第37話 迷宮都市

 転移魔法陣独特の浮遊感に襲われると、次の瞬間には薄暗い部屋の中に立たされていた。


 転移魔法陣から漏れる光を頼りに部屋を見渡してみれば、窓などは無いようで。

 扉が一つと部屋の隅に申し訳程度に置かれた棚が目に入る。


 恐らく、暫くこの部屋は使われていなかったのだろう。

 棚を見れば埃が随分と溜まっており、部屋も心なしかカビ臭く感じた。


 そんな部屋の様子を同じように見渡していたメーテは眉に皺を寄せ。



「随分とこの場所は利用して無かったからな……

まずは部屋の掃除から始めるしかないようだな」



 面倒臭そうな様子でそう言うと、小さく溜息を吐いた。



 そうして、転移魔法陣のある部屋から出ると。

 ダイニングテーブルのセットにソファーと言った家具や、小物を収納できそうな棚などが置かれたリビングと言った作りの部屋が僕の目に映る。


 一見何の変哲もないリビングではあるのだが。

 よくよく部屋を見渡してみれば、どの家具にも埃が溜まっているのが目に付き、転移魔法陣の部屋同様に暫く使われていないことが予想できた。


 メーテは部屋の掃除から始めると言っていたが。

 この部屋の状態では掃除を終えるまでに随分と時間が掛かりそうに感じてしまい、掃除の手間を考えると、少しだけ肩を落としてまう。


 しかし、肩を落としていても部屋が綺麗になる訳でもないので、気持ちを切り替えると掃除に取りかかろうとしたのだが。



「さて、買い物などもしなければいけないし、掃除はパパッと終わらせてしまうことにしよう。

ちょっと魔法を使うからアルとウルフは魔法陣の部屋に戻って貰っていいか?」



 メーテは僕とウルフに転移魔法陣のある部屋に戻るよう指示し、僕達が指示に従って部屋に戻るのを見届けると、指をパチンと鳴らした。


 その瞬間、メーテの目の前には風魔法で作ったと思われる球体が浮かんでいた。


 そして、メーテは風の球体に指示を出すかのように指を左右に上下に振ると。

 風の球体は指の動きに合わせて移動し、部屋の隅々まで一通り移動しきったところでその動きを止めた。



「うむ、こんなところか」



 メーテはもう一度指をパチンと鳴らすことで風の球体を消滅させ。

 風の球体が消滅すると、その代わりに埃の塊がそこにはあった。


 僕はその様子を見て成程と頷く。

 恐らく、メーテがやった事は風魔法を応用した掃除機と言った所なのだろう。


 そう思って、改めて部屋を見れば家具に溜まった埃は消えており、メーテの魔法の発想と手際の良さに驚かさてしまう。

 そうしている間にも他の部屋も同じように風の球体で掃除をしていくメーテ。


 流石にメーテだけに掃除を任せる訳にはいかないと思った僕は、何か手伝えることがあるかを訪ねたのだが。



「アルとウルフには後で食器洗いくらいはやって貰う。

今は授業の一環として、私が魔法で何をしているのかをよく見ておいてくれ」



 そう言われて断られてしまった。



 そして、その後もメーテの魔法は凄かった。


 水魔法と風魔法と火魔法の混合魔法と思われる球体を作りだすと、先程と同様に指を左右に上下にと振る。


 すると、その球体が通った所が雑巾を掛けたかのように綺麗になって行った。


 原理は分かる。


 要するに水属性魔法で回転を加えた水を出すことで汚れを落とし。

 それと同時に火属性魔法と風属性魔法で温風を送り、瞬時に乾かしているんだとは思う。


 言葉にしてしまえば簡単な事だと思うかも知れないが。

 三属性の混合魔法となれば緻密な魔力操作を必要とされ、今の僕ではやろうと思ってもまず成功させる事は出来ないだろう。


 しかし、メーテはそれを鼻歌交じりでやっている。


 掃除に使用する魔法にしては、とんでもない技術の無駄遣いをしているように感じてしまうが。

 悔しいことに、その洗練された技術に見入ってしまう。



 そんな風に見入っている間にも部屋は掃除されて行き。

 埃まみれだった部屋は、先程までの状態がまるで嘘のように綺麗な状態になっていた。


 そして、すべての部屋の掃除を終えたメーテ。



「うむ、中々綺麗になったんじゃないか?


それと、布団が駄目になっていたな。

他にも結構駄目になっている物があったから、色々と買い揃える必要がありそうだ」



 綺麗になった部屋を見て満足そうに頷き。

 それと、買い揃える物が多くあることを聞かされることになった。


 その話を聞いた僕は、転移魔法陣があるのだから、夕食や寝る時は森の家に帰れば良いのでは?

 そう思いメーテに訪ねてみたのだが。



「それでも構わないのだが毎回では面倒だ。

それに家と言うのは人が住まないと駄目になるからな。


この家も結構長い間放置してた事だし、駄目になった所を修理しながら暫く住んでやるのも悪くないだろう」



 どうやら、そう言った理由があるらしく、今後暫くはこの家を拠点にする事にするようだ。


 僕としても新しい生活と言うのは新鮮なので、メーテの意見に反対する理由も無く。

 その意見を素直に受け入れる事にした。



「とりあえず、今日は必要な物の買い出しなどをして、生活できる状態にする事を優先したい。

ダンジョンの潜るのは明日以降になるが、問題ないか?」


「むしろ助かるかも。

着いて早速ダンジョンだと、心の準備が出来て無いし……」



 メーテは僕の言葉に「それもそうだな」と返した後。



「では、早速街に出て買い出しでもしに行くか」



 そう告げると僕達は迷宮都市メルダの街へと繰り出す事になった。






 迷宮都市の街を歩いていると、その雑多な街並みに驚かされてしまう。


 城塞都市は統一性のある街並みと言えばいいのだろうか?

 中世ヨーロッパを思わせる街並みで、それぞれの建築物に個性はあるものの。

 街を作り上げて行った人達の一貫性のようなもを感じられた。


 だが、ここ迷宮都市はそう言うものが感じられず。

 言葉で表現するのであれば、雑多と言う言葉が一番しっくりくる。


 中世ヨーロッパのような建物があれば、中東やアジアと言ったような建築物が立ち並び。


 街行く人々も城塞都市では人間が大半だったのに対し、迷宮都市では亜人や魔族と言った種族の割合が多く見られた。


 そんな雑多な街並みに驚かされながらも迷宮都市の街並みを楽しんでいると、どうやら目的地の一つに辿り着いたようだ。



 店に入ると店員の男性が声を掛けてくる。



「いらっしゃいませ。本日は何をお求めでしょうか?」


「うむ、布団を探している」


「左様でございますか、布団でしたらこちらの商品なんていかがでしょうか?

最高級の日光鳥の羽を使った布団になりますので保温性も抜群ですよ?」


「いらん、そんな大層な物は求めていない。

安い物で良いから三組ほど見繕ってくれ」



 店員さんの言葉をバッサリと切って落とすメーテさん流石です。

 僕だったら受け答えしている内に買わされてしまいそうだ。



「さ、左様でございますか。

それでしたらこちらのマットレスなんか――」


「いや、いらん」



 店員さんも負けじと食い下がるがメーテはぶれない。



「さ、左様でございますか。

でもこちらはセットで購入して頂ければお安く――」


「くどいぞ店員?

何を出されようと私は買う気が無い。

安い布団で良いから三組ほど見繕ってくれと言っている」



 粘る店員さんだ。それでもメーテはぶれないのが凄い。



「さ、左様でございますか。

ゆったりと寝られるダブルサイズの物もお勧めしたかったのですが――」



 まだ粘る店員さんには驚かされるが、それでもメーテはぶれない。



「ダ、ダブルベッドだと!?」



 いや、ぶれた。


 そして、これが商機とみたのであろう。店員さんは畳掛ける。



「ええ、ええ、そうです!

こちらのダブルサイズのベッドでしたら安眠できる事請け合いですよ!」


「ほ、ほう。

た、確かに最近寝不足だしなー。

ダブルサイズ位じゃないと安眠できないかもしれんなぁー」



 嘘をつくな?昨日もぐっすり八時間は寝てたよね?


 メーテの目的は分かっている。

 宿屋の一件でダブルベッドなら添い寝出来るとか考えているのだろう。


 そして、そんな様子を黙って見ていたウルフが口を開いた。



「メーテ。ダブルサイズのベッドなんか必要ないでしょ?」



 流石ウルフさん!


 出発前、宿屋の一件でメーテの事を咎めていただけはある。

 ダブルベッド購入反対派は2人だ。これでメーテも諦めてくれるだろう。

 そう思いほくそ笑んでいたのだが……



「それじゃ二人しか寝れないじゃない?

店主? もっと大きいサイズの物はないのかしら?」



 ……どうやら追い込まれていたのは僕の方らしい。


 そして、店員は実に良い笑顔で「ええ、ええ、ありますとも」とか言っているし。

 メーテとウルフは。



「ウルフすまなかった。私は自分の事しか考えていなかった」


「いいのよメーテ。店主が持ってきてくれるベッドがすべて解決してくれるわ」


「そうだな! 三人で寝よう!」


「ええ、三人で寝ましょう」


「ええ、ええ、三人で寝るのが良いでしょう」



 などと言って、店員さんも交えて無駄に団結し始めている。



 これは非常に良くない。


 僕はとっさに店員さんの腕を掴むと。



「始めの高そうな布団で良いので三組下さい!」



 そう口にしていた。


 そして、その言葉を聞いた店員さんは。



「かしこまりました! ありがとうございます!」



 先程よりも数倍は良い笑顔でそう言った。


 どうやら、ウルフが頼んだベッドより高いようだ……






 僕は自分の貯金から金貨三枚を払った。とんだ散財だ。


 布団は夕方頃に家まで運んでくれるようで、家の場所を伝えた後でお店を後にした。



 メーテとウルフはがっくりと肩を落としている僕を見て。



「すまなかったアル。つい取り乱してしまった。後で布団の代金は払う」


「ごめんねアル?

私は秘蔵の骨くらいしかあげられないけど」



 そんな事を言っていたのだが謝罪の言葉だけ受け取り、他は丁寧にお断りした。


 ついでに、今後迷宮都市で掛かる費用は僕が払う事を確約した。


 当然のように反論されたのだが。

 自分で稼ぐと言いながら結局は手助けしてもらっているのだから、せめてそれぐらいはしないと自分自身納得が出来ないと言う事を説明すると、渋々ながらも二人は納得してくれたようだった。


 お金が減ったのは痛いが、その分ダンジョンで頑張れば良いだろう。



 その後。

 僕達は街を周り、食材や食器、調理器具などその他にも色々と備品を揃えていき。

 それらの買い物が終わると、家へと帰ることになった。


 そして、家で着いて暫く経った頃。

 家まで配送してくれた店員さんから布団を受け取り。

 夕食を取った後、雑談を交えながら明日の予定を話し合いをし、夜も更けて来たところで就寝する事になった。



 買った布団に潜り込むと最高級品なだけあって凄く暖かかったが、相反して僕の懐はすこし寒くなり。

 なんだか、少し切ない気持ちで眠りに落ちるのであった。

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