第34話 ソフィアの決意 中編

 朝を迎えると身体の節々が痛い事に気付いた。


 馬車の中とは言え、敷布団も無く薄い布を敷いただけだし、痛くなるのも当然かもしれないわね。


 そんな風に身体に痛みを感じながら馬車の外に出ると、何かを話しているアルとアランさんの姿が目に入った。



 どうやらアルとアランさんが手合わせをするみたい。


 アランさんはBランク冒険者だけど。

 昨日見たアルの動きなら、もしかしたら勝てるかもしれない。


 もし勝ったとしたら、それは本当に凄いこと。


 そう思ってアルに声を掛けたのだけど……



「し、仕方ないから、ア、アルの事応援してあげるわ」



 なんで?

 アルを前にすると、何故だか分からないけど素直に言葉が出ない。


 普通に頑張ってって伝えたいだけなのに……

 これじゃ本当に変な子だと思われてしまうわ。




 アルとアランさんの手合わせは本当に凄かった。


 アルは身体強化を使ってるのだと思うけど、信じられない速さで動いていた。


 私も家庭教師に剣術や魔法を習っているけど、とてもじゃないけどこんな動きは出来ない。


 下手したら私の家庭教師でもこんな動き出来ないんじゃないかしら?


 歳が同じだと言うのに、自分との差を考えると、悔しいような、誇らしいような。

 そんな自分でもよく分からない気持ちが胸を満たしていった。



 だけど、そんなアルの動きに対処して、ポコポコとアルの頭に手刀を加えていくアランさん。


 流石だとは思うけど、相手はまだ子供なのよ?

 もう少し手加減してもいいんじゃないかしら?


 徐々にアランに対するイライラが募っていく。

 そして、そんな事を思っていると。



「そこまで!」



 パパの一言で二人の手合わせが終了することになった。


 結果を見れば、アルが負けてしまったと言うのは明らかで。

 そんなアルに視線を向けてみれば、とても悔しそうな表情を浮かべていた。


 本来なら大人に負けたからと言って、そんなに悔しそうな表情はしない。


 だって相手は大人だよ? 負けても仕方ないじゃない?


 でも、アルは本当に悔しそうな表情をしている。

 そして、その表情を見てると私の胸は苦しくなり、思わず。



「アラン! あなたちょっと大人気ないんじゃない!」



 そんな言葉を口にしていた。


 いつの間にかアランの事を呼び捨てになっていたけど。 

 でも知ったことじゃない。アルをいじめるアランなんてアランで充分だ!


 そんな風に怒っていたのだけど……

 気がついたらアルとアランは普通に話して笑いあっているし……


 私のこの怒りは何処にぶつければいいのかしら?


 さっきまであんな悔しそうな表情してたって言うのに、もう笑いあってるとか。

 男って本当不思議な生き物ね。




 出発の準備も整い馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと走りだし、今日の陽が落ちるまでには城塞都市に着く事をパパに教えられた。


 馬車の中では色々な話をした。


 アルに趣味を聞いたら、読書が好きだって言ってた。

 私も本は嫌いじゃないけど、挿絵が多く入ってないと読んでいて疲れてしまう。


 でも、そんな事言ったら、子供ぽいって思われそうだから言えなかった。


 家に帰ったらちゃんと挿絵の少ない本にも挑戦してみよう。

 そんな事を考えていると、御者が声を上げた。



「見えてきましたよ! 城塞都市ボルガルドが!」



 アルはその言葉を聞くと、御者席へ身を乗り出し、まだ遠くに見える城塞都市を目をキラキラさせながら見ていた。


 アルは年齢の割には大人っぽい雰囲気を出しているから、そんな子供っぽい部分が見れたのが嬉しくて。

 その対象が私の住んでいる都市と言うのが誇らしくて。



「すごいでしょ! これが私が住んでる都市よ!」



 思わず胸を張ってそう言ってしまった。




 それから暫く馬車は走り、城塞都市の壁面がどんどん近付いてくる。


 アルはその様子を御者席の近くで眺めていた。


 私もそんなに都市の外に出る機会が多くはないから、こうやって城塞都市の壁を外から眺めるのは新鮮だったりする。


 あらためて思うけど、こんな規模の壁を数十キロに渡って作った昔の人はある意味馬鹿なんじゃないかしら?

 でも、そのおかげで安心して住める訳だから今のは失言だったわね。



 御者が門兵と簡単な手続きを済ますと、馬車は城塞都市の門をくぐる。


 トンネルのような門をくぐると、見慣れた城塞都市の街並みが目に入った。


 やっと帰って来たんだな。

 そんな風に思いながら、城塞都市の街並みを見たアルの反応が知りたくて、アルに視線を向けると。

 さっきと同じように目をキラキラさせながら街並みを眺めていた。

 そんなアルの仕草がやっぱり嬉しくて。



「どう? 城塞都市ボルガルドはすごいでしょ!」



 胸を張ってそう言った。


 ん? アルの視線が胸に向いているような気がするし、なんか失礼な事考えてそうだけど……気のせいよね?




「長時間お疲れさまでした。終点ボルガルドです。

料金は銀貨一枚になります」



 停留所に馬車が止まると御者がそう声を上げた。


 私は馬車から降りたくなかった。

 馬車から降りてしまえば、アルといられる時間も終わってしまう。


 でも降りるしかない。


 アルとはここでお別れだ。

 数日滞在するようだし、もしかしたら会う事もあるかもしれないけど。

 この広い城塞都市ではその可能性は限りなく低いと思う。



「そう言えばメーテさんにアル君。

城塞都市にどのくらい滞在する予定でしょうか?」



 そんな事を考えていたら、パパが二人に声を掛けた。



「そうですね。三日か四日と言ったところでしょうか」


「なるほど、長くて四日と言う感じですね……

娘を助けて頂いたお礼をしていなかったので、我が家にお招きして食事でもと思ったのですが。

四日となると、お誘いして時間を浪費させてしまうのも悪い気がしてしまいますね」



 えっ? もしかしてここでお別れじゃないの?



「成程。そう言うことであれば是非」


「おお! ありがとうございます!

それでしたら、まずは城塞都市を見て周りたいでしょうし、こちらもお迎えする準備をしなければいけませんので。

そうですね……一日置いて、明後日の夜などはいかがでしょうか?」


「構いませんよ。夜であれば都合が付くと思いますので」


「それは良かった。

そうしましたら明後日の16時頃、この場所で待ち合わせと言うことでよろしいでしょうか?

お手数だとは思いますが、よろしくお願いします」


「明後日の16時頃にこの場所ですね。

それではお言葉に甘えて、明後日の夜、お招きに預かろうと思います」



 お別れを覚悟していた私は、突然の状況に頭が整理できなくて。



「えっ、アルが家にくるの? どうしよう……部屋片づけてない」



 などと口走ってしまった。


 そんな私の言葉を聞いて。



「パパは部屋に男性を入れるのはまだ早いと思うなぁー」



 そんな事を言いながら、パパはアルの事を凄く睨んでいる。


 パパ?お願いだからそれやめて貰えないかな?




 そのあと、三人は一旦の別れを告げて城塞都市の街へ消えていった。


 私とパパは停留所でそのまま馬車を待っていると、フェルマー家専用の箱馬車が到着した。


 馬車からウチの執事長のモウゼスが降りてくる。



「旦那様にソフィアお譲様、お帰りなさいませ」



 そう言ったモウゼスに「ただいまモウゼス」と返し馬車に乗り込んだ。



 馬車に乗り家へ帰る途中。



「モウゼス。明後日の夕刻頃に客人を招いた。

今回の帰路でソフィアの命を救ってくれた大切な客人だ。

相応のもてなしをしようと考えているから準備を頼んだぞ」


「それはそれは、了解いたしました。

失礼の無いように対応させていただきます」



 モウゼスがそう答えると、私の中でアルが家に来ると言う実感が込み上げて来る。



 どうしよう?

 アルが来るなら新しい服も用意しなきゃいけないし。

 私が療養してる間、メイド達には部屋に入らないように言ってあったから、部屋は散らかったままだ。


 明後日にはアルが来るって言うのに、やらなきゃいけない事が多すぎる……



 だけど、出来るだけの準備をするしかないわね!


 準備する時間が少ない事が不安だけど。

 それ以上に、私はアルが家に来る事に胸を高鳴らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る