第43話 20階層の階層主
僕達は今、ダンジョンの十一階層へと来ている。
幸いな事に十階層の階層主であるホブゴブリンは復活しておらず、余計な戦闘をする事もなく十一階層へと辿り着く事が出来た僕達。
本当ならホブゴブリンと戦った方がお金稼ぎになるのだが。
今回は二十五階層に到達する事が目的なので、出来るだけ余計な戦闘は避ける方針で行くようだ。
そして、十一階層なのだが、十階層までとは少し違いがあった。
遭遇する魔物の中にオークも紛れるようになっていたのだ。
事前に青き清流のメンバーから聞いて知った話だが。
十一階層から二十階層までは主にオークが出現するようで、階層主もオークの上位固体であるハイオークが現れるようだ。
そんな階層を僕達は進んでいったのだが、特に苦戦を強いる事もなく順調に階層を重ねる事が出来た。
何度かオークに遭遇したのだが、それでも順調に階層を重ねる事が出来たと言える。
それも当然の事だろう。
僕はこの数年、森の中でオークとの戦闘を何度も繰り返しており。
今ではオークくらいであれば数匹同時に現れても対処できるくらいにはなっている。
しかも、ここは洞窟内でそんなに道幅も広くない為。
オークに遭遇したとしても一匹、一匹確実に対処して行けば囲まれる心配もなく。
さらには森の中と違い視界を遮るような遮蔽物も存在しない。
そのような状況なのだからオークが現れたとしても、苦戦することなく狩る事が出来ていた訳だ。
そうして順調に階層を重ねた僕達は、十九階層まで辿り着き。
少し探索した所で二十階層へと続く階段へと辿り着いた。
二十階層へ続く階段に視線を向けながらメーテが口を開く。
「さて、順調に階層主まで辿り着けたみたいだが。
アル、準備は良いか?」
「ハイオークがどれくらい強いか分からないから少し不安だけど……
準備は出来てるよ」
僕はそう言うと腰に差してある片刃の剣の柄を撫でた。
「そうか、ハイオークも所詮はオークだ。
基本性能がオークとは段違いだが、落ち着いて対処すれば問題ないだろう」
「私もそう思うわ。
オークとの差に少しは驚くとは思うけど、基本は大振りな攻撃しかしないから、焦らず対処すれば大丈夫だと思うわ」
メーテとウルフはハイオークと戦う上でのアドバイスをし。
僕であれば問題ないことを伝えられ、少し気持ちが楽になる。
と言うか、この二人はハイオークとの戦闘経験もあるのだろうか?
そんな疑問も浮かんだのだが、ひとまず疑問は置いておくことにすると。
僕は二人の言葉に頷き、大きくひとつ深呼吸をした後、二十階層へと続く階段へと足を一歩踏み出した。
階段を降りると、そこは開けた空間になっており、空間の中央に一匹の魔物の姿を確認する。
その魔物の見た目はオークと言った感じなのだが。
普段見掛けるオークよりも一回り以上大きな身体を持っており。
そして、その身体には黒い鎧を纏い、手には巨大な斧が握られている。
間違い無くこの魔物がハイオークだろう。
僕がそう確信すると同時にハイオークは咆哮をあげる。
どうやら向こうも僕の事を敵と認識したようで、僕との間合いを詰める為に走りだした。
僕とオークの距離は目測で30メートル程度は離れている。
流石にオークの上位固体だけあり、オークと比べればそのスピードはなかなかの物と言えた。
しかし、元からオークと言う魔物は足の速い魔物では無い。
オークと比べたら速いと言うだけであって、驚く程の速いのかと言われれば、流石に首を傾げてしまう。
そんな事を考えている間にも、10メートル態度しか距離を詰められていないのがその証拠だろう。
そして、これだけの距離があれば、僕は余裕で魔法を発動する事が出来る。
僕はハイオークに右手を向けると、オリジナルの混合魔法『水刃』を放つ。
ハイオークの胴体を薙ぐように放たれた水刃。
突進した状態で、まともに水刃を食らったハイオークは、上半身を15メートル付近にドチャリと落とし。
下半身は上半身を乗せていないことに気付かずに走るのだが。
10メートル付近まで走った所で、内容物をぶちまけながらその走りを止めた。
「……余裕だったな」
「相手が悲惨なくらい余裕だったわね」
「申し訳ないくらい余裕だったね」
ハイオークと戦う前は不安もあったのだが。
蓋を開けてみれば汗すらかかない快勝ぶりに少しだけ申し訳ない気持ちになる。
申し訳ない気持ちはあるものの、魔石はしっかり回収し。
ダンジョンで魔物の死体がどうなるかは分からないが、森の中では腐敗する前にすべて焼いておいたので、一応焼くことにした。
そして、そんな作業をしていると。
「相変わらずアルの水刃の威力は凄まじいな」
ハイオークの死体を見ながらメーテが呟く。
「そうだね。前世の知識の参考にしたんだけど、ダイヤモンドも切れるらしいよ?」
「ほう、金剛石まで切れるのか」
「こんごうせき? ああダイヤモンドの事か。
そうそう、金剛石まで切れるらしいよ」
「なるほどな。初見では防ぐのに難儀しそうだな」
正直金剛石まで切れるのに、防ぎようがあるのか疑問だったので聞いてみると。
「防げない事は無いな。
障壁で防いでも良いし、単純な身体強化でも防ぐことは可能だろう。
まぁ、それなりに熟練していないと無理だとは思うがな」
金剛石でさえ切ることができるのに単純な身体強化で防げると言うのだから、魔法と言う存在に改めて驚かされてしまう。
そんな会話をしていると、ハイオークの死体も焼き終わったようで。
僕達は二十一階層へと向かうことにした。
二十一階層からは出現する魔物にまた変化があった。
ゴブリンやオークも姿を見掛けたのだが、それよりもリザードマンを多く見掛けるようになった。
リザードマンと言う魔物はトカゲを二足歩行させたような姿で、槍や剣、それに弓など。
個体によって様々な武器を扱う魔物だ。
武器が違うだけならそれほど脅威ではないのだが。
リザードマンと言う魔物は個人戦闘よりも集団戦闘を得意としており、集団戦闘になった場合、一度に様々な武器に対応しなければならない為、場数を踏んだ探索者でも苦戦させられる事があるらしい。
そんなリザードマンとの戦闘。
リザードマンとは森の中で戦った経験が何度かあるので、さほど苦戦させられる事は無かった。
しかし、オークの時とは違い今度は遮蔽物が無い事が仇になった。
リザードマンは基本3匹以上で行動をし、その役割も前衛、中衛、後衛とバランスが取れている。
森の中であれば、後衛の弓を木々を盾にすることで楽に戦う事が出来ていたのに比べ。
この階層ではそう言った遮蔽物が無いので、前衛以外のリザードマンにも常に注意を払う必要があった。
後衛を気にしすぎた所為で、前衛の対応が疎かになり。
何度かヒヤリとする場面に遭遇することにはなったが、一応は無傷で済んでいるので、苦戦と言う程の物では無かったように思う。
まぁ、多対一の戦闘において課題が残る結果な気はするが……
ちなみにだが、リザードマンはそれなりに強い癖に魔石の買い取りが安い。
その代わりにリザードマンの皮がそこそこの値段で買い取ってもらえるのだが。
荷物が増えて動きが制限されるのは困るので、今回は皮の回収を諦める事にした。
その後、二十二階層へ続く階段を見つけた僕達。
ダンジョンに潜ってから随分と時間が経っている事に気付くと、ウルフに周囲の安全を確認してもらい、そこで一晩休憩する事にした。
本当は一気に二十五階層へ向かいたい所ではあったが。
僕の疲れも貯まっているだろうと言う事に加え、リザードマンと遭遇するようになった事で戦闘の難易度が上がったと言う事もあり、メーテとウルフによって半ば強制的に休憩を取らされる事になった訳だ。
テントを張り、土魔法で周囲にちょっとした壁を作ると。
メーテは火を起こし食事の準備を始める。
鍋に適量の水を入れ、干し肉をひと口大の大きさに切り分けてから鍋へと加え、さらに乾燥した野菜や調味料を加えて行く。
鍋からは食欲をそそる匂いと湯気が立ちのぼり。
その匂いが僕の鼻孔をくすぐるとお腹がグゥーっと鳴った。
魔物との戦闘で集中していたから気付かなかったが、どうやら思ってた以上にお腹が空いていたようだ。
そんなお腹の音を聞いていたのだろう。
メーテとウルフが微笑ましいものを見るような視線を向けるていることに気付き。
2人の視線で途端に恥ずかしくなると、思わず下を向いてしまった。
その後、料理が出来上がると、3人で焚き火を囲んでの食事となった。
持参した木製の器になみなみと注がれたスープ。
器同様、木で作られたスプーンでスープを掬うと口へと運ぶ。
口の中に肉の塩気や野菜の旨味が広がり。
それが喉を通ると胃へと流れ込み、身体の内側から温かくなるのを感じる。
スープに浮かんでいる肉を口に含み、肉の塩気と脂の甘みが消えない内にパンを一口大にちぎると口へと放り込む。
そうやってメーテの料理に舌鼓を打っていると。
「食事をしながらで良いから聞いてくれ」
食事を続けながらメーテの話に耳を傾ける。
「このままのペースで行けば、明日の昼過ぎには二十五階層に着く事ができそうだ。
二十五階層に着いたら、どのような場所なのか判断し。
危険でなければ食糧の補充をした後、一泊してそのまま三十階層へ向かう。
しかし、もし危険であると判断した場合は、一度転移魔法陣で地上へ戻ろうと考えている」
「危険? 人の居る街だから安全なんじゃないの?」
僕はそう思ってメーテに尋ねたのだが。
「アル、人が居るから危険と言う事もあり得るんだぞ?
初めてダンジョンに潜った時に回復薬を売って居る者が居たのを覚えているか?」
「覚えてるよ。
ギルド内で回復薬を売ってるのに営業妨害にならないのかな?って思ったから」
「うむ、そうだな。
恐らくだが、ダンジョン内でのそう言った行為を取り締まっては居ないんだと思う。
こんな場所だ。職員を巡回させようにも労力が掛かる上、取り締まった所でイタチごっこになるのは目に見えているしな。
これも恐らくだが、ギルド側としては大きな問題や犯罪でもない限り関与はしないと言う考えなのだろう」
確かにダンジョンと言う危険な場所では、巡回する職員自体に魔物を狩れるだけの実力が必要だろう。
ギルドにどれだけの戦力があるのかは分からないが。
巡回出来るような人材を揃えるのもタダではないだろうし、むしろそれだけの実力があれば下手したら職員ではなく、探索者を生業にした方が稼げる可能性すら出てくる。
それでも構わないと言う人も居るかも知れないが。
人を揃え、全階層を巡回させるとなれば流石に無理がある話だし、完全に取り締まるのも無理なように感じる。
ギルドとしてもルールを作ってそれに従って貰うようにする事と、後は探査者の良心に委ねるしかないと言った感じなのだろう。
そして、完全に取り締まることが出来無い状況に加え、元より探索者と言う職業には粗暴な者が多く見られる。
「そうか。メーテは町の治安を気にしてるんだね?」
「うむ、そう言う事だ。
二十五階層には転移魔法陣もあるようだし。
ダンジョン内で言えばギルドとしても管理しやすい場所ではあるとは思うが……
用心するに越した事は無いだろう?」
メーテはそう言って言葉を締めくくった。
町があるからと言ってもダンジョン内だ。
まだ二十五階層の町がどう言った場所なのかは分からないが。
完全に気を抜く事は出来ないかもしれないな。
そんな事を考えながら、僕はスープを口へと運ぶのだった。
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