第19話 6歳の誕生日

「アル、誕生日おめでとう」


「ワォン!」



 そう言って僕にお祝いの言葉をお贈ってくれるのは。

 銀色の髪に紅い瞳の女性で、僕にとっては育ての親であり、姉でもあり、魔法の先生でもあるメーテ。


 そして、黒色の体毛に金色の瞳の狼で、僕にとっては育ての親であり、ペットであり、体術の先生でもあるウルフ。


 そんな一人と一匹に囲まれて、僕は六歳の誕生日を迎えることになった。



 この日のテーブルの上には普段より少し豪勢な料理が並んでいた。


 カボチャのポタージュに色どりが鮮やかなサラダ。

 白パンにローストビーフに鳥の唐揚げ。


 なんともベタな誕生日会のメニューと言う感じだが、これは僕のリクエスト通りにメーテが作ってくれた結果だ。


 誕生日を間近に控えたある日。



「そろそろ誕生日が近いが何が食べたい物はあるか?」



 メーテにそう尋ねられ。

 前世で開いてもらった誕生日会のメニューを思い出し、伝えて見たところ、メーテは完璧に再現してく見せたのだ。



 そんな料理を囲みテーブルを囲む僕達。


 メーテが僕のグラスにジュースを注いでくれると、僕はメーテのグラスにワインを注ぐ。

 メーテは普段であれば、あんまりお酒を嗜むこともないのだが、今日は僕の誕生日と言う事でワインを飲む事にしたようだ。


 準備も整ったし、食事を始めようとしたのだが。

 「待って」と言うようにウルフは「わふっ」と吠えると、早足で寝室に入って行き、何やらごそごそと聞こえた後、人化したウルフが寝室から出てくる。



 基本ウルフは実践授業の時しか人型になる事が無いので、その行為を珍しく思い。

 思わず「どうしたの?」と聞いてみると。



「折角アルの誕生日なんだし、

一人だけテーブルの下で食べるのはちょっと寂しくてね」



 どうやらそう言う事らしく、ウルフは少し照れた様子で椅子に腰を下ろす。



「私にもワイン注いで貰っていいかしら?」



 ウルフはワイングラスを差し出し、僕はそれに頷くと。

 「ウルフもお酒飲めるんだね」そんな会話をしながウルフのグラスにワインを注いだ。



 今度こそ準備が整い。



「改めてお誕生日おめでとうアル」


「アル誕生日おめでとう」



 メーテとウルフが再度お祝いの言葉を贈る。



「メーテ、ウルフ、ありがとう!」



 お祝いの言葉を受けて感謝の言葉を口にすると、三人が持つグラスの重なる音が優しく響き。

 そんな幸せを感じる一瞬に僕は遠慮なく顔を綻ばせた僕は、少しだけ目頭が熱くなるのを感じるのだった。






 ……だが、そんな幸せを感じた数時間後。


 そこにあるのは地獄だった。



 始めは談笑しながら料理に舌鼓を打ち、魔法の話や身体強化の授業の話。

 最近読んだ本の話などで盛り上がっていたのだが……

 そうして盛り上がってしまったのがいけなかったのだろう。


 料理がおいしければお酒の手が進み。


 会話が弾めばお酒の手が進む。


 そうして出来上がったのが、二人の酔っ払いに絡まれ続けると言う地獄だった。



「アル! 早くお酒を注ぐんだ! くふふ」


「アル。私には肉を食べさせて」


「メーテは酔ってるんだからほどほどにね。

はい、ウルフにはお肉ね」



 飲み過ぎているメーテにはお酒を控えるように注意し。

 大口を開けて肉を催促するウルフの口には雑な感じで肉を放り込む。



「ずるい! そうやってウルフの言うことばかり聞いて!」


「めーへふぁよっふぁらいふぎお」


「酔ってない! アル! 私にはオリーブを食べさせてくれ!」


「はいどうぞ」



 僕はメーテの皿の上にオリーブをちょこんと置く。



「なんで!? 何で私には食べさせてくれないんだ! 贔屓だ!」


「なんでだろ? ウルフは狼の時ご飯食べさせたりするからかな?」


「うふふ、アルに食べさせてもらうお肉は格別だわ」


「は? ウルフはあれか? 喧嘩売ってるのか?」


「わかったから! はいメーテ、オリーブ!」


「うむ、たひかにうみゃい」


「アル私にももう一つお肉頂戴?」


「はいお肉」


「ああ〜! また食べさせた! ずるい! 卑怯だ!」


「私が二回でメーテが一回ね。うふふ」


「は? なんだウルフ? やっぱりあれか? 喧嘩売ってるみたいだな?」


「そんなことないわよ? ただ私の方が多いなってだけの話よ。愛情の差かしら?」


「よしわかった表へ出ろ」


「いいわよ。表へ出ましょう」


「時には犬畜生を躾けてやるのも主人の役目だからな」


「だれが主人ですって? これだから年増は……」


「誰が年増だ!?」


「誰が犬畜生ですって!?」



 そこからは更に地獄だった。



 何今の魔法?あれもうあんな所に居る?

 メーテさん?それ上級魔法とかそういう類の奴に見えるんですけど?

 ウルフさん?僕酔ってないんだけどウルフさんが五人に見えます。


 2人はみるみる内に庭先にクレータを量産していき。

 そして、お互い最後の一撃を打ち終えると。



「ウルフ、腕は鈍っていないようだな」


「メーテもね」



 どこかの漫画で読んだ事がある様なことを言い合って、お互いを讃えあった後、その場へと倒れた。


 その様子を見て大きな怪我でもしたのではないかと思い、慌てて駆け寄ったのだが――



 二人とも満足そうな顔をして寝ていて、少しだけイラッっとした。



 身体強化を使用して二人を担ぎ、メーテをメーテのベッドに。

 ウルフを僕のベットに寝せるとリビングに戻る。


 先程までとは違い、妙に静かなリビング。


 テーブルの上の料理を一つのお皿にまとめると、冷蔵庫型の魔道具にしまう。


 お皿をキッチンに持って行き、お皿を洗って行くのだが。

 水の流れる音が、静まり返ったリビングでは妙に響く。


 一通り終わったらソファーに寝転がり、薄い毛布に包まって眼を閉じる。



 ……あれ?今日僕の誕生日だよね?

 そんな事を考えると涙が出そうになった。






 翌朝。



「何故かボロボロなんだが?」


「何故かボロボロね?」



 どうやら昨晩の事を2人はまったく覚えてないようで、そんな二人に呆れていると。



「あぁ~アル。本当は昨日言おうと思ったんだが、どうやら言いそびれてしまったみたいだ。

着替えたら話そうと思うから、少し待っててくれ」



 ボロボロになった服を身につけて締まらない様子とは対照に、その声からは真剣なものを感じられる。

 いったいなんだろう?

 そんな疑問が浮かぶが、その真剣な様子に僕は何も言わずに頷くことにした。



 それからややあって、着替えを終えたメーテとウルフはリビングに顔を出す。

 ウルフはすぐに席に着き、メーテは人数分の紅茶を入れた後に席へと着いた。


 メーテは席に着くと紅茶を口に運び唇を湿らせた後に、大きく息を吸いそして長く息を吐く。


 そんな様子からメーテの緊張を感じ取った僕は、普段見せないその姿が珍しいと思うのと同時に、

これから聞かされるであろう話の内容を想像し、少し身体を強張らせた。


 そして、お互いそんな様子なので場の空気が張り詰めたものになり、沈黙が流れる。


 だが、その沈黙はすぐに長くは続かなかった。



「メーテ。本当なら昨日話す筈だったんだし覚悟を決めましょ?」



 ウルフがそう言って沈黙を破ると。



「……ああ、そうだな。覚悟を決めるか」



 メーテはそう言った後「よしっ」と覚悟を決めるように一言つぶやくと話を始めた。



「本来なら昨日伝える筈だったんだが、中々言いだせなくてな。

正直、伝えるかどうかも迷ったんだが、こう言う問題は先延ばしにしても仕方がないと思ってな」



 その含みのあるものの言い方に、何を聞かされるのだろう?と、さらに身体が強張る。



「聡いアルならもしかして気付いているかもしれないが――」



 メーテはそこまで言うと、今一度大きく息を吸い、そして長く吐き出す。


 そして、覚悟を決めたような真剣な視線をむけると、重い口を開いた。




「私達は本当の親子、姉弟ではないんだ……」





「へ?」





 散々溜めた後に聞かせれた当たり前過ぎる事実に、僕は思わず変な声を出してしまう。


 しかし、そんな僕の反応をみたメーテは僕がショックを受けたと判断したようで。



「急にこんなことを言われたら驚きを隠せないとは思う。

アルが私の事を親と見ているのか姉と見ているのかは分からないが……

どちらにせよそれを否定されたんだ……アルの心中を察するに随分混乱していることだと思う。


だ、だが!

血の繋がりはないが、私もウルフもアルのことは家族だと思っている!


だから、すぐに受け入れる事ではないかもしれないが。

今までもこれからも、私達はアルのことを本当の家族だと思っていると言うことだけは理解ほしい」



 メーテはそう言い切ると、不安げな、心配するような視線を向ける。



「私はどう言う立場なのかしら? お姉さん? ペット?

どちらにしても私もアルのことは大切な家族だと思ってるわ」



 ウルフもそう言うと、微笑み温かい視線を向ける。



 ……ああ、そう言うことだったのか。


 僕自身は幼い頃から自我があった為、自分の境遇と言うものを理解していた。

 もちろんメーテと血の繋がりが無いことも分かっていたし、当然ながらウルフとの血の繋がりが無いことも分かっていた。


 だが、二人はそれを知らない。


 確かに自我が無い状態で育てられて居た場合。

 狼のウルフは少し無理があるが、メーテとは血の繋がりのある家族と思いこんでいてもおかしくはないし。

 そう思い込んでもおかしくはない程に、2人は家族として接してくれていたと断言できる。


 それなのに、血の繋がった家族では無いと伝えられたなら、本来であればそのショックは計り知れないと思う。


 だから二人は、真実を伝えた今。

 僕の心中を思い気遣うような視線を向けてくれているのだろう。


 そう思い至った時に、二人の優しさと気遣いに感謝すると共に、その優しさや気遣いに気付けなかった自分の至らなさに呆れてしまう。


 だが、なによりも、家族と言ってくれるのが嬉しかった。



「ア、アル? 泣いてるのか?」


「えっ?」



 頬を触ると、かすかに指先が湿る。


 自分が泣いていたことに驚き、慌てて口を開く。



「いやっ! これは違くて!」


「お、驚いたとは思うが、今までと変わらない!

だ、だから泣かなくていいんだぞ?」


「そ、そうよ!

何も変わらないわ! ほ、骨あげるから元気出して?」


「い、いやっ。骨はいらないかな?」


「そ、そう?」



 骨はいらないと言うとあからさまにホッとするウルフ。


 そんなウルフを他所にメーテは不安そうな表情を浮かべる。



「アル。何度も言うようだが血の繋がりはなくても本当の家族だと思ってる。

だから悲しまないでほしい……泣かないでほしい……」


「い、いやっ。違うんだよ」


「違う?」



 僕は乱暴に服の袖で涙を拭う。



「えっと、悲しいとかじゃなくて、嬉しくて。

家族って言葉が嬉しくて……」



 実際その通りなのだと思う。


 僕自身メーテやウルフのことを家族のように思っていても、もしかしたら二人はそうは思ってはいないかもしれないという不安はあった。

 これまでの日々を考えたらそう考えること自体失礼なことだは分かってはいるが、心の隅で不安に思ってしまうのだ。


 それが悪癖だとわっているのに……


 だが、そんな僕の心の内を知ってか知らずか、二人は家族だと言ってくれた。


 それが単純に嬉しかったのだ。



 涙の理由が嬉しさに起因してることを伝えた僕だったが。

 改めて口にしたことや泣いたことを思うとなんだか照れくさく、顔が赤くなっていくのが分かった。


 そして、そんな僕の様子を見たメーテとウルフ。

 僕がショックを受けていないことが分かったのだろう。ホッとしたような表情を見せると。



「ああ、私達は家族だ。

母親でも姉でもアルが好きなように思ってくれればいいさ」


「うふふ。家族ってなんかいいわね。

じゃあメーテがお母さんで、私がおねーちゃんて感じかしら?

アル。ちょっと呼んでみてくれないかしら?」


「え? ウルフおねーちゃん?」


「ワォーーーーーン!」


「は? ず、ずるいぞ!

ア、アル! 私もおねーちゃんて呼んでみてくれ!」


「メ、メーテおねーちゃん?」


「く、くふふふふふっふっ」


「い、いいわねコレ」


「こ、これは些か刺激が強いな……くふっ」



 つい先程まで張り詰めた空気だったと言うのに、一瞬で緩んだ空気になったしまったリビング。


 多分だが、僕の事を気遣ってこうやっておどけて見せてくれるのだろう。


 二人の優しさを再確認しながら、いつも通りの空気が部屋を満たしていくことに頬を弛ませる。


 二人には恥ずかしい姿を見せてしまったが、それでも一つの問題を乗り越えることができた6歳の誕生日の翌日。


 一つの問題を乗り越えた僕は、新しい気持ちで異世界生活は7年目を迎えるのであった。






 そう締めくくれたら良かったのだが。



「アル! もう一回おねーちゃんを頼む!」


「アル? 私もおねがいね?」



 どうやら気遣っておどけていた訳では無く、本気のヤツだったようで。

 この日は日が暮れるまでこのやり取りに付き合わされることになるのだった。

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