第28話 メーテと旅行 5日目 後編
一度宿屋に荷物を置きに戻った頃には、パルマさんが指定した時間まで後僅かとなっており。
僕達は急いで準備を終えると、少し早足で馬車の停留所へと向かった。
それから程なくして停留所へと着く。
広場中央に設置されていた時計を見れば、時計の針は16時の少し手前を指しており。
どうにか間に合ったようだと胸を撫で下ろす。
そうしていると、一人の老紳士から声を掛かかる。
「失礼いたします。
メーティー様とアルディノ様でいらっしゃいますでしょうか?」
そう声を掛けて来た老紳士は、白髪をオールバックにまとめており、目にはモノクル、手には白い手袋。
そして、執事が着ているような黒の服を着ていた。
そんな如何にも執事と言った風貌の老紳士に問いかけに、メーテと僕が頷くと。
「私はフェルマー家の執事長をやらして頂いているモウゼスと申します。
パルマ様の言いつけに従いまして、メーティー様とアルディノ様を お迎えに上がりました。
馬車を用意してありますので、どうぞこちらへ」
モウゼスと名乗った老紳士はそう言って、一台の箱馬車の前へと案内してくれた。
その箱馬車は、黒で統一されており。
貴族などが乗るイメージの煌びやかな装飾は施されてはいないものの、昨日僕達が利用した馬車なんかよりも随分高級そうに見えた。
箱馬車の中へと案内され、備え付けてある椅子にメーテと僕が隣り合って腰を下ろし、正面の席にモウゼスさんが腰を下ろす。
モウゼスさんが御者に声を掛けると、ゆっくりと馬車は動き始めた。
僕の中のイメージでは、娘への愛情が極まってるお父さんにしか見えなかったのだが。
この高級そうな馬車と言い、モウゼスさんと言い。
パルマさんは結構偉い人なのかな?
そんな事を考えながら馬車に揺られていると、暫く馬車を走らせた所でパルマさんの家へと到着した。
「到着いたしました。
足元にお気をつけてお降りくださいませ」
そう言ったモウゼスさんに従い馬車を降りると、目の前にはお屋敷の姿があった。
そのお屋敷の見た目は、赤い屋根に白い石造りの壁で中世ヨーロッパと言った感じなのだが。
ちょっとした校舎くらいの大きさがあるように見えた。
パルマさんは偉い人なのかな?
とは思っていたので、ある程度は、大きな家に住んでいると言う予想はしていたのだが……
流石にこの規模のお屋敷に案内されるのは予想外だった。
そして更には、ゴシックなメイド服を着た数名のメイドさんが玄関前で出迎えてくれている。
パルマさんに対する認識を本格的に改めなくてはいけないな。
などと考えていると。
「それではこちらへどうぞ」
モウゼスさんに玄関内まで案内された。
玄関から屋敷内へと入ると、その内装にも驚かされた。
玄関ホールから真っすぐに伸びた赤い絨毯は階段へと伸びており。
階段の踊り場からさらに左右の階段へと伸びている。
そして、踊り場には、誰だか分からないが口ひげを蓄えた威厳のある男性の肖像画が飾られいた。
そんないかにもなお屋敷のエントランスに驚かされていると。
バタバタと足音が響き、二階の奥からソフィアちゃんが姿を見せた。
ソフィアちゃんの格好はこの前の格好とは違い、いかにもお譲さまと言った感じの赤いドレスで身を飾っている。
さし色として所々に黒が使われている所為か、幼い印象が少し消え、今日のソフィアちゃんは少しだけ大人っぽく見えた。
「よ、よく来たわねアル。
今日は先日のお礼だから、ゆ、ゆっくりしていけばいいわ」
「うん。今日はありがとう。
ソフィアちゃんの今日の格好、良く似合ってるね」
たどたどしく出迎えの言葉を口にしたソフィアちゃん。
そんなソフィアちゃんに素直な感想を伝えると。
「ア、アルに褒められても嬉しくなんてないんだから!」
ソフィアちゃんは相変わらずの様子でそう言ったが。
表情を見れば、頬を赤くしながら口元が上がるの必死に堪えているように見えた。
そして、そんなやり取りを見ていたメイドさん達なのだが。
「えっ? お譲さまが最近妙に張り切ってたのってそう言う事?」
「あの気難しいお譲さまが!」
「やだぁ甘酸っぱい!」
などと言いながらキャッキャしている。
そんな会話もモウゼスさんが咳払いを一つするとピタッと止まったが。
それから少し経ったところで、二階の奥からパルマさんも姿を見せた。
パルマさんも先日とは違い、黒を基調としたした燕尾服のようなもを着ており。
もともと真面目な印象があったのだがそれを更に際立たせていた。
「メーテさんにアル君、今日はありがとうございます。
先日のお礼として食事を用意してありますので、ゆっくり楽しんでいって下さい」
そう言ったパルマさんに案内されたのは、十人以上で囲む事が出来そうなテーブルと椅子の置かれた食堂。
パルマさん案内されたまま席につこうとすると、メイドさんが席を引いてくれたので少し驚いたが。
そんなメイドさんに軽く会釈をしてから席へと着いた。
パルマさんは全員が席に着くのを確認し終えると。
「それではモウゼス、料理を運ばせてくれ」
「分かりました旦那様」
料理を運ぶよう、モウゼスさんに伝え。
それと同時に食事が次々とテーブルに並べられて行く。
この場の雰囲気的にコース料理を想像し、マナーを知らないことに一瞬焦ったのだが。
そんな想像とは違い、何品もの料理がテーブルを埋めて行く。
どうやら、好きな物を好きなだけと言う感じで、ビュッフェスタイルのようで。
「折角のお礼の食事会なので、
堅苦しい形式の食事よりもこう言った食事の方が楽しめるでしょう?」
と言う事らしくパルマさんの配慮に感謝した。
食事会はパルマさんのお礼の言葉から始まった。
メーテの作る食事もおいしいが、パルマさんの家で出された食事は高級感があり。
これも非常においしい。
見た事ない食材や調理方法で、そんな料理に舌鼓を打つと、自然と会話も弾み。
実に楽しい食事会が進行されていた。
筈だったのだが……
……始めは普通の会話をしていた。
主にパルマさんとソフィアちゃんの話だ。
パルマさんの奥さんは、ソフィアちゃんを生んですぐ、流行病にかかってしまい亡くなってしまう。
その後、パルマさんもまだ若いと言うこともあり。
後妻を娶ることを周囲に強く勧められるが、パルマさんは頑なに後妻を娶ることをしなかった。
当時は今ほど裕福で無く、子育てに仕事と多忙な日々を過ごす事になるが。
そんな多忙な日々の中でも、パルマさんは商人の仕事と子育てを両立し。
商人の役人となって裕福となった今も、出来るだけ時間を作り、ソフィアちゃんに愛情を注いでいる。
そんな話をパルマさんに聞かされ。
うんうんと頷きながら聞いていたのだが……
話をするパルマさんとメーテの手にはワイングラスが握られていた。
二人の大人は会話を交わしながらワインを嗜む。
そして、少しづつ酔いが回ってきたのだろう。
その話の話題は、次第にパルマさんの娘自慢へと変わっていった。
「家のソフィアは少し気難しい所がありますが、本当に優しい子でしてね。
この前なんか――」
「最近なんて私が疲れていると思ったんでしょうね、肩を揉んでくれましてね――」
「私の誕生日なんかは帰りが遅かったと言うのに起きて待ってくれていたんですよ――」
「とにかく!
ソフィアはこの世に使わされた天使なんじゃんないか!?
そんな事を私は常々思っているのですよ」
これはツライ。
そっとソフィアちゃんに視線を向ければ、顔を真っ赤にしながら、目尻に涙を溜めてプルプルと震えている。
多分ソフィアちゃんの精神は、恥ずかしさのあまりゴリゴリと削られているのだろう。
そんな様子を見ながら、ご愁傷様と心の中で手を合わせ、飲み物を口へ運ぶ。
すると、テーブルをバンと叩きメーテが立ち上がる。
何事だ!と思いメーテに視線を向けると。
「うちのアルだって天使だ!!」
口の中に含んだ飲み物が変な所に入り、思わずむせる。
「うちのアルなんかこの前料理を作ってくれてだな――」
「私の誕生日なんかには野うさぎを狩ってきてくれてだな――」
「寝顔なんか!
あれ? 私死んで天使が迎えに来たの?
いや、違う! なんだアルじゃないかぁーてくらい可愛いんだぞ!」
やめろ?
ソフィアちゃん同様、僕の精神がゴリゴリと削られて行く。
しかし、精神が削られて行く僕達を他所に。
ソフィアだって!アルだって!と親バカ達の言い合いは続く。
ふとソフィアちゃんに視線を向ければ、いつもはキラキラとしたグリーンの瞳から一切の光が失われていた。
そして、多分僕の目もそうなっているだろうという確信があった。
そんなソフィアちゃんと目が合うと……
そこには言葉などいらなかった。
二人とも無言で頷き、そっと部屋を後にしたのだった。
部屋を出た僕は、ソフィアちゃんに案内されるがままに一つの部屋へと入る。
部屋には天蓋付きのベッドに沢山のぬいぐるみ。
女の子が好みそうなデザインの机や小箱が並んでおり。
この部屋がソフィアちゃんの部屋だと容易に予想する事が出来た。
ソフィアちゃんは僕に椅子を用意してくれると、自分はベッドの端に腰を掛けた。
「はぁ、パパが私の事大切に思ってくれるのは嬉しいし、感謝してるんだけど……
流石に今日のは耐えられなかったわ……」
「僕もメーテが大切にしてくれるのは分かるんだけど、さっきのは流石に恥ずかしかった……」
そう言ってお互い苦笑いを浮かべる。
「一度お礼は言ったけど改めて言うわ。
アル、オークから助けてくれてありがとう。
そ、それと同い年なんだからソフィアちゃんとかじゃなくて。
特別にソ、ソフィアて呼んでくれて構わないわよ!」
ソフィアちゃんは顔を赤くしながら俯きがちに言う。
「それじゃあ、お言葉に甘えて、今後はソフィアって呼ばせて貰うことにするよ。
それと、感謝の気持ちは十分受け取ったから、そんな気にしないでいいからね?」
「……気にするなって方が無理よ。
そ、それとだけど、アルは私と同い年なのに、なんでそんなに強いの?」
前半はぼそぼそと呟いていた為聞き取れなかったが。
後半の質問はしっかりと聞き取れたので、それに答える。
「んー、僕としては自分が強いって実感ないんだけど、やっぱり先生達の教えが良いからかな?
それと、僕の住んでいる場所は魔物を良く見掛けるから、その相手をしなきゃいけないって言うのも理由かも?」
「普通に強いわよ……
私も家庭教師に剣術やら魔法も習ってるけど、アルにはぜんぜん勝てそうにないもの。
それだけ強くなれるなら、その先生達を紹介して貰いたいぐらいだわ」
「紹介はどうなんだろう? でもウチの先生達は相当厳しいけど大丈夫?」
「うっ、確かに、あれだけ出来るようになるには相当厳しい思いをしそうね」
そんなやり取りに、お互いが笑みを零した後、ソフィアは言葉を続ける。
「そう言えばアルは学園都市には行かないの?」
「学園都市?」
「もしかして知らないの? 剣や魔法を学べる場所なんだけど?」
「初めて聞いたよ」
「学園都市を知らないなんて、アルの所は本当田舎なのね。
まぁ、私は九歳になったら通う予定なんだけど、アルも一緒に通わない?
アルの実力なら試験も大丈夫だと思うしきっと楽しいわよ!」
「学園か、興味あるけどウチは田舎だし無理かもしれないな。
多分お金とかも結構掛かるだろうし……」
「お金の事なら私がパパに言っ――」
「いやいや! 流石にそこまでお世話にはなれないよ!」
僕がそう言うとソフィアは目に見えて肩を落としてしまう。
そんなソフィアを見るのも胸が痛むと言う事もあるし。
正直に言えば学園と言うものに興味を引かれていたので、僕は一つの提案をする。
「正直約束は出来ないけど、学園に行けるように頑張ってみるよ。
僕は魔物を倒して小遣い稼ぎしているんだけど。
それで学園に入学できるだけのお金が貯める事が出来たら、その時は学園の試験を受けてみるよ」
もしかしたらメーテにお願いすれば、少しくらいの援助はしてくれるかもしれない。
しかし、今までお世話になって来た上に、学園に行きたいので援助して下さい言うのは流石に気が引けてしまう。
なので、もし学園に通うのであれば、それは自分の手で稼いだお金で、と言う決意をした。
そして、そんな僕の発言に。
「絶対! 絶対に約束だからね!」
「う、うん。出来るだけ約束は守るようにするよ」
「駄目! 絶対に約束だから!」
ソフィアはそう言うと満面の笑みを僕に向けた。
そして、暫くの間二人で雑談していたのだが。
バタバタと廊下を走る音がした後に、勢いよく扉が開くと。
そこにはメーテとパルマさんの姿があり。
「ソフィア! 何処にも居ないからパパ探しちゃったじゃないか!」
「アル添い寝したい! 帰るぞ!」
二人とも結構な酒気を漂わせており思わず眉根に皺が寄るのだが。
そんな僕を構うことなく、メーテは僕を引きずって部屋を出る。
引きずられる僕を見て、目を丸くしていたソフィアだったが。
「アル! 約束だからね!」
「うん。頑張ってみるよ」
約束と言う言葉を口にし、引きずられながら一言だけ返すと。
ソフィアの部屋からは。
「ななな、なんの約束かな〜? パパも知りたいな〜?」
「パパには内緒」
「アル君? 私ともお話しようか〜?」
ソフィアと話している時よりも何オクターブも低い声が聞こえ。
その声に身の危険を感じた僕は、身体強化を掛けると、逃げるようにフェルマー家を後にした。
こうして旅行五日目は慌ただしく終わりを迎えるのだった。
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