第42話 詠唱

昨日は家に帰った後、メーテとウルフにじっくりと話を聞く事が出来た。



 僕に対して行っていた授業の内容についてなのだが。

 本人達もこれはちょっとやり過ぎかな?と言う自覚はあったらしく。

 その授業を行った本人達が言うには。



「アルが魔法をどんどん覚えて行くのが面白くて自制が利かなくなった」


「アルは始めこそ教え甲斐が無いけど、呑み込みが早いからついついあれもこれも教えたくなるのよね」


「そうだな。ある意味アルが悪い」


「そうね。アルが悪いわ」



 と、言うことらしいが、何故か逆に僕が責められると言う謎の展開になった。

 謎の展開になったのだが、それも半分は冗談のようで、



「でも確かにやり過ぎたとは自覚しているが。

この経験がアルの為になってくれればと思っているのも事実だぞ?」


「最低限、自分を守れる力は身につけて欲しいと思った結果ね。

やり過ぎたとは思っているわ」



 そう言うと申し訳なさそうな表情をする二人。


 要するに。

 僕の将来の事を考えて魔法を教え始めたのだが。

 二人の想像以上に物覚えが良かった為、ついやり過ぎてしまったと言う事なのだろう。



 青き清流の話を聞くまでは、彼らにとって過酷とも言える授業が僕にとっては当たり前だったし。

 そもそも魔法を覚えたいと言ったのは僕の方から伝えた事だ。


 辛いと思う瞬間は何度もあったと言うのが本音だが。

 正直、メーテやウルフを責めようなんて気持ちは一つもなかった。


 なので、素直な気持ちを二人に伝えたのだが……



「授業で辛い思いした事もあったから。

ちょっと意地悪して、少し困らせてみようと思っただけだから気にしないで。

それに、辛い時もあったけど、それよりも感謝の気持ちの方が強いしさ」 



 しかし、素直に伝えたのがいけなかった。



「感謝していると言うのなら添い寝してくれても構わんのだぞ?」


「そうよ? お腹に顔埋めてモフモフするやつしてくれてもいいのよ?」



 感謝の気持ちを表した途端に対価を要求する二人。


 そんな変わり身の早さに若干引くこととなり、この話は終了する事になった。


 もちろん要求はお断りした。




 その後は気になっていた単語。

 詠唱に機動魔法について教えて貰った。



 まずは詠唱についてなのだが。

 基本、魔法使いは詠唱を行う事で魔法を行使するようだ。


 では何故詠唱を行うのか?


 その理由は集中と想像をするのに都合が良いと言う事。


 基本詠唱と言うのは、三小節程に別れている。


 一つ目の言葉で使いたい属性に対する感謝や敬いの心を言葉にして、魔素への干渉をしやすくする。

 二つ目の言葉で効果を想像し、三つ目の言葉で対象の指定と結果を求めて発動に至る。


 要するに、干渉、想像、指定、結果これらの工程を円滑に行う為に、詠唱は必要と言う事らしい。



 では何故?僕やメーテが無詠唱で魔法を使う事が出来るのか?


 メーテの説明によると、本来なら誰しも無詠唱での魔法は可能らしいのだが、それだと非常に効率が悪いらしい。


 何故効率が悪いのかと言うと、詠唱で行われる干渉、想像、指定、結果の内、干渉を行わないからだ。


 本来魔力と魔素は密接な関係にある。

 魔素に干渉す事に秀でてる者は魔法使いとして格が高い傾向にあることからも、干渉行わないと言う事は非常に効率の悪い事だと分かると思う。


 魔素に干渉しないで魔法を使うと言う事は、自分の魔力だけで魔法を使う事になり。

 無詠唱を好んで使う者は余程自分の魔力量に自信があるか、効率度外視の愚か者かのどちらからしい。


 そして、僕やメーテは無詠唱魔法を使うので愚か者なのか?

 と言う話になるのだが、そう言う事にはならないようだ。


 まず魔力量だが今よりも幼い頃から魔力枯渇を繰り返して来た事で、他の魔法使いと比べても十分な魔力量を持っており。

 それに加え、同時に魔素へ干渉しやすい身体へと作り変えて来た。


 その結果。


 本来であれば、無詠唱の場合は干渉と言う工程が行われないのだが。

 僕の場合、無詠唱でありながらも自然と魔素への干渉が出来るようになっており。

 メーテも当然それを可能にしているので、無詠唱のデメリット無しに詠唱と同じ効果を発揮する事が出来るようだ。



 メーテ曰く、下手に詠唱を覚えるよりこっちの方が効率が良いと言う話なのだが……

 それまでの過程を想像すると本当に効率が良いのかと疑問に思ってしまう。


 しかし、無詠唱をデメリット無しで使えるようになった今では、そう疑問に思うことに意味はなさそうだ。


 それと、高難度の魔法を行使する時には便利と言えば便利らしいので。その段階になったら覚えてみるのも悪くはないだろうと言う事だった。



 詠唱についてはこんな所だろう。




 次に機動魔法と言う単語なのだが。

 こちらはそれほど特筆する事はない。


 機動魔法と言うのは戦い方の一つのようだ。


 本来、魔法使いと言う者は、後方に構えて高火力の魔法を放つ砲台のような役割を持つ。

 それに対して、細かい魔法を駆使して前衛もこなすのが機動魔法と言う戦い方らしい。


 機動魔法と言うのは、詠唱をしながら前衛もこなさなければいけないので非常にやる事が多く。

 そんな理由から機動魔法と言う戦い方をする者は徐々に減って行き、今ではほとんど見かける事がないようだ。


 そんな珍しい戦い方をするものだから青き清流のメンバーは驚いていたのだろう。


 メーテはそう教えてくれた。




 昨晩はその様な話を聞いた後眠りにつくことになり。

 そして翌朝。

 僕達は朝食を取った後、今後の方針について話し合っていた。


 昨日は十階層まで辿り着く事が出来たのだが、準備不足が否めなかった。


 そうなると、ダンジョンに深く潜る為にはそれなりに準備が必要となるのだが。

 どの程度の準備をすれば良いのかが問題となる。


 だが幸いな事に、青き清流のメンバーからダンジョンの情報を教えて貰えたので、その情報を元に、今後の準備と方針を決める事が出来た。


 今後の方針として、まず僕達が目指すのは二十五階層にあると言う町だ。


 ダンジョン内にはいくつかの町が存在するようで。

 そこには宿屋や食堂があり、武器や食料、ダンジョンで使える雑貨品なども販売しているようだ。


 その他にも地上とダンジョンを繋ぐ転移魔法陣も設置されているようで。

 そこまで行けば一度地上に戻り、再度準備をしてダンジョンへ潜る事が出来るので。

 そう言った理由から二十五階層にある町を目指すことになった訳だ。


 では何故始めから転移魔法陣を利用して二十五階層へ向かわないのか?

 と言う話になるのだが、それは実力の無い者が無暗に深い階層に行く事を防ぐ為らしい。


 一度ダンジョン内部から二十五階層に行く事が出来れば、二十五階層で通行書を受け取る事が出来る。


 通行書を提示する事で、転移魔法陣で地上に戻る事が可能となり。

 地上に戻ってからも通行書を提示する事で二十五階層から潜る事が可能になるようだ。


 一応、緊急時以外は一人当たり銀貨一枚かかるそうだが。



 僕的にはもう少しダンジョンと言うモノに慣れるまでは、浅い階層で稼ぐのも良いかと思っていた。


 だが、メーテの判断は僕とは違うようで。

 下手に浅い階層で慣れるよりは、多少の危険を冒してでも緊張感を持って臨んだ方が良いだろうと言う判断らしい。


 ウルフもメーテの判断には賛成のようで、浅い階層に留まるよりは積極的に潜った方が良いだろうと言う事だった。




 今後の方針も決まった僕達は、買い物をする為に街へと向かうことにした。

 ダンジョンに潜る為に必要な物の買い出しの為だ。


 まずは食糧。

 二十五階層に着くまでには一日以上はかかるらしい。

 途中不慮の事態が起こって引き返す事になることも考え、往復分と予備で三日分を用意した。


 そして、今後も使う機会があるだろうと言う事で、テントに寝袋、調味料や調理器具も買い揃えた。


 必要経費だとは思うがホブゴブリンの報酬が丸々飛んでしまったのは少し痛い。


 そうして買い出しを終えると、結構な荷物量があり。

 これを担いで歩くのは少し苦労しそうだ。

 そんな事を思っていると。



「そこそこな荷物になったな……

まぁ、基本私とウルフは見ているだけだし、荷物は二人で背負えば問題ないか」


「そうね。荷物背負うくらいなら万が一の時でも問題はないでしょ」



 そんな会話を交わすメーテとウルフ。

 流石に女性二人だけに荷物を背負わせる訳にもいかないので、僕も荷物を持つと言う事を提案したのだが。



「いや、アルは魔物と戦う役目がある。

出来るだけ身軽な状態の方が良いだろう」


「これからアルが先頭に立って魔物を狩って行くんだから、私達の心配よりも自分の心配をしなきゃね?」



 二人にそう言われてしまい、僕の提案は却下されてしまった。


 どう説得したら良いのか悩んだものの、こう決めてしまったら二人はそうそう折れる事はないだろう。


 仕方が無いので荷物は任せる事にして、二人に危害が及ばないように魔物は僕がどうにかしようと決意したのだが……




 後々この判断が間違いであったと後悔する事になる。



 そんな事が切っ掛けで『美女使い』と言う不名誉な二つ名を冠する事になるとは、この時の僕は知る由もなかったのだ。

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