二章 城塞都市
第20話 旅行をしよう
闇魔法を覚えてから1年と数カ月経った現在。
正直伸び悩んでいた。
今の僕は基本五属性と闇属性の魔法を中級まで使えるようになっていたのだが。
約半年ほど前に中級魔法を使えるようになったきり、特にこれと言った進展が無く、ここに来て上級魔法の壁を越えられないでいた。
実際の所、僕のオリジナル魔法の『水刃』なんかは、威力だけ見たら上級魔法に分類してもおかしくは無いのだが。
この世界に元から存在している上級魔法は今だ使う事が出来ていない。
メーテはその歳でこれだけの魔法を使えるのだから、焦らないで良いとは言ってくれている。
しかし、今までが順調だった為、この伸び悩みは僕の頭を悩ませていた。
そして、そんな悩みを抱えたまま挑んだある日の授業中。
それは火属性の中級魔法を練習をしている時だった。
上級魔法を使えるようになる切っ掛けになればと思い、いつもより多くの魔力を注ぎ込んだ結果。
魔力の制御に失敗してしまい、僕は左手に火傷を負ってしまった。
すぐに駆けつけたメーテが治療を施してくれたおかげもあり、大事には至らず、火傷の跡も残らないと言う事だったが。
こんな失敗は初めてだったので、更に僕の不安を駆り立てることになった。
そんな悩みを抱えて悶々とした日々を送っていたある日の事。
僕は食事を終えた後、ソファーに寝転がりながら本を読んでいた。
魔王を倒した名前の無い英雄が、お姫様に見初められ、その国の王になると言うようなありきたりな物語ではあったが。
ありきたりであるからこそ分かりやすく、挿絵の良さも相俟って、楽しみながら読む事が出来ていた。
そして、そんな物語を読んでいると、メーテが声を掛けて来た。
「アル、最近の魔法の授業の事だが、少しばかり焦ってはいやしないか?」
メーテはそう声を掛けると言葉を続ける。
「前にも言ったと思うが、六歳でこれだけの魔法を使えるのは稀な事だぞ?
だから、そんなに焦る必要なんかないんだぞ?」
「うん。分かってるつもりなんだけど……
思うようにいかなくて、どうしても焦っちゃうんだよね……」
「まぁ、誰しもが伸び悩む時期と言うのがある。
焦る気持ちも分かるがその気持ちが先行しすぎて、普段出来る事さえ失敗してしまっては本末転倒だろう?」
その言葉で、完全に治療された筈の左手がズキリと痛んだ気がし。
自分のした失敗を思い出すと思わず表情が暗いものになる。
そんな僕を見たメーテは「はぁ」とひとつ溜息を吐いた後、僕の目の前に人差し指をずいっと突き出して口を開いた。
「そこでだ。
アルには息抜きが必要だと私は考えた」
「息抜き?」
「うむ、アルは生まれてから一度もこの森から外に出た事がないだろ?
闇属性の隠蔽も出来るようになったし、魔法や身体強化も出来るようになった。
ある程度の自衛も出来るようになった事だし、アルの息抜きをする為に森の外へ旅行に行こうと考えているんだが。
どうだ? 外の世界に興味あるか?」
メーテのその言葉に思わず顔が綻ぶ。
この世界に転生してから、一度もこの森の外に出た事が無い。
何度か外泊はした事があるのだが。
そのいずれも森の中でテントを張り一夜を明かすと言った感じで、外泊と言うよりかは野営と言った方が正しいような、そんな経験しか無かった為、メーテの言葉は凄く魅力的な言葉として僕の耳に届いた。
「遅くなったが六歳の誕生日プレゼントみたいなものだな。
馬車に揺られながら旅をして、街に行き、食事や買い物を楽しもうじゃないか」
その言葉で喜びが抑えられず満面の笑みを浮かべてしまう。
初めての旅。
初めての街。
この世界に来てから、外の世界を思い描いたのは一度や二度では無い。
家にある本から情報を集め。
どんな世界なんだろう?どんな人達が居るんだろう?
そうやって妄想を膨らませるのは、僕の数少ない楽しみの一つであったので、期待で胸が高鳴るのを抑えられないでいると。
そんな僕を見てメーテが口を開いた。
「喜んでもらえたようで何よりだ。
まぁ、準備もあるから早速明日からと言う訳にはいかないが、
遅くても週末には出発しようとは考えているのだが……
ウルフはどうする? 人化の術を使って行くか?」
「ワフ、ワッフ」
「ふむ、確かに常に人化しなければいけないと言うのは、ウルフにとっては窮屈かも知れんな……
わかった。ウルフはまた今度の機会にと言うことにするか。
その代わり、土産に肉でも買ってくるから、すまないが留守番は任せたぞ?」
「ワォン!」
メーテの会話から察するに、どうやらウルフはお留守番のようだ。
必要な時以外は人化をしない事からも分かるが、ウルフは人化をした状態で行動するのがあまり好きではないのだろう。
それに以前、魔力を結構消費するとも言っていたので、人化での旅と言うのはウルフにとって窮屈に感じるものなのかも知れない。
そう考えると、少し寂しい気もするが無理強いするのも良くないだろうと思い、少しだけ肩を落とす。
「さて、旅をするに当たって、ある程度設定をしておこうと思う」
「設定?」
ウルフが留守番と言うことに少し寂しさを感じていると、メーテが『設定』と言う言葉を口にし。
何故設定が必要なんだろう?と言う疑問から聞きかえす。
「うむ、二人の関係性とか、何処から来て何をしに行くのか?
そう言った設定だな」
メーテから帰ってきた言葉に、そんな必要があるのだろうか?
そんな疑問が浮かぶが、そんな疑問を他所にメーテは言葉を続ける。
「では、設定なのだが。
何処から来たかと言うのは田舎の小さな村で。
何をしに行くのかと言うのは、六歳のお祝いに武器を買いに行くと言うことにでもしておこう。
それと、関係性は歳の離れた姉と弟と言う事で良いだろう。
……そ、外では、お、おねーちゃんと呼んでも構わないからな?」
設定に私利私欲が混じっている気がするのは僕だけだろうか?
それは兎も角。
それ以前にその設定には無理があるように感じてしまう。
何処から来て何をしに行くか?に対しての設定は問題はないと思うが。
姉弟と言う設定は流石にどうだろう?
メーテの髪は銀髪。
僕の髪は灰色の混ざった金色、アッシュブロンドという感じだし、髪質なんかも全然違う。
瞳の色の系統は似ているがメーテの瞳は紅で僕の瞳は赤茶色と言う感じで微妙に違う。
それにメーテは見た目こそ若いが、出会った時に二十代半ばくらいに見えたと言う事は、実際の年齢は三十前か三十過ぎている筈だ。
それで姉弟と言うのはいささか無理があるのではないだろうか?
そんな事を考えていたのだが。
「アルが失礼な事を考えている気がする」
そう言ってジロリと睨まれた。
「まぁ、なんとなくだがアルの言いたい事は分かる。
恐らく見た目や年齢的な事を気にしているのだとは思うが。
私の身体は少々特殊でな、それなりに生きてはいるが身体年齢は20代前半と言ったところだ。
まぁ、この世にはエルフやドワーフなどと言った長寿種もいる。
そう言った種族と同じようなものだと考えてくれればいいさ」
そんな事実があったことをさらっと聞かされた僕は、その事実に驚き、呆けた表情を浮かべてしまうが。
ゴブリンやオークと言った魔物や、狼が人間になると言う非現実を見せつけらた経験がある事に加え、本の知識ではあるが長寿種がいると言うことも知っていたので。
驚きはしたものの、妙に納得すると、すんなり受け入れる事が出来た。
「それと見た目だが。何の問題も無い」
そう言ってメーテは指を鳴らすと、メーテの髪の色が僕と同じアッシュブロンドに染まる。
「これは土魔法の応用だな。
顔料を髪染めとして使用している訳だ。
瞳の色はそこまで気にする必要無いと思うが、一応、認識阻害の魔道具でも用意しておくとしよう」
そう言ってもう一度指を鳴らすと、いつもと同じ銀色の髪へと戻る。
「どうだアル? 他に何か問題はありそうか?」
確かに見た目に関しては問題がなさそうだ。
しかし、先程も疑問に思ったが、そもそも何故設定が必要なのかが分からなかったのでその疑問を口にする。
「見た目は問題ないと思うけど、なんで設定が必要なの?」
「ああ、確かにそこを説明していなかったな。
理由は、単純に説明が面倒だからだ。
何処からきた? と尋ねられて、森の奥から来ましたと言われたらアルならどう思う?」
「ちょっと意味がわかわないと思う……」
「要するにそう言うことだ。
正直に話すよりも田舎から出て来た姉弟と言うことにしておけば無駄な誤解を受けずに済む。
それに、正直に話すと少々面倒だしな」
「面倒?」
「ああ、少々な。だからアルも内緒にしておいてくれ」
メーテはそれ以上は話したくないのだろう。困ったようにそう言った。
この世界に生まれてから森の中で生きた僕は、この生活が当たり前でそれを受け入れていた。
しかし、一人の女性と一匹の狼が森の奥で暮らし、その森には結界が張られていると言うことを考えれば。
この生活は少々普通とはかけ離れているように思えてしまう。
今更ながら普通ではないことに気付かされ、それと同時に何故?と言う疑問が浮かぶのだが。
メーテの様子を見る限り、進んで話したい内容ではなさそうに感じた。
それにメーテのことなので、もし必要ならばその時は話してくれるだろう。
そう思うと、今はその時ではないのだろうと結論付けた。
「他に気になったことはあるか?」
だから、その質問には「大丈夫だよ」と答えることにすると。
メーテは「気を使わせてしまったな」と少し困った様子でそう零した。
そして、気持ちを切り替えるように「コホンッ」と咳払いすると。
「では、週末まではいつもと同じように授業を行って、週末になったら出発しよう。
初めての旅行に浮かれ過ぎて、授業がうわの空では困るからな?」
ニヤニヤとした表情を浮かべ煽ってくるメーテ。
「だ、大丈夫だよ! 授業は真面目に受けるよ!」
勢いでそう言ってしまったものの、正直浮かれてしまっているのは否めない。
なんせ初めての旅行なのだ。
これから見て、触れる物を想像するだけで気分が高揚する。
しかし、このままでは、メーテが言った通り授業がうわの空になりそうに感じ、どうにか気持ちを落ち着かせようとするのだが。
それでもなんとなく落ち着かずソワソワとしていると。
「くふっ、アルと二人で旅行。
食事して、買い物して……くふふふ」
一人でブツブツと呟くメーテ。
そんなメーテを見て、逆に冷静になるのだった。
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