せたとしても大顎以外では先に進みたくないんだ。
自分でも効率悪いのは分かってるし、我儘だって分かってる。
二人の時間を拘束してしまうって言うのも分かってるんだけど……
それでも! 自分の力で大顎を倒さなきゃ先に進んじゃいけない気がするんだ」
三十階層の階層主はその度に現れるリザードマンの種類が違う。
運が良ければすぐに現れるかもしれないが、下手したら何ヶ月もの間、大顎が現れ無いかもしれない。
そんな不確定なものの為に二人の時間を使い、拘束してしまうのだ。
迷宮都市内で掛かる費用は僕が負担しているからと言って、それだけで納得して貰えるような問題ではないだろう。
自分の力で稼ぐと言ったからには、これ以上は頼ってはいけない。
そう思いながらも結局は二人に頼ってしまっていると言う現状。
自分で言っておいてなんだが、酷い我儘だと頭を抱えたくなる。
「いたっ!? な、なにすんのさ!?」
そんな事を考えていると、脳天に衝撃が走った。
その衝撃に驚き、涙目になりながら視線をあげると。
少し不機嫌な表情を浮かべるメーテの姿があり、衝撃の正体がメーテの手刀である事を理解した。
「アル? またややこしく物事を考えているだろう?」
その言葉に心臓が跳ねる。
しかし、考えなくてはいけない問題でもあると思うので、メーテにどう言葉を返そうか迷ってしまう。
そんな僕の様子を見てメーテは言葉を続けた。
「どうせアルの事だ。
一人で稼ぐと言ったのに二人に迷惑掛けてしまっているとか考えているんだろう?
まったく。アルの物事を難しく考える癖は考えものだな」
もしかして心読む魔法とかあるんですか?
思わずそう聞き返しそうになる。
「まず始めに言っておくが、私もウルフも好きでアルに付き添っているんだ。
迷惑などとは一つも思ってはいない。
なぁ? ウルフ?」
「そうね。
むしろアルの成長を見ていられるこの生活は楽しいくらいよ?
それに時間を拘束とか言ってたけど、私達が生きた年数からしたら数カ月や数年なんか大した時間じゃないわ?
そうよね? メーテ?」
「くっ、あんまり歳の話はしたくは無いが……ウルフの言うとおりだ。
だから、時間の事も気にしないで良いし、迷惑掛けるなんて事は考えなくて良い!」
メーテとウルフは迷惑ではないと口にするが、やはり迷惑を掛けてしまうのには変わりは無い。
「でも」そんな否定の言葉を口にしようとしたのだが。
「それに前にも言ったと思うが、私達は家族なんだ。
我儘の一つでも言って私達を頼ってくれれば良いんだ」
「そうよ?
むしろ我儘で困らせるくらいが丁度良いと思うわ」
僕の言葉を遮るように二人は言うと、優しく微笑んで見せた。
2人の微笑む姿を見た僕は、なんだか一人で稼いでみせると思っていたのがなんだか滑稽に感じ。
そう感じると共に、安い自尊心を捨ててしまう事を決意した。
「一人で稼ぐって言ったけど、その考えが甘かった事に気付いたよ。
一人で稼ぐって言っても結局は二人に助けられていて。
それを誤魔化すように迷宮都市内で掛かる費用を負担していただけなのかも知れない。
それに大顎との戦闘だって、二人が居なかったらきっと命はなかった……」
そこまで口にした所で本当に滑稽だった事に気付き、思わず顔が赤くなるが。
恥ずかしさに耐えながらもどうにか言葉を続ける。
「これからも一人じゃどうにもならない場面や、二人の手助けが必要な場面もきっとあると思う。
だから! 学園都市に通う為に協力して下さい!
二人の時間を僕に下さい!」
僕は二人に対してそんな言葉を伝えると。
「くふっ、聞いたかウルフ!?
二人の時間を下さいってまるで求婚のようだな!」
「わっふ、聞いたわよメーテ! これが求婚と言うヤツなのね!?」
恐ろしい程に話を飛躍させる二人。
「い、いや、違うから!
大顎を倒す為と、お金を稼ぐ為に二人とも付き合って下さい!
そう言う意味だから!」
求婚とも取れなくは無い言葉だったので、慌てて訂正する僕だったのだが。
「アル? 冗談に決まってるだろう?」
「アル? 普通に考えて狼とは結婚出来ないわよ?」
恐ろしいほど淡泊に返されてしまった。
「まぁ、冗談はこれくらいにして置いて、アルの我儘は聞き届けた。
三十階層の階層主はその時によって現れるリザードマンの種類が違うようだし、大顎が現れるまで結構な時間がかかるかもしれないな。
その逆で早い内に現れるかもしれないが、どちらにせよ都合は悪くないだろう」
「そうね。
早ければ早いに越した事は無いだろうけど、違う種類だとしても多対一の訓練にはなるわ。
アルも慣れて来たとは言っても、まだまだ多対一の戦闘に関しては粗が目立つものね」
二人はそ納得するように頷きあう。
「ともあれ今日はここまでだな。
本来なら次の階層の偵察ぐらいはしておこうと思ったのだが。
アルが大顎に勝つまでは進まないと決めたのだから帰る事にしようか」
「ご、ごめん。予定狂っちゃったよね?」
「ああ、すまなかった。
責めようとかそう言う意味では無いんだ。
むしろ恐怖で戦いたくないと言いだすかもしれないとも思ったからな。
一人で大顎と戦うと言ってくれたのは嬉しいくらいだ」
メーテはそう言った後、パンッと一つ手を打つ。
「兎も角、とりあえずは上層の町に帰るとしようか」
メーテの言葉に僕とウルフは頷くと、僕達は苦い経験の残る三十階層を後にすることとなった。
そして、その帰路。
メーテに怪我を治して貰っていたので戦闘も出来たのだが。
一応怪我をしていたと言う事もあり、二十五階層までの道中はメーテとウルフが戦闘を担当してくれることになった。
参考程度に見て置くようにと言われた二人の戦闘だったのだが……
正直に言ってしまえば、まるっきり参考にならなかった。
何故なら、メーテもウルフもリザードマンが連携を取る前に瞬殺してしまうからだ。
メーテの場合なら高火力の魔法の一撃で。
ウルフの場合なら超反応の爪の一裂きで一瞬の間に戦闘が終了してしまう。
僕の場合、連携されてる中でいかに連携をさせないかを考えて動くのだが。
二人の前にしてはそもそもの連携さえ取れず、リザードマンは瞬殺されて行く。
確かに連携させないの完成系と言えばそうなのかもしれないが。
僕にはレベルが高過ぎるようで、参考にするにも錬度が足らないようだ。
そんな風に二十五階層までの道中は二人が戦闘を担当していたのだが。
戦闘が一瞬で終わるのだから、当然、上層の町へ変える速度も速くなる。
したがって、僕達は恐ろしい速さで上層の町へと帰る事になるのだった。
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