第33話 ソフィアの決意 前編

 パパは心配性だ。


 私は只の風邪だって言っているのに無理やり田舎に押し込められた。


 パパは都会の空気より、田舎の綺麗な空気の方が体調が良くなりやすいって言ってたけど……

 私には違いなんて分からなかった。


 何も無い退屈なだけの村。


 療養ってことらしいから、部屋から碌に出る事も出来ない。

 しかも最悪な事に、この状況が数週間も続いてる。


 本当に退屈だわ。



 それから数日後、やっと城塞都市に帰れる事になったのはいいんだけど。

 パパが帰りの足として用意したのは普通の幌馬車。


 てっきりフェルマー家専用の箱馬車でゆっくりと帰れると思ってたのに。

 パパは「たまにはこう言う旅もいいじゃないか?」だって。


 もう!私は早く帰りたいって言うのに!



 馬車に乗り合わせたのは私たち親子の他に三人。


 パパは商人だけあって人と接するのに慣れている。


 気がつけば乗り合わせた乗客に話しかけていた。



「私達は城塞都市の出身なんですが、この子が少し病弱でして。

療養も兼ねて田舎でゆっくりさせていたんですが、私の仕事の都合で、城塞都市に帰ることになりましてね。

貴方達は何しに城塞都市へ?」



 だけど、話しかけた内容が私の事だったから恥ずかしくなって。



「パパは心配しすぎなのよ……

私は只の風邪だって言ってるのに、何週間も田舎に閉じ込めて」



 思わずそう言ってしまったのだけど。

 パパが風邪や病気なんかに、過剰に反応してしまうのには理由があるのを知っていた。


 生まれたばかりの事だから記憶にはないけど。

 私のママは、当時の流行病にかかって死んでしまった。

 その所為で、パパは風邪とか病気とかそう言うものに必要以上に反応してしまうみたい。


 そんな理由があるのは知っているから、心配するのも理解出来るんだけど……

 過保護すぎるパパの行動は少し恥ずかしいのよ。



 そのあとは、自己紹介をしたんだけど。


 このメーテさんて人綺麗すぎない?

 城塞都市で綺麗な人は多く見るけど、メーテさんほど綺麗な人はめったに見る事なんてないわ。


 弟のアルディノ?って言ったかしら?

 割と整った顔をしているとは思うけど、メーテさんと比べたら見劣りしてしまうわね。


 と言うか、歳も離れているし顔も似てないけど本当に姉弟なのかしら?



 それともう一人乗り合わせてたのは、Bランク冒険者の『不屈のアラン』さん。


 城塞都市に住んで居れば、名前を聞いた事ある人も少なくはないとは思うけど。

 実際見てみると、二つ名からは想像できない軽薄なイメージね。


 女性を泣かせてそうな感じもするけど、実際は女性に振り回されていそうな気がするわ。




 暫くすると陽が落ちて来たと言うことで、今日は野外で宿泊するみたい。


 始めは幌馬車なんて時間がかかるしゆっくり出来ないから嫌だったけど。

 案外こう言うのも新鮮だし、ちょっとだけワクワクするから、悪くないかもしれないわね。


 だけど、どうしよう……お手洗いに行きたいわ。

 でも、お手洗いなんてある筈もないし……


 アランさんとアルディノはなんか話してるみたいだし、パパも御者と話してる。

 メーテさんは何処か行ったみたいだし……

 気付かれない内に草陰で済ますしかないわよね……はぁ。




 どうにかばれないように済ませる事が出来たけど……


 あら?なにかしら?なにか木の陰に――


 嘘っ!? オーク!? しかも三匹!?


 家庭教師に剣を教わってるけど、オークの相手なんか絶対に無理!

 どうにか見つからないように皆の元に戻らなきゃ――



 パキッ



 え?パキッ?


 恐る恐る足元を見たら、足の下には二つに折れた木の枝があって。

 私は慌ててオークが居る方に視線を向けた。


 あっ。目があった。





「キャアアアアアアアア」



 私は今オークに足を掴まれ逆さづりにされている。


 逆さづりにされてる訳だからスカートは当然捲れ、下着も見えてしまっている。

 でも、そんな事を気にしているような状況じゃない。


 このままじゃ殺される! 怖い! 誰か助けて!



 あっ、あれはアランさんとアルディノ!

 Bランク冒険者のアランさんなら助けてくれる筈!



 だけど、彼等は足を止めてしまった。


 なんで!? お願いだから助けてよ!


 あっ、パパ!



「あれはオーク!? アランさん!どうか娘を!娘を助けて下さい!」



 でも、アランさんは動かない……なんで? 私このまま死んじゃうのかな?



 ……いやだ! まだ死にたくない!

 私にはやりたいことがいっぱい残ってる!


 城塞都市に出来た新しいお菓子屋だって行けてないし、学園都市にだって通う予定だ。

 それに、パパに花嫁衣装を見せるまでは絶対に死んでなんかやれない!



「イヤアァア! やめて! 離しなさいよ!!」



 だから、どうにか逃げだしてやろうと、精一杯暴れてやった。


 そんな瞬間だった。



 遠くに立っていた筈のアルディノが一瞬でオークとの距離を詰めて、私の目と鼻の先に立っていた。


 え? あの距離を一瞬で? 混乱する頭では状況が整理できない。


 そんな私を他所に、アルディノはオークの腕を切り落とすと。

 「キャッ」と悲鳴を上げて落下する私を抱きかかえてくれた。


 突然の出来事でやっぱり頭が混乱して状況が整理できなかったけど、抱きかかえられたままにアルディノの横顔に視線を向けると――


 ――大きく一つ。ドクンと胸が跳ねた。



 そして、アルディノは私を抱きかかえたままオークから距離を取ると。

 そのままパパの元へと私を送り届けてくれた。






 そのあと、オーク達はアランさんが一瞬で倒してくれたんだけど、今はそんな事を気に掛けている余裕がなかった。



 アルディノを見ていると胸がドクドクと鳴って、信じられない程うるさい。

 早くお礼を言わなきゃって思うんだけど、顔も熱いし、なんでか分からないけど足が前に出ない。


 それでも頑張って一歩を踏み出したんだけど、躓きそうになっちゃって小走りでアルディノの元へ駆け寄る事になってしまった。

 ……恥ずかしい。



「た、助けてくれてありがとう」



 もっとちゃんとしたお礼の言葉を考えていた筈なのに。

 私の口からはそれだけしか出なかった。


 だってアルディノを見ていると、只でさえ熱くなってる顔がさらに熱くなるのを感じたから。

 多分真っ赤になってるんだろうなって思うと恥ずかしくて、急いでパパの後ろに隠れた。



 そのあと、少し落ち着いた所で皆と食事をする事になったんだけど。

 メーテさんが居なくなった理由が、食材の調達だと聞いて驚いた。


 女性一人で夜の森に向かうなんて危険な事なのに、メーテさんは三羽の兎を捕まえて来たみたい。


 あんなに綺麗なのに狩りまで出来るなんて、本当何者なんだろう?



 どうやら鳥を捕まえて来た理由は、私達にも食事を振舞う為だったみたいで。

 メーテさんは御者から大きな鍋を借りると、手際よく調理をしていた。


 アルディノもそれを手伝ってるみたいで、そんな姿をついつい目で追ってしまう。



 料理が出来上がると、焚き火を囲む形で食事をする事になったんだけど、何処に座ろうか悩んでしまう。


 だけど、思い切ってアルディノの隣に座ってみた。

 思い切りが良すぎたのかしら?思ったより近くに腰を下ろす事になってしまった。


 アルディノはそんな私を見て困ったような複雑な表情を浮かべてたから。



「ベ、別にアルの隣が料理取りやすいだけで意味なんてないんだから!」



 なんて意味の分からない、強がった事を言ってしまった。


 それと、どさくさに紛れてメーテさんみたいにアルって呼んでみたけど。

 馴れ馴れしい子だと思われてしまわないかしら? 大丈夫よね?


 そんな私を見て何故かアランさんはニヤニヤしているし、何故かパパはアルの事を凄く睨んでる。


 そして、何故かしら?

 メーテさんは私の事を見定めるかのような視線を送ってくる。


 本当、なんなのかしら?




 寝る時は女性は馬車で、男性は焚き火の周りで寝る事になったんだけど。

 正直、メーテさんと二人で寝るのは緊張した。


 綺麗な上に、夜の森を一人で歩き回れるような人だし。

 さっき私に向けられた視線、私の中では得体の知れない人と言う印象だったから、そんなメーテさんと二人きりと言うのには少し抵抗があったんだけど……



「ソフィアは剣は使えるのか?」


「ソフィアは魔法は使えるのか?」


「ソフィアは料理は出来るのか?」



 その他にも裁縫は? 洗濯は? 掃除は? 狩りは?

 2人になった途端、とにかく質問攻めにされた。


 そんな質問に答え終わると、今度はアルの事を話始めたんだけど、その殆どがアルの自慢話だった。


 アルの事を知る事が出来たのは嬉しいんだけど……

 なんとなく、メーテさんからはパパと同類の臭いを感じたわ。


 パパと同類の過保護ぶりや、私を見る時の見定めるような視線。


 

 多分優しい人だとは思うんだけど、ちょっとだけ苦手かもしれないわ……

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