第23話 メーテと旅行 2日目 後編

 その後、アランさんを交え、五人で雑談を交わしていると。

 陽も落ちて来たと言う事で、街道沿いの開けた場所で夜を明かす事になった。



 僕達は幌馬車から離れ過ぎない位置に焚き火を起こす。


 パチパチと音を立てて燃える焚き火自体の暖かさと。

 周囲を照らす視覚的な暖かさは、冷え込み始めた身体に優しい。


 そうして暖を取っていると、メーテが声を掛けて来た。



「私達の夕食を作るついでだし、折角だから皆にも暖かい食事を振舞おうと思うのだが。

それだと少しばかり食材が足りないみたいだ。


なので、ちょっと現地調達して来るから後の事は頼んだぞ。

まぁ、Bランク冒険者も居る事だし、問題はないと思うが」



 メーテはそう言うと、僕の返事も待たずに森の中へと入って行く。


 本来なら、夜の森に女性が入るのを見掛けたら止めるべきなのだろう。


 だが、見た目は華奢な女性でも、中身は羊の皮をかぶった狼と言うか。

 良くも悪くも「メーテ」と言う感じなので、心配する必要も無いだろう。

 そう判断すると、皆の元に戻る事にした。




 皆の元に戻ると案の定、メーテさんは何処に?と言う質問をされた。


 メーテに言われたままの説明をすると、一人では危険じゃないか?と周囲は慌てたが。



「メーテは魔法も使えるから、多分大丈夫ですよ」



 落ち着いた声で僕がそう言うと。

 慌てる様子の無い僕の姿を見て、渋々ながらも納得してくれたようだった。



 その後、メーテを待っている間、どうにも手持無沙汰だったので。

 メーテが戻った後、すぐに料理に取り掛かれるように料理の下ごしらえを始めたのだが。

 そうしていると、アランさんが僕に近寄り声を掛けて来た。



「なぁ坊主?

坊主のねーちゃん凄い美人だな? やっぱ彼氏とか居るんかな?」



 思いもしなかったその質問に下ごしらえをしていた手が一瞬止まるが、その質問に対して答えを返す。



「多分ですが、そう言う人は居ないと思いますよ?」


「あっまじで? 坊主はどうだ?こんな兄貴が欲しくないか?」



 そう言ってニカッと笑うアランさん。


 正直言って、アランさんのルックスは整っていると思う。


 少しタレ目なのが軽薄な雰囲気を出しているけど。

 それも魅力と思えるぐらいには整った顔立ちをしている。だが。



「いえ、大丈夫です」



 メーテと並んでいる姿を想像するとモヤッとしたものを感じてしまい、思わずそんな言葉を口にしてしまう。



「なんだよー、坊主は連れねぇーな。

まぁ、実際Aランクに上がるまでは女に構ってやる余裕も無いんだけどな」



 アランさんは僕の言葉を受けて、少し不貞腐れた様子でそう言った。


 そんなアランさんの様子を見て。

 そう言えば、Bランクの冒険者だと言っていた事を思い出し。

 冒険者の話を聞ける良い機会だと思った僕は、アランさんに尋ねる事にした。



「アランさんは冒険者なんですよね?」


「おっ、そうだぜ。なんだ坊主? 冒険者に興味あるのか?」



 その質問に「はい」と言って頷く。



「おおー、そうかそうかー。

じゃあ、未来の冒険者に、このアランさんが色々と教えてあげようじゃないか。

何が聞きたいんだ?」


「えっと、アランさんはBランクて言ってましたけど、それって凄いんですか?」


「まじか!? そこからかよ!? 坊主は冒険者の事を何も知らないんだな。

しゃあない、始めから教えてやるか」



 そう言うと説明を始めるアランさん。



「冒険者ってのは、冒険者ギルドに登録してるヤツの事を指す言葉だ。


まず冒険者になるとギルドからギルドカードを渡される。

で、みんな始めはFランクから始まって、地道にランクを上げていく訳だ。


じゃあ、なんでランクを上げていくかって言うと、人によって理由は様々だが。

ランクの高い冒険者にはそれなりの特典がつくってのが大きいかも知れないな。


高ランクになれば、良い依頼を斡旋して貰えるようになったり、税金の免除や優先して質の高い医療を受けたりする事が出来る。

まぁ、後はランクが高けりゃでかい顔が出来るてのもあるな。


だから普通の冒険者はそんな特典目当てでランクを上げる訳だ。

時には例外も居て、ひたすら強くなる事だけを目標にする変わりもんもいるがな」



 アランさんの説明に「成程」と言って頷く。



「で、坊主が言ってたBランクは凄いの? って話だが。

自慢する訳じゃないが結構凄い。


冒険者って職業は、危険と隣合わせだ。

下手に経験積んだ頃に、身の丈に合わない依頼を受けて死んじまう奴も少なくない。


そんな中で上手い事やって、どうにか中堅としてやっている奴らがCランクて感じなんだが。

その頃には怪我なんかが理由で殆どのヤツがBランクに上がれず引退する。


まぁ、そんな感じで、Bランクてのは一流に片足突っ込んだ感じだと思ってくれれば間違いない」



 アランさんの説明を聞いて「アランさんは凄いんですね」と伝えると。



「まぁこれからもっと凄くなる予定だけどな!」



 そう言ってニカッと笑った。


 見た目の軽薄なイメージとは裏腹に爽やかに笑うアランさん。


 メーテの彼氏としては断固拒否するが。

 僕個人としては、アランさんの事を好きになれそうだと思えた。


 そんな事を考えていると、



「キャアアアアアアアア」



 甲高い叫び声が辺りに響く。


 その叫び声に反応した僕とアランさんは、立ち上がると同時に悲鳴の発生源に向かい駆け出した。






 僕らが野営をしている場所と森との境界に、悲鳴の発生源である人物の姿をとらえる事が出来た。


 その人物は赤髪をツインテールにしている女の子。

 ソフィアちゃんの姿がそこには在った。


 そして、ソフィアちゃんが悲鳴を上げた理由もすぐに分かった。


 最悪なことに彼女の目の前には三匹のオークの姿があり。

 そして、更に最悪なのはソフィアちゃんはオークに片足を掴まれ、逆さづり状態にされていると言うことだった。



「ソ、ソフィア!?」



 悲鳴を聞きつけて駆けつけたのであろう御者とパルマさん。

 パルマさんは自分の娘の状況に声を荒げる。



「あれはオーク!? アランさん!どうか娘を! 娘を助けて下さい!」



 そう言われたアランさんは渋い表情を浮かべたのだが。

 僕にはそんな表情を浮かべた理由が分かってしまう。


 恐らく、Bランク冒険者ならオークを狩ること自体、なんら問題ないのだろう。

 しかしオークの手の中にはソフィアちゃんが居る。

 迂闊に近づいてソフィアちゃんに危害を加えられたら……


 懇願するパルマさんに、手を出せないでいる僕とアランさん。


 如何するべきかと頭を働かせていると――



「イヤアァア! やめて! 離しなさいよ!!」



 もう一度ソフィアちゃんの悲鳴が響き渡る。


 そして、その悲鳴を聞いた僕は、考えている時間はあまりないと判断すると。

 覚悟を決め、行動に移す決意をした。



 僕は瞬時に循環させる身体強化を発動させ、脚には留める身体強化をかける。


 ウルフとの授業で身に付けた技のひとつ。

 身体強化の重ね掛けと言うヤツだ。


 この数年で、循環させる身体強化を問題無く扱えるようになっており。

 それだけでも十分な効力を発揮するのだが、この場面ではそれだけでは足りないと考え。

 その状態から更に留める身体強化をかける必要があると判断した。


 そして、身体強化の重ね掛けと言う状態が導き出す答えは――






 その答えはオーク如きでは反応を許さぬ超高速移動。


 踏み込んだ足元が爆ぜ、土煙りを上げるのとほぼ同時に僕はオークの懐へと入り込む。


 一瞬で間合いを詰められたことにオークは驚いた様な表情をすると。

 有ろう事か、ソフィアちゃんを武器として扱おうとしたのだろう。

 ソフィアちゃんを掴んだ右腕を振りかぶろうとしたのだが。



『風刃』



 それをやらせる筈も無く、オークの手首を『風刃』で切り落とした。


 その結果、手首を無くした腕を振りかぶる事になり、周囲に血を撒き散らすだけの行為をすることになったオーク。


 そんなオークを一旦無視することにし。

「キャッ」と言う短い悲鳴を上げ、地面へと落下するソフィアちゃんを抱きかかえると。

 そのまま後方に跳んで距離を取り、パルマさんの元へと送り届けた。


 その一瞬の出来事に、アランさんは目を見開くものの、すぐさま表情を変えるとオークの元へと駆け寄る。

 そして、アランさんが剣をたった三度だけ振ると、オークは物言わぬ肉の塊と化した。






 無事オークから救い出せた事で胸を撫で下ろしていると。

 ちょこちょことソフィアちゃんが僕の元へと駆けより。



「た、助けてくれてありがとう」



 そう一言だけ告げると顔を真っ赤にして僕の元から離れ、パルマさんの背中へと走って行った。


 そして、そのパルマさんは。



「アルディノ君! 娘を助けてくれて本当に、本当にありがとう!」



 そう言うと、痛いぐらいに手を握り、感謝の言葉を繰り返し。

 その言葉と行動からは、娘に対する深い愛情を感じる事が出来た。


 そんなパルマさんから解放されると、今度はアランさんが言葉を掛けてくる。



「ありゃ身体強化の重ね掛けか?」



 一目でそれを見抜いた事に内心驚きを隠せないでいると。



「理論は分かっちゃいるが、俺にはまだ使いこなす事が出来ねぇ。

それにだ、正直オークを殺すだけなら問題なかったが、無傷でソフィアちゃんを助けるとなると話は別だった。


それなのに坊主はそれをやってのけちまった。

皆無事だったの本当に良かったんだけどよ……

Bランク冒険者としては、正直、自信無くしちまうぜ・・・・・」



 そう言うとアランさんは、その場に腰を下ろす。



「だけどまぁ、俺もまだまだって事だわな!

俺も坊主に負けないように頑張るわ!」



 そう言って拳を突き出すアランさん。

 一瞬その行動の意味が分からなかったが、こう言うことかな?と思い。

 その拳にコツンと拳をぶつけると、アランさんはニカッと笑った。






 そして皆が落ち着きを取り戻し、焚き火の前で談笑を始めた頃、漸くメーテが戻ってきた。


 メーテの手には、三羽の兎が握られ、左手には何かが詰まっている袋が握られていた。


 メーテに「その袋の中身は?」と尋ねると。



「ああ、そこらへんに豚がいたからな。危ないと思って狩っておいた。

群れのボスぽいのも狩っておいたから安全だろう」



 そう言って袋を開いて見せると、オークの物と思われる魔石が十個以上詰まっており。

 それを見た僕は、これで安心して夜を明かせそうだとホッと息を吐いた。



 その後、メーテが捕まえて来た兎を調理し、皆で焚き火を囲んで食事をした。


 囲んで食事をしていたのだが、やけにソフィアちゃんの距離が近く。



「ベ、別にアルの隣が料理取りやすいだけで意味なんてないんだから!」



 などとツンデレさんみたいな事を言っていた。


 そして、それを見ていたアランさんはニヤニヤした表情を浮かべる。



「ひゅー、坊主やるねー」



 そう言って茶化すアランさん。


 メーテはメーテで何故かソフィアに姑のような視線を向け。


 そして、パルマさんは何故か本気のメンチを僕に向かって切ってくる。



 そんな皆の反応を見て、少々胃の痛い思いをしながらも。

 賑やかに旅行二日目の夜は過ぎていくのであった。

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