第25話 メーテと旅行 3日目 後編
僕達を乗せた馬車は城塞都市内を進み、程なくして馬車の停留所へと到着する。
「長時間お疲れさまでした。終点ボルガルドです。
料金は銀貨一枚になります」
そう言ったのは今回の御者を務めた男性。
そんな男性に馬車の代金を渡し、馬車を降りると。
「色々と見る所があるので楽しんでくださいね」と声を掛けらる。
その言葉に「ありがとうございました。楽しんできます」と返し、丸一日を共に過ごした御者と別れることになった。
そうして馬車から降りたのだが。
馬車を降りてしまえば、同乗していた三人ともお別れになると言うことで、仲良くなれただけに、それを寂しく思ってしまう。
そんな風に感傷に浸っていると。
「そう言えば、メーテさんにアル君。
城塞都市にはどのくらい滞在する予定でしょうか?」
パルマさんにそう尋ねられた。
「そうですね。三日か四日と言ったところでしょうか」
「なるほど、長くて四日と言う感じですね……
娘を助けて頂いたお礼をしていなかったので、我が家にお招きして食事でもと思ったのですが。
四日となると、お誘いして時間を消費させてしまうのも悪い気がしてしまいますね」
メーテが僕達の滞在期間を伝えると。
長く城塞都市に滞在できないことを知ったパルマさんは、僕達の時間を消費してしまうことを気にしてくれるのだが。
その反面、食事にも誘いたいようで、困ったような表情を浮かべる。
そんなパルマさんの様子を見て。
メーテはメーテで指に顎を乗せると、なにやら考える素振りを見せる。
しかし、考える素振りを見せたのも数瞬のことで。
「成程。そう言うことであれば是非」
メーテはそう言うと、パルマさんのお誘いを受ける事にしたようだ。
「おお! ありがとうございます!
それでしたら、まずは城塞都市を見て周りたいでしょうし、こちらもお迎えする準備をしなければいけませんので。
そうですね……一日置いて、明後日の夜などはいかがでしょうか?」
「構いませんよ。夜であれば都合がつくと思いますので」
「それは良かった。
そうしましたら明後日の16時頃、この場所で待ち合わせと言うことでよろしいでしょうか?
お手数だとは思いますが、よろしくお願いします」
「明後日の16時頃にこの場所ですね。
それではお言葉に甘えて、明後日の夜、お招きに預かろうと思います」
そうして、明後日の予定が決まった訳なのだが。
「えっ、アルが家にくるの? どうしよう……部屋片づけてない」
2人の会話を聞いていたソフィアちゃんが、そんな言葉をボソリと呟き――
「パパは部屋に男性を入れるのはまだ早いと思うなぁー」
その言葉に反応したパルマさんに、メンチを切られることになってしまった。
ちなみに、メーテはソフィアちゃんに姑のような視線を向けていた。
そんなやり取りが終わると、それを見計らい、アランさんが声を掛ける。
「おう坊主、とりあえずは一旦お別れだが。
俺は依頼が無ければ大体ギルドに居るから、何かあったらギルドに顔出してくれ。
ってことで、そろそろ俺は行くけど、坊主は折角の旅行なんだからしっかりと楽しんどくんだぞ?
ああ、それと鍛練は怠るなよ?」
アランさんはそう言ってニカッと笑い。
「皆またな~」と言い残し、城塞都市の人混みの中へと歩いて行く。
人混みの中へ消えて行くアランさんの背中を見送っていると、冒険者ギルドにオークの魔石を売りに行く予定がある事を思い出し。
何となくだが、その時に会えるような、そんな予感があった。
そう思うと、三人との別れはもう少しだけ先延ばしになりそうだと感じ。
僕はこっそりと頬を緩ませるのだった。
三人に一旦の別れを告げた後、メーテと僕は今晩泊まる宿を探す事にした。
そうして、宿屋を探しながら歩いていると、ついつい街並みに目を奪われ、視線を彷徨わせてしまう。
流石都市と言うだけあって、ここに来る前に立ち寄った村とは比べ物にならない程に色々な店舗が並んでおり。
その店舗の外観や、店先に並べられている商品を見るだけでも十分楽しめた。
そんな風に城塞都市の街並みや、店先に並べられた商品に目を奪われていると、メーテがふと立ち止まる。
どうやら、宿屋の店先に掲げられた料金案内の看板を見ているようで、メーテのお眼鏡に適う宿屋であるのかを尋ねてみた。
「この宿屋は良さそう?」
「ん〜、一泊二食付き、二名で銀貨4枚らしいから少し高いな。
本来なら銀貨3枚以内に抑えたい所なのだが……
まぁ、旅先で金額ばかりを気にしていたら、楽しめるものも楽しめなくなってしまうしな。
よし、ここに決めることにするか」
メーテはそう言うと、この宿屋でお世話になることを決めたようで。
僕はメーテの言った言葉に一人共感していた。
あれは前世でのことで、学業の一環として旅行に行った時のことだ。
友人達と街を歩いていると、その地方の名物料理を出す屋台を見掛け、物珍しさから友人達は購入していたのだが。
そう言った屋台と言うものは、得てしてお高い値段設定がされているものだ。
家事などを任されていた身としては、その値段に腰が引けてしまい、購入を見送ってしまった。
しかし、一人購入しなかったことにより、友人達が名物料理の話題で盛り上がる中、その話題に入って行けず。
購入しておけば良かったと、悔しい思いをすることになった記憶がある。
そんな経験がある為。
少しくらいの散財は旅の醍醐味だと考えるようになり、メーテの言葉に共感した訳だ。
そんな事を考えていると、店先で立ち話をしている僕達に痺れを切らしたのだろう。
宿屋の店員と思われる女性が扉を開き、声を掛けて来た。
「いらっしゃい。
宿屋を探しているなら、ここら辺じゃうちの宿屋は安い方だよ?
連れてる子はまだ子供のようだし、なんならダブルルームで二食付き銀貨3枚って手もあるよ?」
店員さんがそう言うと。
目を見開き、まるで目から鱗と言った表情を見せるメーテ。
「く、くふっ、ダ、ダブルルームでお願いしよう。
と、とりあえず最低でも三日はお世話になるから、前払いで銀貨六枚払っておこう」
メーテはそう言うと、店先だと言うにも拘らず。
リュックからお金の入った皮袋を乱暴に取り出し、店員さんに銀貨六枚を払う。
何でそんなに焦ってるのか分からなかったが、その様子に店員さんも若干引いているように感じられた。
しかし、そこは接客のプロ。
どうにか表情には出さない事に成功したようだ。
その後、店員さんに受付まで案内された僕達は、食事の時間や外出時のルールの説明を受け。
それが終わると部屋の鍵を渡された。
メーテは鍵を受け取ると、軽い足取りで部屋へと向かう。
少し様子のおかしいメーテを不信に思いながらもその後に付いて行き、指定された部屋の鍵を開けて中に入ると。
そこで漸く、メーテの様子がおかしかった理由を理解することになった。
その部屋にはダブルサイズのベットが一つしかなかったのだ。
ホテルや旅館などに泊まった事はあるが、部屋の種類なんてあんまり気にした事が無い。
店員さんがダブルと言っていたが、僕はベットがダブル(二つ)ある部屋だと思っていた。
だが、正確にはダブルサイズのベッドが設置されている部屋のようだ。
そんな部屋を見て、メーテは口を開く。
「あー、これはまいったなー。
まさか、私ともあろう者が値段に気を取られてツインとダブルを勘違いしてしまうとは!
いやぁー、これは私らしからぬ失敗だ。
で、でも! お金も払ってしまったし。
今からキャンセルとなると店員に迷惑を掛けてしまうなぁー。
困った困ったー。
ベッドが一つしかないから一緒に寝る事になるけど。
これはもう諦めるしかないなぁー、うん、これはもう諦めるしかない」
やたら芝居がかったメーテに、僕は胡乱げな視線を向ける。
「な、なんだその目は!?
す、少しでも節約しようとしたら間違えただけだ!
べ、別にそれ以外に理由なんてないぞ!」
なんか、目から鱗的な表情していたのは気のせいだろうか?
「ほ、本当だぞ!
そ、そもそもだ! 旅先だからと言って散財していては駄目だ!
ちゃんと節制しないと今後の生活に影響するしな!」
先程まで「お金を気にしていたら、楽しめるものも楽しめなくなってしまう」
そんな事を言っていた気がするのですが?
「くふっ……兎に角! アルは諦めて一緒のベッドで寝ろ!」
もはや己の欲望を隠す事の無いメーテに若干……
いや、盛大に引きながら、多分逃げられないんだろうと言う事を悟る。
ある意味、昨日の野宿より寝付けない夜を過ごす事になりそうだ。
そう思うと、内心でため息を吐き、旅行三日目の夜は過ぎて行くのであった。
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