第31話 転生者

 旅行から帰って数日経った現在。

 僕はいつもと変わらない日常を送っている。


 いつもと変わらない日常なのだが、内面には大きな変化があった。


 それは気持ちに余裕が出来たと言う事。

 実際、他人にとっては取るに足らないことかも知れないが、僕にとっては大きな変化であった。


 元々今回の旅行は魔法に行き詰まり、焦りを感じていた僕の息抜きとして計画された旅行だった。


 今回の旅行をするまでは、僕にとっての世界とはこの森の事で。

 そして、世界を構成しているのがメーテとウルフと魔法だけだった。


 だが今回旅行をした事で、人と触れ合い、様々な物を知り。

 僕の中での世界は広がっていった。


 多分今までの僕は世界を知らない故に、手元にあるもの。

 今回の件で言えば魔法と言うものに依存してしまっていたのだろう。


 今でも魔法をもっと使えるようになりたいと言う気持ちは確かにある。

 しかし、以前のように出来ない事に対する焦りのような物は感じる事が無くなった。


 焦らずに自分のペースでやって行こう。

 そう思う事が出来るようになっていた。






 そんな日常を送っていたある日の事。


 僕はソフィアとの約束を思い出す。

 ソフィアと交わした約束と言うのは学園に通うと言う事。


 だが、その約束を果たす為には、学園へ入学するお金を自分の手で稼がなければいけない。


 約束したからには、どうにかしてお金を貯めようと思っているのだが。

 実際、学園の事を詳しく知らないし、入学するにしたってどのくらいお金がかかるのかも把握していなかった。


 そう言う情報を知らないまま、簡単に約束してしまった事を反省しながらも。

 まずは学園と言うものがどう言うモノなのかを知っておく必要がある。


 そう考えた僕は、メーテなら知っているかもしれないと考え、尋ねてみる事にした。



「メーテ、学園て言うのがあるみたいなんだけど、どう言う所か知ってる?」


「学園? ああ、学園都市の事かな?」


「多分そうだと思う」


「まぁ、ある程度の事は知っているぞ、学園都市に興味があるのか?」



 メーテの質問にソフィアとの約束や、どうにか自分で稼ぐことが出来たなら通ってみたいと言う事を伝えた。



「なるほど。

前にも言ったが私にはある程度の蓄えがある。

頼ってくれても良いんだが、今回の事に関してはアル自身でなんとかしたいんだな?」


「うん。メーテにはお世話になりっぱなしだから」


「……そんな他人行儀な事を言うな、私達は家族だろう?」



 その「家族」と言う言葉にハッとしてしまう。


 この世界で一番に信頼し信用しているのはメーテとウルフだ。


 だけど前世の記憶を持っている事や、この世界の実際の家族に捨てられた事実。

 それに加えて、拾い育てて貰った恩がある為。

 メーテやウルフの事を家族と思っていても、何処か遠慮して線を引いてしまう自分が居た。


 そんな僕を家族と言ってくれる事に対して、喜びを感じる反面。

 罪悪感も感じてしまう。


 真実を伝える事が出来ない限り、この相反した感情は今後も付き合って行くしかないのだろう……





 ……でも、それで良いのだろうか?


 真実を告げないことは、家族と言ってくれるメーテやウルフを騙していると言っても過言ではない。

 そして、これからも騙し続けて行くのか?


 メーテの言った「私達は家族だろう?」と言う言葉に返事を返せないまま、沈黙の時間が流れる。


 そして、しばしの沈黙の後。僕は一つの決意をし、口を開いた。



「メ、メーテに話しておきたい事があります。

そ、それとウルフにもちゃんと話しておきたい」



 そう口にすると、緊張のせいで胸は信じられない早さで鼓動を打ち、手のひらにはじっとりと汗が滲む。


 口にしてしまったからには今更取り消す事は出来ない。


 どんな結末になるか分からないが、僕は覚悟を決めた。






 リビングのテーブルを囲む形で二人は椅子に腰を下ろした。


 ウルフは話があるという事をメーテに聞いたのだろう。

 意志の疎通がしやすいように、人化の術で人の姿になっていた。


 話すと決意したものの、二人を目の前にすると緊張で喉がカラカラになる。


 思わず目の前に置かれたコップに手を伸ばし、喉を潤したくなるが。

 飲み物と一緒に言葉も呑み込んでしまうような気がして、それを我慢する。


 そして、大きく息を吐くと、僕自身の秘密を語り始めた。



「メーテにウルフ。

信じて貰えないかもしれないけど、僕には前世の記憶があるんだ」


「前世?」


「……うん、僕は一五歳の時に一度死んでいるんだ。

何でなのかは分からないけど、気付いた時は前世の記憶を持ったままこの身体に生まれ変わってたんだ」


「ほう、要するにアルは転生者と言う事か?」


「あら、アルは転生者だったのね」


「そう言うことだと思う」



 遠まわしな言い方をしている内に、怖気付いてしまうかも知れないと思った僕は。

 話の導入などなく、端的に真実を伝えた。


 もしかしたらと言うか、信じて貰えない可能性も高いと思っていたのだが。

 驚く事に二人はこの話を受け入れているようだった。


 そして、ここまで話した所で二人の表情を窺ったのだが。

 二人は表情を表に出しておらず、感情を読み取る事が出来ない。


 二人の胸中を考えると不安で押し潰されそうになるが、どうにか言葉を続ける。



「転生してこれからの事を考えると、色々と不安があって言いだす事が出来なかったんだけど。

家族って言ってくれるメーテやウルフを騙している気がして……」


「騙す?」


「転生のことを隠し事をしていたのもそうだけど。

僕は見た目は子供だけど精神は結構大人だし、2人を騙してるような気がしたんだ」


「一五歳で死んだと言っていたな? と言う事は今は二十歳そこらか?」


「……それくらいだと思う」


「ウルフ? どう思う?」



 メーテのウルフへの問い掛けに、ウルフがどう答えるかを考えると不安で鼓動が速くなり。

 緊張の所為か吐き気すら催してしまったのだが……



「ん? 別に大した問題じゃないんじゃない?」


「そうだな。5歳も20歳も大した差異では無いな。

どちらにせよ子供みたいなものだ」



 そんな僕を他所に、ウルフは飄々とした様子で答え、メーテもウルフの言葉に同意を示した。


 この反応は流石に予想していなかった為、僕は思わず反論してしまう。



「え? 二十歳だよ? 十分大人じゃないの?」


「まぁ、人族で言えば15を越えれば成人として扱われるが。

この世界にはエルフなどの長寿種がいて、成人の基準も様々だ。

見た目は子供なのに百歳を超えている固体だって存在するんだから、年齢だけで考えれば特別驚くような事では無い。


まぁ、転生者と言うのには少々驚かされたがな」


「そうね。転生者と言うのには驚かされたけど、肉体と年齢の差異は特に驚く事ではないわね」


「うむ、むしろアルの覚えの良さや、魂の歪さ。

私達に対してどこか遠慮しがちな理由が分かって寧ろすっきりしたな」



 二人はそう言って、まるで大した問題でもないように振る舞う。



「でも騙してたんだよ!? メーテやウルフの事を!」



 正直、僕は罰を与えて欲しかったのかも知れない。

 今まで隠し、騙していた事に対する相応の罰を。


 だが、メーテから返ってきた答えは。



「アルは隠し事をしていた事を大袈裟に考え過ぎだ。

私にだってアルに言ってない秘密は幾つもあるぞ?


それに、私は自分の目で見て考えて、アルと言う人間に接して来た。

そうやって接して来た中で私が出した結論は――

隠し事が有ろうが無かろうが、アルと言う人間は優しい子だと言う事だ。


現に今だって、隠しておけば問題の無かった事を話てくれた。

アルの事だから黙っている事に対して罪悪感でも感じていたんだろう?」



 そんなメーテの問いかけに唇を強く噛みしめ、頷く。



「だからアル、そんなに気に病む事は無い。

隠し事をしていようが騙していようが、アルはアルだ。

今までもこれからも私達の気持ちは変わらんよ。

なぁ、ウルフ?」


「ええ、メーテの言う通り、私達に気持ちは変わらないわ。

だからアル、そんな辛そうな顔しないでいいのよ?」



 メーテとウルフはそう言うと優しく微笑んでくれた。


 そして、そんな2人の笑顔を見ると、色々な気持ちが入り混じ。

 気がつけば心に貯め込んでいたものを吐き出していた。



 僕は不安だった。


 気がついたら知らない世界に赤ん坊として転生していた事。


 この世界の両親に捨てられた事。


 言葉もろくに話せず身体も自由に動かせない中。

 考える時間だけはあって、悪い想像ばっかりしていた事。


 もう二度と前世の家族や友人に会えない事。


 転生者だとばれたら捨てられるかもしれないと思った事。


 転生者だとばれた時二人を落胆させてしまわないかと言う事。


 落胆させてしまうと思う半面、罪悪感に耐えられなかった事。


 そして、そんな僕を家族と言ってくれた事。




 心に貯め込んだ言葉と共に僕の目からはぼろぼろと涙があふれていた。


 そんな僕の言葉を頷きながら聞いてくれる二人。


 今の僕の顔は、きっと涙と鼻水でグチャグチャになっている事だろう。


 そして、一頻り吐き出すと。

 そんな僕を見たメーテは椅子から立ち上がると、僕のそばへと歩み寄り。

 そして、涙と鼻水でグチャグチャになった顔など気にせず胸元へ抱き寄せた。



「アルは色々な不安を抱えていたんだな。

でも、今は私とウルフが居る。


だからもう一度言うぞ?

不安を一人で抱え込こんだり、気を使ったり、そんな他人行儀な事するな。


私達は家族だろ?」



 「……うん」  




 メーテの言葉にまた泣きそうになってしまい。

 それをどうにか我慢したせいで鼻の奥が痛かったが……

 今度こそ、その問いかけに答えることが出来た。


 答えることが出来たことで、やっぱり我慢できずに涙をこぼしてしまったが。

 そんな僕をみて、二人は今までと変わらない、優しい笑顔を僕に向けてくれるのだった。

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