第24話 メーテと旅行 3日目 前編

 肌寒さを感じて身体を起こす。


 視線を横に向ければ、焚き火だったものが目に映り、道理で寒い筈だと納得する。


 昨日の夜、焚き火を囲んで談笑し終えると、女性陣は少しでも寝心地が良い場所で寝れるように馬車内で休んで貰い。

 男性陣は焚き火を囲む形で馬車の外で夜を明かす事になった。



 覚醒しきれていない頭で焚き火の跡をなんとなく眺めていると、ヒュッ、ヒュッと言う風切り音が耳に入る。


 その音の正体を探るべく視線を彷徨わせると、アランさんが剣の素振りをしている姿が目に入った。


 ゆっくりと剣を振りあげ、そして振り下ろすと剣先がビタッと止まる。

 むやみに剣を振るような素振りでは無く。

 まるで一振り一振り、何かを確認するように行われる素振り。


 そんな素振りをするアランさんの姿は普段の軽薄なイメージとは違い。

 どっしりとしていながらも精練された雰囲気を感じさせた。


 そんな素振りの様子を眺めていると、アランさんも僕の事に気付いたようで、素振りを止めると声を掛けて来た。



「おっ、目が覚めたか坊主」


「おはようございます。アランさん」


「おう、おはようさん」


「アランさんは朝から元気ですね」


「ははっ、まぁコレをやっとかないと一日が始まった気がしなくてな」



 そう言ってニカッと笑い、アランさんは言葉を続ける。



「そうだ坊主、折角だし手合わせでもしてみるか?」


「手合わせですか?」


「ああ、組手みたいなもんだな」



 アランさんの提案にどう答えようか悩んでいると。



「おはようアル、面白そうな話をしているな。

折角だし、胸を借りてみたらどうだ?」



 そう言ったのはメーテ。


 いつの間にか起きて話を聞いていたようで。

 小さく欠伸するのを手で隠しながら、アランさんとの手合わせを薦めた。


 そして、そんな会話をしていると。

 メーテと同様、起きて話を聞いていた他の人達が興味津々と言った様子で集まり出す。



「ほう、アル少年と不屈のアランさんの手合わせ。

それは興味がありますね」



 そう言うのはパルマさん。

 赤髪で真面目な印象を受ける容姿をしているが、娘への愛が極まっている男性だ。



「し、仕方ないから、ア、アルの事応援してあげるわ」



 そして、こんなことを言うのはソフィアちゃん。

 赤髪のツインテールで、少しツンデレ気味の女の子だ。


 応援してくれるのは嬉しいのだが……

 そう言うことを言う度に、パルマさんが本気でメンチを切ってくるので怖い。


 ちなみに御者は、出発の準備がある為か?

 馬の世話をしながらチラチラとこちらを見るだけに留めている。


 周囲は完全に観戦モードのようで、手合わせを断ると言う選択肢は無いことを察すると。

 仕方ないなと思う一方、メーテやウルフ以外の人と手合わせすることに少しだけ胸を高鳴らせる。


 そうして僕は、アランさんと手合わせをする為、準備運動を始めるのだった。






「さて、手合わせのルールだが、武器使用無しの魔法使用無しの手合わせにしておこうか。

あっ、坊主は身体強化を使っても良いぜ、なんなら重ね掛けしたって構わない。

もちろん俺は身体強化を使わないから安心してくれ」



 アランさんは柔軟運動をしながらそう言った。


 だが、流石にそれはハンデがありすぎるのでは?

 そう思うのと同時に、随分と低く見られている気がして少しだけムッとする。


 なので、アランさんも身体強化を使っても構わないことを伝えようとしたのだが。



「そのルールでやってみるといい」



 メーテにそう言われてしまい。

 渋々ながらもその言葉に頷くと、アランさんへと視線を向ける。


 そして、いつの間にかその場を仕切っていたパルマさん。

 「二人とも準備はよろしいですか?」と尋ねると、その問いにアランさんと僕は頷き。

 それを確認すると、パルマさんは手合わせの始まりを告げた。



「それでは! 始め!」



 僕はひと泡吹かせてやろうと意気込み。

 開始の声に合わせて身体強化を掛け、そして脚にも身体強化を掛ける。

 身体強化の重ね掛けだ。


 そして、一瞬の内にアランさんの懐に潜り込むと、腹に向け拳を突き出す。



(もらった!)



 そう確信したのだが――僕の拳は空を切った。



「あぶねぇ! やっぱりクソはえぇな!」



 そんな声が真横から聞こえ、慌てて視線を向けるが。



「隙ありだな」



 アランさんはそう言うと、僕の頭にポコッと軽い手刀を入れ、ニカッと笑う。


 拳を避けられた所為で思考に一瞬の隙が出来たのは自覚しているが。

 いとも簡単に一撃入れられた事が悔しくなり、もう一度懐へと飛び込む。


 いや、飛び込むふりをしてそこから加速し背後に回り込んだ。


 そして、右のわき腹へ弧を描く形で拳を放つ。



(今度こそいける!)



 そう確信したのだが――

 僕の拳はわき腹に届くことなく、アランさん手のひらの中に収まることになった。



「おしい!」



 アランさんはそう言うと、もう一度、僕の頭にポコッと手刀を入れた。



 その後も何度も攻撃を仕掛けるのだが。

 まともな一撃を一度も入れる事が出来ず、のらりくらりと交わされ続け。

 僕の息があがり始めたところで。



「そこまで!」



 パルマさんが終了を告げる言葉を口にし、それと同時に僕はその場に仰向けに寝転がることになった。



「アル少年の動きも素晴らしかったですが、流石は不屈のアランと言うところでしょうか」


「アラン! あなたちょっと大人気ないんじゃない!」



 そんなパルマさんとソフィアの声を聞きながら、悔しさに歯を軋ませる。


 正直、勝てないにしてももう少し健闘出来ると思っていた。


 アランさんは自身の口で、身体強化の重ね掛けは出来ないと言っていたし。

 その事からも健闘出来る自信はあったのだが……

 実際に手合わせをしてみれば、本気を出させるどころか身体強化すら引きだす事が出来ず。

 まるっきり子供扱いされてしまった。

 ……まぁ、実際子供なんだけど。


 単純に、子供扱いされたのは自分の実力不足だと言うのは分かっているのだが。

 悔しさから、八つ当たりのように不貞腐れていると、アランさんは僕の隣に腰を下ろす。



「流石坊主だな! ヒヤッとした攻撃が何回もあったぜ!」


「全部捌いてたじゃないですか……」


「まぁ、それはBランク冒険者だしな!」


「こっちは悔しくて仕様が無いですよ」


「ハハッ、Bランク冒険者と手合わせして悔しいと思う六歳て凄いな!

普通の冒険者だってBランクと手合わせするとなったら、胸を借りようなんて考えの奴が大半だってのに。

坊主は悔しいって思うくらい本気でやってくれたんだな、ありがとな」



 そう言って素直にお礼を述べるアランさんを見ると、不貞腐れているのがなんとなく恥ずかしくなる。

 それと同時に、悔しいと思う気持ちが霧散して行くのを感じるから不思議だ。



「まぁ、急に手合わせとか言って悪かったな。

なんとなくだけど、坊主は手合わせの経験が少ないんじゃないかって感じたんだわ。


なんつーの? 動きが野性的とでも言うのかな?

対人で身に付けた動きと言うより、魔物とか獣とかを相手に身に付けたって感じがするんだよな。


だから、坊主が俺相手にどんな動きをするのか気になったし、対人の経験が少ないなら、坊主の為にもなるだろうと思った訳だ。


ちなみに、身体強化なしでも坊主に勝てたのはそう言った経験の差だろうな。

目線や重心の傾け方なんかで、どう動くのか俺にはばれてた訳だ」 



 確かに、僕がいつも手合わせしているのは、見た目は人だけど正確には狼なので、野性的と表現したのは的確だと言える。


 身体強化の重ね掛けを一目で見抜いた事もそうだが。

 アランさんは観察眼に優れているようで、その事に素直に感嘆していると。



「その年齢でそこまでの強さがあるのは珍しいが、世の中には俺よりも年下でSランクって言う化物もいるからな。

お互い、そんな化物達に追いつけるよう頑張ろうぜ!」



 アランさんはニカッと笑って僕の頭を乱暴に撫でた。


 そんな人達もいるのかと驚くと共に、頭を撫でられたことで思わず目を細めてしまう。


 それが気恥ずかしくて、照れ隠しにわき腹に一発、拳を入れてやると。

 アランは「お、お前な〜」と言いながら涙目になるのだが。

 その顔には笑顔を浮かべており、何処かこんなやり取りを楽しんでいるように感じた。


 そして、その様子を見ていたメーテが。



「どうだ? 勉強になっただろう?」



 その言葉に僕はこくりと頷く。



「アランと言ったか、良い出会いになったな」



 照れくささもあり、その言葉には頷かないでおいたのだが……

 それを見透かされたのか、メーテにクスリと笑われてしまった。






 その後、朝食を取った僕達は出発の準備を終えると。

 僕達は馬車へと乗り込み、一晩明かしたその場所を後にした。


 そして、道中は順調に進む。


 車内ではアランさんに魔物との戦い方を教わったり。

 ソフィアちゃんと趣味について話したりと、雑談に華を咲かせた。


 そうして会話を楽しみながら馬車に揺られていると、御者が馬車内へと振りかえり声を掛けてきた。



「見えてきましたよ! 城塞都市ボルガルドが!」



 その声に反応し、御者席に身を乗り出してみると。


 僕の視線の遥か先に映ったのは、切り立つ山々とその中腹から横に伸びる壁。

 そして、その壁は延々と延びており、この場所からだと終わりを知る事が出来ず。

 その規模に思わず言葉を無くしてしまう。


 そうして、その建築物に言葉を無くしていると。



「すごいでしょ! あれが私が住んでる都市よ!」



 ソフィアちゃんが、自分のことのように胸を張って言った。






 それから一時間と少し馬車を走らせたところで、城塞都市ボルガルドの門前まで辿り着いた。


 遠くから見ても圧倒的であったが、近くで見るとその迫力には凄まじいものがあった。


 正確な高さは分からないが前世で見た建造物と比較して。

 少なく見積もっても100メートルはあるんじゃないかと思われる壁が延々と延びているのだ。

 そして、その壁には無骨ながらも装飾が施されている。


 これを作る事になった時に職人さんはどのような表情をしたのだろう?

 そんな想像を無駄に働かせていると。

 城塞都市ボルガルドに入る為に並んでいた馬車の列が動き出し、僕達の順番が回ってきた。


 御者が門兵と二言三言、言葉を交わすと門を通される。

 あれだけ大きな壁だと奥行きも結構あるようで、門をくぐると言うよりは、トンネルをくぐっているように感じてしまう。


 そうして門をくぐり抜けると、陽の光で視界が一瞬白くなり。


 そして、次の瞬間。目の前に城塞都市の姿が飛び込んでくる。



 僕の目に飛び込んできたのは――


 一直線に伸びた石畳の道路と、それを挟むよに立ち並ぶ中世を思わせる建築物の数々。

 その建物には、色とりどりの看板が提げられており、それがなんらかの店舗であること教えてくれる。


 そして、その店舗の前を行き交う人々の声やどこからか香る香草や脂が焼ける匂いが僕の鼻をくすぐり。

 五感で都市の賑やかさを感じると、自然と僕の胸は高鳴る。


 更に周囲を見渡せば、左手の奥には小高い丘があり。

 そこには屋敷と呼べる大きさの建物が何件も並び、その奥には、如何にもな中世の城が建っている。


 続いて右手を見れば、外からでは分からなかったが。

 視線の遠い先には海が見え、本当小さくだが帆船のようなものもが身に映ると、それと共に潮の匂いを感じられることに今更ながら気付く。


 そして、それらのすべてを囲むように巨大な壁がそそり立つ。



 そんな城塞都市の街並みを見て、声が出せないでいると。



「どう? 城塞都市ボルガルドはすごいでしょ!」



 ソフィアちゃんは無い胸を張って、自分の住む都市を自慢するのであった。

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