第21話 メーテと旅行 1日目

 旅行が決まってからというもの、一日が酷くゆっくりなものに感じるようになり。

 自分の事ながら、旅行の日を本当に心待ちにしているんだな。そう実感させられていた。


 そんな中、旅行の準備は順調に進み。

 メーテの瞳の色を変える魔道具も無事に完成したようで、後は週末を迎えるだけと言う状況になったいた。


 逸る気持ちを抑えながら一日、一日を過ごし。

 そして、ついに待ちに待った旅行当日を迎える事になった。






「アル、準備は万全か?」


「うん。忘れ物も無いと思うよ」



 そう言った僕の格好は、いつものシャツとパンツだけの格好とは少し違い。

 フードの付いたカーキ色の外套を羽織り、腰には小さいバックとナイフを提げ、背中には大きめのバックパックを背負っている。


 そして、メーテも僕と同じような格好をしているのだが。

 いつもはマキシ丈のワンピースを好んで着る事が多いので、今着ているようなパンツスタイルは珍しいものとして僕の目に映った。



「ではそろそろ出発するか」



 そう言うとメーテは指を鳴らし、銀色の髪と紅い瞳から、僕と同じアッシュブロンドの髪に赤茶色の瞳へと変える。


 その様子を見届けると、いよいよ出発かと思い、玄関に向けて歩きだしのだが。



「アル、そっちじゃないぞ、こっちだ」



 そう言って引きとめられてしまった。


 当たり前の事だが、外に出るには玄関を出る必要があるので、メーテの言葉の意味が分からずにいたのだが。

 そんな僕を他所に、メーテは地下に続く階段を降りていった。


 そんな姿を見て、どう言うことだろう?と疑問が浮かぶが。

 素直に従うことにすると、その後を追いギシギシと軋む階段を降りていった。


 そして案内されたのは、地下にある扉の前だった。


 何か忘れ物でもあって取りに来たのだろうか?

 そんな事を考えていると、メーテはその扉をゆっくりと押し開いた。


 すると、扉の隙間からは湿った冷たい空気が流れ、その空気の冷たさに思わず身体を震わせてしまうが。

 肌寒さを感じながらも扉の先を覗いて見ると。

 そこに在ったのは、円形のものが幾つも地面に描かれている空間であった。


 ますます意味が分からなくなり「これはなに?」

 そう尋ねると、メーテはその問いに答える。



「ん? これは魔法陣だな」



 メーテに言われて地面に視線をやれば、円形のものには模様みたいなものが細かく描かれおり。

 僕の想像する魔法陣と大きな差異が無く、魔法陣と言われれば納得できる見た目をしていた。


 そんな魔法陣を眺めながら「へ~」などと間抜けな声を出していると。



「ちなみに転移魔法陣と言うやつで指定した場所まで一瞬で移動できる。

これを使って森の外れまで移動しようと言う訳だ」



 メーテはこの魔法陣が転移魔法陣だと言うことを教えてくれた。


 本来であれば、「転移」と言う言葉に食いつき色々と尋ねているところだが。

 この時の僕は旅行で頭がいっぱいになっており、便利なものがあるもんなだな~ぐらいにしか考えられず。

 またも「へ~」などと間抜けな声を出すこととなった。



「今日のアルは心ここにあらずと言った感じだな…… まぁ、いい。

それで、森の外れまで移動したら、そこからは森を出て、街道を歩き。

村に立ち寄ってから、馬車に乗って都市まで行く予定だ。


正直、都市に行くだけなら別の転移魔法陣を使えばすぐなんだが……

それでは味気ないだろう?」



 その言葉に「確かに」と大きく頷く。

 旅行は道中も含めて楽しむものだと僕は思う。


 目的地で観光するのはもちろん楽しいのだが。

 そこに着くまでに妄想を膨らませ、着いたら何をしようか?などと話す時間が楽しかったりする。


 いきなり目的地に着いて、それでは楽しんでくださいと言われても、流石に味気なく感じてしまう。


 そんな事を考えていると、一つの疑問にも答えが出た。


 メーテの授業を受けるようになってからは、殆どの時間をメーテと過ごしている。


 殆どの時間を共有している訳だから、遠出して買い物する時間など無い筈なのに。

 食事の時にテーブルに並べられる料理は偏った物にならず、日によって、様々な料理が並べられていた。


 そんな食卓を見て、いつ買い物しているんだろう?と言う疑問があったのだが。

 転移魔法陣と言うものがある事が分かった今ならその答えがわかる。


 メーテは休日などに、転移魔法陣を使って街に行き。

 そこで食料の買い出しなどをしていたのだろう。


 そんなちょっとした疑問に、答えが出て満足していると。



「それではアル、出発しようか」



 そう言ってメーテは僕の手を引くと、魔法陣の中に一歩脚を踏み入れ。

 手を引かれるままに僕もその魔法陣の上へと立つ。



「ではウルフ、行ってくる。

暫くの間の食料は保管してあるから問題ないと思うのだが。

もしなくなるようであれば、動物でも狩って適当に食べててくれ。


それでは、お土産も用意しておくから、留守番は頼んだぞ?」



 ウルフはメーテの言葉に「ワォン!」と返すと。

「楽しんできてね」と言っているような視線を送る。


 その視線に頷くと、次の瞬間には視界がぶれ、何とも言えない浮遊感に襲われる。


 そして、その次の瞬間。


 少し濡れた土の匂い、そして木々の青々とした匂いが鼻へと届き。

 慌てて周囲を見渡せば木々の緑が目に映った。


 一瞬にして変わった風景に戸惑い。

 本当に転移する事が出来たことに驚きを隠せないでいると。



「ここから10分も歩けば街道に出る。では、行こうか」



 メーテはそう言うと平然とした様子で森の中を歩きはじめ。

 僕は転移と言うものに戸惑いながらも、はぐれないように慌ててメーテの後を追った。



 そして、メーテが言った通り、10分程森の中を歩いた所で街道へと出る。


 街道と言っても石畳のしっかり舗装された街道ではなく、土を馴らしたような、所々窪みがあるような街道だったが。

 森の中でしか生活をしていない僕にとっては、それすら新鮮なものとして目に映った。



 その後も、目に映る景色やすれ違う人の姿に興味を惹かれ、キョロキョロと周囲に視線を彷徨わせながら街道を歩いていると。



「そろそろ昼食にでもするか」



 メーテがそう言ったことで、街道を歩き始めてから結構な時間が過ぎていた事に気付く。

 空を見上げれば、太陽も真上に昇っており、メーテが言う通り昼食には丁度良い時間に思えた。


 僕達は街道沿いにある手頃な大きさの石を見つけると、腰をかけて昼食を取りはじめる。


 手荷物になると言う事で、しっかりした昼食は用意されておらず。

 干し肉と白パンと言う簡単なものではあったが、旅行していると言う高揚感からか、いつも異常においしく感じられた。


 昼食を取り終えた僕達は再び街道を歩きだし。

 体感で約三時間ほど歩いた頃だろうか?ギリギリ目視できる距離に家が立ち並ぶ姿を確認する事が出来た。


 初めて見る村に「おおー村だ!」なんて興奮していると。



「村で興奮してたら、これから先きりが無いぞ?」



 などと言われてメーテに笑われてしまった。



 そして、目視で村を確認してから約一時間ほど歩いたところで、無事に村へと到着し。

 その頃には徐々に陽は傾き始め、村に立ち並ぶ家々をオレンジ色に染め上げ始めていた。


 そんなオレンジ色に染まる村を眺めていると、一仕事を終えたのであろう村人達の姿が目に映る。


 ある村人は農作業具を片手に。

 ある村人は買い物籠を片手にしているが、その足取りは心なしか軽いように見えた。


 家族の待つ帰る家があるからか?

 それともこれから一杯ひっかけに行くからか?

 その疑問に答えは出ないが。

 そんな光景さえも僕には新鮮に映り、それと同時にどこか懐かしさを感じさせた。


 そんな風に感じていると。



「まずは宿を取らないとな。その後で村でも見て周ろうか?」



 メーテはそう言い、僕はその言葉に頷くと、今晩の寝床を確保する為に宿屋を探しに向かうことにした。



 それから程なくして一件の宿屋を見つけ、宿屋の扉を開くと中年女性の声が室内に響いた。



「いらっしゃい、お客さんは二名かい?

今日は食事のみ? それとも宿泊かい?」


 そう尋ねるのは恰幅の良い中年女性で、その問いにメーテが答える。



「うむ、二名で宿泊で頼む。

この辺だと食事を取れる所はあるのか?」


「そうだね~、少し行った所に酒場ならあるよ。

酒以外にも食事も出してるけど、酒飲まないなら家の食事の方が旨いと思うけどね」


「そうか、なら宿泊と食事を頼む」


「あいよ。食事はどうする? すぐ食べるかい?」


「いや、弟と少し村を周ってみたい」


「村を? こんな村、特に見る所無いとおもうけどねぇ。

まぁいいさ、二名様食事込みで銀貨一枚と銅貨が八枚だね」


「では銀貨二枚で頼む」


「あいよ。 これが部屋の鍵ね。二階の203号室を使っておくれ。

それと、食事は食べたい時に言ってくれれば用意するけど、あんま遅くならない内に言ってくれると助かるよ」


「うむ、わかった」



 そんなやり取りの後、お釣りの銅貨二枚と、部屋の鍵を渡される。


 メーテが鍵を受け取り、指定された部屋に向かうと。

 指定された部屋はベッドが2つあるだけの飾り気の無い部屋だったが、しっかりと清掃が行き届いている清潔感のある部屋でもあった。


 その部屋に荷物を置き、そして一息吐く。


 歩いている時は見る物すべて新鮮で、疲れなどまったく感じなかったが。

 いざこうして落ち着ける空間にくると、流石に疲れていた事を実感する。


 このままベットに倒れ込みたい気持ちにも駆られるが。

 そこはグッと我慢して村の散策に出かける事にした。



 宿屋の中年女性は見る物は何も無いと言ってはいたが。

 実際に村を散策してみれば、街並みも、行き交う人々も僕にとっては新鮮に映り。

 殆ど店など閉まっていたのにも拘らず、あっちこっち見て周ることになってしまい。

 結構な時間、メーテを連れ回す事になってしまった。



 その結果。



「まったく。あんまり遅くならない内にって言ったのに」



 宿屋の女将さんに軽く怒られることになってしまった……



 ちなみにここの食事だが、おすすめするだけあって非常においしい食事だった。


 若干味付けが濃いかな?と思いはしたが、歩いて疲れている身体には丁度良く。

 街道を歩いてきた人の為に、そう言う味付けにしているのだろうと勝手に想像し、勝手に感心させられることとなった。



 そうして食事も終わり、部屋に戻り寝る準備をしていると。



「アル、旅行初日はどうだった?」



 メーテに尋ねられた。



「ちょっと疲れたけど、それ以上に色々新鮮で楽しかったよ」



 そう答えるとメーテは満足そうに頷く。



「明日は馬車に乗って移動するが、都市までは距離があるから、道中野外で一泊することになる。

ここを出発する前に、食料を買ってから出発しよう。


では、明日の為に今日はそろそろ寝るとしようか」


「わかった。メーテおやすみ」


「ああ、アル、おやすみ」



 そう言って枕もとの蝋燭の明かりを吹き消すとベットへと潜り込む。


 明日からの事を考えると中々寝付けないかもしれないな、などと思っていたのだが。

 思った以上に身体は疲れていたようで、すぐに意識は沈んで行く。


 こうしてメーテと僕の旅行一日目は終了するのだった。

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