第32話 学園都市に通う為に

 僕が転生者だと言う事を伝えた翌日。

 二人は怖いくらいに今までと変わらなかった。


 いや、少しだけ変わったのかも知れない。


 昨日の湿った空気を吹き飛ばす為の冗談なのかも知れないが、メーテとウルフは僕の事をいじるようになった。



「そうか、じゃあアルには幼い頃から記憶があったのか。

要するに、お風呂に入れた時など、私の裸をちゃんと認識してたんだな」


「エッチね」


「うむ、エッチだな」


「いや! 確かに認識してたけどさ! それは不可抗力だよ!

それに動けるようになってからは、極力入らないようにしてたじゃないか!」


「アルは私達を避けてたのね」


「うむ、実に悲しい事だ」



 そう言うと二人は芝居がかった動きで泣く真似をする。


 いったい僕にどうしろと言うのだ。



「まぁ、冗談はさておき、アルは転生者だと言ってたな。

話を聞く限り、この世界ではない、別の世界からの転生のようだが?」


「そう言う事になると思う。

僕が居た世界では魔法や魔物なんて存在は無かったし」


「魔法が無い世界か……

それはさぞかし不便だったろう?」


「いや、そんな事は無いよ。

魔法が無かった代わりに僕が居た世界では科学が発展していたから」


「ほう、科学か」


「うん。僕は普通の学生だったから、特に詳しい知識があった訳じゃないけど。

分かる範囲でなら答えるよ?」



 僕がそう言うと、メーテは何か考えるような素振りをし。

 短い沈黙の後、口を開いた。



「ふむ、色々と聞きたい事はあるが今は辞めておこう。

アルはアルだと言ったばかりなのに、根掘り葉掘り聞いていては格好つかんしな」



 どうやら、無理に前世の話を聞く気は無いようなのだが、そんな言葉とは裏腹に。



「なるほど……科学か。

アルの魔法の発想は、科学を元にそれを魔法で補っていると言う事か……

と言う事は、アル! あの水魔法の事なんだが……いやなんでもない」



 一人でブツブツと呟き、話を聞きたそうな雰囲気を出しているメーテ。 


 そんなメーテを見て、再度「答えられそうな事なら答えるよ?」と伝えると。



「ええい! 私に二言はない!」



 武士のような事を言われて断られてしまった。



「とりあえずアルの前世の事は置いておこう。

興味が無いと言えば嘘になるが、私もウルフも無理に聞こうとはしない」



 もう隠し事も無いので、別に聞いてくれても構わないと思ったのだが。



「いや、実際これは私自身に対する取り決めだな。

気付いていないかもしれないが、正直異世界の知識を前に興奮している。

正直、この状況で話を聞き始めたら自制できる自信が無い。


まぁ、落ち着いたら聞く事もあると思うが、その時はアルのペースで話してくれればいいさ」



 メーテはそう言うと、場の空気を変えるようにパンッと一つ手を打つ。



「この話はおしまいだ。

私達のアルに対する態度は変わらないし、アルも無理に変えようとしなくていいからな?」


「そうそう、変に気を使ったりしなくていいからね?」



 2人の言葉を受け、本当にメーテとウルフに出会えて良かったとしみじみと思い。

 僕は感謝の気持ちを乗せて「ありがとう」と伝えると、二人は深く頷いてみせた。






「さて、話の途中でアルの前世の話になってしまったが、確か学園都市の話だったな?」


「うん。そうだね」


「昨日話をしてわかったと思うが、私達はアルの家族だ。

もし学園都市に入学をしたいのであれば、お金の事なら頼ってくれてもいいんだぞ?」


「メーテありがとう。

でも家族と言ってくれるからこそ、それに甘えてばかりじゃいけないと思うんだ。

生活していくだけなら、学園に入学する必要も無いんだし。

これは僕の我が儘だから、出来るだけ自分の力でやってみたいんだ」



 僕がそう言うと、メーテは少し呆れているような。

 仕様が無いと言ったような表情を浮かべる。



「まったく、我儘だからこそ家族に頼っても良いと私は思うんだがな。

それでもアルは自分の力でどうにかしたいんだな?」


「うん、メーテには悪いけど頑張ってみたいんだ」


「はぁ、アルの意志は堅いようだし、今回はアルを応援するだけに留めておくことにするか。 

まぁ、お金を稼ぐ手伝いくらいはさせてもらうつもりだがな」


「うん、それは凄く助かるかも、ありがとうメーテ」



 お互い頑固だと思う部分はあるものの。

 どうやら納得し合う事が出来たようで、胸を撫で下ろしたのだが。



「でもアル、一人で稼ぐのであれば、九歳からの入学は諦めるしかないな。

どうにか頑張ったとしても十二歳からの入学が現実的だろう」


「えっ? もしかして学園に通うのって結構高いの?」



 メーテはそんな僕の様子を見て、大きく溜息を吐くと現実と言うものを突きつけた。



「普通に高い。

入学金やら学費、それに課外授業もある。

アルがどの学科を選ぶかは分からないが、剣術を選ぶなら剣や防具の費用。

魔術を選んだとしても杖やローブと言った物の費用がかかる。


それに、ここから転移で通う事も不可能ではないが、現実的ではないだろう。

そうなると家を借りるか、寮に入るかのどちらかだ。


さらに学園に通うとなれば、小遣い稼ぎに魔物を狩る時間も限られてくる。

要するに、それらを賄えるだけの金額を溜めなければいけないのだが……

どれくらいになると思う?」



 頭をフル回転させて、大雑把にだが卒業までの六年で計算をしてみると。

 大金貨八枚、日本円に計算すると800万円という数字が頭に浮かびあがる。


 約束した当初は公立高校の学費を六年分で計算し、貯金も金貨数枚はあるので楽観的に考えていたのだが……

 この時点で自分の考えの甘さに呆れてしまう。


 そして、そんな僕に追い打ちをかけるようにメーテが告げた。



「卒業するまでの六年間で掛かる費用は……

安く見積もっても大金貨一五枚と言ったところだろうな」



 大金貨一五枚、日本円にすると1500万円だ。

 その金額に軽い眩暈を感じてしまう。



「今アルの年齢が六歳と数か月。

約二年半で大金貨一五枚は流石に諦めろとしか言えない。


だが、十二歳からの後期入学であれば、半額近くになるから可能性が無い訳ではない。

まぁ、それでも厳しいことには変わりはないがな」



 それでも大金貨八枚。


 魔石の質によって値段が多少上下するが、オークで換算すると約800匹になる計算だ。

 いけるか?……いや、実に厳しい。



「どうする? 今ならまだ私に頼れるぞ?」



 メーテはそう言うとニヤニヤと挑発的な笑みを向けてきた。



「さぁ? どうする? 今なら毎晩添い寝付きで融資してあげよう」 



 そして、いつの間にか条件が増えていた。



「さぁ?さぁ? どうする?

今なら毎晩の添い寝とおやすみのチューで融資してあげよう」



 駄目だこの人。完璧に足元を見ている。



「あら、それはずるいわね。

私が融資できるのは秘蔵の骨くらいしかないわ」



 ウルフはウルフでとぼけた事を言っているし。


 僕は決意をし、メーテに告げた。



「大金貨八枚どうにか貯めて見せるから、魔物が狩れる場所とかの協力だけお願いします!」



 僕の言葉を受けて、メーテは悔しそうに「くっ、いけると思ったのに」と呟くと。

 説得するのを諦めたと言った様子で溜息を吐く。



「仕方ない、お金を稼ぐ手伝いはすると言ったしな。

責任を持って後期入学分のお金は稼がせてみせよう。


それとソフィアとの約束の件だが、それは手紙でも書いて置くが良いだろう。

まぁ、すぐには納得しないかもしれんが、費用の事を知れば納得してくれるだろう」


「ありがとうメーテ。

そうだね、ソフィアには手紙で謝ることにしておくよ」



 メーテは僕の言葉に頷くと。



「それでは今後、授業と魔物狩りを両立していくことにしよう。


……そろそろ次の段階に進む時が来たのかも知れないな」



 今後の方針と意味ありげな言葉を呟く。


 メーテの呟きを聞いた僕は何故か悪寒を感じ、ブルリと身を震わせるのだった。

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