第26話 メーテと旅行 4日目

 迎えたメーテとの旅行四日目の早朝。


 本来であれば、清々しい目覚めで迎える筈の朝なのだが、僕は朝から満身創痍と言った様子でぐったりとしていた。


 何故そのような事になっているかと言うと、それは昨晩の出来ごとに起因している。



 僕は二歳を過ぎる頃にはメーテと寝る事も無く、自分のベッドで一人で寝る事がほとんどで。

 メーテが添い寝して、本を読み聞かせてくれようとした際にも断っていた。


 正直メーテは美人だ。

 そんな美人さんが隣で寝ると言うのは僕にとっては凄く恥ずかしく。

 役得と思えれば気が楽だとは思うのだが、僕の場合はそうは思えず、精神が削られるだけであった。


 なので、メーテとの添い寝は出来るだけ避けて来たのだが……

 どうやらそれがいけなかったようだ。


 メーテは久しぶりに僕と添い寝出来ることが楽しみだったようで、何処からか持ちだしたのか分からないが、両手に抱える量の本を持ち出すと。



「久しぶりに絵本を読んであげよう!」



 だとか。



「そうだ! 歌を歌って聞かせてあげよう!」



 だとか。

 とにかくはしゃぎっぷりが酷かった。


 これも、今まで素っ気なく接してきた自分の責任だと思い、渋々ながらメーテに付き合うことにしたのだが。

 添い寝されて絵本の朗読をされると言うものの破壊力は想像以上で。

 案の定と言うか、それ以上に僕の精神はゴリゴリと削られてしまい、朝から満身創痍と言った感じになってしまった訳だ。


 確か、メーテは三日分の宿泊料金を払っており。

 こんな夜があと二日も続くのだろうか?

 そう思うと、思わず足元がふらついてしまう。



「おはようアル! 昨日の晩は楽しかったな!」



 そんな僕とは違い。

 メーテは絶好調のようで、実に清々しい笑顔を浮かべていた。






 朝食を取る為に食堂へと移動した僕達。

 朝食を取りながら、城塞都市に着くまでの道中に、みんなにお勧めの観光場所を教えてもらっていたので、その情報を元に今日は何処を周るかを考えていると。



「アルは何か見たいものがあるか?」



 メーテはそう尋ねると、朝食に用意された果物を口に運ぶ。

 僕はミルクを口に運ぶと、その質問に頭を悩ませる。


 道中で教えてらった観光場所の中でも、是非見ておくべきだと言われていたのは三つ。



 まずは城塞都市の港。


 城塞都市の港には旅客船や軍艦と言った帆船が停泊しており、その帆船の巨大さや、帆船に施された装飾の細かさは一見の価値があるらしく。

 そう言った帆船が港に並ぶ姿は圧巻であるとのことだ。


 次に飛空艇。


 こちらは、ここ数年で実用に至ったと言う空を駆ける乗り物で、見た目は帆船に近い形をしているらしいのだが。

 それが宙に浮くというのだから、その姿はやはり圧巻らしく、こちらも一見の価値ありとの事だ。

 僕自身、ゲームでも馴染みのある乗り物だけあって、是非見たいと考えていた。


 そして最後に。

 武器や防具のお店だけが並ぶと言うボルガルド通り。


 僕達が城塞都市を訪れた理由の一つとして、誕生日プレゼントを買いに来たことを伝えたところ。

 アランさんが「武器を買うならここしかないぜ」と言って勧めてくれた場所だ。


 武器を買うと言うのはあくまで設定なので。

 武器を必要としている訳ではないのだが、実物の武器を見てみたいとは思っていた。



 そして、そんな候補の中から僕が選んだのは。



「じゃあ、港に行って帆船を見るか、飛空艇を見に行きたいかな」



 武器にも興味はあったのだが、とりあえずは旅行と言う事だし、観光をしたいと言う気持ちの方が強く。

 帆船か飛空艇を見に行こうと提案した。



「そうか、じゃあまずは港に行ってから帆船を見ることにするか。

その後、昼食を取って、時間に余裕があるようなら飛空艇を見に行っても良いかも知れないな。


それでは、朝食を食べ終わったら早速行ってみることにするか」



 そう言ったメーテが果物を口へと運ぶと。

 どうやらそれが最後のひと口だったようで、メーテのお皿の上は綺麗に片付いていた。


 そんなメーテのお皿を見て、自分のお皿にも目をやると。

 考え事をしていた所為で食事の手が進んでおらず、殆ど手つかずという状態だ。

 それに気付いた僕は、慌てて食事を口に運ぼうとしたのだが。



「慌てないで味わって食べるんだ。作ってくれた人に失礼だろ?」



 そう窘められてしまい。

 反省した僕は逸る気持ちを抑え、しっかりと味わって朝食を取ることにした。






 朝食を食べ終えた僕達は馬車の停留所へ向かうと、程なくして停留所に到着する。


 停留所には何台もの馬車の姿が見受けられ。

 その馬車は人々を乗せ、各方面へと向かい走らせて行く。


 そんな馬車の中から港方面に向かう馬車に乗り込み、20分程馬車に揺られていると、磯の香りを強く感じられるようになる。

 そして、そこから更に10分程揺られたところで、馬車は停車した。


 御者が港に到着したことを告げ、その声に従い馬車から下りると。


 陽の光を反射した水面がキラキラと光り、その眩しさに思わず目を細めてしまうが。

 その細めた目には水平線を望む、透明度の高い海の姿が映った。


 前世でも海の無い場所で育った為、あまり海と言うものに縁が無く。

 その事も相俟って感嘆の息を漏らしてしまう。


 そして、視線を彷徨わせる必要も無く目に入る巨大な木造帆船。

 その巨大さも然ることながら、船体や船首と言った場所には過剰ともいえる装飾が施されていた。


 そんな過剰な装飾を見て、船を造ることだけを考えれば無駄であるように感じてしまうが。

 その装飾の芸術的な繊細さに気付かされると、無駄や効率と言ったものを度外視した見栄や浪漫。

 それに、それを手掛けた職人のこだわりのような物を感じ、またも感嘆の声を漏らすこととなってしまった。


 そうして、豪快さと繊細さを併せ持った帆船の姿に見惚れていると。



「こう言った船に揺られて旅をするのも悪くないかも知れないな」



 同じように帆船を眺めていたメーテがそんな言葉を口にし。



「その時はウルフも無理やり連れて行くことにするか」



 更にそう付け加えると、僕はその言葉に力強く頷くのだった。






 帆船を眺めながら港を散策していると、気が付けば太陽が真上に昇っており。

 時間も時間と言うことで、港で昼食を取ることにした。


 そうして、食事を取れる場所を探していると、港と言うことだけあって、魚をメインに料理を提供している店が多いことに気付く。


 そんな数ある食堂の中から一つの食堂を選んでお店に入り、メニューを確認すると。

 メニューのほとんどが焼き魚や煮物と言った感じで、お刺身のようなメニューは無く、生で魚を食す習慣が無いことを知る。

 それが少し残念に思ったものの、料理自体の味は非常に美味しく、充分に満足する事が出来た。



 魚料理に舌鼓を打ち、一息ついた所でメーテが声を掛ける。



「さて、まだ時間に余裕がありそうだな。

この時間なら飛空艇とやらを見に行く余裕がありそうだが……

飛空艇を見に行くか? それとももう少し港を見て周るか?」


「港は充分楽しんだし大丈夫かな? 時間がるなら飛空艇を見に行きたいかも」


「そうか。それでは飛空艇までは、また馬車での移動になるな」



 メーテがそう言うと僕達は馬車の停留所へと向かい、飛空艇方面行きの馬車へと乗り込んだ。



 それから暫く馬車に揺られ、港からニ時間ほど経ったところで漸く馬車が止まる。


 どうやら飛空艇の場所は港から結構な距離があったようなのだが。

 それ以前に、これだけの時間馬車で移動しているのに、未だに都市の中と言う事実に驚かされ。

 どれだけこの都市は広いんだと言いたくなってしまう。


 しかも、その広さを巨大な壁で囲んでいるのだから本当に規格外だ。


 そんな事を考えながら馬車から降りようとすると。



「この壁沿いに歩いて行けば飛空艇が見える場所に着くので、馬車を降りましたら、そちらの方向に進んでください」



 そう言った御者の指を指す方向を見れば、背の高い壁が続いており、その少し先で壁が途切れているのが見える。

 僕達と同じ観光客だろうか?そこに数人の人影があるのが見えた。


 御者にお礼を伝えて馬車の料金を払い、僕達は言われた通りに壁沿いを歩いて行く。

 すると、程なくして壁が途切れ、変わりに背の低い柵が続く場所へと辿り着いた。


 ここからならば壁の内側の様子を窺えるようで。

 周囲に居た人達に倣い、壁の内側へと視線を向けると――



 そこに在ったのは、大きな船であった。


 しかし、よくよく見れば港で見たような帆船とは違うことに気付く。


 その船が他と違うのは、マストの先や船首などにプロペラが付いていると言うことと。

 舟の側面中央部分には蝙蝠の羽に似た物が取り付けられていると言うこと。


 そんな姿を見てこれが飛空艇だと言うのは理解出来たのだが、とても飛べるような代物には思えなかった。


 本当にコレが飛ぶのだろうか?

 そんな疑問が浮かび、メーテに尋ねてみたのだが。



「私も初めて見たが、確かに飛びそうには見えないな」



 メーテも疑問に思っていたようで、疑わしいものを見る視線を飛空艇へと向けていた。


 そんな会話をしていると。

 ヒュンヒュンヒュンと言う音を周囲に響かせ、飛空艇のプロペラが回り始める。


 風切り音を響かすプロペラを眺めていると。



「今日の見学者は幸運だったな飛ぶ所見られるぞ」



 周囲に居た誰かが、誰に伝えるでもない声色でそう言った。



 そして、プロペラの速度は加速して行き、側面に着いた羽のような物がゆっくりと上下しだす。

 羽に煽られた所為で土煙りが舞い、思わず目を細めてしまうが。


 次の瞬間、その船体は土煙りから逃げるように重力から解放されて行った。


 本当に飛ぶのか?

 そんな疑問があっただけに、目の前の光景が信じられず、ただ茫然と口を開けてしまう。

 その間にも船体は高度を上げて行き、見る見る内に上空へと達する。


 そして、十分な高度に達したのだろう。

 飛空艇は側面の羽をはためかせると、まるで空を泳ぐように徐々に遠ざかって行った。



 その光景に目を見開き、言葉が出せないでいると。



「本当に飛ぶんだな、私も初めて見たが流石に驚いた」



 遠ざかって行く飛空艇を見ながら、メーテはそう呟き。

 僕達は遠ざかっていく飛空艇が見えなくなるまで、空を眺めることになった。






 飛空艇が完全に空の彼方へ消える頃には、周囲の人達もちらほらと居なくなっており。

 僕ら以外には数人の姿しか確認できなくなっていた。


 そんな周囲の様子を見て、宿屋へ帰ることにした僕達。

 停留所へと向かい、馬車が到着するのを少し待った後、到着した馬車に乗車した。



 車輪が石畳の上を転がる音と、蹄鉄が石畳を叩く音に耳を傾けながら外を見れば、徐々に陽が傾き始めていた。

 そんな空の様子と城塞都市の街並みをぼんやりと眺めていると。



「アルに楽しんで貰うつもりだったが、飛空艇には私も驚かされてしまったな。

アルはどうだ? 観光は楽しめたか?」



 メーテがそう尋ねて来たので、僕はそれに答える。



「帆船も飛空艇も初めて見たけど、驚いたし楽しかったよ。

ありがとうメーテ」


「そうか、アルが楽しめたなら私も満足だ」



 メーテはそう言って優しく微笑む。



 海や帆船、飛空艇の姿を瞼に焼き付けたが。

 それに加え、夕日に染まるメーテの微笑みを瞼に焼き付けると。

 今日一日を振り返り、メーテとの会話に花をさかせる。


 そんな僕達を乗せた馬車は城塞都市をゆっくりと進んで行き。

 こうして、旅行四日目は過ぎて行くので――






「くふっ……今日も添い寝」



 ……どうやら素直に過ぎてはくれないようだ。

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