第27話 メーテと旅行 5日目 前編

 森を出発して五日目。


 今日は16時に停留所で待ち合わせをした後、パルマさんの家へ伺う予定になっている。


 ソフィアちゃんをオークから助け出した事に対してのお礼がしたいと言うことで、食事を兼ねて家に招かれることになったのだが。

 その予定の時間まではまだまだ時間があり、ただ予定の時間まで待っていると言うのも勿体無いと思った僕達は、アランさんがお勧めしてくれた場所。

 武器や防具の店が立ち並ぶと言う、ボルガルド通りへと行ってみることにした。






 ボルガルド通りは宿屋から大きく離れていないようなので、街を散策しながら向かう事になったのだが。

 ボルガルド通りに向かうまでにも様々な店舗が目に入った。


 例えば、野菜や果物を扱う青果店などには、今までに見た事の無い極彩色の果物や、人の形をした野菜が並んでいたり。


 精肉店では、本当に食べられるのであろうか?

 そんな疑問が浮かんでしまうような、毒々しい色の肉が並んでいたり。


 見るからに怪しい雑貨屋などからは、鳥の鳴き声が聞こえたり、換気口から紫色の煙が上がっていたりと。

 見る物すべてが新鮮で、そんな店先を眺めながら散策しているだけでも十分楽しめる事が出来た。



 それと、その他にも僕の目を楽しませたものが在る。


 それは、行き交う人々の姿だ。


 昨日は馬車の移動が多かったことと、帆船や飛空艇と言ったものに目を奪われた所為で気付くことが出来なかったが。

 こうして城塞都市を歩いてみると、多様な種族の姿が目に入った。


 例えば、亜人と言う種族。

 亜人には獣人やドワーフ、それにエルフと言った種族が居るようで、この城塞都市でも獣人やドワーフを見かける事が出来た。


 初めて獣人を見た時は、もっと感動すると思ったのだが。

 どうやら人型のウルフで慣れてしまったようで、自分で思っていたより感動は薄かった。


 しかし、獣人の種族によっては耳の形が違うのが面白く。

 怖い顔をしている獣人なのに、頭の上に兎の耳が揺れていた時なんかは、そのギャップに思わず吹き出しそうになってしまった。


 まぁ、流石にそれをしたら失礼なのでどうにか我慢したが、堪えるのが凄く大変だった。


 獣人以外では、ドワーフの姿なども度々見かけた。


 ドワーフは想像していた通りの見た目で、背はそんなに高くは無いが、妙に筋肉質で口には立派な髭があり。

 それに加え、酒好きだと言うイメージがあったのだが、本当にその通りらしく。

 すれ違うドワーフの大半は、まだ昼過ぎだと言うのにお酒の臭いを漂わせていた。



 残念だったのは、まだ城塞都市でエルフを見かけていない事。

 メーテから聞く話によれば、エルフは自然と共に生きる種族で、森などに集落を構えることが大半らしく。

 城塞都市のような自然があまりない場所では、殆ど見掛けないそうだ。



 他にも見掛けたのは、魔族と言う種族。


 魔族の特徴は、角が生えていると言うことらしく、角を持った人たちを何人か見掛けることが出来たのだが。

 その見た目は殆ど人間と変わらず、角さえ隠してしまえば区別が付きそうになかった。


 僕の想像していた魔族と言うものはもっと悪魔的な見た目で。

 こう言ったファンタジーの世界では人類の敵と言う印象だったのだが。

 実際はそんな事も無いようで、城塞都市では普通に生活をしているようだ。



 そんな風に、店舗や行き交う人の姿を楽しんでいる内に、目的の場所であるボルガルド通りへと辿り着くことになった。






 ボルガルド通りは一本の道を挟むような形で多くの店が並んでおり、一見して一般的な商店街となんら変わらないように思えるが。

 その店舗のすべてが武器か防具の店だとなれば、一般的と言う印象は霧散し、異質だとか異様だとかの印象が植え付けられる。


 そして、この一角だけ、他の場所比べると妙に暑いように感じた。


 何故なのだろうと疑問に思ったのだが。

 周囲から響くカーンカーンと言う甲高い金属音を聞くと、何となくだが理由が分かった。


 恐らくだが、ボルガルド通りに立ち並ぶ店には工房も併設されていて。

 その工房にある炉を稼働させている為に他の場所よりも温度が高く、その所為で暑く感じるのだろう。


 そう納得させた僕は、店先に並べられた武器や防具を見て周ることにした。



 そうして、武器や防具を見て周っていると、剣や槍、斧やメイスと言った物が目に入る。


 ゲームなどで馴染みのあるそれらの武器を実際に目にし。

 実際に手に持って見れば、その重さや質感を感じる事が出来た。

 前世では決して感じることなど無かったであろう武器の感触に、思わず気持ちが高揚してしまう。


 しかし、その反面。

 その重い武器の感触が、武器の存在理由とその使い道を想像させ、背中に冷たい物が流れて行くのが分かった。


 魔物が存在しているこの世界では、前世と比べると命の価値と言うのが希薄だ。


 実際僕も、魔物とは言え多くの生き物の命を奪っているし。

 良いか悪いかは分からないが、この世界の価値観に順応してきてはいる。


 しかし、本物の武器と言うのは、そんな僕を尻込みさせるだけの存在感を放っており。

 その使い道、魔物に向けるだけでは無いことを想像してしまった僕は、手に持った武器をそっと店先に戻すことになった。



 そうしていると。



「そう言えば、誕生日プレゼントを買う為に、城塞都市に来たという設定だったな。

アルが使ってるナイフも古くなってきたし、折角だから新調したらどうだ?」



 メーテがそう尋ねて来た。


 僕はその言葉で腰に差しているナイフを鞘から少しだけ抜き、刃を確認する。

 すると、確かに刃毀れが目立つ事に気付く。



「確かに刃毀れが目立つようになってきたけど……

まだ使えそうだし、勿体無いんじゃないかな?」


「アル、武器は自分の命を預ける物だ。

状態が悪い物では安心して戦う事は出来ないだろう?


不相応な物を持てとは言わんが、せめて状態の良い物を持つべきだぞ?」



 その言葉に、確かにそうかも知れないと頷く。


 新調するとなれば、それなりにお金が掛かるだろうし、まだ使えるからと思っての発言だったのだが。

 メーテが言う通り、肝心な時に使えないのでは話にならない。



「そうだね。いざという時に武器が使い物にならないのは良くないかも……

折角だし新しいの買おうかな?」


「そうするといい。

それと、お金の事なら心配するな。私はある程度蓄えてあるしな」



 正直、僕にもある程度の蓄えはある。

 ここ数年、僕が魔物を倒した時の魔石はメーテが換金して僕に渡してくれていたおかげで、それなりの蓄えがあった。

 まぁ、お金だと認識してはいたものの、使い道が無い為に漠然と溜めてきたお金ではあるが。

 お金の価値が分かった今、結構な金額であることが分かり、ある程度の品質の物であれば、自分で買うことも可能に思えた。


 しかし、自分で買うから大丈夫だよ。と言うのも無粋だと思った僕はメーテの厚意に素直に甘える事にし。



「メーテありがとう」



 そう伝えると、武器を新調する為に店を周り始めるのだった。







「折角だから、ナイフでは無く剣でも選んでみたらどうだ?」



 メーテにそう言われた事もあり、剣を探し始めたのは良いのだが。

 僕の身長に合った剣を中々見つけられないでいた。


 幾つかの店を周ってはみたものの。

 6歳の身長に合わせた剣など扱っておらず、成人に合わせて作られた剣が殆どであった。


 そんな中、これなら振れそうだと思った剣もあったのだが。

 実際に握ってみると、どうにも手に馴染まず、扱いずらく感じてしまう。


 やっぱりナイフの中から選ばなきゃダメかな?などと諦めかけていると。


 ふと、店先に並んでいた一本の剣に視線が止まった。


 それは片刃の剣であった。


 思わず近づき、手に取って観察してみると、その剣は僅かながら曲線を描いていることが分かった。


 片刃に曲線。否応なしに前世での刀を想像させるのだが。

 そこからさらに観察してみると、それは間違いだと気付く。


 拙い知識ではあるが、刀と断ずるには反りや刃紋と言った要素が必要になると言う記憶があった。

 しかし、この剣には反りのようなものはあるが、波紋は見受けられない。


 そう言った点からみれば、見た目は刀に近い形をしているが、正確には片刃の曲剣と言った方が正しいのだろう。


 しかし、前世で馴染みのあるその形に、僕は心を惹かれていた。


 そして、そんな剣に見入っていると。



「おっ少年。その剣に興味があるのかい?」



 そう声を掛けて来たのは、店員だと思われる活発そうな雰囲気の十代半ばの女の子だった。



「あっ、はい珍しい剣だと思って」


「おおー、少年はお目が高いねー。

これはうちの親父が作ってる片刃剣なんだけど、他にもあるから店の中も見てくかい?」


「はい、お願いします」



 そう答えると店内へと案内される。


 店内にはショートソードやロングソード、槍にメイスと言った武器もあったが、僕が見たかった物は店の奥のあまり目立たない場所にあった。



「一応店先には置いてあるけど、どうにも人気が無くてねぇ。

親父が言うには、斬ることに特化してるみたいなことを言ってたけど、切れ味を保つには手入れが大変みたいでね。


それに、家のお客さんなんかは、剣の切れ味なんてある程度あれば問題無いって人達が多いからさ。

決して性能が悪い訳じゃないんだけど、そんな理由でいまいち人気でないんだよねぇ」



 店員さんの話を聞き。

 そう言えば、刀はしっかり手入れしないとすぐに駄目になると言う話を聞いたような気がするな。

 そんなことを思い出しながら店内に視線を彷徨わせていると、一本の剣に視線が止まる。



「この剣、見させて貰っても良いですか?」


「どうぞ、どうぞー」



 店員さんの許可を貰い、その剣を手に取る。


 この剣も店先に飾られていた剣と同様で。

 片刃の剣身そして、僅かながらな曲線を描いており。

 柄や鍔と言われる部分は西洋風の装飾がされているものの、その剣身は刀を彷彿させるには十分な姿かたちをしていた。


 これは前世の性なのだろう。

 その刀にも似た片刃の曲剣を手に取り眺めていると、否応なしに高揚して行くのが分かり、素直にこの剣が欲しいと言う気持ちが込み上げてくる。


 そして、その気持ちを後押しをするかのように、その剣身の刃渡りは脇差と分類される長さで。

 僕でも問題無く振れる長さであった。


 この剣であれば。

 そう思った僕は高揚した気持ちを抑えきれず。



「この剣を売って下さい!」



 思わずそう口にしていた。



「おおー、お買い上げありがとね!

えっと、値段は金貨一枚と銀貨二枚だけど……

うちの剣のお得意様になってくれる事を願って金貨一枚にまけておくよ!」



 店員さんから告げられた値段に肩が跳ね上がる。


 そう言えば値段を確認していなかったことに気付き、値段が値段なだけに慌てて無かったことにしようとしたのだが。

 そんな僕を他所目にメーテはお金の入った袋を開くと、金貨一枚を店員に渡す。


 その様子を見た僕は驚くと共に「本当にいいの?」と尋ねると。



「その剣が気にいったんだろう?

さっきも言ったがこれくらいの蓄えはあるから気にするな」



 メーテはそう言って、店員さんから剣を受け取り。



「アル、誕生日おめでとう。大切に扱うんだぞ?」



 お祝いの言葉と共に僕へと手渡した。


 こんな高い物を贈って貰うのは申し訳ないと言う気持ちがあったのだが。

 正直に言えば、嬉しいと言う気持ちの方が強く。



「ありがとうメーテ! 大切にするよ!」



 メーテから剣を受け取ると、素直に感謝の言葉を伝えた。


 本当、今回の旅行と言い、この剣の事と言いメーテには世話になりっぱなしだ。


 いつかこの恩を返せる時は来るだろうか?

 そんな事を考えながら、大切に剣を胸に抱えると店を後にする。


 そして、少し歩いた所で。



「はあぁ? 勝手に割り引きした!? 勝手な事しやがって!」


「うるせぇ親父! こう言うサービスが後々効いてくるんだよ!」



 そんな会話が背中越しに聞こえて来た。


 店員さんに悪い事したかな?と思い。

 もし今度、剣が必要になった時はまたあの店を利用する事にしよう。


 そう心に決めると、パルマさんの家に行く準備をする為、一度宿屋へと帰るのだった。

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