第45話 泥土竜

 結局食堂で話し合いをする事が出来なかった僕達。

 露店で何かの肉とトマトやレタスなどをパンで挟んだ物と飲み物を買い、手頃な広場で昼食を取りながら今後の方針について話し合う事にした。



「無事に上層の町へと辿り着くことが出来た。

一度地上へと帰るか、それともこのままこの町で一晩過ごし三十階層を目指すかだが……

アルはどうしたい?」



 メーテの問いに僕は考えを巡らす。


 メーテは昨晩、危険があるようなら一度帰ると言っていた。

 だが、こうして僕に尋ねてくると言う事はメーテの中ではこの町は危険ではない。

 もしくは危険だとしても対応できる程度の危険だと判断したのだろう。


 メーテがそう判断するのであれば、一度地上に戻るよりはこのまま上層の町で一晩過ごし、このまま三十階層を目指した方が良いようにも思える。


 転移魔法陣を利用するのだって、タダでは無く一人あたり銀貨一枚。

 三人分の料金なら往復で銀貨が六枚も掛かってしまう。


 ハイオークを狩る事が出来たので、その料金を払っても十分お釣りは来るとは思うが。

 先程兜を弁償したように、急な出費の可能性もあるので節約するに越した事はない。


 それに、いずれ三十一階層以降に行く事になるのだから。

 ランクアップの条件でもある三十階層の階層主を倒しておくと言うのは、悪くは無い選択のように思えた。


 まぁ実際、倒せるかどうかは分からないのだが……



 少し悩んだ後、メーテの問いに僕はこう返すことにした。



「このまま一泊して明日は三十階層を目指そう」



 僕の答えにメーテは「わかった」と言って頷き、ウルフは頷くメーテの目を盗んでメーテのパンから肉を奪いモチャモチャと頬を膨らませる。



「ウルフ……なにしてるんだ?」



 すぐにバレて怒られていたが。




 方針も決まり昼食も食べ終えると、僕達は上層の町を見て周る事にした。


 そうして上層の町を歩いていると、やはり上層の街はメルダの街と良く似ているように感じる。


 色々な人種が居る事もそうだが、趣の違う色とりどりの建物が立ち並び、雑多な印象を受けるのもメルダの街を思わせ。

 武器に食品、雑貨を並べる店舗まであり、本当にダンジョン内だと言う事を忘れてしまいそうになる。


 そんな町の様子な眺めながら歩いていると、一件の建物に目がとまった。


 その建物は他の建物と比べて特に変わった様子は無いのだが、建物に出入りする男性の表情は妙に浮かれているように見える。


 女性も出入りしているようなのだが、探索者と言った感じでは無いことに加え、ダンジョン内だと言うのに、何故か無駄に露出の多い格好をしていた。


 そんな様子を不思議に思った僕は、何の建物かをメーテに尋ねてみると。



「ああ、あの建物は娼館だろうな」



 メーテはそう答え。

 僕は女性に対してする質問では無かったと気付き顔を青くしてしまう。


 だが、そんな僕を他所目にメーテは言葉を続けた。



「昔、何かの本で読んだが。

人と言う生き物は死に直面すると、子孫を残そうと言う本能が強く働くようで。

ダンジョンと言う場所に限らず、死が身近に感じる場所では、本能のままに性犯罪を犯してしまう輩も少なくないらしい。


そう言った性犯罪を未然に防ぐだけが目的ではないかも知れないが。

少なくとも性犯罪の抑止を理由の一つとして、この場所にも娼館があるのだろう」


 

 顔を青くしながらも、メーテが話してくれた内容に納得していると。



「興味があるのか? アルにはまだ早いと思うぞ?」



 メーテはそう言うとニヤニヤとした表情を浮かべる。


 正直、僕も男なので興味が無いと言えば嘘になるが、流石に素直に興味があるとは言える筈もない。


 メーテに質問した事で青くなった顔が徐々に真っ赤になって行くのを感じると、僕は急いでこの場所から離れる事にした。




 そう言ったやり取りがあったものの。

 町を見て周りながら、三十階層へと向かう為の食料や備品の買い出しなどをし、準備を整える事が出来た所で、地上なら陽が傾く時間となっていることに気付く。


 上層の町を見て周ったが、今の所、特に治安が悪いと言う事も感じられず。

 メーテも再度問題無いと判断したようなので、上層の町で宿屋を取ることにし一晩を明かすことにした。




 その後、宿屋を取る事が出来た僕達は、夕食の時間まで各々時間を潰し。

 適当な時間になると宿屋の食堂で夕食を取る事になった。


 そして、宿屋の食堂で夕食を取っていると。



「町に着くなり派手に暴れたのってお前達だろ?」



 そんな声が聞こえ、声の方向に視線を向けると、五人の男女がテーブルを囲んでおり。

 その内の一人の男性がニヤニヤとしながら僕達に視線を向けている事に気付く。


 髪の毛は緩くうねり、一重まぶたで目つきは鋭く、口元には無精髭。

 なんとなく飄々とした印象を受ける男性ではあるが、胸元には青色のギルドプレートが提げられており、飄々とした見た目とは裏腹に実力がある事が窺い知れた。


 それと同時に、本日二度目の絡みに「またか」と溜息を吐きたくなる。


 メーテやウルフもそう感じたのだろう。

 メーテは呆れているような表情を浮かべ、ウルフは既に鋭い視線を送っている。



「おいおい、怖い目で見ないでくれよ。

別に喧嘩売ろうって訳じゃねーんだ。

子供が二人の美女を従えて暴れたってのを聞いたから、特徴的にお前らの事かと思って声を掛けただけだぜ?」



 男はウルフの視線を受け流し、飄々とした態度でそう言った。



「ああ、自己紹介が遅れたな。

俺達は中層級パーティーの『泥土竜』

そして俺の名はドモン。巷では『幸運のドモン』なんて呼ばれてる。


良かったらお前らの名前とパーティー名も教えてくれよ?」



 ドモンさんの質問にメーテが答える。



「リーダのアルに、ウルフ、私はメーテだ。

パーティー名は無い」



 へ?僕がリーダーなの?

 そんな疑問が浮かぶがメーテは関係なしに言葉を続けた。



「敵対する意志は無いのは分かった。

他に要件がないのなら食事に戻らせてもらうが?」


「つれないね~、まぁ、要件と言うか提案があるな。

お前らは三十階層まで潜るつもりなんだろう?


正直、新人だけで三十階層を突破するにはちと骨が折れる。

有望な新人探索者が過信して階層主に挑み、命を落とすなんてことも少なくはねぇ。


そこでだ、中堅探索者でもある俺達が途中まで手伝ってやることで、その可能性を少しでも減らしてやろうと思った訳だ。

そっちにしても、階層主に挑むなら出来るだけ体力は温存しておきたいだろ?」


「ほう、三十階層突破する為に手助けしてくれると言う事か?

こちらとしてはありがたい申し出かも知れんが、そちらに何の得がある?」


「まぁ、当然ながら報酬は要求する。

だが、報酬と言っても階層主の魔石の売値の二割程だ。

確か金貨五枚程度にはなった筈だから報酬は金貨一枚て所だな」


「金貨一枚か、それだと割に合わないんじゃないか?」


「まぁ、そうだな。それだけが目的なら割には合わないが。

リザードマンの魔石や皮の回収のついでだと考えればちょっとした小遣い程度にはなる。


それに一番の目的は人脈づくりだしな。

確かにお前達は新人かもしれないが、いつまでも新人な訳じゃねぇ。


この前まで新人だったヤツらが気が付けば中層級になってるなんてのは、ここじゃ良くある話だ。

今の内に知り合いになっておけば、今後何かあった時にもしかしたら手助けして貰えるかもしれねぇだろ?

ダンジョン内では持ちつ持たれつだからな」


「ふむ。そう言う事なら納得できるが一番の理由は何だ?」


「疑り深いねぇ? 今言ったのが理由の全てだよ。

巡り巡って自分たちの為になるんだ。

少しくらい苦労しておこうって考えてもおかしくは無い話だろ?」



 ドモンさんの印象は始めこそ良くは無かったが。

 こうやって話を聞いてみるとその見た目とは違い良い人なのでは?と思う。


 それに金貨一枚で道中の安全が買えるのであれば安い買い物のように思えた。


 そんな事を考えていると。



「ありがたい申し出だが、今回は私達だけで突破したいんだ。

ダンジョンに潜る目的の一つがアルに経験を積ませる事だからな」


「経験積ませるなら、道中の魔物は俺達が瀕死にして、止めを少年に任せるようにでもしようか?」


「いや、大丈夫だ。今回は私達だけでやりたいんだ」



 メーテがそう言うと、ドモンさんは諦めたのか。



「そう言う事なら仕方ねぇ。

まぁ、気が変わった声かけてくれよ。

ダンジョンに遠征に出ていない時は、お前らが暴れた店を貯まり場にしてるからよ。


じゃあ、お前達行くぞ。食事の邪魔して悪かったな」



 ドモンさんがそう言うと、泥土竜のメンバーは席を立ち、ドモンさんの後に続き店を後にした。



 食堂から泥土竜のメンバーの姿が消えた後。



「なんか思ったより悪い人じゃなさそうだったね?」



 ドモンさんの印象を素直に二人に告げると。



「ん? アルは何を言ってるんだ?」


「アル? あいつは駄目よ。

アルには分からないかもしれないけどあいつからは血の臭いがしたわ。


魔物の血じゃない――人の血の臭いがね」




 ウルフのその言葉で、背中に嫌な汗が伝うのを感じるのだった。

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