第22話 メーテと旅行 2日目 前編
メーテとの旅行、その二日目の早朝。
窓の隙間から陽の光が差し込み。
それが眩しくて、眠い目を擦りながらベッドから身体を起こす。
目に映る部屋の様子がいつもと違う事に一瞬驚くが、すぐさま旅先の宿屋だと言う事を思い出し。
寝起きで頭が働いていなかったことを自覚する。
隣のベットに目をやると、メーテはまだ寝息を立てていた。
普段のメーテなら、僕が起きる頃には朝食の準備などを始めているので、メーテの寝顔を見る機会など殆ど無く。
珍しく寝顔を見れたことになんとなく得したような気持ちになった。
僕はメーテを起こさないようにゆっくりベッドから出た後。
その場で背伸びをすると、肩をまわし、体調の確認をする。
昨日は思った以上に疲れが貯まっていたようなので、疲れが残ってるか心配だったのだが。
ぐっすり眠れたと言うこともあり、疲れは残っていないように感じた。
そうして自分の体調を確認していると。
「おはようアル、今日は珍しく早起きだな?」
そんな声が聞こえ。
声のする方に視線を向ければ、枕に顔を半分埋めながら、眠そうに目頭を擦るメーテの姿があった。
眠そうにしているメーテに「もしかして起こしちゃった?」と尋ねてみたのだが。
メーテは首を横に振って否定だけし、まだ眠いのか、再度枕に顔を埋めてしまう。
そんなメーテの姿を横目にしていると。
早く起きたのはいいが、チェックアウトの時間まで随分と時間があることに気付き。
どうやって時間を潰そうかと頭を悩ませる。
だが、特に何も思いつかずとりあえずは普段通りの身支度をすることに決めると。
顔を洗ったり、歯を磨いたり、着替えをしたりとしたのだが。
それらの準備が終わったところで大きく時間を浪費できる訳でもなく、手持無沙汰になった僕は今度は忘れ物が無いか手荷物の確認を始めた。
そんな自分の様子を客観視し。
これじゃ早く出発したくてソワソワしている子供みたいだな。
そんな風に思うと、思わず苦笑いが零れてしまう。
どうやら、メーテも同じようの事を思っていたようで。
「早く出発したいのは分かるが、もうすこし落ち着いたらどうだ?」
案の定、そう言われ笑われてしまった。
その後、準備を終えた僕達は無事にチェックアウトを済ませ、宿屋の食堂で朝食を取る事にした。
朝食に用意されたのは、朝からだと若干重いのではないか?と言った感じのメニューだったが。
これから街道を歩いて進む人なども居るのだろうから、そう言った人を気遣って栄養のあるものが並べられるのだろうと納得させ、食事を口に運んだ。
朝食を食べ終え、コップに注がれたミルクで喉を潤していると、メーテが口を開く。
「さて、朝食も食べ終わった事だし、今日の予定を説明しておくか」
僕はコップに残ったミルクを飲み干し、メーテの話に耳を傾ける。
「馬車が出発するまで時間がある。
それまでに馬車内でも簡単に食べられるような食料と、夕食用の食料の買い出しをしに行こうと思う。
私の記憶が間違っていなければ、馬車での移動は一日と少し掛かる筈だから、今日の夜は野営になるとは思う。
野営になるとは思うが、毛布などの簡易的な寝具は御者側が用意してくれている筈だから、その辺は問題ないだろう。
何か質問はあるか?」
僕がその質問に「大丈夫かな?」と答えると。
「そうか、それではそろそろ出発しようか」
メーテはそう言って席を立ち、僕達は宿屋の食堂を後にすることにした。
宿屋を後にした僕達は、食料の買い出しをする為に商店街へと向かった。
商店街と言っても、5、6件の店舗が並んでいる小規模なものではあるのだが。
そんな商店街で買い出しをしていると。
「そこの綺麗なおねーちゃん、干し肉買って行かないかい?
その格好からして馬車か歩きで街道を行くんだろ?」
肉屋の店主と思わしき中年男性が声を掛けて来る。
「うむ、その通りだが、五枚で銅貨ニ枚か……」
「ウチも商売なんでな。
おねーちゃんがベッピンさんだからってこれ以上は安くならないぜ?」
「ふむ、銅貨一枚なら買うんだがな……」
「おいおいねーちゃん! 流石に半額ねぇよ!
そんな値段で売っちまったらこの店が潰れちまうって!」
メーテと店主はそんなやり取りを交わす。
メーテの提示した金額では店主にとっては割に合わないのだろう。
店主は話にならないと言った様子で首を横に振って見せたのだが。
「どうしてもか?」
そう言うとメーテは上目遣いで店主に訴えかける。
実にあざとい。
そして、そんな目を向けられた店主はデレデレと顔の筋肉を弛緩させ――
「し、しかたねぇ! 銅貨一枚で持って行け!」
実にちょろかった。
どうやらメーテは買い物上手のようだ。
無事買い出しも終わり、馬車の停留所へ向かう道中。
今まで気にしていなかった事をメーテに尋ねてみることにした。
それは貨幣について。
昨日は宿屋で、今日は商店街で貨幣のやり取りがあった。
今の所メーテが貨幣のやり取りをしているので問題は無いが、今後の事を考えると知っておくべきだろう。
そんな考えからメーテに尋ねることにした。
そうして教えて貰ったのが、この世界にある貨幣の種類。
価値の低い順に、小銅貨、銅貨、銀貨、金貨、大金貨とあるらしく。
大雑把ではあるが、前世の価値に換算するのであれば。
小銅貨=百円、銅貨=千円円、銀貨一万円。
金貨=十万円、大金貨=百万円という感じで置き換える事が出来そうだった。
そして、そう置き換えるとすると。
昨日の宿屋が二名食事つきで一万八千円で、さっきの干し肉が値引き前の値段で二千円と言う計算になり。
納得できる金額ではあるなと、一人頷くこととなった。
と言うか、金銭感覚が分からなかったから、先程の店主とのやり取りに受け入れる事が出来たが……
大体の価値が分かった今、正直、少しだけ引いてしまう。
二千円の商品を千円にしろと言うメーテも大概だし。
それを受け入れてしまう店主も店主で、あの店の行く末を想像するとなんだか心配になった。
それから少し歩いた所で馬車の停留所へと到着した。
停留所には二頭立ての幌馬車が二台並んでおり。
周囲を見渡せば、これから馬車に乗るであろう人達の姿が何組か確認できた。
そんな中、初めて見る馬車に一人感激していると。
「えー、城塞都市ボルガルド行きの馬車はこちらになります。
乗車の方はこちらへお願いします」
一人の御者がそう声をあげた。
「どうやらあの馬車の様だな」
メーテはそう言うと、声を上げた御者の元へ向かったので、僕もその後について行く。
そうして、その御者の元に集まったのは全員で5名。
僕達の他には、親子連れの二名と男性一名だけのようで、停留所に集まっていた他の人達は、どうやら別の方面へ向かう馬車に乗るらしい。
集まった乗客の数を見て「今日は少ないですねー」などと御者は漏らしていたが。
ゆっくりと旅行を楽しみたい僕にとっては、馬車内を広く使えるのは非常にありがたい話だった。
「それではそろそろ出発しますので、お乗りの方はご乗車お願いします」
僕とメーテ、もう一組の親子連れが乗り込み、最後に男性が乗り込むと。
御者は全員が乗り込んだのを確認するように馬車内に視線をやる。
「全員乗ったみたいですね。それでは出発いたします」
そう言うと、馬車はゆっくりと動き始めた。
その際に「おおーうごいた」と思わず声に出してしまい、他の乗客から生暖かい視線を向けられ、少し恥ずかしい思いをすることになった。
そして、馬車が走りだしてから少し経った頃。
「私達は城塞都市の出身なのですが、この子が少し病弱でして。
療養も兼ねて田舎でゆっくりさせていたんですが、私の仕事の都合で城塞都市へ帰ることになりましてね。
貴方達は何しに城塞都市へ?」
そう言って話し出したのは、正面に座る子連れの男性。
見た目三十代前半くらいで、赤髪を短く切り揃えた真面目そうな印象を受ける男性だ。
「パパは心配しすぎなのよ……
私は只の風邪だって言ってるのに、何週間も田舎に閉じ込めて」
そんな文句を言うのは、僕と同じくらいの年齢だろうか?
艶のある赤髪をツインテールにしている女の子だった。
「ああ、申し遅れました。
私はパルマと申します。そしてこちらが娘のソフィア」
そう言うとソフィアはしぶしぶと言った感じでペコリと挨拶をする。
「これはご丁寧にどうも。
私のは名前はメーティーと申します。こちらは弟のアルディノ。
先日、弟が6歳を迎えまして、何か贈り物をと思い、城塞都市に向かっているところです」
メーテにそう紹介され「アルディノと申します」と挨拶をするとペコリと頭を下げる。
そんな僕の様子を見たパルマさんは満足そうに頷き「賢い子だね」と言った後。
「そのような理由でしたか。城塞都市ならきっと良い贈り物が見つかりますよ。
それとアルディノ君。
家のソフィアも6歳を迎えたばかりだから、この旅の間仲良くしてやってくれるかな?」
そう言ってソフィアちゃんと仲良くしてくれと頼まれるのだが。
肝心のソフィアちゃんはそっぽを向き、構わないでくれと言った雰囲気を出しており。
そんな姿を見た僕とパルマさんはなんとも言えない笑顔を浮かべることになった。
そして、そんな空気を変える為か。
パルマさんは車内に残されたもう一人の男性に声をかける。
「失礼ですが名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
その問いに、車内に居たもう一人の男性が口を開きかけたのだが――
その問いに答えたのは何故か御者だった。
「その方はですね!
なんと! Bランク冒険者の『不屈のアラン』さんなんですよ!」
まるで自分の事でも自慢するかのように話す御者に、若干引き気味のパルマさんだったが。
「あの不屈のアランさんですか」と言うと、驚いたように目を丸くしていた。
御者に先手を取られ、アランさんと呼ばれた男性はバツが悪そな表情を浮かべながらも、改めて自己紹介を始める。
「ああ、俺がそのアランだよ。
その『不屈』てのはダサいから好きじゃないんだが。
まぁ、俺がこの馬車に乗ってる限り魔物が出たとしてもどうにかしてやるから、安心して馬車の旅を楽しんでくれよ」
アランさんはそう言うとブロンドの髪をかき上げ。
青い瞳を覗かせた目を細めると、ニカッと笑うのだった。
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