第44話 上層の町

 ダンジョン内で一夜を明かした僕達。


 目を覚ますと思ったよりもしっかり寝れていたようで、身体には寝起き特有のだるさを感じる事が出来た。


 本来、魔物が徘徊するダンジョン内で、眠ると言う行為は死と隣合わせだ。

 寝込みを魔物に襲われでもしたら一たまりもないだろう。


 なので、そうならない為にも最低一人は火の番をし、魔物の襲撃に備えるのが普通だと思うのだが。

 昨日の夜は普通とは少し違っていた。




「じゃあウルフ火の番は頼んだぞ」



 メーテはそう言うと僕と一緒にテントへ向かおうとする。


 だが、それは叶わない。



「ん? なにしれっとテントに行こうとしているの?」



 ウルフはそう言うと、獣本来の鋭さを眼光に宿しメーテの肩を掴む。



「い、いやウルフは狼だし眠くないと思って」



 メーテの発想が驚くほど雑だ。



「狼だって眠くなるわよ? と言うかメーテが火の番したら?

私がアルと寝るから」


「な!? 折角の添い寝の機会を譲れるか!」


「城塞都市では添い寝してたんでしょ? 今回は我慢しなさいよ」


「それはそれ! これはこれだ!」



 もはや駄々っ子である。



 そして口論が続き、お互い譲らないと分かると。



「危険じゃなければ良いのだろう!?」


「この周辺の安全が確保出来ればいいのね!?」



 そう言ってメーテは珍しく杖を取りだし『魔の拒絶』そう呟いた。


 その次の瞬間。

 魔法陣が地面に浮かび上がるとテントを包むように淡く光り。

 そして、その光が治まるとメーテは満足そうに頷いた。


 どうやらメーテが使った魔法は結界のようで、特に魔物に対して効果を発揮する結界だと言うことだ。


 それと、これは後から知る事になるのだが。

 この結界はリザードマン如きに使うようなレベルの結界では無く。

 魔物の中でも上位種と呼ばれるような存在と相対した時に使われるような結界らしい。


 メーテの添い寝にかける情熱が正直怖い。



 そして、ウルフはいつの間にか姿を消しており。

 魔物が居るダンジョン内を一人で行動して大丈夫なのだろうか?

 そんな風に心配したのだが、少し経ったところで手に布袋を持って帰って来た。



「私の鼻で感知できるこの階層の魔物は根こそぎ狩ってきたわよ?」



 そう言ってウルフが布袋を開くと、大小様々な魔石が布袋には詰まっていた。


 もはや驚くまい。



「くふっ、これで問題はないな」


「わふっ、これで三人で寝られるわね」



 そして、僕は寝れない事を覚悟することにした。



 その後、二人に挟まれる形で並んで寝る事になり、最初は緊張して眠れないと思っていたのだが。

 思ったより疲れていた事と、周囲に魔物が居ない上に結界があると言う安心感のおかげだろうか?

 思った以上に熟睡する事が出来た。


 慣れと言うのは怖いものだ。




 そして現在、僕達は簡単な食事で朝食を済ませ、後片付けを終えると。

 僕達は二十二階層へと向けて出発する事になった。



 二十二階層以降もリザードマンと度々遭遇したが、なるべく深追いはせずに、進路の妨げになる場合だけ狩るようにして進む。


 やはり多対一の戦闘になると、うまい立ち回りと言うのが出来ないが。

 それでもリザードマンとの戦闘は苦戦を強いられることなく狩って行く事が出来た。


 そうして順調に階層を重ねて行き。



「ふむ、あれが二十五階層の町か。

思ったよりしっかりしていそうだな」


「本当、ちょっとした町ね」


「え? ここダンジョン内だよね? 自然があるよ」



 僕達の眼下には、背の高い壁に囲まれた町の姿が映っていた。


 そして、その町の周囲には木々が生い茂り、その他にも川や湖だと思われるものまで確認する事が出来る。


 一瞬ダンジョン内だと言う事を忘れてしまいそうになるが。

 空を見上げればダンジョン内部であることを証明するように岩の壁が空を塞いでおり。

 紛れもなくここはダンジョン内部だと自分に言い聞かせると、僕達の目的地でもある町。

 通称『層の町』へと再び視線を向けた。




 僕達は階段を降りて行き、二十五階層の地に足をつけた。


 今まで見て来たダンジョンの姿とは異なる二十五階層。

 その姿に驚きながらも、上から見て確認した町の方向へと進んでいく。



「ダンジョン内なのになんで自然があるんだろう?」



 僕は疑問に思った事を口にする。



「それは私にも分からないな。

元からあった物か、それか、町を作ると決めてから緑化を進めたのかも知れないな」


「緑化を進めたならまだ分かるけど、元からあるんだとしたら、本当ダンジョンて謎だよね」


「そうだな。理論的に物事を考えるような研究者の中でさえ。

ダンジョンには意志があるだとか、神々が作った箱庭なんて意見もあるようだし。

本当に謎なんだろうな。


まぁ、そう言った謎を解明するのも面白そうだとは思うけどな」



 メーテとそんな話をしながら歩いていると。



「楽しくお話している所悪いけど、もうすぐ着くみたいよ」



 そう言ったウルフの視線の先へ目を向けると、少し離れた所に上層の町の門があるのを確認する事が出来た。




 それから少し歩いた所で門の前へと到着すると。

 ダンジョンギルドの制服を着た門兵と思われる男性にギルドプレートの提示を求められた。


 男性にギルドプレートを提示して確認して貰うと、問題なしと判断されたようで門を通して貰う事が出来たのだが。



「なんだあれ? 女二人が荷物持ち? 貴族のお坊ちゃんか?」


「てか女のレベル高過ぎじゃないか? 良い身分だよな」



 などと言う声が聞こえて来る。


 貴族では無いが、荷物を持たせているのは事実なので、なんとなく居心地が悪く感じてしまう。


 そうして居心地の悪さを感じながら門をくぐると、上層の町が僕の目に映るのだが。

 上層の町はダンジョン内だと言うのにそれなりに活気があるように感じた。


 探索者が居るのは当然の事として。

 それ以外にも、とても探索者に見えないような小太りな男性や、少し露出が多いのでは?と言いたくなるような女性が町を往来しており。

 さらには露店なども多く見られ、上層の町の様子はさながらメルダの街の縮図と言った印象を受けた。



 そんな上層の町を歩いていると。

 ふと食堂の看板が目に入り昼食を取っていない事に気付き、2人も昼食を取って居ない事に気付いたのだろう。



「丁度良い、そこの店で昼食を取りながら今後の方針について話し合うか」


「そうね。少しお腹すいて来たことだし寄っていきましょうか?

美味しい肉料理があると良いわね」



 二人はそんな提案をし、僕達は食堂の中へと入ることになった。



 食堂へと入り周囲を見渡してみれば、何組かの探索者が既にテーブルを確保しており、まだ昼過ぎだと言うの酒盛りを始めているテーブルも見受けられる。

 正直言って嫌な予感しかしない……


 以前、冒険者ギルドでもお酒を飲んだ冒険者に絡まれた経験があり。

 そんな経験のせいで、冒険者や探索者と言った人達とお酒と言うのは苦手な組み合わせだった。


 だが、そう何度も絡まれる筈もないだろう。

 そうやって自分を慰めてみるのだが、嫌な予感ほど的中するようで……



「おいおい、すげー美人に荷物持ちさせてるガキが居るぞ」


「羨ましいねー、是非あやかりたいもんだぜ」



 僕達のことを指しているのであろう言葉が聞こえてくる。


 確かに傍から見たら異質な組み合わせだとは思うが……

 毎回毎回こう言った絡み方してくるのは何故なのだろう?

 そう疑問に思いながらも、聞こえなかった振りをすることに決めると、この場を切り抜けることにした。



「どうやらお坊ちゃんは耳が遠いらしい」


「ぼくちゃ〜ん? 聞こえまちゅか〜?」



 ……どうやら切り抜けられないようだ。


 僕の見た目はまだ六歳だと言うのに、この人達は何故こんな絡み方をするのだろう?

 そう言った疑問が浮かび、これ以上関わりたくは無いとも思ったのだが。

 冒険者ギルドでは無視し続けた結果、相手をさらに怒らせる事になったので今回は出来るだけ穏便に済むようにと考え、笑顔を浮かべると軽い会釈だけする事にした。



「へらへらしてんじゃねーよガキ」


「何だその面は? 美女侍らせて余裕の笑顔ってか?」



 どうしろと言うのだろう?


 無視しても駄目、反応しては駄目では流石に理不尽すぎるだろう。


 そんな事を考えていると、薄ら寒い気配を感じ、背筋にゾクリとした物が走る。



「メーテ? アルの笑顔向けられてあの反応とか本当に人間なのかしら?」


「それは私も疑問に思った所だ。

私は人に対しては出来るだけ穏便に済ませたかったのだが、

アルの笑顔を向けられてあの反応ではもしかしたら人では無い可能性がある」


「人じゃないなら仕方が無いわよね?」


「人じゃないなら仕方が無いな」



 笑顔で会話をするメーテとウルフだがその目は笑っていない。


 会話が終わるとウルフは席を立ちあがり、絡んできた探索者のテーブルへと向かう。


 そして、僕はこの展開は予想していなかったので、「えっ? え?」と間抜けな声を出すことしか出来ない。



「おっ? なんだねーちゃん?

ガキのお守はやめて酌でもしてくれんのか?」


「そりゃ良いや! 

そっちのねーちゃんもこっち来いよ! そんなガキより楽しませてやるぜ?」



 探索者達は下卑た笑い声を上げるとその視線はウルフの胸へと注がれ。

 そして、メーテの胸にも……いや、何も言うまい。



「お酌? お酒を注げば良いの?」


「あん? そうだよ」



 ウルフはそう言うとワインの入った瓶を手に取り、注ぐかと思ったのだが――

 思い切り探索者の頭へと叩きつけた。



 店内にガラスが砕ける音が鳴り響き、殴られた男性は白目を剥き力なく床へと倒れ込み、ドサリと音を立てると、一瞬間が開いた後に周囲の視線が一斉にウルフへと集まる。



「あら? 手元が狂ったみたいね」


「てめぇ! なにしやがる!」



 探索者達は声を荒げ、剣を抜こうと手を掛けようとしたのだが。



「抜くの? 抜いたら後戻りはできないわよ?」



 冷気を含んだウルフの一言で探索者達はぴたりと動きを止めた。


 いや、正確には動けないのだろう。


 それもその筈だ。

 僕に向けられた言葉では無い筈なのに手のひらに汗が滲んで行くのが分かる。

 僕でさえこうなのだ。実際に言葉を向けられた探索者の心中は僕の比ではないだろう。



「どうするの? 抜くの?」


「あっ……えっ、えっ?」


「聞いてるの? 抜くの? 抜かないの?」


「ぬ、抜きません! 抜かないです!」



 探索者達は剣から手を離すと両手を肩まで上げ無抵抗の意を示した。



「そう? 抜いてくれても良かったのだけど?

そうしたら遠慮なくやれたのに、少し残念だわ」


「かかか、勘弁して下さい!」



 残念だと口にするウルフに対し、顔面を蒼白にしながら懇願して見せる探索者達。



「どうするアル? 許してあげる?」



 急に話を振られた事に慌ててしまい、思わず何度も頷いてしまう。



「良かったわね~許して貰えて?

ああ、それと折角だから、私と一つ約束しましょうか?」


「や、約束ですか?」



 探索者は許すと言う言葉にホッとした表情を浮かべたが、約束と言う言葉で表情を引き締める。



「そう。約束よ。

アルが子供だと思って侮辱するような態度を取らず探索者として接しなさい。

簡単な事でしょ?」


「わ、わかりました。アルさんには敬意を持って接します!」


「別に敬意までは望んでないんだけど?

まぁ、いいわそこは好きにしなさい。


それと、分かってるとは思うけど、それでも侮辱するような態度を改めないなら――」



 ウルフはそテーブルに置いてある鉄兜をポンと宙に弾き、両手で持つと。

 その豊満な胸の前でメキメキと押し潰し、鉄兜を1枚の鉄の板へと変えて見せた。



「こうなるから覚悟しておいてね?」



 その光景と言葉に目の前に居た探索者だけではなく。

 周囲の探索者に加え、何故か店の店主に僕までも何度も首を縦に振る。




 そして、そんな空気の中ではゆっくり食事が出来る筈もなく。

 僕はウルフが壊した兜の代金として金貨一枚を探索者に渡すと、メーテとウルフの手を取り、逃げるように食堂を出ることになった。


 食堂から出る際に。


「おれ死ぬかと思った……てかリーダは? 

よ、良かった生きてるみたいだな」


「あの子供、恐ろしい美女を使役してるな」


「美女を使役する子供か、末恐ろしいな……」



 そんな会話が聞こえて来る。



 僕自身は何もしてない筈なのに、よく分からない評価をされている事を不安に思うと。

 出発前より軽くなった財布を見て、幸先の悪さに肩を落とすのであった。

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