第30話 メーテと旅行 最終日

 アランさん達と別れた後。

 陽が落ちるまで時間があったので、その時間を利用して観光名所を見て周ることにした。


 興味があった時計台や美術館を見て周り。

 時計台から眺める城塞都市の街並みも印象に残ったのだが。

 個人的には美術館が特に印象に残った。


 城塞都市の美術館には様々な絵画が彫刻が飾られており。

 その中でも、この世界で神様と呼ばれる存在の絵やこの世界の成り立ち、神話などの一場面を描いたのだと思われる宗教画が多く見受けられた。


 この世界の神様や神話と言った物を全然知らなかった僕は、作品の素晴らしさを漠然と感じながら眺めていたのだが。

 そんな僕の様子を見兼ねたのだろう。


 それらの作品が、どう言った場面を描いているのかをメーテは丁寧に説明し。

 その説明を聞いた後で改めて作品を見て見れば、漠然と眺めていた時とは違った印象を受け、作品をより理解することが出来た。


 そして、メーテの絵画の説明を受けたことで、大雑把ではあるものの。

 この世界の成り立ちと言うものも知ることも出来た。



 この世界の成り立ちというのは、三柱の神が空と大地と海を創り。

 それぞれに人族、亜人族、魔族の男女を創造し、土地を与えたことから始まる。


 そして、三柱の神は種族の繁栄を見守り。

 大きな災害や疫病、滅亡の危機に瀕した時にはその姿を現し、神の奇跡によって人々を救済した。

 また、ある時は試練を与え、それを人々に乗り越えさせたそうだ。


 本当に大雑把ではあるが、この世界の成り立ちはこんな感じらしい。


 ちなみに、そんな神話がある所為か、人族、亜人族、魔族と信仰する神が違うようで。

 その所為で宗教的な対立があり、時には戦争にまで発展したことがあると言うことを補足で説明してもらった。



 何となく前世でも聞いたことがあるような話だとは思ったが。

 異世界でも前世でも神様と言うのは似たようなことをしているんだな。

 そう思うと、少し失礼だとは思ったのだが、それを面白く感じてしまう。


 そして、そんな風に感じながら絵画を鑑賞し。

 一通り見て周ったところで美術館を後にすることになった。



 美術館を見た後は特に変わった事も無く、街を散策しながら宿屋へと戻った。

 宿屋の食堂で夕食を取った後は、その日の出来事を振り返えってメーテとの会話を楽しみ。

 そんな会話が落ち着いた所で就寝することとなり。

 こうして旅行6日目が終わることになった。


 余談ではあるが。

 前払いしていた料金分の日数を経過していたので、ツインの部屋に変えるチャンスだと思ったのだが。

 メーテがいつの間にか料金を払っており、結局この日も添い寝をする羽目になってしまった。






 そして、本日は旅行最終日。


 短いようで長く、長いようで短い七日間だったが、ついに終わりを迎えてしまうようだ。


 朝食を摂った後、荷物を担いで受付に向かい部屋の鍵を返却する。


 四日間お世話になっていただけあって、宿屋の店員さんにも少しばかり顔を覚えられており。

 今日で帰る事を知ると、声を掛けてくれる店員さんも少なくは無かった。


 この宿屋や店員さんには、少なからず愛着が湧いていたので、お別れとなると寂しい気持ちになってしまうが。

 そんな気持ちを振り払い、笑顔で店員さん達との挨拶を済ませると僕達は宿屋を後にすることにした。



「さて、最後に街を散策して、ウルフにお土産でも買って帰るか」


「そうだね。ウルフは何が喜ぶかな?」


「肉だろ」


「うん。肉だね」



 ウルフのお土産は一瞬で決まり、お土産を買う為に肉屋へと向う。


 肉屋には聞いたことない肉の名前が多くあり、どれをお土産にしようか悩んだのだが。

 店員さんに珍しい種類の肉と、味の良い肉を教えて貰い、その中から数種類を選んでお土産にする事にした。


 肉屋でウルフのお土産を買った後は、自分自身のお土産なども買って周り。

 昼食を取った後、改めて城塞都市を散策していると、気が付けば陽は傾き始めていた。



「そろそろ日も暮れて来たし帰る事にするか」



 メーテのその言葉に名残惜しさを感じながらも頷くと、馬車の停留所に向かい歩き始める。

 しかし。



「アル、帰りはそっちじゃないぞ」



 メーテはそう言うと薄暗い裏路地へと向かい歩きだし。

 メーテの後を追って路地裏を歩くものの、何度か利用していた停留所に向かう様子は無い。

 それを疑問に思った僕はメーテに尋ねてみた。



「こっちの方にも停留所があるの?」


「まぁ、ある意味停留所みたいなものだな。

それと、アルは気付いていないようだが跡を付けられているようだし、人目が付く所では姿を現さないと思ってな」



 メーテの言葉で慌てて周囲を見回す。

 すると、建物の影から一人の男が姿を見せる。



「はっ、気付いてやがったか」



 そう言ったのは昨日ギルドで絡んできたチンピラ風の男だった。



「昨日はよくも恥かかせてくれやがったな!」



 完璧な逆恨みだ。


 酔って絡んできた所をアランさんに失神させられた訳だから。

 恥を拭いたいのであれば、アランさんの元へ行くのが道理だと思うのだが。

 アランさんの元へは行かず、女性と子供を狙って来るあたりこの男の程度が窺えた。


 そして、有ろう事か男は腰に差してある剣を抜くと威圧的な態度で要求を突きつける。



「地面に頭を擦りつけて謝れば命までは取らないでおいてやる」



 男は下卑た笑みを顔に貼りつかせて言葉を続けた。



「まぁ命は取らないが、ガキは好事家に売りつけて。

女は、まぁ、分かるだろ?」



 恐らくだが、恥云々は関係なく、この男はただ単に憂さ晴らしがしたいのだろう。


 流石にこの発言は許容出来る筈もなく、胸の中でフツフツと怒りが込み上がってくる。


 これ以上男の言葉を聞きたくなかった僕は、身体強化を掛けると男の懐に飛び込むべく軸足に力を込めようとしたのだが……



「冗談にもならん。

アル、どうやらこの男は女性の口説き方も知らないらしいぞ?」



 メーテが口を開いた事により僕の行動は制されてしまう。

 そして、メーテの言葉を聞いた男は額に青筋を浮かべると、元から悪い目つきを更に悪いモノへとする。



「てめぇ……どうやら本気で俺を怒らせたいようだな?

いいぜ、ボロ雑巾になったガキの前でヒィヒィ鳴かせてやるよ!」


「汚い言葉を使うな程度がしれるぞ?

第一に怒ってるのはお前だけじゃない……私もだ!」



 そう言ったメーテがパチンと指を鳴らすと、ゴキリと言った鈍い音が耳へと届き。

 その音の出所を探ってみれば、目の前の男から発せられた音だとすぐに気付く。


 何故ならば、剣を握っていた男の右腕があらぬ方向へ曲がっていたからだ。


 自分に起こっている事態が飲み込めないのか、男は妙な間を作っていたが。

 それも一瞬のことで、自分の身体に起こった異変に気付くと痛みの所為か剣を地面へと落とす。


 カランと言う剣の転がる音が響き、それと同時に男は叫び声を上げた。



「いってぇえええ!! てめぇ! な、何しやがった!?」


「風魔法だが? お前の腕周辺の気流をちょっと操作しただけだ」


「ふざっけんな!てめぇ! 治しやがれ!」


「仕方無い、ほら」



 メーテは短くため息を漏らし、もう一度指をパチンと鳴らす。

 すると、ゴキリと言う音と共に、今度は男の左腕があらぬ方向を向く。



「がぁあああ! てめぇ! ふざけんなぁああ!」


「すまん、間違えた。もう一度試してみるか?」



 メーテはそう言うと、もう一度指を鳴らす構えを取ろうとした。

 そして、その動作によって、男は次におこる現象を想像したのだろう。



「くそがぁああああ! それをやめろって言ってんだよぉおお!!」


「ふむ、学習しないヤツだな」



 男は叫び声を上げてメーテのソレを止めさせようとするのだが。

 メーテは取り合うこともせずに無慈悲にもパチンと指を鳴らした。


 その瞬間、やはりゴキリと言う音が響き、男の右膝が曲がってはいけない方向へと曲がる。


 流石にこれで学習したのだろう。



「があっっ、わ、わかった! もう辞めてくれ!

俺が! 俺が! 悪かったから!!」



 男は地面に這いつくばり、懇願するような声色で謝罪の言葉を口にした。



「謝る相手が違う。

お前は昨日アルの事を蹴ろうとしたな? 謝るならアルに謝れ」



 しかし、メーテは謝罪の言葉を受け入れず。

 あろうことか、僕にその判断をゆだねる。



「わ、わかった。

ガキ、悪かった勘弁してくれ」


「お前謝る気があるのか? ガキではない、アルだ」


「あ、ああ

アル悪かった。許し――」


「アルさんだ」


「わかった! わかったって!

アルさんすみませんでした! どうか許して下さい!」



 男の謝罪を受け入れるうんぬんよりも。

 なんかメーテが怖いので、男の言葉に高速で頷く事しか出来ない僕。



「良かったな? アルが優しくて」



 そんな僕の様子を見てメーテが言うと、顔を青くしながら男は必死に頭を上下させる。



「アルが許さないようなら、これ以上の事をするのもやぶさかでは無かったが……

まぁ、これに懲りたら心を入れ替えて真っ当に冒険者をする事だな」



 「これ以上」と言う言葉に、僕と男は顔を青くさせるが。

 そんな僕達の様子を気にする素振りも無く、メーテは指をパチン鳴らした。



「ヒッ!?」



 指を鳴らすと言う行為の後に起こったことを考えれば。

 男がその動作に反応し悲鳴をあげるのも仕方が無いことなのだろう。

 男は身体をビクッと震わせたが、今度は鈍い音はせず、その代わりに男の身体が青白く光に包まれる。

 すると、あらぬ方向を向いていた四肢が正常な位置へと収まっていった。


 自分の身体から異常が無くなっていくのを目を見開いて眺めている男。

 そんな男に向けてメーテは再度忠告をする。



「もう一度言うぞ? これから真っ当な冒険者として生きろ。

そして、また今度このような事を見かけたら……その先は分かるな?」



 男は「これだけの魔法を無詠唱で……」などと呟いていたが。

 メーテが忠告すると、慌てて頭を上下させた。



 その後、路地裏から男が逃げるように去って行くのを確認すると。



「さて、邪魔が入ってしまったが行くとするか」



 メーテは僕に笑顔を向けると何食わぬ顔で歩きだした。


 そんな笑顔のメーテを見て。

 初めて魔物を狩った時も、メーテには逆らわないようにしようと決めたが。

 より一層その気持ちを強くすると、従順であろうと決意するのだった。






 そして、それから少し歩いた所で、一軒の古ぼけた家の前に到着する。

 平屋建ての何の変哲もない家だ。


 メーテはその家の扉の鍵を開けると扉を開き、一つの部屋へと案内される。


 そうして部屋の中に入ってみれば、その床には幾何学模様の魔法陣が描かれており。

 それを目にした事で、なんでここに案内されたのかを理解することが出来た。



「帰りは転移で帰るぞ」



 メーテがそう言うと、魔法陣は淡く光り出し。

 そして、浮遊感に襲襲われると、次の瞬間には以前見た事のある部屋。

 旅行へ出発した時と同じ、魔法陣のある地下室が僕の目に映し出されていた。


 本当に一瞬の出来事で、本当に返って来たのだろうかと不安になるが。 

 地下にあるその部屋から出て、ギシギシと軋む木製の階段を登ると――



「ワォーン!」



 そこには、尻尾をちぎれんばかりに振るウルフの姿があり。

 無事に帰ってこれたのだと実感することになった。






 荷物を解き、ウルフにお土産の肉を渡すと。

 ウルフはワッフワッフ言いながら部屋の中を駆けまわる。


 そんなウルフを見ると、帰って来たんだなと言う実感が更に湧いてくる。


 部屋を駆けまわるウルフを眺めていたのだが。

 そう言えば。とふと思い出し一つの包み紙を開く。


 包み紙の中にあったのは、石の付いたペンダントトップに革紐を通しただけのシンプルなネックレス。



「ん? アルはいつの間にそんなものを買っていたんだ?」


「ワォン?」


「えっと、これは僕からのお土産」



 黄色の石がついたネックレスをウルフに。

 赤い石がついたネックレスをメーテに手渡した。


 安物ではあるが、2人の瞳の色に近い色の石を選んで購入しており。

 2人に対し、僕からのちょっとした感謝の気持ちのつもりだったのだが。



「くふっ、流石アル、先ほどの男よりもよほど女性の口説き方を心得ている」


「ワォーーーーーン!」



 どうやら一人と一匹は喜んでくれたようで。

 僕としてもプレゼントした甲斐があったと頬を緩ませる。



 そして、いつの間にか人化していたウルフ。

 その首には僕が贈ったネックレスが着けられおり。

 メーテに視線を向ければ、メーテの首にも紅い石がキラリと光っていた。



「どう似合うかしら?」


「うむ、なかなか似合ってるな! ウルフ私はどうだ?」


「メーテも似合ってるわよ」



 頬を緩ませながらそんな会話をするメーテとウルフ。


 賑やかな2人の声が家の中に響き、そんな声に耳を傾けていると。

 旅行も楽しかったが、2人が居る我が家はやっぱり落ち着く事に気付かされ、思わず笑みが零れてしまう。



 こうして、賑やかな会話が響く中。

 僕の初めての異世界旅行は幕を下ろすのであった。

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